ゴールデンオーガは今日も征く
南雲麗
ホワッツ・ゴールデンオーガ
カゲムシャ・ヒーロー①
ズダダダダ!
ガトリングガンと化した右腕からの、苦し紛れの攻撃をモロに受けて、自分の身体が後方へとたたらを踏んだのを俺は実感した。
その瞬間、スーツの中で俺は確かに唸り声を上げていた。舌打ちが漏れ、敵を若干舐めていたこと、己が決めた行為が、改めて苦行難行であることを痛感する。
額に流れる汗が、通気性の悪いパワースーツに滲む汗が、俺の焦りを更に押し進める。
「ちくしょぉぁ!」
気合の入った叫びとともに、下がり切った所で右足を踏ん張る。そして左足を前へ。振りかぶる拳には全力を込めて。繰り出す拳が敵の顔面を抉る。
(風の精霊よ、こいつを吹っ飛ばせ!)
心の中で唱え、拳を前へ。前へ、前へ。右足が大地を離れ、身体が前傾になり、そして拳が振り切れる。
「いっけえええええええええええ!」
叫びと共に、敵の体が吹っ飛んでいく。精霊とのコネクトに成功し、決して剛力ではない俺の一撃でも、あたかも殴り飛ばせたかのように演出してくれているのだ。
「へばあっ!」
情けない断末魔の声が耳に入り、俺は我に返った。殴り飛ばしてから約一秒後。相手は壁面にクレーターを作ってノックアウトされていた。
「おーい、生きてるかー?」
自分が背負った立場に、ふさわしい行動を心掛けて壁に近寄り、伸びている相手に声をかける。だが。
(ん? ……はっ!? 間に合え!)
覗き込んだ瞬間、精霊が忠告を発した。素早く後ろに飛び、距離を取る。コンマ三秒後、壁にめり込んでいたはずの人体は、グチャグチャになった臓器と、迸る血飛沫に変換され、俺と戦場の周囲に、僅かならぬ爪痕を残した。
「……自爆かよ。人通りの少ない裏路地に誘い込んで良かった……。うえっ……」
たっぷり数分おいた後、俺は意図せずして尻餅をついていた。戦意が解けたと判断され、俺の全身を覆っていたスーツが、自動的に解除された。酸っぱいものがこみ上げ、口を押さえた瞬間、ピリリリリ、とスマホが鳴った。
「こっちでも戦闘状態の終了を確認したわ。怪我はない?」
こみ上げるものを飲み込み、スマホを手に取った俺の耳に、女の声が響く。
「ああ。怪我はない。ネットでもお目にかかれないレベルのグロ画像が、生で炸裂したのには参ったが……」
「それについてはご愁傷様、としか言えないわ。まあ基地に戻ったらケア用の映像でも堪能して頂戴。逆に言えば、それくらいしか出来ないのだけど」
「十分望外だ。どうせなら風景よりはセクシーな……ゴホン! 本題だ。手掛かりゼロ。どうしようもないぜ、こりゃあ」
想定外の配慮に思わず口が滑りかけた所で俺は咳き込み、強引に話題を切り替えた。とはいえ、成果は無に等しい。この
「その辺りは想定内。処理部隊とドクターが間もなくそちらに向かうわ。【ゴールデンオーガ】は帰投するように」
「了解」
返事の直後、電話は切れた。俺はスマホを素早くしまうと、その場を離れた。少し行けば、雑踏である。俺は身を隠し、少し流されるままに歩いた後、さり気なく流れから外れていった。月は雲に隠れ、俺の姿すら映すことはなかった。
きっかり一時間後。俺の姿は
「まー、人工島だから仕方ないとはいえ、なあ。無機質過ぎる」
俺は頭の後ろに両手を組み、大股でのたりのたりと歩んでいく。正直この移動時間が一番退屈だった。それは、初めてここに連れて来られた時から一度も変わっていない真実だった。
通り過ぎる人間はだいたい皆早足で。時には俺をどかす程に高速で。どうしても俺のいる場所とは、違う世界に感じて――。
