執着の丘

@hurry_o

第一話

 僕は今日で365歳を迎える。今でも一年は365日だから、そのせいもあってか周囲の生物たちは僕を盛大に祝おうとしていた。

ああ、儚き命よ。一年がたった一日の速度で流れていくようだ。とうとう、僕はこんなに老いてしまった……。

 本当のところ、僕は祝われることに一切の感謝もしていないし嬉しくもなかった。すこし、話をしよう。

まだ産まれて間もない頃――といっても僕にとって間もないだけで、もう身体は大人の形をまとっていたが――両親が新しい技術を僕に提供してくれた。いや、僕の家は貧しかったので、むしろ僕自身が実験道具として提供されたのだろう。

 とにかく、事故にさえ気を付ければ、ずっと生存し続けることができるという話だった。これだけを聞くと僕の家のような貧困層は手を出せず、裕福な人間が飛んで食いつきそうな話だ、と当時の僕は思っていた。

 その技術が僕に提供される約数年前には、既に病気と呼ばれるものに対しては既に人類は克服しており、仮病なんて概念がなくなりつつあった。学校で仮病を使うと、技術を受けない怠惰者だとかゴミしか食えない貧困の者だということさえ囁かれるようになり始めた。大人たちが批判された子供を守る隙も無いほどに、その技術は恐ろしい速度をもって広まっていった。まるで人類の手には負えないほど大変なウイルスのように。

 偉い人は言った。更なる長寿が見込めるだろうと。しかし病気の克服は人類にほんの僅かな時間しか与えなかった。もちろん、病死や脳の障害――昔は精神病と言われたそうだが――による自殺がほとんど無くなったぶん長寿の人間は増加したのだ。しかしそれが何だと言うのだろう?と言わんばかりに、人間の臓器等は劣化していき、老衰という形で死んでいった。そのうちに、老衰死は「安らかで、目指すべきもの」ではなく、平和な世界に刻一刻と迫りくる恐怖すべき終わりに変わっていった。あまりに平穏で健康で何もない……、病気という逃げ道が存在しない世界は徐々に人類の首を絞めつつあった。わざと技術を拒み、病気を恐れながらも病死したがる人すらいた。脳に一切の障害が認められないにも関わらず、自殺する人間がいた。僕はおそろしかった。やはりあれは人類を蝕むウイルスだったのだ。

 そんな時、臓器等の劣化を防ぐ――技術を受け普段から再生の速度を数倍や数十倍にまで上げ、そして一定のサイクルで冬眠のような状態に入ることで使用したエネルギーを再度蓄えに入る――ようなことを考え出した人間がいた。名をアルバートと言った。彼はその行為にはリスクがあるとも紹介してくれた……。

「再生の際恐ろしい痛みが伴うかもしれないんだ。古いものを破壊し、新しいものを作っていくからね。主に破壊する時痛みが走るようだが、身体中をすごい速さで再生し続けるから、毎日どこかが痛くて動かせないかもしれない。現に君の前に技術を受けた人たちは――子供や大人、様々いたが――痛みのあまりに自殺したり殺してくれと嘆願する者も多くいたよ」

「しかし、これはチャンスでもある。ほんの僅かだが適合者がいるんだ。一切痛みを感じず、今も観察を続けられている。君の友達になるかもしれないね。どうかな?」

僕はなんとも言えなかった。元々は両親が連れて来たのだから、僕に選択の権利なんてものは一切なかった。そうしてまごまごしていると

「息子を、よろしくお願いします。」

とびきりの笑顔でママが言った。パパはしかめっ面だった。

後で僕だけ診察室の外に出されたのだが、元いた場所から漏れ聞こえてきたのはたくさんのお金を両親が受け取ることになっている話だった。

いくら苦痛を求める層がいるからとはいえ、永遠と生きてしまう可能性が常にリスクとして付き纏うからというので志願者は少ないのだろう。病気の無い世界に適応した人類ならば苦痛というリスクに近づくわけもない。それに、命を扱う人体実験に倫理的な問題が無いわけがないし、そうすると丸く収める為に大量の報酬を与えるというのは適切なのだろう。そんな報酬の必要ない裕福な層は、様々なリスク回避の為に見て見ぬふりをしたり、様子見をした。だから僕のような貧困な人間が真っ先に対象者になった。手紙が来て、両親はその僕の命の金額に目をまん丸にして小躍りしたことだろう。そして息子が適合者と信じて、こんなにラッキーな話はないと食い付いてく……彼らは都合のいいことしか信じないのだ。

 そういうわけで、僕は売られてしまった。僕はあの時、生きたい訳では無かったのに、適合者としてアルバートに迎えられてしまうことになった。

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