第44夜 心

2017/1/29

在り来たりな表現だが、これが恋じゃないならなんなのだろう。僕は間違いなく彼女に恋をしている。


不安と焦燥に駆られ、彼女を全く信用出来なくなっていた。でも一目会うと、そんな事すぐに忘れ去ってしまった博多駅中央改札。


天神駅地下街、週末とあって沢山の人で溢れていた。僕らは手を繋いで歩いたが、出会って間もない2人は会話もままならなかった。

彼女の部屋でこれからの予定を考えた。夕食には、あと3時間程自由な時間があった。


電車に乗り、キャナルシティーへ。川沿いに屋台が立ち並んだが、夕食を控えた僕たちは売り子を振り切り進んだ。到着と同時にウォーターショーのクライマックスである花火の音が聞こえた。


一旦部屋に戻り、準備をしてからバス停に向かう。最後部座席に並んで座った。

夕食は彼女が前もって予約をしてくれていた店へ行き、向かい合って食事をした。眼を見ながら会話をし、2人で少しだけお酒を飲んだ。店を出て、寒空のなか早足で駅へ向かった。途中、彼女の初恋の話を聞いた。


人の少ない電車にゆられた後、天神にある洒落たバルに入り、僕たちはワインを注文した。いつも座りたかったらしい席に通されて彼女は上機嫌だった。隠し事については触れなかった。その方が僕たちらしいのだろうと思ったからだ。


気がつくとチェックインの時間を過ぎてしまっていて、僕たちは店を出た。途中コンビニに寄りホテルに着き、チェックインを済ませた。ホテルの1階には小綺麗なバースペースがあり多くの男女で賑わっていた。


交代でシャワーを浴び、彼女の髪を乾かした。

まさか2人で夜を過ごす日が来るとは思わなかった。寝たり起きたりを繰り返し、目覚ましがなった。寂しい、行かないでと言う声が静かな部屋に落ちる。僕たちは寂しさを抑えられずにいた。指輪と時計を忘れてきてしまった。



用事を終えた僕は彼女と昼ごはんを食べながら、予定をたてた。太宰府へ行き、梅ヶ枝餅を買って猿の大道芸を見た。2人で絵馬を書いた。誠実なんてどこにも無かった。僕たちは咎められるべき存在だった。神頼みなんて、都合が良すぎる事は分かっている。どうか彼女の幸せだけでも叶えてあげて欲しかった。


どうやら僕はコインロッカーの鍵をさしっぱなしで荷物を入れていたらしく、運よく巡回の駅員に発見され事無きをえた。一頻り笑い話にした後、雨が強くなってきたため喫煙を兼ねてカフェに入る。別れの時間が近づいていた。互いに互いの写真を撮って送っていた。博多駅に向かう改札の前でキスをした僕たちは、1時間も余裕はないのに、大雨の中、部屋に帰ったのだった。




初めて使う新幹線ホームへの入場券に戸惑う彼女と、列車を待った。後数分。彼女の目は、とても不安そうで、僕も同じ様な顔をしているのだと思った。何度も唇を交わし、別れを告げた。


本当に、彼女が何者でも良い。新幹線を飛び出して、あの後ろ姿を抱き締めたかった。でもそれをしてしまっては、2人に明日は無い。短い幸せをありがとう。





岡山で乗り換え、ふと車窓からの暗闇にのまれそうになった。夜は1人きりの僕を取り込もうとしていた。窓に映る男は誰だ。ここで居なくなっても、誰も気づかないのではないかなんて不安に駆られる。



写真を何度も何度も見返す。口を閉じて静かに笑う彼女。彼女しか見えなくなってしまう僕。生まれ変わったら…なんて話もした。どうしようもない莫迦だと思う。それでもこの細く脆い愛情を維持したいと思ってしまう。



あと10分足らずで駅に着く。日常に帰るのだ。暗く寒い夜。



何度も写真を見返す。僕は、涙を流せない。

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