ロ 隴を得て蜀を望む
第8話 狩猟者の日常
久し振りに早寝し、目が覚めたら朝の五時。
チラリと窓の外を見たら、薄ぼんやりと空に明るい色がかかりはじめていた。
おはよう諸君。
「んん~~…………っだぁ……飯」
もそっと立ち上がり、ほんの五歩歩けばもう台所。
冷蔵庫から卵を二つとウィンナーを取り出して、フライパンで目玉焼きを作る。炊き貯めしておいたご飯を冷蔵庫から出し、大きめの茶碗に分け移してレンジでチン。その上に焼いた目玉焼きとウィンナーを乗っけて醤油一回し。 も一つ冷蔵庫からタッパーを取り出して、蓋を開ければきんぴらごぼうがおはようございます。
「いただきますっ」
たまに早寝して朝食にありつくと、本当に美味しい。街の空気を想像しながら、静かで穏やかな時を過ごす。
これこそが一人暮らしの特権だ。
「んん……あ、れ……あぁそうか、マスターの部屋だ……」
「おはよぅ。グッスリ眠ってたな、むさい男の匂いには慣れてるのかねノンヴァージン?」
「ッ! マスター、その物言いは少しと言うかかなり遠回しに下品なのでは!」
「フンッ、身籠っておいて何を言うんだか。俺が済んだら飯作っちゃるから、ソイツでも見とけ」
手近にあるリモコンの電源ボタンを押し、テレビを付ける。しっかりお金を払って見させてもらってる国営放送局だ、コイツにも良い教材となるだろう。
「なっ、何ですかソレ!? 無機物に映像が、幻覚魔法の応用ですか、これ。意味の把握出来ない言語が聞こえてきますが……」
ん?
テレビを知らないのは想定の範囲内だしその驚き方も大体予想出来たが、つい今しがた互いに使っていた日本語が、意味の把握出来ない言語だと? 俺達は普通に日本語で話してたはずだが、テレビの音声では言語が理解出来ない? どういう事だ。
「だって貴方達は指輪を概して意思の疎通をしてただけですからね」
「あっ、
またお前か。ホイホイ
「予想外に魂を得られたので、力が有り余ってるんです。で、テレビからは意思が汲み取れないので音声だけが認識されちゃうんですね。異界の人類に地球語が把握出来ないのは当たり前じゃないですか」
それを早いとこ言って欲しかった。オクマさんの店で翻訳機でも買うか。
「それには及びません。だって貴方、アレがあるじゃないですか」
「アレ? あーアレ。アレがあった」
「アレは止めてほしいのですが」
「はい《インプット》!」
頭を鷲掴んで無理矢理言語知識を植え付ける。
《情報操作》って便利だなぁ。
「あぁぁぁぁ……何の苦労も無しに知識がぁぁ……」
「これでOK。主観混じりだが、この世界の大体の概要も植え込んだはずだ。前の世界と違って迂闊に魔法は使えんが、便利だぜ」
「むぅ……大体把握出来ました。貴方が王に近くて最も遠い思想の持ち主である事も」
「詩的な表現は好きだぜ。さてと飯だ。悪魔はさっさと消えろ」
「んなっ!?」
悪魔が泣き付いて来た。
ウザい。
「なぁんで私にはそんな冷たいんですか
「それを払拭させる要素を挙げてやろう。ドジオーラが凄い。いると何か起こる。てか五月蝿い。証明終了とっとと失せろ」
「悪魔がそんな虐げを受けて唯で引き下がりませんよ! こう見えても私、《
いても俺のスピードと腕力の前には無力なんで、組伏せた後に散々こちょばしてやってから窓の外に捨てた。
「うわぁああああああ
分かった。冷たくあしらうより素直に受け入れる方が近所の迷惑にもならない。
「とにかく騒ぐな。マンションだここは」
「自分だって昨日叫んでた癖に……」
「今度は羽引きちぎってやろうか」
「鬼ぃ!!」
「本当にこの人達って謎だらけ……」
とまぁ紆余曲折あって。
二人には飯を食わせた後部屋で大人しくしておくように言い、俺は自転車で学校へ向かった。
学生達には印象が変わっただとか珍しく居眠りしないなとか言われて絡まれたりもしたが、《情報操作》で適当にあしらう幻影を見せながらやり過ごした。
談笑するより一人でスマホいじってる方が好きな人間なのだ、俺は。
つーわけで、新しい朝は俺の横を駆け抜けて午後3時過ぎ。
「っはぁー帰ろ」
自転車を押してゆっくりと帰る。
涼しい風が気持ち良い。
俺の心を宥めてくれる。
クソみたいな若人共(俺もだが)の頭緩い言葉にイラつく事で眠気を抑える毎日だが、今日は一段と気分の悪い日だった。唯でさえ周りにいるだけで気持ちの悪い奴等が、我慢して空気でいる俺の領域にまで土足で入って来るんじゃねえ穢らわしい。滅ぼしてやりたくなるだろ。
その点、昨日イベントを起こした後に出会ったあの
……いや。奴と俺は先輩後輩で、後に戦う事を約束したライバルのようなものだ。淡い幻想は抱くものじゃない。
「あれ、神鵺じゃねぇか」
ダメダメ。俺顔とか良くないし。
画的にダメ。そうだろ環奈。
「神鵺ー?」
「ダメよダメダメェェェエエエエエエエエエエエエエエ!??!!?!?」
環奈ぁぁああああああああああぁぁああああああ!?!??!?
