第7話『自律型都市』視点:ジュノ

 


 ――冥王星 53番エリア 竜骨座(カリーナ)・アヴィオール


『ハイパーヘッドセットを開発したリージョン社の本拠点、竜骨座(カリーナ)・アヴィオールへようこそ』


 夕方。ホログラムで作られた男女の区別が曖昧なモデルの横顔の上に、来訪者を歓迎する一言が添えられていた。そのモデルが鼻の下まで隠れる機械の被りものを着用している絵は、ウズハと同じく以前はそこに暮らしていたジュノもこれまでに幾度となく見てきているものだった。


「いちいちアピールしなくてもいいっつーの。うっとうしい。あたかも自分もそれに貢献しましたって感じに語るな」


 ぶつくさ看板に文句を垂れていると、いつしか目の前に漆黒の巨岩を四角く切り取っただけのような巨大なマンションが現れ、巨人のごとく立ちはだかった。

 それに伴って左手に小さな森を置く道は左にカーブを描くが、またその先にも今度は漆黒の岩をやっつけ仕事で加工したら凸凹になりました、というようなアパートが幾棟かあった。次は右にカーブする。


 そんな二度目のカーブを越えてようやく、中央の大広場を取り囲むようにして〝多頭の竜〟が狙っている姿を想像させる摩訶不思議な都市が見えてきた。


 竜はどの頭にも煌々と発光する瞳を星の数ほど持っていて、それだけ人口が多いという事がたった一目でわかった。噂では、都市開発の計画段階で『八岐大蛇』をモチーフにしようという案が出てそれが採用されたらしいが、竜の頭に見える巨大建造物はどう数えても8つ以上あるため真相は分からない。


 特筆すべき点としては、この都市に限らずとも冥王星全土に広がる多くの都市において、〝自律するそれ自体の意思によって〟建物や道路などを、日々リサイクル方式やリユース方式を用いてせっせと再編集・修復している場面が見られるところ。

 竜骨座・アヴィオールではパーツが生命体さながら独りでに動き、また別の都市では〝ベクター〟と呼ばれるスライム状の運び屋も兼ねる一級建造しが働き、そのように各々の都市が各々のかたちで住みやすくなるよう浄化されていく。

 ちなみに――前者はテクノロジーで、後者はテクノロジーと魔法の融合だ。


 アヴィオールの市民は竜頭の内外それぞれで生活している。立体構造の多い竜頭内部では列車のように連結するベクター(必要に応じて分離・合流を繰り返す運び屋)が忙しなく空中を飛び回っており、そのため随所に大小様々なプラットホームを備えているのが特徴だ。

 内部に比べて平面的な生活を送っている――立体構造アレルギー持ちの声が強く反映されたのだろう――竜頭外部では、路面電車が活躍しているのに加え、カメラレンズのような形をした自動移動装置がそこらじゅうを往来している(これもベクター嫌いへの配慮だろう)。税収によってまかなわれているこの装置は市民であれば好きなだけ利用できるらしい。


 さらに。

 内外共通して見られるのが異風な住人たちの姿。

 中には本物のサイボーグもいるが、わざとそれらしい格好で街中を歩いている者も少なくない。それがこの街の近頃の流行なのだ。皮肉にも警官達まで全身をいかついプロテクトスーツで保護のうえ完全武装ときてるから、むしろふつうの格好のほうが浮く場合もある。

 ちなみに女性の間では、ゼリー状の素材から作られた体にぴったりフィットする衣服も流行っており、知らない人からしたらダンサーかと思うような一風変わったものが普通に外を出歩いている光景だってそう珍しくない。


