第30話「愛すべき退屈な日常」

「「なあ、なんか面白い事ないかなあ」」


 僕らはハモった。夏休み明け、僕らは退屈で死にそうだった。高校2年の中だるみ。部活もバイトもしてない僕らは、とにかくとにかく退屈だった。


「そうだ!この椅子使って遊ぼうぜ」


 と、友達が言った。


「どうやんだよ!」


「こうやんだよ!」


 友達は椅子を後ろ向きに座ったかと思うと、背もたれに両手を置き、両足を思いっ切り左右に開いたのだった。


ヴォーン、ヴォヴォーン!


 エグゾーストノートを響かせて、僕らは朝方の峠にいた。コーナーを攻める!最高シフトからのクラッチ。2速でエンブレ、そして僕らはハングオンを決めた。コーナーの立ち上がりに見たものは!


「はい!授業始めるぞ~」


 古文のゴリラオヤジの顔だった。




 次の休み時間。


「今度はお前の番だぜ!」


 と、友達は言って、僕に椅子を差し出した。


「マジかよ~!椅子縛りかよ!?」


 仕方がないから考えた。


「よし!山に登ろう」


 僕らはエベレストに登っていた。


「えー只今、頂上まであと200となりました。そちらから確認出来ますか?」


 僕は無線でベースキャンプと交信した。


「えーこちらでは確認出来ません。非常にガスが濃いです。無理せず頂上アタックをお願いします」


「了解しました」


 僕がそう言って、足を上げると……


「それが彼の最期の通信だった」


 と、理科の先生がナレーションしていた。


「それでは!授業始めます」




 次の休み時間は、昼休みだった。


「いや~椅子縛りは面白かったなあ。じゃあ飯食おうぜ!」


 と、友達は僕の席に来て言った。


「なあ飯だけど……」


 僕らはそして中庭にいた。そして椅子に座っていた。僕らは椅子をかついで中庭に来たのだ。


「机も持ってくりゃ良かったなあ」


 友達はそろえた膝に弁当置いて、姿勢良く食べていた。


「なんだよ!その格好~」


「仕方ないだろ~!生まれがいいから、足がそろっちゃうんだよ」


 僕らは中庭で、昼ご飯を食べた。まだ暑い日差しの中。


「今年は残暑厳しいってさあ」


 汗だくになって食べた。


 午後の授業になった。とにかくとにかく退屈だ。時計のやつは壊れてんじゃないかというくらい、全く針が進まなかった。僕は次の椅子ネタを考えていた。




 やっと休み時間になった。


「お前の番だせ!」


 と、友達は言った。僕は……


「もう降参!!」


 と、言った。なんにもアイデアが浮かばなかった。




 放課後になった。


「なあ今日は、うち来いよ!」


 てな訳で友達の家に言った。友達の家の駐車場には、スズキのカタナが置いてあった。友達は……


『兄貴の形見なんだ』


 と、以前に来たときに言っていた。友達の部屋には兄貴の影響か、バイクやエレキの雑誌や漫画が置いてあった。


「今日はこれ読もっと」


 僕は違うバイク漫画を読み出した。


「コーラでいいよな?」


「あっうん。じゃあ頼む」


 しばらくすると、友達はコーラを持って来た。友達はジャスミンティーを飲んでいた。しばらくして……


「ぶはっ!」


 僕は思わず吹き出した。


「そのシーン笑えるよな!」


 と、友達は言った。


「お前分かるの?」


「それぐらい分かるさ」


 友達はベッドの上で足を組み直した。またしばらくして、僕は漫画を読み終えた。漫画から目を離して前を見ると、ベッドの前に座ってたから、友達のパンツが丸見えだった。


「お前さあ、足ぐらい閉じてろよ~!」


 と、僕は言った。縞パンだった。


「あっ、ごめん」


 友達は足を揃えてお姉さん座りになった。そして本当に済まなそうにしていた。僕は冗談のつもりだったから悪い気がした。


「そういや、ハングオンしてる時、パンツ見えてんだけど……」


「パンツ程度で動揺すんな!サービスだよ。サービスサービス!!」


 友達は明らかに動揺していた。


「誰かに見られたかな?」


 問題はそこか!?


「大丈夫、僕だけだった」


「じゃあ良かった」


 なにがいいんだ!?と思い言いかけた瞬間、友達は読みかけの雑誌に目をやっていた。なので、僕は言葉を引っ込めた。しばらくして……


「なあ、お前は縞パン好きか?」


 友達は僕に言った。


「えっ!?」


「縞パン」


 僕は正直に答えた。


「まあ、縞パン好きだけど……」


「じゃあ、良かった」


 友達は雑誌から目を離さずに僕に言った。漫画を読み終えた僕は、手持ち無沙汰になり、部屋の片隅に置かれた、友達のギターをおもむろに触った。


「アンプつなぐか?」


 と、友達は言った。

 

「いやいい」


 僕はストラトキャスターのヘッドから、ピックを取ると、ブルーノートを爪弾いた。


「お前、上手くなったなあ」


 友達は言った。


「ただ単に音階を弾いただけだよ。何かリフっぽいメロディーが弾ける訳じゃないし」


 僕もギターを持っていた。友達と同じストラトキャスターでなく、僕の持ってるのはレスポールだった。


「お前って、レスポール好きだよなあ」


 そう僕はレスポール好きだ。あの形がいい!


