第26話「ごめんねって言いに来た」

 ある日、僕は死んでしまった。


 大好きなご主人の男の子が、学校から帰って来るのが見えた。


 だから、いつものように走っていったら……


「だから、走ってくるなって毎日言ってるんだよ」


 僕を抱きしめる、男の子の泣き声が聞こえた。


 それが、僕がご主人からもらった最期の言葉だった。


 その後、僕の体はバスタオルで一晩、くるまれたあと、次の日の日曜日に、庭の片隅に埋められた。


「ちょっと出かけてくる」


 男の子のお父さんが言った。


 お父さんは、僕を埋める穴を掘ってくれた。


 男の子は僕のお墓の前で泣いていた。


「きっと今頃、羽を羽ばたかせて、天国に向かっているわ」


 男の子のお母さんがそう言って励ましていた。


 やがて雨が降って来たので、男の子は傘をさしてお墓の前に立っていた。


 途中、出かけていた、男の子のお父さんが帰って来た。


「土になって、やがて違う命になるんだよ」


 そう言って、男の子のお父さんは、雨の中、小さな苗木をお墓の小山の上に植えた。


 それからずっと男の子は、学校とご飯と寝る以外は、僕のお墓の前に立っていた。


 僕はずっと、その様子を見ているのだった。


 そして一週間経ったある日。


『あれ!?』


 僕が気がつくと、僕は男の子の部屋の中にいた。


 男の子はベッドでスヤスヤと眠っていた。


「くぅ~ん」


 僕は小さな声で鳴いてみた。


 男の子は起きなかった。


「くぅ~んくぅ~ん」


 僕はもう一度、鳴いてみた。


 でも男の子は起きなかった。


 だから僕は……


「起きて」


 と、男の子に言った。


 男の子がハッとして目覚めた。


「だっ誰?」


 男の子はベッドの上でキョロキョロしていた。


「僕だよ。犬の僕だよ」


 僕は男の子に言った。


 男の子はビックリしていた。


 そりゃそうだ、死んだはずの僕がいるんだもの。


「死んだよね?まさか幽霊!?」


 男の子が言った。


「僕、幽霊になったのかあ」


 僕はクルクルと回りながら男の子に答えた。


「じゃあ、幽霊かどうか調べるよ。そのままドアを通り抜けて戻って来て」


 男の子が言った。


 僕は男の子がの言う通りにドアに向かった。


 すると閉まっているドアの向こうに、僕の上半身がスッと通り抜ける事が出来たのだ。


 僕の上半身は廊下にあった。


 すると、トイレに向かうお父さんが僕の前を通過した。


 僕は部屋に戻った。


「やっぱり幽霊だね!」


 男の子は言った。


「そして分かったのは、犬は幽霊になると、おしゃべりが出来るようになるんだね!」


 男の子はそう言うと、僕を久しぶりに抱きしめてくれたのだった。


 僕は男の子の腕の中いた。


「僕どうしたのかな?死んだよね?」


 僕は男の子に言ってみた。


「死んだよ、目の前で。そのあと、庭に埋めた」


 男の子は不思議そうな顔をして言った。


 僕はベットの上で、男の子に抱きしめられていた。


 男の子の匂い、男の子の声が、暖かさとともに僕を包んでいた。


 そうやって僕たちは、空が明るくなるまでずっと一緒にいたのだった。


 そして僕は、いつの間にか眠ってしまった。


 次に僕が気がつくと、男の子の部屋に居て、また夜だった。


 男の子はベッド上で起きていた。


「待ってたよ!」


 と、男の子はいった。


 僕は男の子に飛びついて、抱っこしてもらった。


「今日、学校を休んじゃたよ!」


「えっなんで?」


「だって眠かったんだもん。それにキミの話をパパとママにしたら、学校を休んだほうがいいって話になったんだ」


「そうだったんだ」


「そうそうパパが、廊下で会った夢を見た!って言ってたよ」


 そう言うと男の子は、僕の頭を優しくなでてくれた。


「ねーねー散歩行きたい」


