第72夜 走れゎナンバー

(2017/07/08 01:44:00)


古賀SAで歯磨きをして、眠気をとばした。夜行バスを降りた場所は博多キャナルシティ。彼女まであと十数分歩くだけだ。小雨の中、彼女の住む高層マンションを通り過ぎ向かうはレンタカーショップ。手続きをしていた彼女はちょうど免許証を提出するところで、僕も同じようにコピーを取られた。青い車体のスイフトに荷物を詰め込み、天神の5車線を彼女は飛ばした。久しぶりの運転に上機嫌の彼女、無理はさせられないので最初のSAで朝食を買い、運転を代わった。お互い浮き立つ気分を抑えられず会話が弾んだ。楽しいドライブだった。


宮崎県は高千穂。天気は曇り模様、先日の雨で手漕ぎボートは中止されていた。食事処で年配の女性に誘われ流しそうめんを食べ、隣の店でくるみ味噌の団子を分けた。煙草を1本ずつ吸って滝を見に行った。美しい景色だったが、外国人観光客が目立ち少しざわついていた。途中あったハート型のメッセージカードを購入し、彼女は二人の名前とハートマークを書いて、他のそれと同じように結んだ。


高速に乗り向かうは熊本県黒川。駐車場は恐ろしく狭く旅館にも少し不安感があったが、直ぐにその気持ちは覆された。部屋からの眺めは美しく整備された庭の木々、滝の音が聞こえる。横にはけん玉で遊ぶ彼女。至福のひとときだった。畳に横たわると少しの間眠っていたようで、微睡みの中唇を重ね、そのまま彼女を求めた。

浴衣に着替え、夕食へ。おでんの鍋からこんにゃくと厚揚げを取った。料理はどれも逸品で馬刺しを初めて食べた。瓶ビールを一本だけ空けて、予約してあった家族風呂へ向かった。軽く風呂へ入り、お互い別々の露天風呂へ向かった。風呂から戻ると部屋に夜食のぜんざいが用意されており、少しだけ口に運んだ。用意された二つの布団にそれぞれ入り常夜灯を点けた。この夜から僕は彼女の頚をゆっくりと締める癖がついた。眠りについたのは2時間あとの事だった。

朝6時過ぎに起きて、時間帯別の温泉へ行き、昨晩と同じ食事処で朝食を摂った。浴衣を着て米櫃から僕の茶碗に米をよそう彼女を見られたのは幸せだった。旅館を出る前、荷物係が門前にて写真を撮ってくれた。


鍋ヶ滝。全く下調べ無しで向かった事を後悔する程の美しさだった。正直人生で1番美しい滝を見た。長い階段を降り、滝を眺める。1組のカップルがいた。滝の裏側を通り、対岸へ。あまりの美しさに圧倒された。休憩所に戻り、ジェラートを食べて市内へ。

ちょうど昼間に着いたので菅乃屋で馬刺しにぎりを食べた。有名店だけあって美味しかった。熊本城は復興途中で、たくさんの足場が組まれたままだった。今回の旅の目的、震災を感じるを達成できた。多少整備されているが、敷地内ではいろいろな場所が倒壊しており、当時の悲惨さを感じられた。僕達は街でコーヒーを飲んで煙草を吸った。港への道を走らせる。

熊本港。船の時間を1時間間違えていて、急いで来た割に暇ができてしまった。たまにはこんな時間があってもいいじゃない。と寂れた港で2人、煙草を吸って猫を追い、船を待った。フェリーに車ごと乗り込み、海を眺めながら船に揺られた。途中スナメリに会えるかもというポスターに踊らされたが最後まで現れることは無かった。海上、夕暮れ、島原。煙草の火は、強風で瞬時に燃え尽きた。人目をはばからず何度かキスをした。長崎県が見えてきた。


