鼠の置物

煮卵くん

鼠の置物

 ちょいと小話を一つ。あれは確か大正時代の話でございます。一人の浪人がいつものようにその持て余した時間を消費すべく街を徘徊しておりました。その浪人の見てくれは幸が薄く、幸せとは縁がないように見えました。何ともまあ可哀想なことで、職に恵まれないようです。

 そんな彼は自分の気を落ち着かせる意味をこめ、町を徘徊するのでした。そして、彼はその怪しげな店を見つけ、足を止めます。

 そこには『鼠』と大きな文字で書かれており、何とも胡散臭い雰囲気がします。その胡散臭さは道行く人が見て見ぬふりをするほどなので、それほど近寄りがたいのでしょう。けれど、その外観が気に入ったのか、男はその店に入ろうと意気込み、扉を開けたのでした。

「いらっしゃい」

 そう言って奥から出てきたのは浮世絵離れした美青年でありました。その美しい白い肌に妖艶な仕草、そして人を惑わす流し目。ふぅ、と口付けていたキセルを離し、煙を吐く様は男色の気がなかった彼をも釘付けにしてしまうほど艶美でございました。

「こ、ここは店なのか?」

 少しどもりながらも男は要件を伝えました。そのしどろもどろな様が可笑しかったのか店主はくすっ、と笑みを含めたまま答えます。

「ええ、鼠を売る商売をしております」

 そう言って彼は自身の背後にあったそれに手を伸ばし、男の前に置きました。

「鼠、と言っても本物ではありやせん。鼠を模倣して作った置物ですぜ」

 店主はその鼠の置物の頭部を少し撫でるように触れます。その鼠はほう、と息を呑むほどに傑作でした。夜中に見たのなら本物の鼠と見間違うほどの出来であります。その精巧な出来に男は感心したように頷きました。

「しかもただの置物ではありやせん。この鼠の置物には銭を入れる部分と取り出す部分が付いておりまして――」

 そう言って店主は別の鼠の置物を取り出すと別の鼠の置物に五円金貨(現在に置き換えると一万五千円ほどであります)を入れるとなんと奇妙なことに、ちゃりんと音が鳴ると最初の鼠の方から金貨が出てきたのでありました。

「――と、このように最初の鼠の方に金が移る仕組みになっていまして」

 ――面白いと思いませんか? と店主は口元に弧を描くように笑みを浮かべたのでした。。

 結局、男は店にあった鼠を全て買い取ったのでありました。



 鼠の仕組みは不明でしたが、店主に説明を聞き、男は鼠を使い儲けようと考えたのは仕方のないことだったのでござましょう。人は欲に目が眩む生き物なのです。

 さてさて、鼠の使い方ですが、鼠には親鼠、子鼠の二種類がございます。子鼠の方に銭を入れると親鼠の方に銭が移動します。そして親鼠の方に銭を入れると子鼠の方に移動するのですが、その際、親鼠の頭を撫でると最後から二番目に銭を入れた者に一定の額、そしてそれ以外の、以前から鼠であった者には残りを分け合うという仕組みになっていました。。何とも奇妙奇天烈な仕組みでありましたが、男には都合のいい仕組みでありました。


 男はその鼠を古い友人に買わせ、お代は鼠に入れるよう指示しました。そして別の友人にその価格に一円足して売るようにも指示しました。友人は単純な男で、男の言う通りのまま別の友人に一円高く鼠を売りつけました。そして鼠にお代を入れると、男の元に来ます。男はその一円を省いた銭をそのまま友人に渡しました。そしてその友人の友人はまた別の者に売り、男と友人は一円ずつ貰い、後は友人の友人が残りを貰います。

 繰り返し繰り返し、男は金持ちになりました。と、同時に鼠は巨大になっていきました。

 何度も何度も多額の銭が移動するからか、鼠は膨らみ、巨大になってのであります。

 男は大層驚きましたが、便利になったから問題ないと特に気にしませんでした。

 ただ。あの鼠屋の店主は「鼠の餌である銭は欠かさず与えてくだせえ」と言っていたような気がしましたが、男は気にせずこの商売を続けました。


 そしてある日のことです。その頃鼠は男の背ほどの高さになっていました。

 男はもう鼠に銭を入れていませんでした。男はもう十分儲かったので鼠に銭を入れるという面倒な動作をやめ、その金を持ってここから逃げ、新たな人生を歩もうと考えていたのです。怒り狂った友人も大金を与えると簡単に従いました。後は逃げるだけです。

 が、しかし、そう上手くいかないが人生というものでございます。

 鼠が動き出し、男にかぶりついたのでありました。

「ぎゃあ!」

 男はその痛みに声を上げ、逃げ出そうとしましたが、その巨大な鼠は男の身体を圧し潰すように倒れたのでございます。それにより男は鼠に食べられてしまったのでした。最後の抵抗と彼は鼠の頭を掴もうとしましたが、鼠の頭に触れた所で彼は力尽きたのでした。


 そして――等分されました。

 最後から二番目に銭(えさ)を与えた子鼠に身体を、そして残りの部位は他の子鼠で等分されました。


 ――と、まあ、縁で稼いだ銭は縁が切れると失ってしまいます。それが銭だけで済めば御の字でしょうけれど。彼は不幸なのでしたとさ。いやはや、欲と言うものは恐ろしいですね。ではそろそろあたしも逃げるとしましょうか。あなたも狐に騙されないよう気を付けた方がよろしいかと。欲がある方は歓迎しますが、ね。

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鼠の置物 煮卵くん @oobaaaa

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