双子の本
咲部眞歩
双子の本
双子の部屋には本がたくさんある。かれらの一族は三度の飯より本が好きな一族であり、顔を合わせれば読んだ本の話をする変わり者たちであり、その子どもたちが幼いころから本に触れているのは必然であった。
「ねぇ、あの本知らない?」
姉が読書中の弟に声をかける。先ほどから探している目当ての本がどうしても見つからなかった。
「知らない」
弟がそっけなく答える。もっとも、姉が弟の方に顔を向けることもない。かれらもやはり、本のこととなると周りが見えなくなってしまうのだ。
「まだなんの本か言ってないじゃない。あれよあれ、犯人が隠したと思われる宝物を探しているんだけど、じつはワトスン役の知人が持っていましたっていうオチのやつ」
「それはひどい。ミステリ? ヴァン・ダインの二十則を思いきり無視しちゃってる感じ?」
「そうそう。だからまぁ、ミステリとも言えないかなとわたしは思ってるんだけど。タイトルなんて言ったかなぁ」
そこで弟がふと顔をあげる。
「もしかして、一族の秘宝をめぐって殺人事件がおこり、それを探偵とパートナが解決していくって話? 奇妙な双子の子どもが登場する」
「そうそう! それそれ! 駄作なんだけどねー、なんかふともう一度読みたくなったのよ。あぁ、もうどこだっけ……」
姉はまだあちらこちらを探しているが、弟の方はまるで探偵のように顎に手をあて深く考え込み始めた。ばたばたぎしぎしと姉が本を探す音が耳に付き、それは弟をひどく苛立たせたが、やがて諦めたように小さく一つ、ため息をついた。
「お姉ちゃん」
「なに? 思い出した?」
弟は腰を掛けているソファからトンと飛び降りると持っていた本を差し出した。
「その本はいままさにぼくが読んでいたものだろう。オチを聞いてしまったし、ぼくはもう読まないからお姉ちゃんが読むといいよ」
「ええ!? あ、ごめんね。いいの?」
「うん。ぼくは読書家としてのお姉ちゃんを高く評価しているからね。お姉ちゃんが駄作っていうならそうなんだと思う。ぼくもそこまで夢中になっていたわけじゃないし」
梯子を下りてきた姉に本を手渡しながら弟は最後に、「でもね」と付け加えた。
「ぼくはこの本、十分ミステリだと思うよ。ノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則を無視していたって、読み手がミステリだと思えば、この本はミステリなのさ」
双子の本 咲部眞歩 @sakibemaayu
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