「エッチ!」


「えっなんで!?」


「だいたいレスポール好きは、女好きなんだよ~。形からしてそうだよなあ~。ボンキュボンで!」


 なんでだよ!?


「密かに、レスポールにパンツ履かせてるに違いない!」


 どうしてそんな発想になる!?


「だいたいパンツなんて持ってないし……」


「じゃあ、オレのあげようか?」


 なんでそうなる!?なんか今日はやけに絡むなあ。と、思っていたら……


「なあ、○○ってどう思う?」


 と、友達が言った。


「○○?ああ、髪の長い」


「お前、髪長いの好きなんだ」


 確かに髪は長い方が好きだけど……


「短くて悪かったな!」


 なんでキレてる~!?僕、聞かれた事に答えただけだろ~。


「○○は可愛いよね?」


「まあな」


「○○はギターやってる奴が好きなんだって」


「あっそ」


「○○は……」


 それからは、○○って女の話ばかりだった。だから……


「あのさあ。僕は○○の事は良く知らないし!!」


 と、つい怒鳴ってしまった。その瞬間、友達はビクッとして、見る見るうちに、目にいっぱいの涙を浮かべていた。


「あっ!こっち見るなっ。こっ、これは違うんだから」


 ポロポロポロポロと涙が落ちた。友達はそのまま膝をかかえ、顔を見せないように、うつむいた。そのうち……


スンスン


 と、鼻をすする音だけが部屋に響いた。


 それからどれだけ時間が経っただろうか?西日に部屋が照らされてオレンジ色になった頃。


「ごべんでっ」


 鼻づまりの声で友達が言った。


「ごべんで。ほんどうに、ごべん」


 うつむいたまま、膝を思い切り抱えたまま、友達は言った。


「僕さあ。○○は第一、好きでもなんでもないからな」


 僕はそう言うのが精一杯だった。そして付け加えた。


「あと僕、……髪短いのも好きだから。じゃあ、今日は帰るな」


 僕はそう言うと、友達の部屋を出た。


 帰り際、駐車場のカタナを見た。左のステップと左のミラーが折れていた。そしてカウルが少し傷ついていた。なんだか今日はカタナが悲しく見えた。




 次の日……


「そういや、お前ら付き合ってんの?」


 男友達の一人に聞かれた。良く聞かれる言葉。


「いや、付き合ってはないと思うよ」


「なんだよ~それ~!?」


 男友達は笑っていた。




 僕と友達は、同じクラスになってから知り合った。


『ねえ、今日。楽器屋行かない?』


 そう言ったのが友達だった。その日、二人で楽器屋に行った。


『雑誌見てたからさあ。休み時間』


 友達は、僕と同じ音楽雑誌を読んでいたのが分かった。


『オレ、オーバードライブ好きなんだよなあ』


 という友達の言葉に……


『僕はクリアトーンで、コンプレッサーかな』


 と、話していたのを覚えている。そして楽器屋ではエフェクターにギターをつないで響きを楽しんだのだった。




『久しぶりに楽器屋に行こうかな』


 僕は学校が終わると、そのまま楽器屋へ行った。


 駅前の通りを抜けると、良く行く楽器屋があった。僕はここに来て色んなギターに触れるのが好きだった。


「なんかあったかい?」


 店長が僕に聞いて来た。


「いえ別に」


 僕は答えた。僕は吊ってあるレスポールを見た。トラ目のクリア塗装の奴だ。


「なあ、たまにはこれ弾いてみなよ?」


 店長は、上の方にある、ES335を取ってくれた。年代物で僕にはとても買えない物だった。


「まずはエフェクター無しで味わってくれよ」


 そういうと、店長はシールドをフェンダーアンプに差し込んだ。しばらく弾くと……


「じゃあエフェクターな。まずはオーバードライブ」


 ソリッドに近い、倍音の効いた音の波がエフェクターでさらに響き渡った。


「リバーブもいいよ。ディストーションも気持ちいいから」


 店長は色々とエフェクターをつないでくれた。ES335の綺麗な歪みに、僕は酔った。明らかに音が違っていた。その後、店長はグレッチを出してくれた。


『今日はなんか、いっぱい弾いちゃったなあ』


 時計を見ると7時になっていた。4時半に楽器屋に入ったから、かれこれ2時間半も弾いていたのだ。僕は楽器屋をあとにした。


 それからしばらく、僕は楽器屋に入り浸っていた。その間、友達とは全く遊ばなかった。




 そしてある日……


「なあ、今日ヒマか?」


 友達が、登校して早々に僕に聞いた。


「ああ、大丈夫だよ」


 と、答えると……


「そうか」


 と、言って友達は自分の席に戻った。そして放課後になった。


「ちょっと来てくれ」


 と、友達は言うと通学路とは反対の方向に歩き出した。しばらく歩くと公園に着いた。そこには銀色のカタナがあった。


「直したの?」


 と、僕は聞いた。


「後ろに乗って」


 友達は僕に、メットを渡した。メットは僕の頭にぴったりだった。


ヴォーン!


