第35話 恐怖を祓うは信じる心


 と、いう風に出来たらそれこそ本気でスッキリするだろう。だけどそれは出来ない。余りにも目立ちすぎてしまうからだ。ジェノの為にある程度は戦うとは言っても俺が目指してるのはあくまで俺TUEEEEEE主人公ではなく、ヒロインなんだから。もちろんいざという時には本気出すけど、今はまだその時じゃない。というわけで妄想を振り払って、リング状のウォーターカッターを回避して俺の方に駆け出しているボス狼を見る。


 速さ自体は対して変わらない敵が迫ってるのにここまで長々と妄想を垂れ流せた理由は、さっき上空をうろうろしてた時に習得した【思考加速】というスキルのおかげだ。このスキルで俺の思考は現実の時間を置き去りにすることが出来る。本気で動けば追いつけそうな気もするけど、それは置いとこう。妄想の中で出てきた新必殺技、ドラニウム光線は【魔力放出】と【爆殺光線】というスキルを組み合わせて放つ。さっきのは妄想でしかなかったけど、実際撃つことも出来るわけだ。


 もう一つ紹介しておくと、【並列思考】というスキルも取った。これは同時に別のことを考えることが出来る様になるスキルで、これを使えば戦闘しながら脳内BGMを途切れることなくかけることが出来るという素晴らしいスキルだ。戦闘シーンで挿入歌がかかるとテンションが上がるからな。逆に挿入歌が途切れるのは負けイベントのフラグでもあるから不吉すぎる。


 隠密狼から開放されたジェノ達はリアクースやレルカの方へ駆け寄っていくのが見えた。よしよし、こいつは俺がぶっとばしとくから手当ては頼むぞ。リクルースは青い顔のまま、混乱から立ち直っていない様子だ。まぁこの際仕方ないな。ずっと意識を張り詰めていたんなら頑張ったほうだと思う。


 ボス狼に対しては、仕方ないので近接戦闘に付き合うことにした。切りかかってくる剣を左手で受け止めてそのまま握り締める。それなりに強靭になっている俺の手はこんなことで傷つくことはない。ボス狼も判断が早く、左手で殴りかかってくる。それに対して右の拳をぶつけてみる。


 力比べのつもりの拳のぶつけあいは、僅かに俺の方が勝ったようで、ボス狼の身体が後ろに流れる。あえて追撃をしないでいると、ボス狼は後ろに跳んで距離をとった。倒そうと思えば一人でも倒せるんだろうけど、さっきも言ったとおりそれをすると目立って仕方が無い。ということはどうすれば良いか。こうすればいい。


「リアクース!俺達でなんとか隙を作るからトドメは任せる!」


 その声に返事は無い。しかしジェノとレイドは察したのか、隣へ駆け寄ってきてくれた。そう、みんなでかかってトドメを他人に任せる作戦だ。こうすれば俺は対して目立たないだろう。トドメをリアクースにお願いした理由は、インパクトが大きいだろうと思ったのと、リアクースもあのボス狼に一矢報いたいだろうと思ったからだ。


 再び切りかかってきたボス狼を、レイドとジェノが迎撃する。その間にリアクースの方を振り向くと、まだへたり込んで呆然とこっちを見つめているリアクースと目が合った。・・・やっぱり美人だ。いや今はそんな場合じゃなくて、リアクースをただ見つめる。そして無言のまま頷いて、ボス狼に向き直る。押し返されるように弾き飛ばされたジェノやレイドと入れ替わるようにボス狼に殴りかかる。なんか龍神の力を借りてるっぽい姿とはいえ無手はヒロインっぽくないような気もする。っていうかリアクースにかける言葉が見つからなかった。これだからコミュ障は困る。俺のことだけど。


 リアクースがトドメを刺してくれるならそれでいいし、無理そうならジェノかレイドに押し付けよう。問題はあの毛皮に刃が通るかどうかだけど、その時考えよう。そして今更ながらリクルースが立ち上がったのでレルカ達の方をお願いしておいた。リアクースにいいとこあげたいし、リクルースは少し休んだほうが良さそうだからな。







 リアクースは、へたり込んだまま、目の前の光景を眺める。なんとか矢を放って攻撃しようと思っているのに、全身が震えてしまって弓を引くことが出来ない。そんなリアクースをよそに、突如空から降って来た救世主は激しい怒りを隠すこともなく、水の輪を周囲に出現させる。そして何かを抱きしめるような形で腕を引いていく。


 ・・・あれは確か、スプリちゃんが言ってた!呆然見ていたリアクースもさすがに命の危機を察して咄嗟に頭を抱えて蹲る。それとほぼ同時に、鋭い何かが頭上を通り過ぎたような感覚がリアクースを襲った。恐る恐る顔を上げると、視界の中に映る木々と隠密狼が胴体を二箇所輪切りにされて崩れ落ちるの光景が飛び込んできた。ちなみに、スプリが言っていた内容とは、