下船してカーナビで旅館までの道のりを入力する。日田市、橋の下は広大な景色で圧倒された。急な坂道を車で登り、予約してあった旅館についた。すぐに夕食会場へ案内され、バイキングを一通り取った。茹でた蟹を一心不乱に剥く彼女を写真に収め、コーラを飲んだ。夜景を見に稲佐山へ行ったが、濃霧に襲われ見事に何も見えなかった。それも一興と笑って下山した。大浴場から出て共有スペースで彼女を待った。ニュースでは大雨の警報が出ていたが、僕らのいる街は問題無かった。その夜なかなか寝付けずいた僕は、彼女を起こさないようにベランダへ出て、裸眼で夜景を眺めた。煙草を吹かしながら今までの彼女達の泣き顔を思い出していた。僕も泣きたかった。30分ほどそうしていたが、彼女の居ない方のベッドへ入り目を閉じた。少し過呼吸をおこしていたが、眠りに付けたようだった。


8時、カーテンが太陽の光を遮っていた。朝食へ行こうと微睡む彼女を無視して細い頚を右手で強く掴んだ。

身支度を終えてチェックアウト。受付の女性が昨夜と同じで、少し眠そうな目をしていた。その受付嬢は僕の事をずっと見ていたから許せないと、少し不機嫌な彼女を愛しく思った。

中華街を一通り歩き、一際目を引く豪勢な外観の店に入った。朝食を逃していた僕たちは、皿うどん、ちゃんぽん、炒飯、水餃子を注文し、分けることにした。どの料理も目を見張る美味しさで感動的だった。こんな炒飯を作られたら、すぐにでも結婚したいなんて冗談を言うと、1年修行するから待っててと返された。

先日旅館の窓から見えていたショッピングモールの観覧車に乗った。在り来りだが頂上でキスをした。もし、僕が正しい人間なら...

小雨の中、傘をさして眼鏡橋で写真を撮った。だんだんと雨が強くなってきた。そのまま高速で長崎を後にした。


時間があったので佐賀県で高速を降り、吉野ヶ里遺跡を見に行くことにした。非常に広大な敷地で、疲れの残る僕たちには酷な観光スポットだった。平日の午後だったので貸切状態の園内で、数え切れない程キスをした。別れが近くなっていることを、彼女は嘆いた。手をつなぐ、指を絡める、汗ばんだ身体を寄せ合う。僕たちの未来はどこに向かうのか。非現実が終わろうとしている。高速前のスタンドで給油をして、福岡へと戻る。彼女は車中で夕食のラーメン屋を探していた。


混み合う5車線。都会福岡は天神。青いレンタカーに別れを告げ、荷物を置きに彼女のマンションへ。廊下の電球が切れていたので、外して型番を写真に撮って彼女へ送った。バスで博多駅までいくと、山笠が立っていた。幕で覆われていたため全貌は拝めなかった。僕が彼女と並んで山笠が走る姿を見る時は来るのだろうか。博多駅の服屋で、彼女と揃いのtevaのサンダルを買った。喫煙所で煙草を吸い、博多駅を後にした。店内はとんこつラーメン特有の香りで充満していた。黒ラーメンの食券を2つ買って狭い席に座った。辛子高菜は想像を絶する辛さで、2人で笑った。


キャナルシティ前のスターバックスでtevaのサンダルへ履き替えた。彼女のパッションティーは美味しくなかった。21:50。人目があるにも関わらずキスをした。バスは高知に向けて走り出す。窓から彼女が見える。彼女からは見えないのだろう。すきだ。

車内で400枚の写真を見返す。LINEのアルバムに投稿した。iPhoneからは削除。



僕が正しい人間ならば、彼女とは出会えていない。

この三日間、とてつもない幸せを感じた。でもそれは、僕が正しくないからこそ感じられたのではないか。

そう思うと、彼女との未来なんて無いのかもしれない。

今の関係に不満がある。不満を解消したら、幸せになれるのだろうか。答えは出ない。ならせめて、もう少しだけでも彼女と一緒に生きていたい。そう思うだけ。

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