バンドの方向性
7月20日 火曜日 AM7:30
古びた旧校舎の一階。アールデコ調の意匠が凝らされた中央玄関より右に折れて突き当たり、東奥の教室。
五つ弦から生み出される切れの鋭い高音と、固く力強い低音を振動させる四つ弦。これが基本セットから叩き出されるものなのか、と耳を疑いたくなるような八つの異なる打音。そして、この小人のような体のどこからそんな高くかすれた渋い声を出せるのか。
早朝の小鳥のさえずりさえもかき消すほどの重なりあう音のうねりが、この教室から校内全体へと響き渡っている。
眠たさを我慢しながら、よくもここまでまとまりのある音を奏でられるのかと思わず頷かされる。何年も試行錯誤し研鑽を積み積ねてきた結果、そんなハンデをものともしないサウンドが作り出せるのである。
がしかし、
「はい、やめー」
練習をはじめてから約一時間半。音作りからはじまって入念に音出し。そして、自分たちが得意な楽曲を選曲させていざ演奏。2曲目のサビに突入する寸前のところで止めた。
「オメーラ、ぜンッッぜんなってねえな。音楽なめンじゃねえゾ」
みんなの機嫌悪そうな顔が一様にして俺に向けられるのは当然のことだった。なぜなら、俺もこの手の説教が大嫌いだからである。
「まず翔。オメーが一番ダメ。エフェクターに頼りきって指の動き誤魔化すわ、コードもちゃんと押さえてねーわ、ンな小細工かましてっとあとで泣きみンぞ、ちゃんとやれちゃんと。続いてポッキー。オメーはアドリブ多すぎ。練習でちゃんと譜面通り演奏しねーから本番ミスんだよ。あとたまに走りすぎるとこもあっからしっかりドラムの音に合わせろ、いーな。次タマ公。オメー、チューニングちゃんとしたか? 音が楽曲に合ってねえから締まンねえだろーが。いーか、ドラムはほぼ誤魔化しがきかねー楽器だから、演る場所によって音質変わっから今からしっかりチューニングするクセつけとけ、わーったな? あー、あとバストラが弱え。しっかり踏み込ンでバンドにリズムを供給しろ。ンでもって栗ボー。オメー、センスで歌うのどうにかなんねーのか? せっかくいい曲なのに全然気持ちが伝わってこねえ。声に感情が乗ってねえのは歌詞の意味を理解せずに歌ってッからだ。体全体使って表現できるように、練習ンときでも本番のつもりで歌うようにしろ。あー、あとこれは補足だが、本番に喉のピークもってくためにあんま冷てえモン飲ンだり夜更かしとかすンな。マスクすンのも忘れンなよ。本番前に風邪なんか引いたらぶっ殺すかンな」
と一気にまくし立ててやると、遠慮のない物言いが余程気に食わなかったのか、ポッキーが不満を溜めるようにわなわなと震えながらこう言ってきた。
「ひとつ言わせてもらうけどよ、こっちは眠いの我慢してやってんのに朝っぱらからガミガミ言わねえでくれよ! それでなくても朝の6時から晩の9時まで毎日練習ってのに、こんな調子じゃ精神的にもたねぇよ」
「ククク……俺をリーダーに祭り上げたのはどこの誰だっけ? たしかソイツは、俺も姉御だったら異存はねえって言ってたよなー、あれは気のせいだったのか? アン!」
「た、たしかにそう言ったけどさ、俺が言いたいのは叱るにしても、もぅちょっとオブラートに……」
「ハン、泣き言いってンじゃねえ! いーか、俺の言うことは絶対だ。それが嫌ならウチに帰って寝直してきなボーヤ」
ポッキーが悔し紛れにし何かを言いかけたところに、翔がやれやれといった感じで割って入り、
「もうライブまで日がないんだし、とにかく翔子を信じてやるだけやってみようよ、ね?」
「誰のせいだと思ってんだ!」
全員につっこみを入れられた翔が俺を盾にして小さくなる。あの一件をネタに当分言われ続けると思うとちょっと可哀想だが仕方あるまい。
「まー事のついでだ。今から休憩兼ねてミーティングすっゾ。オメーラ、昨日言ってあった希望のセットリスト出してみろ」