「……何がダメなんだ
何を勘違いしてるんだこの
しかし環奈よ、お前以外と近いとこに住んでんのな。
「アンタの事を考えてたら当の本人が目の前にいたんでビビっただけっス」
「早速私を倒す算段でも建ててるってのか? 勤勉な事で良いな、全部ぶち壊してやるから覚悟しろよ。正々堂々真っ正面からぶつかってこれるようになったら来い、何時でも相手してやる」
正真正銘の戦闘バカだコイツ。
ちょっと和んだわ。
「アザっス。……あーそうだ先輩。金って大体何に使ってます?」
「金? あー……たらふく飯食ったり、今朝うちの悪魔に聞いたらショップがあるっつうんで武器とか買う予定だし。あとはそうだな、土地買って訓練所建設する予定だ」
一個人がそんなスケールのデカい事して大丈夫なのか。税務署が黙ってねぇわこりゃ。
「悪魔が諸々の事やってくれてな、いやぁ助かったぜ。うちの悪魔全然悪魔らしくねえんだよなー、私の事崇拝でもしてんのかってぐらい甲斐甲斐しく世話しやがるしよ」
なるほど。
しかし思うのだが。
「何だってどいつもこいつも悪魔らしくねぇのばっかなんだ」
「恐慌だとか言う奴のせいで、江戸時代末期に異世界にから来た一族がいるらしい。奴等大半がその子孫なんだと」
悪 魔 が 普 通 に 子 を 成 し て る と か フ ァ ン タ ス テ ィ ッ ク 。
っ て か 恐 慌 と か 悪 魔
悪魔社会世知辛くありません?
「この分じゃぁ天使も録な事になっていないだろうな。私達の知った事じゃ無いが」
「ハッ、そりゃそうっスね」
「んで、急に金の事聞いてどうした。お前もあのふざけた金額で使い方に困ってんのか?」
「いいや、他の
「はぁ?」
「金とは手段だ。目的じゃあない。何かを得る為に取り得る手っ取り早い方法の一つだ。つまり、
「……お、おう……? 何か分からんが、凄い技術があるんだな」
「環奈先輩は戦闘馬鹿な上に食いしん坊で、カワイイって事が今の会話で分かった」
「カッ、カワ……カワイイ、のか」
そりゃお前、顔立ち整ってるしちょっと小柄だし、癖の強いショートヘアだし、ドストライクじゃないスか。
「そうか……そうなのか……いや、まぁ、うん……いやな? 可愛いって言われるの嫌では無いんだがな? 私ドッチかと言うとカッコイイって言われたい方でな?」
待って、急に小動物みたいな挙動しだした。めっちゃカワイイ。
「戦い好きなのも、その、カッコイイから……で……へ、変か、やっぱり」
「いいえ全然!! 先輩の戦う姿、マジカッコイイっス!!!」
「そ、そうか?」
「昨日の戦いだってほとんど先輩が頑張ってたし!」
「そう、そうだな!」
「挙句俺に横取りされたし!」
「ああそうだ!」
「悔しがる姿結構可愛かったっス!」
「おう!」
「んぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!」
ヤバい。面白い。
「テメー……私の反応で遊んでやがるな……!!」
「うん!」
「死ねぇ!! アホォ!!!」
いやぁ~こんなアニメや漫画でしか見ないような馬鹿もいるんだな。
世の中捨てたものじゃないわ。
「詫びと言っちゃなんだけど、近いうちに奢るっスよ」
「マジか!?」
「喰いたいもんのリストでも用意しといてくだせぇ、20万までなら付き合うっス」
「うわぁーい!!」
やはりカワイイ。
「忘れたらブチ殺して魂奪ってやるからな! 良いな約束だぞ! お前も一緒に食うんだぞ!」
「へい了解。んじゃ俺はこの後やる事あるんで、この辺で」
「おー、またなー!」
俺あの子気に入った。粗暴だけど無邪気でカワイイ。
さっき言ってた事は撤回する、環奈と友になろう。
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