第24話「爺ちゃんからの電話」

 爺さんが死んだ。朝方の急性心不全が死因だった。


「よく……来たねえ。10年ぶりかい?」


 親族一同、まさか俺が帰ってくるとは思わなかったようだ。


「かかりつけの医者が看取ってくれたお蔭で、警察の司法解剖をせずに済んだんだよ」


 みな、これからの通夜の用意や、何ならで忙しそうだ。俺はひとまず、喪服を鴨居にかけた。さっきから弔問客がひっきりなしだ。


「爺さん、意外と顔が広いんだよ」


 婆さんが言った。地元の将棋仲間、飲み屋の仲間、園芸仲間……通夜が始まると、さらに広さが分かったっていった。


 町会長はもとより、議員や役所の所長、区長や市長もやってきた。ひょんな所で、人間関係がつながっていたうだ。


 通夜で弔問客をもてなし(とは言っても、婆さん達がやってて、俺はビールと寿司を食ってただけだが)が終わると、後片付けが始まった。


「お前、今夜泊まってくれるかい?」


 婆さんが言った。


「そうだよ、あんた!身内が線香を絶やしちゃダメだよ」


 婆さんの妹たちが俺に言った。もとより葬祭所に泊まるつもりだった。


「ああ、俺が一晩中、線香みてやるよ」


 みな安堵した表情だった。


 葬儀を体験して分かったが、葬儀の当事者は細かいことで忙しいのだ。故人を偲んでる暇がない。葬儀の手配で疲れている婆さんには、寝てもらう事にした。

 

 深夜、お棺の小窓をのぞく。


「おい。おい。爺さん?」


 本当に死んだという実感がなく。俺は爺さんに呼びかけてみた。もちろん返事はなかった。


「爺さん、本当に死んだんだな」


 俺はビールを飲みながら、1時間おきに新しい線香を付け足していった。


ブルルル……


ブルルル……


 うたたねをしていたらしい。今週は会議と資料作りでほとんど寝ていなかった。電話を探す。


「あれ?」


 テーブルに置いてあった、自分の携帯は鳴っていなかった。


ブルルル……


 どうやら、祭壇の方で鳴っているようだ。


『全く誰だ?弔問客が携帯を祭壇に忘れていきやがったか?』


 俺は、祭壇で鳴っている携帯を探した。


ブルルル……


「はいはい、今でるよっ!ったく、めんどくせ~なあ」


 携帯は探したが……お棺の周りのどこにも無かった。


ブルルル……


「えっ!?」


 呼び出し音は……







 お棺の中からだった。


「わっ!!」


 俺は焦って飛び退いた。


ゴンッ


「あたたたっ!」


 その弾みで、転んで頭を打った。俺はふらつきながら、恐る恐る祭壇に近づいた。確かに……




 お棺から、鳴っていた。


「ちっ!誰の冗談だよ」


 全く、冷静に考えりゃ分かることだ。


 誰かが間違って入れちまったんで、燃やしちゃマズいから、電話してきたんだな!婆さんか?それとも婆さんの妹たちか?

 

 俺は落ち着いて、お棺のフタをあけた。爺さんは菊の花に包まれていた。その爺さんの足元で、携帯が鳴っていた。


ブルルル……ピッ!


「はい、もしもし?」


 俺は、携帯に出た。


「もしも~し!」


 反応がない。


「おい誰だ?こんな深夜に!」


 俺は壁にかかってる時計を見た。2時少し過ぎだった。


「……かっ……かっ……」


「誰だ?あんた!」


「すまん…かっ……忙しい所、すまんかっ」


 聞き覚えある声。俺は、ハッとした。


「爺さん!?」


 電話は、死んだ爺さんからだった。


「忙しい所を呼んで、すまんかっ」


 懐かしい声。俺が町を出て、10年ぶりに聞く声だった。


「おい爺さんなのか?本当か?」


「本当だっ」


「じゃあ……」


 俺は、爺さんと俺にしか分からない話しをした。


「じゃあ、あれはどこに隠した?」


「外の植木の左から二つだ」


「じゃあ、佐藤さんちの空で見たのは?」


「銀色の円盤じゃ」


 俺は涙が溢れてきた。


『爺さん、爺さんなのか?本当に!?』


「所で、そこはあの世なのか?」


「わからん。なんも分からん……ただ、もしかしたら神さんが、何かのご褒美にしてくれたのかもしれん」


「そばに神様がいるのか?」


「いんや、なんもない。電話があるだけだ」


「明るいんかい?真っ暗なんかい?」


「明るくも暗くも、ない」


 話していて、埒(らち)があかない感じがしたので、この話しはやめた。


「爺さんは、なんで死んだ?」


「すまんかっ、本当に忙しい所をすまんかっ!どうやら心臓みたいだ。……ところで仕事はどうじゃ、順調かっ?」


「ああ、忙しいけど。順調さ」


「そうかっ。ちゃんと食べちょるか?」


「まあまあ、かな?」


「そうか!それは良かった」


 その後、俺と爺さんの話しは弾んだ。


「そうそう、ワシの口に酒飲ましてくれ!」


「はあ、そうしたら飲めるのか!?」


「いや、わからんが……ちと飲みたくなってなあ」


 俺は、祭壇に置かれてた日本酒を湯飲みに注いだ。


「ほら、こうか?」


 爺さんの口元に湯呑みを当てた。爺さん、酒好きだったからなあ。口元に当てた湯呑みからは、酒がこぼれ流れていった。


 やっぱり飲める訳……


「ヒックッ……自分の子どものように育てとっ」


 飲んだのか!?てか、もう酔ったのかっ!?電話先の爺さんは、出来上がっていた。


「ヒックッ、すまんなあ、俺らが引き取って育てたばっかりに、おまえに辛い思いさせて」


「そんな事っ……うぐっ……ない!」


 普通にしゃべろうと思ったら、なぜか涙がでた。


「なんとか学校出せて、仕事就いてもらってホッとしてた所だ」


 爺さんは、俺が家に来た頃からの事を話しだした。


「小さい頃は、風邪をよく引くから、一晩中、婆さんとかわりばんこで看たんじゃよ」


「そっかあ」


「あの事故の時は、本当に肝を冷やしたぞい」


「ああ、バイク事故かあ……」


 俺と爺さんは話に盛り上がっていた。


 気づくと朝まで話しをしていた。


「そろそろ夜明けじゃ。なあ……」


「なに?」


「ええ嫁さん見つけなよ~」


「ああ」


「じゃあワシ、電話を切るよ」


「ああ……」


「じゃあ、元気でなっ……」


「ああ……







……爺さんっ!」


「……なんじゃ?」







「育ててくれて……ありがと」







「……ああっ……いや、いいんじゃよ」


 そういうと電話は切れた。電話先の爺さんも泣いていた。

 

 朝日が窓から入ってくる。


「おはよう」


 隣の部屋で寝ていた、婆さんが起きてきた。俺は婆さんに爺さんの携帯を見せた。


「その携帯!……あんたが稼いだ金で買ってくれたって、爺さん喜んでてね」


 俺は、お棺の爺さんを見た。


 生きてる時は、いつもいつも、いかめしい顔の爺さんが……







 ニンマリと笑った気がしたのだった。


おしまい



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