幕間

 幼い頃を思い返すと、当時は意味の分からなかった事が、いまになって解釈できる。


 なぜあのとき怒られたのかとか、あのとき大人たちは何の話をしていたのかとか。


 その作業を経て初めて、漠然としていた思い出が、明確な記憶となる。


 彼女はいま、そうした作業の真っ最中だった。


「この子が患っているのは先天性の呪症だ」


 男性の硬い声が言っている。


 時系列が曖昧な情景は、夢を見るように次の場面へ。


「霊脈が未発達で、呪的抵抗力が低い。成長するにつれて肉体と霊体の誤差が広がり、症状は深刻化していく。霊媒手術で霊髄を移植できれば或いは……」


 男性の声は、幼い子供の行く末を憂えているようだった。

 彼女のぼやけた視界には、赤い髪の幼児が見える。


「なら、私のをこの子に。あなたなら施術できるでしょ?」


 女性の声が、男性とは好対照な明るさで提案した。


「それはできない。そんな真似をすれば君が――」

「初めから長生きできない体だもの。ならせめて、ね」


 男性と女性の会話が、我が子を巡る夫婦のものなのだと、ようやく理解できた。

 その子の命運を定める会話に、自分は立ち会っていたらしい。


「せっかくだから、侶魔りょまも受け継いでもらいましょう」


 ここで初めて、女性が自分の方を見た。

 当時の自分は光による視覚が未発達だった。女性の人相も判別できない。


「今日まで私の命を支えてくれたこの子の力なら、息子も健やかに育つでしょう」


 不健康に細い女性の手が、静かに自分の頭を撫でた。


「私の執念は、奇跡に届かなかった。あなたも龍には至らなかった」


 女性を見上げている自分は、そのとき理解できていなかった。

 このとき自分は、この女性から、忘れ形見となる子を託されたのだ。


「でも、この子がそれを引き継いでくれれば、遠い将来、もしかしたら――」


 女性の笑みと声が遠ざかる。

 思い出のテープが切れたのか、もしくは自分が夢から覚めようとしているのか。


「どうか、この子をお願いね――」


 その後に続く言葉が、自分の意識を目覚めさせる。



花蓮かれん

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