第1章 錆びた聖剣はいくらで売れる?

 さわさわと木々の葉たちが手を叩きあう森の中だった。ウタカタ村から30分ほど歩き離れた場所に傷薬の材料となる薬草が生えているのを、薬師であるウタイは熟知している。


 この森林は世界地図から見れば東の大陸のさらに東。紙面の端に追いやられた大きな森で、名を『英霊の森』。風や木の聖霊が宿り、エルフという長命耳長の種族が暮らす、自然豊かな広大な土地だ。


 そんな大自然の中には人間が住む集落もある。そこにウタイは薬師を生業にひっそりと生きていた。

 回復魔法もあるこのご時世に薬師という職業は珍しかった。


移動呪文とか使えりゃ楽なんだけどなおい。


 しかし、ウタイはこのかた魔法の才は無いようで、あるのは人より少し頑丈な体と


「さっさと摘んで帰るか。」


 植物薬学にほんの少し心得があるだけだ。それも、あのちびっこ師匠のおかげなのだが。


 そんな柄にもないことを頭に浮かべたウタイは柔らかな紫色の瞳を細くした。気を取り直すように、無造作に伸びた黒髪を雑に手で掻く。

 村の薬師の証である、ヤドリギ色のローブは動きにくいため、ボトムだけは機能性を重視したタイトな黒いカーゴパンツを着用していた。


 時間の浪費はいただけない。手当たり次第、薬草を選別し背負ったかごに放り入れていく。

 採りすぎたらここらの自然形態が不安定になる。そうなれば面倒なことになる。


 エルフが怒って、訳のわからん珍獣を乗りこなしウタイを追いかけ回すからだ。あれは2度とゴメンだ。

 ウタイには軽くトラウマになっている。

 つか、なんだあの珍獣。キモい。

 要は森には森のルールがあり、そのルールに森の住人は生かされているのだ。

 そう、ウタイは生き延びた。ウタイ本人はそれなりに感謝している。

 黙々と薬草を摘んでいると、視界がぶれる。足下が若干揺れるのを感じた。


「また地震か。」


 最近、多いな。小さな地震。なにかの前兆か?

 揺れはすぐ収まる。気持ちの良い青空が木々を通して目に飛び込んだ。風にたなびく緑葉が心地良い季節を表してくれている。


 平和だ。大丈夫。エルフや精霊の加護でこの森に魔物は出ない。

 ウタイは首を降る。

 ここには俺の敵はいない。


 ふと、目の前を極彩色の羽を羽ばたかせる蝶々が飛び過ぎていく。ふらふらと蛇行しながら森の奥へ舞って行った。その奥はまだ探索したことがない領域で、しばらく蝶が行く獣道を見つめていた。


 安全とはいえ広大な森を奥深く探索するのは危険。しかし、集落から歩いて30分で行ける範囲はもう把握し、薬草の生えたポイントも覚えた。

 そろそろ、探索の領域を広げても良いかもしれない。珍しい薬草がここにはたくさんあるし、もっと良い薬を調合できれば街で高値で売れる。


 頭の中で理屈を後付けしていた。本当はなんてことない。行き届いてない場所を求めるのはただの気まぐれ。どうあれ、前に進みたくて仕方ない。そんな気分でならないのだ。

 蝶の舞った方角へ足を運ぶ。視界は相変わらず森の覆う道程だけど、わずかな好奇心がウタイを動かした。


 しばらく進んだあと、辺りの空気が微妙に変化したのがわかる。嫌な気配と過去が背中をなぞる。見渡す限り緑の海。何かに恐れを抱く感覚は久しかった。

 生い茂る草木に変化はなかった。盛った好奇心はもう消え失せていた。帰ろうか。この空気感がやけに肌に張り付く。これ以上進むなと心がざわつく。

 ふと、体が急に軽くなった。


「の!?」


 変な気配に気を取られたせいもあった。踏み出す足下に地盤は無かった。崩すバランスに乱れる視界。一体全体なにが起きたか理解できない。


「のぉおぉおおぉぉ!?」


 理解できたのは落下したあとだった。大体5メートルの小さな崖から転んだウタイは、乱雑に頭を横に振り意識を定めた。


 なんて様だカッコ悪ぃ。間抜けな自分が少し笑えた。


 怪我がないことを確認し立ち上がる。首を回し軽くその場で跳んでみる。どうやら身体機能も異常はない。ここで動けなくなったら損しかない。


 前方を向くと色とりどりの花たちが咲く木々の奥に、鈍色の光が目に入った。


「あれは……」


 太陽光がにわか雨のように優しく降り注いでいる。小鳥のさえずりが似合わないその物質は確かにそこに刺さっていた。


 優しい光を鈍く反射させていた正体は錆びた剣だった。


 今、思えばこの瞬間が物語の始まりだったのかもしれない。

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