本番で俺たちに与えられた時間は30分。時間内に演奏できる曲数はアンコールも含めてざっと7曲。彼らは自慢げに胸を反らしながら一斉に俺に向けてその紙を差し出してきた。俺は殴るようにそれらを奪い取り、雑な字で曲目が書かれた小汚い紙にざっと目を通していく。
バンド登場前に流すオープニングSEは、各々好きなロックアーティストの楽曲で、メインの5曲とアンコール2曲はすべてバンドオリジナルの楽曲といった予想通りの構成だった。俺からしてみれば、後先のことを何も考えてない、その場しのぎの選曲といえるものだ。
「フフフフ……」
彼らが不気味に笑う俺に胡乱な目を向ける。
「テメーラ本番にガキの遊戯会でもおっ始める気かよ?」
初めに反論してきたのは栗ボーだった。
「フ、この俺様の完璧且つ壮麗に選曲された美曲たちは聖歌に比肩するほどのクオリティを秘めし逸曲。それを子供の遊戯と一緒くたにするとは何事、イテッ……き、貴様無礼だぞこの暴力女!」
「俺様とか言ってンじゃねーよこの万年ホビットが。まーいい、とにかくボツはボツ、超絶ボツだ!」
と言って紙をビリビリに破いて放り捨てる。彼らが宙に舞い散った紙を必死になって集めている中でひとり、冷静を保っていた翔が皆を代表してこう言ってきた。
「これがダメって事は分かったけど、理由ぐらい説明してくれないとみんなも納得できないよ」
他の彼らも手を止めて翔に同意する。俺は大げさに両手を広げて首を振り、
「オメーラが先に見てるものはなんだ? 突き動かしてるものはなんだ? 身内しか集まらねえ祭りの前座か? 街のちっぽけなライブハウスで演奏することか? 違うよなぁ? 寝ても覚めてもそればっかで、頭ン中がすり切れるほど思い描いてきた、見渡す限り客で埋め尽くされた超満員の武道館ライブだろうが!」
「そ、それはそうだけど……」
「そうだもへったくれもねえ! いーか、これまでのように、お膳立てされた舞台に集まるだけの客はもういらねえ、これからはオメーラ目当てで来る客をどう引っ張って来るかを考える段階だ。オメーラを知ってもらい、曲を好きになってもらい、ファンになってもらうことを意識した楽曲を選びやがれってンだよ!」
彼らの腕は折り紙付だってことは認めるが、作る楽曲は自己満足度が高いものが多過ぎる。身内ならまだしも、サマフェスに来る大半の客は、彼らの事をよく知らない。惹きつけることが出来なければただの騒音にしか聞こえない連中ばかりだ。
彼らが黙り込んだ様子を見ると、少なからずそのことに気づいているのかもしれない。
「オリジナルは一旦封印する」
「は? じゃ俺たちに何を演れっていうんだよ姉御」
「誰もが知ってそうな曲で盛り上げンのよ、いわゆるコピーだ」
「コピーッ!?」
彼らの一様に驚くさまは、見ていて思わず笑い転げてしまいそうだった。ポッキーが再び食らいついてきた。
「何の意味があるんだよ姉御! それこそ客が偏るじゃねえか!」
「耳にしたことがある程度でいいンだよ、あとは場の雰囲気で勝手に盛り上がる。誰もがノレル曲で興味を惹ぃて、聴く耳を持たせる。得意のオリジナルは、ステージが出来上がった後だ」
イメージを思い描いているのか、彼らの表情に明るさが戻ってくる。
「どうやら腑に落ちたみてーだな。ま、耳コピなんてオメーラなら朝飯前だろ? 課題曲はこれから考えて、各自明日までに譜面に落としとくよーに。あとオリジナルだが、曲の選定はその場の雰囲気で決めっから全曲練習に入れっぞ。あと客が聴きやすいようにアレンジだ。ヨシ、楽曲決めっぞ!」
紆余曲折を経て課題曲が次から次へと決まっていく。みんなノリノリで、バンドをはじめた頃の気持ちになってあれやこれやと意見を交わしながら決めていった。
何はともあれ、バンドの方向性を示すことが出来た。目指は超満員の武道館ライヴ。彼らの夢がブレない限り、いずれそれは現実のものとなる。
午前中は、本番で演奏する曲を決め、遊び半分で感コピした曲を楽しく演奏しながらあっと言う間に時間が流れていった。
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