「俺が水のわっかを出したら、全力で伏せるかジャンプして欲しい。もし避け損ねたら多分死ぬ」


 である。その時はジェノ意外は笑いながら返事をしていたのだが、もはや笑顔など誰の顔にも浮かんでいない。そこにあるのは、驚愕か、呆然としすぎて真顔かのどちらかだ。


 リアクースは、再び呆然としてしまう。無理も無い。あれだけ苦戦していた隠密狼達が、群れのボスを除いて全滅したのだから。リアクースは気付いていなかったが、森の中で気配を隠して隙を伺っていた何匹かの隠密狼も同時に殲滅されていた為、ここ一体の隠密狼はほぼ駆逐されたのだった。


 ボス狼が走り出し、スプリとぶつかる。能力はほぼ拮抗しているらしく、ボス狼は仕切りなおしとばかりに距離を取る。そのタイミングで、スプリは弓を構えることすら忘れて呆然としているリアクースへ向けて口を開く。


「リアクース!俺達でなんとか隙を作るからトドメは任せる!」


 その言葉を聞いて、レルカとクードを看ていたジェノとレイドの二人はスプリの元へと走る。この一言だけで一対一は厳しいから助けてくれと受け取ったのだ。リアクースは、その言葉に返事が出来なかった。あれ程の威力の攻撃が出来るスプリが手こずる相手を、自分なんかがどうトドメを刺せばいいのか分からなかったのだ。


 さっきの様子から、あの強力な技は溜めを必要としているのはリアクースにも理解出来た。そのせいでボス狼に近接戦闘に持ち込まれたら分が悪いというのも。それでも、自分には無理だとしか思えなかった。


 その時、リアクースがただ呆然と眺めている光景の中の、スプリと目が合った。


 そのまま二人は見つめ合う。


 数秒か、数分か。


 時間の感覚すら忘れたリアクースはただ見つめる。


 スプリは、無言で、ただ力強く頷いて、ボス狼へと向き直る。


 戦いへ挑むために。


 リアクースを信じて。


 リアクースは、頭の中にかかっていた霧が晴れていくような、不思議な感覚を覚えた。あんなに強いスプリちゃんが自分を信じてくれたのだから、ここで挫けてる場合じゃない。そう思ったリアクースは立ち上がり、右手にはまった手袋を見つめる。


 急に群れのボスである個体と戦闘になり、必死に戦っていた為に忘れていたそれは、来る途中の馬車の中でスプリに渡されたものだった。


「龍神に授かった物で、これに魔力をこめると矢の威力が上がる。魔力を沢山込めるとその分威力は上がるけど、加減に注意して使ってね」


 そう言って差し出されたのは、薬指と小指の部分は第二関節から先が出るようになっている射手用の手袋だった。水色の何か不思議な素材で出来た手袋は、滑らかで手触りが良く、しかし丈夫なのが伝わってくる。少し大きいようではあったが、はめた途端にピッタリなサイズへと変わり、動きを全く阻害しない付け心地だった。


 ガイサはコーキンが引き受けていて、周りに敵の姿はボス狼意外に無い。それならば、とリアクースは秘蔵の精霊薬が入ったビンを取り出して口元へ持っていく。精霊薬とは、エルフに伝わる秘伝の製造法で作られる魔力を回復させる薬のことで、コウロの街ではそれなりに貴重なものである。リアクースは小さなビンに入った液体を、一気に飲み干した。


 リアクースの体内に魔力が満ちていく感覚が全身を包み込む。ジェノやスプリ、レイドが激しく戦っているのを眺める。眺めると言ってもさっきまでとは違い、呆然としている訳ではない。ボス狼も含むそれぞれの動きを捉え、いつか生まれる隙を窺っているのだ。


 そして矢を番えて弓を構える。リアクースの身体は震えてはいなかった。ただ一点のみを見つめて右手の手袋に魔力を籠める。弓を引いた状態で立っていられるギリギリのところまで、リアクースはありったけの魔力を注ぎ込んでいく。


「グオオオオオオオ!ガッ・・グブフォ!」


 その感情は焦りか、怒りか。ボス狼の大振りの攻撃を、レイドが受け流し、ジェノが腹部に剣を叩き込む。刃は完全には通ってはおらず、うっすらと血が滲む程度の傷しか出来ていない。しかし、衝撃は確かなダメージを与えてボス狼は歯を食いしばりながら僅かに前傾姿勢になる。その隙をついて、スプリが顎を掬い上げるように下から強烈なアッパーを炸裂させる。


「姉さん!」


 その衝撃で、ボス狼の身体が空中に打ち上げられる。その寸前、リアクースにとって、愛しい妹の声が耳に届く。背中を向けてはいるが、ジェノの、スプリの信頼がリアクースの胸に届く。


 リアクースの胸に恐怖は無い。あるとするのなら、信頼に応えられない恐怖。だが、それすらも、リアクースの胸には一欠けらも存在してはいなかった。あるのはただ、信じてもらえたことへの喜びと、信頼に応えて見せるという想いのみ。


 その想いとリアクースのありったけの魔力を込めて、矢が放たれる。狙いは空中に打ち上げられた隠密狼のボス。矢に乗せた全ては疾風へとなり矢を包み込む。まるで竜巻のような風を纏った矢は、寸分の狂いも無く隠密狼の心臓を貫いた。ボス狼の身体は矢が纏った風の荒れ狂う嵐のような勢いで砕け散り、辺りへ撒き散らされて消滅した。

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