6-9
頂点に上った満月が照らす屋上で、吸血鬼の少年は逃げる事もなく立っていた。
校舎に通じる扉が蹴り破られ、柘榴とU・Dが姿を現しても、驚く事なく、振り返りもせずに声を上げる。
「彼女は逝ったかい?」
白々しいその問いに、歩み寄る柘榴も、見守るU・Dも答えはしない。
だが、少年は無視された事も気にせず、独白を続けた。
「彼女は、一度も僕を見てはくれなかった」
そう言って振り返った少年の目には、狂おしい憎悪が燃えていた。
普通の人間なら竦み上がるその苛烈な視線を受けても、柘榴はやはり何も言わない。
「僕とお前に何の違いがある? ただ先に彼女と出会ったかどうかだけだろっ?」
少年が声を張り上げ、初めて動機らしいものを語り出しても、柘榴は聞く耳も持たずその間合いを詰めるだけだった。
平然としたその態度に、元凶は憤怒を浮かべて全ての原因を吐き出す。
「お前は、お前は最初から全てを持っていたのにっ!」
妬み、怨み、憎しみ、あらゆる負の感情をぶち撒けて、少年は殺意の銃を抜く。
それを目に入れた柘榴は足を止めると、ようやく口を開いた。
「灰は灰に、塵は塵に」
協会に伝わる断罪の詩を口ずさみ、断首刀を眼前に持ち上げる。
右腕の剣と左腕で十字を作り、僅かばかりの手向けを象る彼の胸には、目の前の不快な物体を一秒でも早く消し去りたいという思いだけ。
月光が照らす闇の中、蒼き瞳を輝かせ、赤銅の鬼は狩り人となる。
「死人は黙って灰になれ」
七年間続いた夜が、今終わりの刻を迎えようとしていた。
先制したのは吸血鬼の少年、両手に握られた『イングラム M10』
一分間に千発の連射速度を誇る銃が、五十発の弾倉×二丁の計百発の鉛玉を、三秒弱の間に動かない赤銅の鬼へと叩き込む。
だが、弾丸は全て盾にした断首刀と防弾コートに阻まれ、柘榴の体には傷一つ負わせられない。
そうして弾幕が止んだ瞬間、鬼の巨体が疾走し、鉄塊が薙ぎ払われた。
少年は咄嗟に後退したが、構えていた二丁の短機関銃は巻き込まれ、鉄屑へと姿を変えてしまう。
両手の武器が粉砕されて態勢を崩した少年を、巨木の如き中段回し蹴りが襲う。
盾にした左腕の骨を粉砕され、腹を抉ったつま先に弾かれ、吸血鬼の体が屋上の端まで転がり跳ぶ。
フェンスに当たり止まったそこへ、柘榴がトドメを刺すため走り寄るが、それよりも早く少年が予備の武器を抜いた。
右手に構えられたそれは、有名な『コルト・パイソン』
六発装填された弾丸を、発射音が一つに聞こえるほどの
柘榴は咄嗟に無防備な顔面を断首刀で庇うが、狙われたのは左胸部の一点。
強力な357マグナム弾が、防弾コートのほぼ一カ所に着弾する。
一発目と二発目が防弾のPBO繊維を剥ぎ取り、三発目がその下のチタン鋼板に達し、四発目と五発目がヒビを入れ、六発目が貫通した。
しかし、チタン鋼板で減速された弾丸は、鋼鉄の如き胸筋で止められる。
だが、一点に集中した弾丸の殴打により、衝撃が肺を傷付けた。
「がはっ……」
吐血し、体勢を崩した柘榴へ、少年が最後の武器である大型ナイフを抜いて襲いかかる。
吸血鬼の体が限界を超え、筋肉を断絶してまで加速する。
自らの血を撒き散らしながら迫る少年の刃に、柘榴は左の拳を握りしめ、赤銅の正拳を撃ち放つ。
鉄の刃が拳の皮膚を裂き、指の骨に達し、二㎜めり込み――ナイフの方が、根本から砕けて折れた。
「化け物め」
信じられないと呟き、動きを止めた少年に、柘榴の断首刀が振り下ろされる。
打ち落とし、下段薙ぎ払い、切り上げ。
電光石火の『
両手足を失くし、血を吹いて芋虫の様に転がった吸血鬼に、赤銅の鬼がゆっくりと近づく。
そうして振り上げられた鉄塊を見て、最後の時が訪れた事を知りながら、なお少年は皮肉げに口元を歪めた。
「あの時、なんでお前を殺さなかったか分かるか?」
七年前の公園で、まだ狩人となっていなかった憎い男を、あえて見逃した事実。
それが語られようとしても、柘榴は眉の一つも動かさなかった。
少年はその姿に顔を歪めながらも、最後の嘲笑を上げて叫ぶ。
「お前は生きて苦しめよ!」
柘榴は静かに、断首刀を二度振り降ろす。
心臓を、脳を粉砕され、吸血鬼は完全に消滅した。
灰が月光に舞う中、長い夜が終わりを告げていた。
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