「あれ……、どこですかここ……」


 夕日を背にして車が広場に到着するのとほぼ同時に、後部座席で寝ていたシャムエルが目を覚ました。


 すると何だか重たいと膝の上に注目するなり、

「ほあぁああああ!? ジュノさん何してるんですかそんなところで!!」


 許可無く膝枕を堪能していたジュノの顔が目の前で、いや、真下でニヤつく。

「おはようシャムエル。お前の膝、お肉たっぷりで寝心地抜群だな」


「早くどいてください!」


 と言いながらもシャムエルは力を行使しない。この事について、恐らくスカートの中をちらりではなくまるっと見た相手だからだろう、とジュノは分析した。


「何言われてもどかないもーん。何てったってこのおれはお前のスカートの中身を――」


 その瞬間後部座席のドアが開かれ、どきなさい、とプロテクトスーツを装着中のウズハによって外へ引きずり出された。そのままぽいっと地面に放り投げられる。


「ぐへ」

 地面との遭遇に伴い、みっともない声が出てしまった。


「いってぇ……。おい、この……! 卑怯者! 無抵抗かつ非力な男子に対して、そのフル装備で襲いかかるとは、恥を知れ! それでもお前は初等部4年のとき、もし5年後までにどっちも恋人できなかったらあたしとえっちぐをぉっ!!」


 気づいたら後ろに回り込まれ、両腕で逃げられないように首を締め付けられていた。


「え? なに? 早く殺してくれって? 大丈夫言われなくてもアタシが今すぐ息の根を止めてあげる」


「言ってねー! おれそんなこと言ってねー!」


「フフフ……囁くのよ。アタシの魂が」


「どこで覚えた台詞だよこえーよ!」


 程なく、ぐええ、と本当に息が出来なくなったため必死にギブアップを訴えたところで、ジュノはようやく解放された。


「次は本当に容赦しないわよ」

 ウズハは殺意を込めてキッと睨んでから、行きましょ、と顎をしゃくる。


 何て偉そうなんだムッツリスケベのくせに……とジュノはつい口を滑らせそうになったが、すんでのところでシャムエルと一緒に集まってきたクラマが「ねえねえ、ここ、湖に向かうバスで通っただけだったから後で観光しない?」と話しかけてきたので間一髪で助かった。


「勝手にしろよ。おれはいかねーけどな」


 どうでも良かったのでそう適当に答えたら、すかさずクラマは「一緒にどう?」とシャムエルを誘い始めた。訳あって、絶対断られるだろうと思いながら耳を傾けていると、やはりシャムエルは「ワタシはちょっと遠慮しておきます。すみません……」と丁重に断っていた。


「はあぼく一人かあ」


 ぶつぶつ言いながら後ろを歩くクラマを尻目に、ちょっぴり気まずさを感じつつジュノは、バイクを専用の腕輪(ブレスレツト)へと収納したウズハとふたり、前を歩く。


 宙に浮く多様なホログラムの広告――あるものはクルクル回り、又あるものは一礼する――をすり抜けつつ、広場の一角にある路面電車専用プラットフォームへ向かい、丁度待っていた電車に乗り込んだ。


 やがて滑り出すように電車が発進し竜頭の外部へ向かっていけば、商店が立ちならぶ賑やかな通りに入った。

 宵闇に街の明かりがぽろぽろと灯りはじめる。そのタイミングでウズハが何やら真顔で話しかけてきた。


「そういえば――。上級魔導士の昇級試験、あのまま半年待てばまた受けられたのにどうして諦めたの? 次はしっかり面接の対策練って臨めば合格間違いなしだったでしょ。筆記はぎりぎりでも実技はばっちりだったんだから」


「んまあ、おれに惚れた面接官がしつこく口説いてくるから、うっせーババアって全力で断ってやったんだよ。そしたらもう二度と来るなって」


「ジュノ。こっちは真剣に聞いてるのよ?」


 何とか誤魔化そうと次は困り顔をしてもウズハには通用しない。彼女はやや上目遣いにキッとにらみつけてきて徹底抗戦の構えを突きつけてくる。


 先に折れたのは言わずもがなジュノだった。

「だったら――、察してくれ。おれは受けないんじゃなくて、受けられないんだよ。面接官全員を怒らせたあげく怪我人まで出して堂々のブラックリスト入りってわけだ。なにも一回落ちたからやけくそになって逃げ出したわけじゃない。どうよ? これでもまだ諦めるなって言えるのか?」