 と、エンジンがかかる。僕は友達の後ろに乗った。


「しっかりつかまって」


 友達は僕の両手をつかむと、自分の腰から前に引っ張りお腹で結ばせた。


『えっ!マジかよ。これって、抱き締めてる事になるじゃん!?』


 と、思ったのもつかの間、カタナは走り出し、僕は振り落とされないよう、友達を抱き締めざるをえないのだった。


一時間ほど走っただろうか?カタナは大きな公園に止まった。僕が降りると友達もスカートをひるがえしながらカタナから降りた。縞パンが見えた。メットと脱ぐ。友達はすぐに……


「飲み物買ってくる」


 と、言って自販機に向かった。しばらくするとコーラと午後ティーを持って、友達が帰って来た。


 僕らは、飲みながら次の言葉を考えていた。遠くでサックスの音が聴こえる。沈黙を破ったのは友達だった。


「本当は一年の時から知ってたんだ。でも言えなかった。友達から先になれなくて、友達にすらなれなくなるのが怖かった」


 と、彼女は言った。


「オレ達は友達で、だから友情でつながっていて……だけどオレ……」


 友達は下を向いていた。


「僕も前から知ってたよ。キミが1年の時から」


「えっ!?」


「やっとこっち向いてくれたな!」


 僕は彼女と目が合わせられて、嬉しくてニカッと笑った。


 でも彼女は真っ赤になってすぐにうつむいてしまった。しばらく沈黙が続いた。


「可愛いなあって、思ってたんだよ」


 次に沈黙を破ったのは、僕だった。


「えっ嘘?」


「本当だよ。そういや髪長かったよね?」


 と、僕が言うと……


「やっぱり長い髪が好きなんじゃん」


 と、友達はつぶやいた。


「だけど髪をばっさりと切ったんだよね」


 友達はビクッとした。


「兄貴が……兄貴が死んだから」


 と、友達はつぶやいた。


「オレは兄貴が大好きだった。兄貴のようになりたかった。だから死んだ兄貴のように髪を短くしたんだ」


 彼女の髪はスポーツ刈りだった。一見したら柔道か空手をしているのかと思うほどだ。それなりに似合っていたし格好も良かった。


「でも私は女で、兄貴のいる世界には近づけなかった」


 僕は彼女の部屋を思い浮かべていた。男の子のような部屋。趣味はギターやバイク。きっと沢山、背伸びしたんだ。


 僕はそう思うと、胸が詰まる思いがした。


「キミはキミのままでいいと思うよ」


 僕はそう言うのが精一杯だった。僕はコーラを飲んだ。


 遠くから聴こえるサックスの音色はブルースを奏でていた。夕陽が沈んでいく。


「帰ろっか?」


 と、彼女が言った。彼女はメットをかぶるとカタナにまたがった。


ヴォーン


 と、いうエンジン音と共に、ヘッドライトが木々を照らす。


「乗って!」


 彼女の声に、僕もメットをかぶると後ろに乗った。そして彼女にギュッとつかまった。




 次の日からは、いつもと同じ日々が始まった。


「「なあ、なんか面白い事ないかなあ」」


 僕らはハモった。僕らは退屈で死にそうだった。高校2年の中だるみ。部活もバイトもしてない僕らは、とにかくとにかく退屈だった。


「なんかない?」


「そうだなあ……」


 僕はペン回しを始めた。


「どうやんの?」


「中指と親指ではじくんだよ!」


「わっ!」


 彼女が、はじいたシャーペンが僕に飛んで来た。シャーペンは僕の頬にぶつかった。


「ごめ~ん!」


 彼女は慌てて謝った。


「大丈夫だよ」


 僕はそう言ったけど……


「あっ!血が出てる~。ごめんねごめんね」


 彼女は明らかに焦っていた。


 彼女は、スカートに手を入れてハンカチを取り出した。そして僕の頬に当てようとして……


ガタンッ!


 こけて、僕に倒れて来た。そしてそのまま、僕も一緒に椅子ごと倒れたのだった。


 周りに誰もいなければ、きっとそのまま、彼女を抱き締めていた所なのだが……


「おっ!またまた夫婦で何かしてる~」


 男友達が冷やかしの声を上げた。周りの友達が僕らを見て笑っていた。


「ごめんね、ごめんね」


 彼女は僕に覆い被さりながら、僕に必死に謝っていた。


 彼女と一緒に、僕は起きあがると……


「大丈夫だよ」


 と、彼女に言った。目が合った。


 彼女は顔を真っ赤にしている。そう、いましがたしてしまったのだ。







『唇、柔らかかったなあ』


 こうしていつものごとく、退屈な日々は続いていくのだった。


おしまい





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