0-E
彼女は目覚めると、微睡むように辺りを見回した。
僕はその姿に安堵の息を漏らしながら、そっと声をかける。
――安心して、ここなら追っ手も来ないから。
優しく話しかけたのに、彼女は僕の顔を見た途端、悲鳴を上げて後ずさった。
――怖がらないで、僕達は仲間なんだから。
そう諭しても、彼女は怯えて首を横に振るだけ。
――仕方ないな、仲間になった事を早く自覚させて上げないと。
僕は窓に掛かった薄汚れたカーテンを開け、太陽の光を小屋の中に入れる。
そうして、自分の腕を光にかざした。
腕は陽光で燃え出し、肉を焼く嫌な臭いが小屋を満たす。
その光景に彼女は声も無く震え、涙を流して僕を見つめる。
僕は彼女が初めて自分を見てくれた事に満足し、腕を太陽光から引く。
すると、腕の火傷は見る間に治っていった。
信じられない現象を見て放心する彼女に、僕は言う。
――僕の仲間でないと言うのなら、君も手をかざしてごらんよ。
だが、彼女はやはり震えるだけで、手を光にかざそうとはしない。
僕は少し苛立ち、仕方なくある提案を出した。
――もし、君が仲間でなかったら、あの男の所に帰して上げるよ?
そう言うと、彼女は大きく体を震わせ、泣きじゃくりながらも考え込み、恐る恐る手を光に近づけていった。
僕は不快な気分になりながらも、それを黙って見守る。
彼女の指が光に触れ、焼けただれた。
激痛に彼女が指を引くと、当然そこは何もなかったように治る。
恐怖で顔面を引きつらせる彼女に、僕は満面の笑みで告げた。
――ほら、僕と君はたった二人の仲間なんだ。これからはずっと一緒に居ようね?
これからの幸せな二人の生活を思うと、僕は自然と頬が緩む。
だが、カーテンを閉めて振り返ると、彼女はまたうずくまって泣き出していた。
慰めて上げようと近づいた僕の耳に、涙でくぐもった小さな呟きが聞こえてくる。
「助けて、――ちゃん……」
僕は彼女を殴った。
彼女の顔が崩れ、僕の手が砕けても、何度も何度も殴った。
夜になり、暴れる彼女を小屋にあった針金で縛ると、僕は食事をする為町へ戻った。
あれから一日経った夜の町を、無防備に歩く獲物は居ない。
仕方ないので、僕は町外れの民家に入り込み、寝ていた夫婦を殺して血を吸い、汚い婆もついでに殺しておいた。
八才くらいの女の子も居たので、僕はそれを縛り上げ、彼女の食事として持ち帰る事にする。
帰ってみれば案の定、彼女は小屋の隅で渇きに苦しんでいた。
僕は猿ぐつわをして泣き叫べないようにした女の子を、彼女の前に投げ捨てる。
――苦しいんでしょ? 飲みなよ、やり方は分かるだろ。
僕自身、吸血の仕方は本能のように、誰に教えられずとも分かったから、あえて説明はしない。
でも、彼女は苦しそうに熱い息を吐くだけで、女の子に噛み付こうとはしなかった。
僕はそれがとても不思議で首を捻る。
――どうして殺さないの? 生きるためなら仕方のない事でしょう?
そう促すと、彼女は顔を歪めて怒鳴った。
「私は……私は人殺しなんかにならないものっ!」
そう叫ぶ彼女の瞳にあの男の影を感じ、僕は不快感と呆れに溜息を吐く。
生きるために殺す事、食事は誰だってする事だ。人間も動物も植物だってしている、悪い事なんかじゃない。
そして、弱い者が強い者に捕食されるのは自然の摂理。僕達吸血鬼が弱い人間を食うのは、大自然が認めた行為なのだ。
なのに彼女が反抗するのは、僕が少し強引だったから拗ねているだけなのだろう。
そう結論づけ、僕は彼女の前に女の子を置いたまま、一人小屋の外に出た。
どうせ、あの渇きには勝てるはずがない。
僕でさえ一秒たりとも我慢できないのに、彼女なんかに耐えきれる訳がない。
そうして、外で何時間か待っていると、啜り泣いていた女の子の声が途絶えた。
僕は小屋の中に戻り、口元から血を垂らす彼女と冷たくなった女の子を、とても満足な気分で見下ろした。
――とても美味しかったでしょ? 僕達はこれから毎日この快楽を味わえるんだよっ!
同じ悦楽を共有する同志として、僕は誇り高く宣言する。
なのに、彼女は女の子の死体に頭を垂れ、やはり涙を流すのだった。
「ごめんなさい……嫌わないで――ちゃん………」
僕は不快な気分で、死骸の頭を踏み潰した。
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