6-7
「本当の名前とか、何処で生まれたのかとかは知らないの。記憶が無いから」
柘榴が自分の不死体質に気付いた事を悟り、U・Dはそう全てを語り出した。
「記憶に有る一番古い風景は、瓦礫と化した街並みと、そこに横たわる傷付いた人々と、それを無傷で見下ろす自分。そこがアメリカという大陸で、それが地震によるものだと知ったのは、数日後の事よ」
柘榴の脳裏には、ふざけて英語を喋る姿や、慣れた手付きで銃を扱う姿が蘇る。
「自分の事も、両親の事も、何も分からなくてね。地震のせいで役所や病院の資料も紛失していて、自分が『誰』なのかは結局不明。分かった事は、
色を帯びた肌を指し、そう言ったU・Dの声に苦いものが混じる。
白人を至上とし、有色人種に対する差別がいまだ残る米国において、保護者も記憶もない東洋系の少女が、どれだけの辛酸を味わったのか、柘榴には想像も出来ない。
「自分が不死だって分かったのは、生まれてから――最初の記憶が有る所から、一ヶ月経ってからね。復旧もままならない瓦礫の街で、餓えに耐えかねてパンを盗んだら、斧で腹を挽肉にされてね、血やら脂肪やら腸やらがはみ出して、凄い痛くて痛くて堪らないのに、それが直ぐに嘘みたいに消えていったの。何かと思って見たら、お腹の肉が蠢いて傷がどんどん塞がってたのよ。アタシを殺した奴はそれを見て、腰を抜かして逃げ出したわ。ふふふっ、あの時の顔は今思い出しても笑えるわ」
U・Dは陽気に語るが、当時の彼女が同じ心境でなかった事は柘榴にも分かる。
自分が人とは違う化け物だと知らされ、畏怖の視線を向けられる辛さは、鬼である柘榴も身に染みていたから。
「不老だって確信するのには、結構時間がかかったのよ。最初の五年で成長しない事を不思議に思って、十年目で病気を疑って医者に診てもらったけど、何の異常も見つからなかったわ。周囲を誤魔化す為に転々とする内に百年が経って、その頃に寿命すら無いんだって確信したわ。今の所は三百年だけど、このままなら千でも万でも生きられるかもね」
一万飛んでっていうのはまだ嘘、とかつての冗談を詫びるU・Dに、柘榴は目を伏せる。
三百歳という事を疑うつもりはない。実際に死から蘇る姿を見た今、それが虚言だと言い張る頑迷さは、柘榴の中に残っていない。
ただ、まだ二十二年しか生きていない彼にとって、その十倍以上もの年月を、無力な子供の姿で生きなければならなかった辛さが、分かってやれなくて悔しかった。
「百五十歳の頃だったかしら、いい加減生きるのにも飽きてね、死のうと思って色々試したのよ。まず首を吊って、次に銃で頭を吹っ飛ばして、毒を飲んで、車に轢かれて、ビルから飛び降りて、海に落ちて、爆弾でバラバラになって、溶鉱炉に飛び込んで、致死性の病原菌を注射したりもして、一度なんて核爆発に巻き込まれて細胞の欠片も残らなかったのに、何をやっても死ななかったわ。ちなみに、入水が一番辛かったわよ。窒息して死んで、生き返っても水は有るからまた死んで、また生き返って……無限循環でね、窒息死ってただでさえキツイのに、浜に打ち上げられるまで何度死んだ事やら。正気でいられたのは今思っても奇跡ね」
今となっては良い思い出よ、とU・Dは笑うが、強張った柘榴の顔を見て、直ぐにふざけるのを止めた。
「二百年を超えるといい加減開き直ってね、長い人生を楽しもうと色んな国を回る事にしたの。イギリス、アフリカ、中国、ブラジル、ロシア――あっ、アタシが行った時はソ連だったけど――ともかく、色んな所を旅して、そうして来た三度目の日本で、こうして柘榴に出会えた。感謝なさい、世界広しといえど、不老不死の永遠ロリータを手に入れたのは貴方だけよ」
そう言って自分を見上げるU・Dに、柘榴はようやく苦笑を返す事が出来た。
色んな国を回り、色んな人々と会った彼女が、何故自分に懐くのかは知らない。
ただどんな理由でも、長い時に疲れた少女を、少しでも慰める事が出来たというのなら、それだけでも救いだった。
「そして、怪物や狩人なんていう裏の世界を知れて、まだまだ世界は退屈しないわ、と思っていたんだけど……バレちゃったね」
もう一度同じ言葉を繰り返し、U・Dは舌を出して笑う。
その顔には慣れた諦観と、それでも隠せない痛みが浮かんでいた。
不老不死の化け物として、人々に恐れられ、蔑まれ、傷つけられて、安らぎを得る事が出来なかった少女。
その痛みを、柘榴は知っていた、彼も負っていた。
だから言う。それを癒してくれた言葉を、少女がくれた想いを返す。
「お前の体は、確かに不老不死の化け物なんだろう。だが、心は人間だろう? 口が悪くて自己中心的で高飛車で……でも、こんな馬鹿な俺を心配して、地獄に平気な面で足を突っ込んでくるくらい、優しくて頼もしいパートナーだよ」
鬼だと断言して、その上で受け入れてくれた事が本当に嬉しかったから、不老不死だと認めた上で、そんな事は関係ないと言い切った。
告白した柘榴に、U・Dは信じられない顔で目を見開き、そして直ぐに微笑した。
「そのパートナーという所を、最愛の女性と言って欲しかったわね」
「検討しておく」
「脈無しではないのね。まぁ、今はそれで満足しておくわ」
死が包む闇の村に居る事も忘れ、柘榴とU・Dは微笑み合う。
どちらとも、人間と言い切れない歪んだ人型だった。
だからこそ、二人は互いを認める事ができ、隙間を埋め合う事も出来るのだろう。
化け物のまま、どこまでも『
暫くの間そうした後で、U・Dが真面目な表情に戻って尋ねる。
「それで、吸血鬼はアレで終わりなの」
風に散った灰を指して言われ、柘榴はまだ何も終わっていない事を思い出す。
全ての元凶である吸血鬼、そして怪物となった幼馴染みの少女。
少年が桜を連れて逃げた方向、廃棄された小学校を見上げて、柘榴はU・Dの肩を掴んだ。
「聞いてくれ、次は俺が話す番だ」
そう前置きし、柘榴は七年前から続く悪夢の話を、U・Dに語り始めた。
彼女の過去を聞いたから、自分も話すべきだと思ったのか、それとも、ただ罪を一緒に背負って欲しかっただけなのか、それは柘榴にも分からない。
ただ、彼は拙い口調で全てを伝え、少女は黙って全てを聞いた。
子供の頃の事、幼馴染みの事、全てを失った夜の事、狩人となった日の決意、再会した幼馴染みが吸血鬼になっていた悲劇、それらを包み隠さず伝えた。
月が傾くほどの時間が経ち、語り終えた彼に、U・Dは短く問うた。
「貴方は、桜さんを殺すの?」
一番重大な避けられない問いに、柘榴は目蓋を閉じる。
胸の中には様々な感情が流れ、気を抜くと先ほどの様に暴走しかねない熱が渦巻く。
それを、七年で培った氷の剣で断ち切り、赤銅の狩人は結論を下す。
迷いはある、だがそれでも、貫かなければならないモノが有る。
「――殺すよ。俺は狩人だから」
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