第6話『ドキドキとワクワク』視点:クラマ&ジュノ

 しばらくして。

 ボコッとフロントの角が凹んだ車はふたたび白い砂漠を走り出した。


 運転はほとんどダメージを受けなかったクラマが行う。助手席に眠っているジュノ、後部座席に同じく眠っているシャムエルを座らせて。


 新しい運転手は走り出して間もなくぶつくさ言い出した。


「全く……。シャムエルちゃんに無免許で運転させて、しかも車は盗んだって……ジュノは一体どんな神経してるんだろう? 良かったよぼくが免許もってて」


 万が一、対向車がやってきたらさぞ驚く事だろう。なにせ不気味なミミズ男が車を運転しているのだ。当の本人はなんとも思ってないようだが――。

 クラマはフロントガラスの向こう、前方を走る大型バイクに意識を向ける。


 有害ガスを一切排出せず、マシン自体が完全なバランスを保つためヘルメットは不要のバイク。契約者、つまり乗り手の脳とリンクして軽やかな操縦感を生み、お金次第ではたとえば乗り手のところまで迎えに来てくれる自律機能も搭載できる。

 ――という情報はさておき、実際クラマが見ていたのはバイクというより、それに跨がっている錐羽ウズハの方だった。


「それにしてもあの子、ハイレベルとまではいかなくてもイイ感じに美人だなあ。いつか泣いた顔を見てみたいけど何かいいトラウマ持ってるかな? ああ大変だ、どうしよう、体がウズウズしてきちゃったよ」


 愉快な想像を働かせる男のふしだらな視線をキャッチしたのか、高性能なアンテナを装備しているらしいウズハがバイクの速度を緩めて運転席の横へつく。

 何事かと内心焦るクラマがドキドキしていると、


「ちょっと話してもいい?」


 ヘルメット着用の義務がないため素顔をさらしたまま――ゴーグルは着用中――のウズハが微笑みかけてきた。


「い、いいけど、何話すの」


「あいつと友達になってどれくらい?」


「あいつってジュノのこと?」


「そう」


「誤解してるようだから言っておくけど、ぼく達は友達じゃないよ」


「じゃあ何?」


「何って……、それはぼくのほうが聞きたい。ぼくはたまたま通りかかったんだ。二人がちょっとした儀式をしていたところにね。そうしたら会ってまだ一日も経っていないのに何故かこれだよ。いったいどうなってるんだろうね」


 と、クラマがこれといった理由なくウズハの顔色をうかがうと、彼女は極めて複雑そうな表情をしていた。


「ちょっとした儀式……?」


「ああいや、それは今となっては気にするような事じゃないよ。まあなんていうか後から聞いてみると友達以上恋人未満のイチャイチャみたいな感じの事だから」


「いちゃ、いちゃいちゃ……ぁ!?」


「うん。そんなことより……君のこと、ウズハちゃんって呼んでも……いい?」


「いちゃ……え?」

 心ここにあらずといったウズハだったが、我に返る。


「あ、ああ、ウン」


「良かったあ。ちなみにぼくの名前はクラマなんだけど好きに呼んでくれていいからね。あ、ウズハちゃんはぼくのこの格好どう思う?」


「格好? ……個性、的?」

 ウズハは小さく首を傾げた。


「だよね! 良かった分かってもらえて。といっても好きでこんな格好してるんじゃないんだけど」


「じゃあ何でそんな格好を?」


「ちょ……、待って! ダメだよ! いきなり人に知られたくない秘密教えるとか、ぼくいろいろ勘違いしちゃうかもしれないよ!? 君は女の子なんだしお互いもっとよく知り合ってからじゃないと!」


「そ、そっかっ。ごめんなさい」


「いやでも今はむりでもいつか教えてあげられる日がくるかもしれない。その時はぼくのほうから言うよ」


「了解」

 爽やかな微笑みだった。

 そのウズハの反応にクラマは、うひゃっ、と視線を外す。


「と、ところで、君たち二人は昔なじみだそうだけど、い、いつ知り合ったの?」


「知り合ったのは幼稚園の時。どうやって知り合ったかまでは全く覚えてないけど、その頃は今のような感じじゃなくてたまに一緒に遊ぶような関係だったわ」


「へ、へえ……、仲良かったんだ?」


「その頃はね。でも中等部にあがってからは今みたいに言い合いして、アタシのほうはとにかく毎日むかついてたの」


「むかついてた理由は?」


「理由は、とにかくちょっかい出してくるから。今でも根に持ってる事があって、中等部の頃にすっごく好きな人がいたんだけど、その人からデートに誘われたの」


「デートっ! それで?」


「当日とびっきりオシャレしていこうと思って、前日友達とデートのために服を買いにいって可愛い服を買った。で当日、その服を着て待ち合わせの場所に向かったら――、そこには彼と、もう一人、とびっきりオシャレなアタシと全く同じ格好をした馬鹿がいたわ」


「……えっ!?」


「そう。ほんと、えっ、でしょ? あの時のアタシも、えっ、何これってめちゃくちゃ混乱してたと思う。だから気づくとあの馬鹿を蹴り飛ばしてた。もちろん好きな人の前でね」


「あちゃあ……。ううん、ジュノは何でそんな気持ち悪い事したんだろう? もしかしてウズハちゃんの事が好きだから邪魔したのかな」


「盲点だったぜ、おれってウズハたんのこと大しゅきだったのか。じゃあ今夜、ウズハたんの寝床に潜り込まないと」


 いつの間にかジュノが目を覚ましていた事に二人は驚いて言葉を失う。


「まあ、んなことより、いつ国道に出るんだよ? これ以上おなじ景色が続くようならおれもウズハの恥ずかしー暴露話をしなくちゃいけなくなるぞ。たとえばおれの真っ裸を見るために窓から忍び込んだとか」


