記憶改変者ニルゼ
大豆服洋
第1話・記憶改変者ニルゼ
「きゃああー、誰か助けぬぅうぐぅんん」
「へへへ、お姉さん誰も来やしないぜ」
薄汚い衣を纏った男が若い女性の口を塞いで乱暴を加えている。
暗黒と呼ぶに相応しい街道を1本の心許ない街灯が微かに照らし、卑劣な犯行を目撃する。
男は女性に凌辱の限りを尽くしたあと、横たわり震える彼女を満足げに見下ろした。
僕は悲惨な事件の全貌を除き終えると『空間の亀裂』に入り、現実世界へ戻る。
「めぐみさん、以上があなたの改変したい記憶ですね」
「はいそうです」
今回の依頼者は金田めぐみさん。26歳の会社員。
めぐみさんは、会社から帰る途中の道で男に強姦された。
男は後日、強姦罪で逮捕され、今は刑務所で刑に服している。
僕は雑多に置かれた机や椅子が狭苦しさ演出する事務室でめぐみさんと最終面接を行う。
「めぐみさん。もう一度事件を思い出すのはお辛いと思いますが、記憶を改変するため、めぐみさんにもご同行いただきます。これはめぐみさん、あなたが乗り越えなければいけない記憶なのです。僕は無事、めぐみさんが記憶を改変し終えるのを見届ける記憶改変者ニルゼです」
「虎高とらたかさん、私には恐ろしくてできません。事件を見なくて済みませんか」
めぐみさんは小刻みに唇を震わせ、怯えた様子で僕に懇願した。
僕は懇願するめぐみさんを振り払う一方で、彼女を見捨てないような言い回しを考えた。
「めぐみさん、申し訳ありませんが無理です。僕は記憶を垣間見ただけで持ち主ではありません。記憶の持ち主であるめぐみさんにしか改変の資格が与えられないのです」
「分かりました。私、やってみます」
めぐみさんは諦めに似た踏ん切りを付け、僕の足元をじっと見詰めて答えた。
「めぐみさん、僕が後ろから支えるので安心してください」
「ありがとうございます」
僕はめぐみさんを気の毒に思い、勇気付けたくて『安心』の言葉を選んだ。
いや、めぐみさんではなく自分が安心したかったのかも知れない。
記憶改変者ニルゼ 大豆服洋 @gurote
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