第5話 再びポホヨラヘ

「ただいま」

 いかつい身体にげっそりした顔で返ってきたクレルヴォを、どうしたわけか、いささか力ない声でイルマは出迎えます。

「見つかった?」

「見つかるわけあるかい、海辺のテラス片端から探して、街中歩いて、遠い田舎まで行って、高い山の上まで登って……若旦那より先に俺が死ぬ」

「どうやって探したの?」

「だから4日かかってポホヨラ中くまなく……あ」

「どんな人か知らなかったんじゃないでしょうね」 

「いや、若旦那の話はして回ったぞ」

「レミンカ……様しか知らないことを他の人に聞いて回ってどうするの!」

 レミンカと「様」で間が一拍空いたのは置いておきまして。

 むっつりと黙り込んだイルマ、再びテーブルの下をごそごそやり始めます。

「また地下室か……コトカとかいうでっかいのはもう」

 床下からエコーのかかった声がいたします。

「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん……もうもうもう今日は今日は今日は何も何も何もしないでしないでしないで寝てちょうだい寝てちょうだい寝てちょうだいイライラするからイライラするからイライラするから……」

「そりゃこっちのセリフだろが、一言ひとこと3べんも繰り返しやがって」

「それよそれよそれよこっちきてこっちきてこっちきて……」

「だから3べんずつ言わんでも」

 そういいながらまた暗いヒンヤリした地下室におりてまいりますと、やはり大鷲のコトカがでんと鎮座ましましている傍らに、イルマが何やら怪しげな姿で佇んでおります。

「その姿は何だあ?」

 耳にはインカム。

 背中の巨大なバックパックには上と左右と背中にスピーカー。

 なぜかアンテナが1本生えております。

「これならレミンカ様の……想い人を探し出せるわ」

 そういうなり、せっせと兄の身体に装着いたします。

「使い方がわからんな」

「簡単よ。例の歌をどうぞ」

「例の?」

「セヲハヤミ……」

 イルマのいうとおりにリピートいたしますと。

「セヲハヤミセヲハヤミセヲハヤミ……なんじゃこりゃなんじゃこりゃなんじゃこりゃ……」

「余計なこと言わないで」

「そんなことそんなことそんなこと……」

「あ~うるさいしゃべるなバカ兄貴!」

 突然ブチ切れたイルマの勢いに口を閉ざすクレルヴォ。

 妹はその勢いでまくしたてます。

「いい、お兄ちゃん、これから一晩かけてポホヨラヘ行って、朝からこれでエコーかけて例のカミノクを繰り返すの」

「警察に捕まるだろ」

「大丈夫よ、お兄ちゃんならポホヨラの機動要塞サンポが出てきたって死なないわよ」

 サンポと申しますのは、ポホヨラの海中どこかに潜んで常に移動しているといわれる要塞でございます。

 この噂だけで、最後の戦でもポホヨラはどこから蹂躙されることもなかったとか。

「だから裸一貫になっても頑張ってきて」

「待てそんな恥さらしな」

「お兄ちゃんの恥なんかどうだっていいの! そのブサイクなエラ張り顔を縦につぶれた逆三角形の体に乗っけて毎日歩いてんだから同じことじゃない!」

 人権侵害の極みともいうべき暴言を一気にまくしたてましたイルマ、目に涙をいっぱい貯めて怒鳴りつけます。

「あと1日よ! レミンカ様の命がかかってるのよ、この恋には! この恋には! この恋には……!」

 機械なしでも十分エコーがかかるだけの声量でございます。

「子供のころからお兄ちゃんとレミンカ様がなんかやるたびに、私がどんな気持ちでいたか……考えてよ!」

 そのままぺたんと尻餅をついて泣き崩れる妹に、不器用なクレルヴォはブサイクな顔をひきつらせ、オロオロと地下室を歩き回るばかりで。

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