 聞いてウズハはバイクの操縦どころではなくなったらしい。必死の形相で今にもバイクから車へ飛び移る勢いで迫る。


「ハァ!? あれはあんたが表に見張りがいるからって」


「お、国道が見えたぞ! よかったな変態女。これで暴露されなくて済んだぞ。ほらさっさと前にいっておれらを先導しろよ」


「なっ……」


 無理やり話を逸らされた事にウズハはひどく青筋を立て、見てなさいよ絶対痛い目みさせてやる、と小声で誓う。それを真横で耳にしたクラマは自分の背中にすこし寒気が走ったのを感じた。



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 広大な白い砂の大地に、一本だけ国道がはるか彼方まで伸びている。

 ウズハいわく、それを北に、つまり左方へ向かえば最短で街に辿り着く、らしい。


 道中、外の景色は白から、キノコなんだか草なんだか不明なものが生えるまだらな緑と土に移り変わり、すると『カリーナまで50km 天候晴れ』と表示するホログラム式の案内標識が現れた。


 そして国道沿いには、プレハブ式のレストラン〝ダイナー〟や、かつて小型宇宙船か何かを製造していたであろうガラクタ置き場と化した工場などがちらほら登場するようになった。


 時代が進んで、超能力よろしく本人さえ望めば見たものを丸ごと記憶したり、あるいは、瞬時に相手の言葉を翻訳してくれる別の存在――人工知能――が脳内でいろいろと働いてくれたり、また、合図一つでがらりと服装を変えられる七変化機能を搭載した衣類がオーダーメイド販売されていたりする一方で、人間の本質はどれだけ時が経っても変わらないため、ここ冥王星においてもどこか昔見たような懐かしい光景が時々転がっていたりもするのである。


 興味ありげに進行方向を眺めていたジュノが何気なく横を見る。

 その時ふと、並走していたウズハが空を仰いだ。

 釣られて自分も見上げると、ぽつぽつ雨滴がフロントガラスに落ちてきた。たった今ちょうど雨の境目を越えたのだ。


 しかし空は変わらず晴れのままで冥王星第二の太陽もまだ傾いていない。何気なく、二度目の昼と夜はヒドラと呼ばれているその第二の太陽が遠い場所で炎を吐き続けているおかげで、地上の気温は人間に適したレベルに保たれているのだとジュノは初等部のとき学習したことを思い出した。


 ウズハが空から地上へ目線を戻すなり言葉を発する。


「何か事故でもあったのかしら? 一基、大規模な工事をしているようだけど」


 それは真下に来ると首が痛くなるくらい見上げなければならなくなる、超大型の太陽光発電システムだった。


 いずれも花のかたちをしており、国道の両脇にそれぞれ12基ずつ整列している。夜間になると蕾になり、幻想的な明かりで夜の国道を走る人々を魅了し、これまでに何度か観光名所として紹介された事もあった。

 見ると、そのうちの一機が組まれた足場によって閉じ込められ、花の蜜に群がる虫にも見えなくもない作業員らの姿が点々とあった。


「定期点検か何かだろ」


 すれ違ってしまったのでジュノは窓の外を振り返りながらそう言って、目線をウズハのいる方へ戻す。


「そういや、こいつら二人が泊まれる安いホテルはあるか? さすがにおれだけ屋根の下で寝るのはしのびねーし」


「何言ってるのよ。二人もアタシの家で寝ればいいでしょ」


「……は?」


 ジュノは耳を疑った。今こいつ何て言ったんだ? と頭の中で再確認を試みるが、やっぱりどう聞いても今のは自分とウズハの二人っきりではないという意味にしか聞こえない。


「おい待て。話が違うぞ」


「そう? 今夜招待するって話でまちがいないと思うけど」


「こいつらも招待するとは言ってねーよ! ぜってー言ってねーよ! そもそも四人も寝られるでかい部屋じゃねーだろどうせ」


「もちろん男女がべつべつに寝られる部屋はあるわ。ただしあんた達男ふたりの部屋はクローゼットだけど」


「なにぃ!? おれは……、こんな奴と二人っきり狭いとこに押し込められるのか!? せめて同じ空間で寝かせろよ! じゃねーと夜中の楽しいお喋りができねーだろ!?」


「男二人で楽しめばいいじゃない。アタシ達も二人で楽しむから」


「異議あり! そうやって何でもかんでも男女別々にして、本来あるべき姿から目を逸らすから少子化だの孤独死だの増えるんだ! おれは何がなんでも抗議しまくって男女間を引き裂こうとしている厚い壁を壊してやる! 今夜はおれをベッドで寝かせろ!」


「あらあら? それってアタシと二人っきりになりたいアピール?」


「は、はあ? なわけねーだろブス! 調子のんなよブス! おれはベッドで寝たいって言ってるんだ!」


「なら問題ないわね。クローゼットのほうにも簡易ベッド置くし。良かった、アタシの勘違いじゃなくて」


 気づくと前のめりになっていたほど興奮状態にあるジュノだったが、もはやゴーグルの下でニヤニヤしているウズハにはぐうの音も出ず、半ばやけくそ気味に口を閉ざしてシートへもたれかかる。


 何か打破する手立てはないかと思考を巡らせるものの、浮かぶのは近い未来の、狭いクローゼットの中でミミズ男と肩を並べて眠る光景ばかりだった。

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