静かなる剣豪が異世界転移

永遠の二十四歳☆

1.静かなる剣豪の目覚め




朝目が覚めたら、私は暖かな森の中に……ただ一人佇んでいた。

突然森の中というこの状況、だが、焦れば見えるものも見えなくなろう。

まず私は、目覚める前の記憶と現状を照らし合わせる。


昨日はいつものように仕事をこなし、そのまま家に着き次第静かに眠った。

しかし目覚めた現状は森の中、と……ふむ、私の頭ではこれ以上考えても、なにも答えは出なさそうじゃの。


次に所持品などを確認していく。


服装は紺色のシンプルなワイシャツに黒のスラックス、そして同じく黒のミリタリーブーツ……眠りにつく前となんら変わらんな。

して、信頼できるは腰にたずさえる我が愛刀一本のみと。

うぅむ、これは中々に厳しい状況に置かれているようじゃのぉ。


考えもまとまり、いつもの癖でつい顎を手でさする。

――とそこで私は、大きな違和感に気づいた。


私の手に、長年仕事をしてきたことによる傷や、歳の影響ででき増えたしわなどがない。

いや、多少傷はあるのだが、皺などがまったくない、と言ったほうが正しいじゃろうか。


私は急ぎ腰に携えた刀を抜き放ち、その刀身に自分自身を映した。

そして映った自分の姿を見て驚愕する。


そこには、皺と傷で歪んだ老いぼれの顔ではなく、少なくない傷はあるものの、ハリのある肌で、目を見開いた若き男の顔が映っていた。



「ホ、ホホホ……まさかこのようなことが…あろうとは」



不覚にも涙が流れ、私はそれ以上の言葉が出せなかった。

なにせ私の歳はとうに八十を越え、後は死に逝くのみだと、昨日まで思っておったのだ。

それがどうじゃろう?

今体を見下ろせば、そこには過去に栄光とも言える日々を飾り彩った、あの頃の姿ではないか。


これでまた、私は仲間と共に世界を駆けることができる。


たかぶる感動に身を震わせ、私はいるかもわからない『神』に、初めて心の底から感謝をし、空をあおいだ。




どれくらいそうしていただろうか。


気がつけば、太陽はかなり高くまでのぼってきているようだった。

そろそろ腹も空いてきたことだし、せめて食べられるものだけでも探そうと、あたりを散策するために歩き出す。

だがその歩みは、女性であろう者の悲鳴で中断させられることとなった。



「―――――――!」


「……どこの国の言葉じゃ?」



しかしその悲鳴は、まったく聞いたことのない言語だった。

そして理解できない言語の悲鳴は、すぐ目の前に見えておる幼き女子おなごの声で――、



「グシャアアォオオオオ!」



後ろには巨大な犬の獣が意地でも食らいつかんと、女子に牙を向けておる。

ふむ、見たところ追われているようじゃの。

じゃがそんなことはどうでもいい。



「どれ、この体で今までのように動けるか。お主で試させてもらおうぞ」



私は抜き身の刀を構えもせず、ただ手に持ちゆっくりと獲物へ歩み近づく。

その一挙手一投足、全てに音は無く、ただ一つのことのみに神経を尖らせていく。



「………………」



深く息を吐き、大きく息を吸い込んだ私の視界は、私の”世界は”、白く染まる。


この白き”世界”にいるのは『私』と、私の獲物たる『獣』のみ。

獣は周囲の突然すぎる変化に対し、警戒しているのかそこから動かないでいる。

だが私はそれでも、ゆっくりと、着実に近づいていく。

私とその獣以外、なにもない存在しない世界の中で、刀の間合いが獣に届いた瞬間――解き放つ!




私は刀を鞘に納め、移していた”心を”元ある世界に戻す。


――ドズンッ。


私が戻ると、獣は女子に食らいつこうと大口を開けたまま、横倒しに地へと沈んだ。



「………………」



獣の体に手を触れると、その体からは確かに呼吸音、心臓の鼓動などがあり、肉体的には生きているのが分かるのだが、そこから生は”感じない”。


ふむ、こやつは”食えんな”。

食べられるかと思い、”あの世界”を使ってまで綺麗に殺したのだが、どうやら無駄足だったようじゃ。


私は獣を放置し、女子が駆けてきたほうへと歩み出す。


せめて人がいるところに出れれば、この空腹もどうにかなるんじゃがのぉ。

もっとも、小銭すら持ち合わせておらんが……最悪サバイバルも視野に入れるべき、じゃな。

様々な疑問は多々あるんじゃが、それを女子に問うてものう。


外見に似合わぬ思考を巡らせながら、私は歩みを進める。



「さてはて、これからが楽しみじゃ」



見る人が見れば失神するような、怪しい笑みを貼り付けて……。



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