 ちらり見ると窓際にいるウズハは自分が落ちたわけでもないのにしょんぼりしている。その奥の背景では、人を乗せたカメラレンズが通り過ぎ、それを追いかけるかたちで路面電車が通過していく。


「それで、何であんなところに?」


「あんなところ?」


「砂漠」


「ああ。んー、どうしようか。今お前に詳しく話したら、本人にバラして全部水の泡になっちまうかもしれねーし。んー困った」


「一体なに企んでるのよ」


「教えてほしい? ん? 教えてほしいのー?」


「うっざ」

 ウズハはツンとそっぽ向く。


 それを見てジュノはしょうがないと表情を真面目なものへと戻し、

「知っても絶対に言うなよ。本人には」


「絶対、言わない」


 目線をゆっくり戻したウズハと目が合った。


「前回はじめてシャムエルと会った時、あいつ、唯一の女友達から責められてたんだ。そこにたまたま試験に落ちたばっかのおれが出くわしたんだけど、最初おれは暇つぶしにいいと思ってこっそり盗み聞きした」


「サイテーね」


「んであいつが、女友達の男を盗ったって事が分かった」


「は? 嘘でしょ?」


「もちろん向こうの誤解だろ。シャムエルは必死に違うって訴えてたし、あの、男に触れられたことさえありませんって雰囲気をもつシャムエルがもしそんな事やったら、うっとうしいくらい泣いて謝るはずだ。出会って数分のおれでもそれは分かった」


「それで?」


「一向に怒りが収まらなかった女友達は『貴女なんてはじめから友達なんかじゃなかった。二度と顔なんか見たくない』ってとどめを刺して去って行きましたとさ」


「……サイアク」


「今のはおれに対してじゃないよな?」


「もちろん。でも今の話があの砂漠にいた事と何の関係があるわけ?」


「その日の夜に考えに考え抜いたおれは決めたんだよ。証明してやるってな」


「証明……?」


 見つめてくるウズハの目が、早く知りたい、と知りたがり特有の怪訝なかたちになった。


「おれに『上級の魔導士には優れた人間性も求められます』と言いきりやがった面接官どもに証明してやるんだよ。このおれは最上級の魔導士だからどんな人間性でも許されますってな」


 ジュノは極めて真剣だった。

 その事をしかと感じ取っていたウズハは決して茶化すような真似はせず、それどころかとても興味をひかれたようで――。


「要は、冥王族の問題を解決か何かして証明するってこと? 本当にそれが証明になると思う?」


「いやそれは単なる足がかりに過ぎねーよ」


「じゃあその方法は?」


「馬鹿野郎。お前みたいな、ゲーム始めて30分で攻略サイトを見て隠しアイテムを漁るような奴に全部教えたらつまんねーだろ」


「え? あれは単に一度クリアしたらもうやらないから先に取っておきたいだけよ」


「ハア? あーやだやだ。これまでにいったい何人の男がお前にクリアされてポイ捨てされてきたんだよ? いっとくけど、おれはそう簡単じゃねえからな」


 これ以上は何を言っても無駄だと悟ったウズハは一瞬むっとしたものの、すぐに〝ほんとなんて奴なの〟と嬉しそうに微笑んだ。それは何となく――、これでもう一安心、そんな気持ちを匂わせる笑みだった。


 一呼吸置いて、ウズハはごく自然な抑揚で言う。

「今夜ベッドで寝る? 一緒に」


 思ってみなかった言葉にジュノは素で目を剥く。

「おい……、血迷ったのか……?」


「今あんた絶対変な意味に捉えたわね。言っておくけど、今更ながら思う存分愚痴をこぼしてって意味だからね」


「なんだそっちかよ。おれはてっきり昔の約束を――」


「それはもういいっ。――で、どうするの」


「いや、いい、やめとく。ここでおれがその提案を受け入れたら、シャムエルの寝るスペースがなくなっちまうだろ。気持ち悪い奴と寝るのはおれの役目だからな」


 次の瞬間、ふっ、と横を歩く薄緑色をした髪の下でウズハが口元を緩めたのが見えた。気づけば瞳も微笑んでいた。そして、

「意気地なし」

 彼女はぼそっと言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る