第59夜 生きる

2017/2/21 21:05

一日中、心ここに在らずだった。彼女には悪い事をしたし、どこか現実を受け入れられない自分がいた。



吐きそう。とメールを寄越した彼女。無理はしないでと言って予定を変更しようと思ったが、大丈夫だと返事が来た。買物を済ませコンビニで立ち読みして彼女の到着を待った。

僕は寝不足なのか終始不機嫌だった。心が病んでいる。そんな僕に彼女は明るく繕ってくれた。片道40分、目的地に着く。寒いからストールを持って行けという僕の忠告を振り切り、彼女は下車した。案の定3分も経たずに彼女は寒い寒いと言い出したので、僕のマフラーを巻いてやった。

刃物売りの男は、朝一だと言うのに積極的に僕らに包丁の切れ味について語りかけてきた。背を向けても尚語りかけて来たので気味が悪かった。少し長めのエスカレーターに乗っている間、彼女の鍾乳洞への愛を聞かされていた。にも関わらず、ろくに解説も読まず早足で洞内を攻略。階段の多さにうんざりしつつ、出口で煙草を一本吸った。


昼食は予約を取っていた店に行った。開店数分前に到着したが、驚くほど行列が出来ていた。寒空の下、列の一部となり開店をまった。個室へ案内されると、暖かいお茶が用意されており直ぐに暖を取った。相変わらず食欲が皆無の僕は料理をかなり残した。美味しい物でさえ食べられなくなってしまったことに、少なからずショックを受けた。

食事を取りながら、彼女の12歳上の「彼氏」に当たる人物の話、今の仕事を始めるきっかけ等、到底日中には似つかない会話を交わし、心が弱っている僕は正直耐え難かった。

もう最後かもね。なんて言うと、彼女は心底哀しい表情をした。咄嗟にまずい事を言ったと思い冗談だよと誤魔化したが、少しだけ本心だった。好き過ぎて、辛い。耐えられないのだ。


コインパーキングの支払いを済ませ、数件買物を済ませたあと、向かう先は一つだった。当日の時間配分は予定通り、計画も全て完了。そんな一日だったのに、僕はやはり心が晴れなかった。助手席の彼女の手を握りしめる事しか出来なかった。帰りにスーパーへ寄り、紙皿と陶器の器を買った。鍋は諦めた。


会えるということは、離れる瞬間があることなのだ。どうしても寂しい。どれだけ濃厚な時間を過ごし、どれだけお互いが求め合ったとしても、受け入れられ無い現実がある。



しかし反動だろうか。自主防衛機能だろうか。彼女との関係長く保ちたいと思うと、ほんの少しだけ感情が収まっていったように思えた。僕が安定していないと、この関係を保つ事は出来ない。昼間、もしお互いのパートナーが地震で亡くなったらという恐ろしい話をした。そうなっても彼女は僕のものにならないだろうと思えた。





僕には子供が作れない。

そんな貴方の子供を授かれば、もうそれは運命なのよ。と真剣な目で彼女は言った.....

ごめん。愛してる。ごめん。

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