6-D

 村人を皆殺しにしようと言い出したのは、僕ではなくあいつだった。

 村の廃校舎に逃げ込み、陽光から隠れていた僕達を偶然発見した不幸な少年。

 そして同時に、昔の僕と同じように、世界中を憎んだ瞳をしていた愚かな子供。

 現れたあいつを僕は殺さず、かつて聞かれた質問をし、同じような答えを得て、同じ動く死体の仲間に加えてやった。

 そしてやはり、吸血鬼になったあいつはその暴力に酔い、僕と同じで復讐を開始したのだった。

 まるで鏡かビデオテープでも見るようなあいつの行動を、僕は咎めるでもなく共に殺戮を謳歌する。

 こんな事をすれば、やはりかつてと同じように、あの怖い奴らが来る事は分かっていた。


 ――でも構わない、もういっそ、この壊れた悪夢を終わらせてくれ。


 そんな衝動に突き動かされ、僕は投げやりに村人を殺し、幾人かは血を与えて下僕にした。


 ――どうせ殺されるにしても、タダでは死んでやるものか。一人でも多く地獄の道連れにしてやる。


 終わりを望みながらも醜く足掻く自分に、僕は布団を叩いて堪えていた頃と同じ自己嫌悪に苛まれながら、それでも欲望のまま生け贄を求め続ける。

 僕は所詮元から道化、他人を羨んで妬んで蔑むだけの、卑小で醜い半端者。

 自分だけは特別なんだと思い上がり、でも特別になろうと努力もしないで、不幸な幸運で怪物とくべつに成れても続けられない、人にも化け物にも成れないただのゴミ。

 それにようやく気付いても、死人の僕は変われない、成長しない。

 永遠に届かない人を想い続ける喜劇の殺戮者。


 僕は村人の血を啜って腹を満たしながら、公園から動かない彼女の事を考える。

 白衣共を皆殺しにした時も、僕達が村人を殺すのを見ても、眉一つ動かさず遠くを見つめ続ける少女。

 それは僕の知らない恐ろしい彼女。でも知らなかっただけで、昔からあった強い彼女。

 怯え続けていただけの彼女が、何故そんな側面を顕わにし、何故この村から一歩も動こうとしないのか、僕には決して語ってくれない。

 それでも、僕は永遠に冷めぬ熱に焦がされ、愚かな彼女の側を離れられなかった。


 ――そして、あの男が狩る者となって現れた。


 村人も殺し尽くし、廃校舎の上に寝そべっていた僕は、酷く胸騒ぎを覚えて彼女の元に走った。

 満月が照らす公園に立つのは、数年前から変わらぬ彼女と、数年前から変貌し、吸血鬼なんかより、よっぽど化け物に成長したあの男。

 僕達では勝てない真の怪物となって現れた男の姿に、僕は腹を抱えて笑い転げる。


 ――神様よ、あんたは本当に悪趣味で、根っからの残酷者で、僕達の足掻く滑稽な劇を見て、さぞ愉快に思っているのだろうっ?


 あまりに出来すぎな茶番に、僕は心底笑いながら彼女を気絶させて連れ去る。

 どうせここで、僕も彼女もあいつも、あの男の手で殺される。

 なら、もっと劇を可笑しくしてやろう。

 僕は廃校舎の屋上に上がり、気絶させた彼女を起こして言った。


 ――ほら、起きてよ眠り姫、君の王子様が迎えに来たよ。真っ赤な体に銀の刃を持って、僕達みんなを殺しに来たんだ!


 どんな混乱と絶望を浮かべるのだろうかと、僕は喜んで残酷な事実を伝える。

 だが、彼女は最初から全てを知っていたように動揺せず、ただ潤んだ目で、恋する乙女の瞳で、愛する男を想って泣き笑う。

 その姿に、僕の心は愛情と憎しみで切り刻まれる。


 ――あぁ、やっぱりだ。彼女はあの男の前だけで、こんなにも美しく輝くんだ。


 僕が恋した愛らしい笑みで、決して僕には向けられない想いに包まれた彼女は、凶器を手に屋上の扉に向かう。

 だがそこで立ち止まり、彼女は初めて僕の方を振り返った。


「――ちゃんに借りた本の中に、こんな台詞が有った」


 唐突な内容に固まる僕を気にせず、彼女は独り言のように言葉を紡ぐ。


「キスなんて何度でも出来る、セックスだって誰とでも何度でも。けど、殺されるのは一度だけ。死という滅びだけは、生涯でたった一度しか経験出来ない大切なモノ――だから私は、愛する人に殺されたい」


 それは、何処までが本の文章だったのだろうか。

 彼女はそれを語る事も無く、路傍の石を見るようなガラス玉の目で僕を一つ見て、屋上から姿を消した。

 怒りも、憎しみも、悲しみも、慈しみも、何もない無機質な瞳で、最初で最後に見つめられた僕は、力無く膝をつくしかなかった。


 ――最初から分かっていた事じゃないか、彼女があの男しか愛さない事なんて……。


 何万回と感じながら、決して痛みの消えない絶望に打ちのめされ、僕は愛する者に殺されに行った彼女を、ただ見送る事しか出来なかった。

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