第28話「リトル・バケーション」
いつものように、流れるTV番組。それを切り裂くように、突然、画面が変わった。
「え~突然ですが、臨時ニュースです。先ごろ内戦の収まった○○国で、王女の婚礼式が行われる予定です。お相手になられるのは、日本人の男性で……」
この日は、どの番組に変えても、この話題で持ちきりだった。
◇◇◇
小学時代の事だ。町の一角にある豪邸。そこには、たまにしか人の気配がなく、夏場はなんと、カブト虫やクワガタの穴場になっていた!
ご多分にもれず、僕も朝方に忍びこんだ。クヌギの木を蹴ると、バラバラとカブトやクワガタが落ちてきた!!でも虫かごに入れている時……
「何してるの?」
と、背後から声がした!僕がビックリして、振り返ると女の子がいた。フリフリの白いワンピースを着ていて……こんなのを本当に着る人間がいるんだ!と思った。
「何してるの?何?虫?」
僕は、アワアワしながら答えた。
「カブトやクワガタを、とっていました!」
と、言ってから、頭を下げ虫かごを差し出した!
「へえ~!これが日本のカブト虫なんだあ」
と、女の子は興味深々だ。女の子は……
「持って帰っていいよ!」
と、言った。
「私ね、この屋敷に今、独りで住んでいるの!あっ、独りって言っても、一人じゃなくて、ジイヤと、警護……じゃなかった、世話してくれる人もいるんだけど、遊び相手がいなくて……だから遊んでくれるなら、虫あげる!!」
と、女の子は言った。その日から僕は早速、遊びに行った。正面のドデカイ門の呼び鈴を鳴らしたが、誰も出なかった。
面倒くさいから、僕は昨日潜りこんだ、登りやすい塀の所に行った。中に入ると……
犬がいた!!
「ヤベっ!」
僕は、とにかく逃げて走った。中庭を抜けると、噴水があった。そこには、朝方に出会ったあの子がいた。後ろを振り返る。犬が飛び掛ってきた!!
『もうダメだ!』
という所で……
ピーッ!
あの子が口笛を吹くと、犬が止まった。
「ゴメンね!うちのジョンは番犬なんだあ。大丈夫?」
と、女の子は言った。それから僕らは、他愛もない遊びをした。
「それっ!」
と、噴水での水切り。水面をピョンピョン、小石が跳ねた。
「ヨーロッパでは、シエスタって言うんだよ」
木陰で、ハンモックでの昼寝。ウトウト、とろとろ、心地よい眠りに僕らはついた。
「怖いよ~」
「大丈夫だって!」
一緒の木登り。つないだ手をしっかりと握り、二人で眺めた町の風景。
「私ね、本当はお姫様なんだよ!でもナイショね、アハハハっ」
木登りした木の木陰、女の子は僕の耳元でそっと囁いた。毎日、僕は屋敷に行った。そしてある日、ジイヤが言った。
「ありがとうございます。ずっと塞ぎ込んでいた、お嬢様が嬉々として喜ばれている姿を見て、今は亡きお父上様も喜ばれているかと思います」
ジイヤは、深々と頭を下げた。
「きゃあっ!やったなあ~」
水鉄砲合戦。遊び終わったら、二人とも頭からビショビショになっていた。ジイヤが持ってきてくれたバスタオル。女の子と同じ匂いがした。
「なあ今度、海に行ってみない?」
「えっ?……うっうん。そうだね!……いつか、一緒に行ってみたい」
一緒にアイスクリームを食べる。あの時の、女の子の遠い目に、僕は気づかなかった。
「ねえ、もし生まれ変れたら……何になりたい?」
「僕は……宇宙飛行士!」
「それなら今からでもなれるよ!」
「そっかあ?オレ頭悪いからなあ~」
真っ赤な夕日が町を飲み込むように沈んでいく。
「私は……普通のお嫁さん……かな」
ずっと続くと思っていた日々。いつものように屋敷に行くと、屋敷はもぬけの殻だった。誰もいなかった。
あの子と遊んだ中庭には、いつもと同じ日差しが入り込んでいた。昨日と同じ風が流れた。いつもと同じなのに……
だけど、女の子も誰もいなかった。
夕方から、TVで特番が組まれていた。とある国のお姫様が、極秘で僕らの国に逃げて来ていたそうだ。
その国は内戦が激しく、命を狙われているとの事だった。そして、お姫様のインタビューが始まった。
「私は、自分の生まれた国を守るために祖国に帰ります。この国で、出合った人々、過ごした日々は宝物です。決して忘れません。ありがとうございました。」
と、あの女の子がテレビの中で言っていた。
◇◇◇
あれから、十数年の時が流れた。あの子の国は、今も内戦が続いている。そして僕は今、機内にいる。
『私ね、本当はお姫様なんだよ!でもナイショね、アハハハっ』
あの日、木登りした木の木陰で、女の子が僕の耳元で、そっと囁いた言葉。あの後には続きがあった。
「キミってお姫様なんだよね」
「えっ!あっ、あれの事!?……ごめ~ん嘘うそ!冗談」
「えっ、なーんだ!本当なら、僕を王子様にしてよ!って言おうとしたのに~」
「えっ、なんで?」
「そしたら、お嫁さんになる夢、叶えてあげられるかなって思って!あははは」
その日見た、大きな夕日に染まりながら、僕たちは、かりそめの約束をした。立会人は、番犬のジョンだった。
やっと準備は整った。だから今、僕は君に会いに行こうと思っている。問題は、僕はただの人間で、なんの肩書きもないって事だ。
だから、本当に会えるかどうか分からないという所なんだけど……だけど……だけど。
「確率」はゼロじゃない!
僕はリュックに、日常に必要な物を入れ、そして「願い」と、「希望」を詰め!今、高度1万メートルを、時速850キロで君に向っている。
僕のたった一人の……
お姫様に会いに。
おしまい
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