2. ヴィルヘルミナ

 血糊に濡れた道を、夕日が寂々と照らす。

「息絶えたようだな」

 ヴィルヘルミナは道に置かれた鉄の箱を取り、死体を探る。しばらくして、一本の鍵を探り当てた。血と黒錆の色が入り混じった小さい鍵だ。

「箱は貰い受ける。貴様の鍵もだ。ゲオルクの仇、討たせてもらった」

 確かにヨハンは同門の仲間だった。いったい何が彼を動かしめたのか。推測は簡単だ。だが証拠がない。

「ハインリヒを探しださねば――。奴なら何か知っているだろう」

 あの男、同門の策士が、教士ヨハンを唆して善良なるゲオルクを殺させたなどと、あまり考えたくはない。

 立ち上がって、ヴィルヘルミナはぼんやりしつつ――高い剣技をもつ彼女だが、人を斬ったのはこれまで無かった――思い出す。師は彼女を含めて四人の弟子を教えていた。厳しい教練の日々。入門しておよそ五年――記憶が曖昧だが、だいたいその程度の年月が過ぎていたことは確かだ――剣を振るう弟子たちを見ながら、師は各々が形になりつつある、それも各々の形で、と呟いていた。今でも意外に思っているのだが、一人前と認められたのは四人同時だった。それぞれの腕前は差が大きくあったというのに。特にヴィルヘルミナとハインリヒの間には大きな隔たりがある。またゲオルクは善良で人格者だったためか、師の持つ殺気までは体得できていなかった。今でも何をもって形となったのか、ヴィルヘルミナにはわからない。

 あるとき、死期が近いことを悟った師フリードリヒは言った。肺を病んでいたために辛うじて聞こえる程度の声で。

「お前たち四人は、我が剣の秘法を守る四匹の虎だ」

 そして師はゲオルクに三つの錠前が付いた鉄箱を、他の三人に鍵を一本ずつ与えた。箱の中身は言わずとも分かる。師の剣の極意だ。ヴィルヘルミナは不満に思った。師の剣法をまさしく受け継いでいるのは私ではないのか。ならば奥義を受け継ぐのは私こそ適任であろう。だが彼女は抑えた。師の意図を全て理解してはいない、ならば師の剣法を精神面まで受け継いだとは言えまい。自らの力で極意を見い出せ。師はそう言いたいのではないか。ヨハンもハインリヒも、それを悟るべきだったのだ。

 このように様々な考えを巡らせているとき、後方から――強く弾く音がした。

「――何?」

 痛み。その根源を探す。心臓に深々と、太矢が刺さっていた。何者か。その射手を探す。後ろに、一人の少年がクロスボウを構えていた。警戒と達成感の入り混じった顔をしている。

 抜かった。激しい憤りを感じながらヴィルヘルミナは崩折れた。

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