「遅い」
「げ」
目の前に立つ黄金色の装甲スーツに身を包んだ少女の声に、俺は物思いを中断させられた。勝ち気な瞳と誇らしげに靡く長いポニーテール。そして、どういう訳かスーツの上からでも主張が隠せない胸部装甲が俺の目を穿った。この人物こそ、黄金崎霧香本人である。
「もしかして、『ご出勤』ですかい?」
「ご明察。報告は後回しね。また明日。行くわよ!」
彼女はそう言うなり歩みを再開した。その背後には黒い服にサングラスで統一された、取り巻き共がゾロゾロと。中にはこちらに視線を向ける者も居たが、俺は意に介さず、歩き方も変えずに突き進んだ。が、携帯の着信がそれを止める。
「言い忘れていたわ。私の代わりにドクターが面談を希望中。相手してあげて」
「ちょ!? ……切りやがった」
俺は数秒天を仰ぐと、やがて観念した。そして殺風景な空洞を、意志を持って歩き始めた。
「……」
「……」
一面白で囲まれた室内。ついでにそこかしこに使用意図不明の道具がある光景というのは、実に心臓に悪い。オマケに目の前のドクターが隻眼総白髪の若人で、俺を見てニタニタしたまま無言を決め込む光景まで添えれば、そいつはもう厄、としか言えないだろう。
「ハイ、今キミはワガハイと周囲を見て『厄い』とか思ったねぇ?」
うわ、読まれた。相変わらずこのドクターには慣れない。慣れないと言うか、その。
「気持ち悪い。まあそうだねぇ。実に正論だ。正論過ぎてこのK・サイオンジ、ぐうの音も出ないよ。流石だねぇ、
「……光栄です」
俺は努めて言葉を減らす。どうにもこの人物は苦手だ。早めに離れたい。そんな思いが、俺を急き立てる。
「そう邪険にしないでくれたまえよ。ワタシはキミに興味がある。研究対象……新たな知恵の泉……。精霊接続者……。嗚呼、探求者の血が騒ぐ」
「俺はアンタに興味がない。本題を早くして欲しいんだが」
「失敬。ではこのワレが直々に説明しよう。まず、キミが倒したヴィランの肉片を精密に調査した結果……。まあ当然の如くだがニュータントだね。ニュートラルウィルス感染者。オーケー?」
「オーケー……。授業は要らないのですけど、ドクター」
俺は、今にもホワイトボードを持ち出して来そうなドクターサイオンジの機先を制した。さもないと知っている筈の事からみっちり叩き込まれ、解放されるのが朝になってしまう。
「ざぁんねぇん……。キミと過ごす知的な夜は、さぞかし楽しいものだろうと思ったのだがねぇ。まあいい。端的に言えばキミの『目的』には繋がらないだろうね、あのヴィランも、その背後も」
ドクターは心底残念そうに言葉を綴った後、すっぱりと話題を切り替えた。そしてそれは。
「『想定内』、ねぇ。で、どうするの、この事案。キミが望むなら、他のメンバーに投げても許されると思うけどぉ」
「やりますよ。乗りかかった船から降りる方が気持ち悪いんで、俺は」
善意だろう。一人称すら不安定なほどに揺蕩うこのドクターにしては、不自然な程の善意だろう。だが。
「なぜだい? キミはニセモノのヒーローで、影武者で。何度も露出をすれば
当然ボロが出るのにぃ?」
ああ、そうだ。当然の疑問。認めるのすら不本意だが、人の心すら読み取ったように言葉を並べる目の前の天才ドクター。それが敢えてこの質問を並べる意味。だから、俺は。間も置かず。
「それでも、ヒーローだからです」
真白な部屋に意志を刷り込むように。俺は、答を出したのだった。
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