 僕はふと思った事をいった。


 僕は男の子との散歩が大好きだった。


「そうだね、行ってみようか!」


 そう言うと僕らは、こっそりと窓から抜け出し、外へと散歩に出かけたのだった。


 点々としか街頭に照らされていないアスファルトの道。


 その全体を月の灯りが、ほのかに照らしていた。


「あっ!虫が飛んでたよ」


 僕が駆け出すと、男の子も駆け出した。


 深夜の幹線道には、車もなく人も居なかった。


 道路の真ん中を二人して歩いた。


「僕一度、道路の真ん中を歩いて見たかったんだ」


 僕は尻尾を立てて真ん中を歩いた。


 公園に着いた。


 すると男の子はポケットから、小さなゴムボールを取り出した。


「さあ、取っておいで!」


 僕は投げられたボールの軌跡を追った。


 落下地点で大ジャンプ!


「すごい~!ナイスキャッチ!!」


 僕は生きていたとき以上に、生き生きとジャンプをしたのだった。


 それから芝生の広がるグランドに行った。


 二人でつかみあったり、転げあったりした。


 遊んでいるとあっという間に時間が経った。


 周囲が段々と明るくなった。


 背の高い杉の木の先が明るく輝き出すと、僕は急に眠くなってきた。


「おーい!」


 ご主人の声が聞こえる。


 でもとても眠くて、僕は体を丸くし眠った。


 またまた気がつくと、男の子の部屋で、外は真っ暗だった。


「待ってたよ」


 僕の目の前に、ご主人の男の子の顔があった。


「消えて居なくなるからびっくりしたよ」


 そういって男の子は、僕を抱き上げた。


「お前、また体が冷たくなってるよ」


 男の子が言った。


 男の子と居る時間は、とても楽しかった。


「今日も学校を休んじゃった。昨日の夜の事をパパとママに話したら、また休みなさいって言われたよ」


 男の子の話を聞きながら、なんだか忘れている事があることに、僕は気がついていた。


 そうだ、僕はこれを言うために来たんだった。


「ねえ、僕らが会った場所に行こう!」


 僕はそう言った。


 僕らは公園に向かった。


 中央に大きな池がある公園。


 僕はその池のほとりで、段ボールに入れられ捨てられていた。


 その時、僕は赤ちゃんだったので、それ以前の記憶はなかった。


 そこに男の子がやって来て、パパとママに相談し、僕を飼う事になったのだ。


「僕はご主人に飼ってもらって嬉しかったよ」


 僕が言うと、男の子は涙ぐんでいた。


「お前と居て楽しかった。一緒にいてくれてありがとう」


 男の子が僕に言った。


 なんとなく、これで最期というのが分かったのだろう。


「ごめんね」


 僕は男の子に言った。


「僕ね。僕が死んでから、ご主人がとっても悲しくなるのを見て、僕も悲しくなったんだ」


 男の子が僕をギュッと抱きしめた。


「ずっと悲しい気持ちにして、ごめんね」


 僕が言うのと同時に、ポタポタと僕の頭の上に落ちて来るものがあった。


 男の子が声を押し殺して、泣いているのが分かった。


「ごめんね!って言いに来た。ごめんねって言うの忘れてたからやって来た。でも言えたから僕行くね。バイバイ!」


 僕は男の子の腕をすり抜けた。


 あっそうだ!これも言わなくちゃいけなかった。


 僕は振り返って、男の子に言った。


「新しい犬を飼う事になったら、僕の代わりに可愛がってあげてね!」


 僕の心が、すっきりとした気持ちになったのを感じた。


 僕の体は薄暗く輝くと、足元から次第に消え出した。


「バイバイご主人様」


 僕はそう言うと、明るい光が輝いている暗闇の向うに、駆け出していったのだった。


 どうかご主人に……







 笑顔が満ち溢れますように!


 と、願いながら。


おしまい

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