第6話 オカマは何でも知っている

 次の日の朝、再びポホヨラに現れたクレルヴォ。

「何だってんだい、さんざん泣いたらくうくう寝ちまいやがって……」 

 ふわあとあくび一つで見上げた海辺の空は、爽やかに晴れ渡っております。

 きらめく海岸沿いの道路は、さすがリゾート地、遠くを早起きのお金持ちが2、3人ジョギングしております。

「いい気なもんだよ全く、こちとら若旦那の色恋でえらい迷惑……」 

 ぼやきながら、インカムつけてエコーかけて、さあお仕事の始まりでございます。

「セヲ~セヲ~セヲ~……ハヤミ~ハヤミ~ハヤミ……」

 ひとことつぶやいただけで、たいへんな音量のエコーがかかります。

 あちこちのホテルのベランダに、眠い目をこすりこすりラフな格好の観光客が鈴なりに現れました。

「イワニセカカルタキガワノ~イワニセカカルタキガワノ~イワニセカカルタキガワノ……」

 慌てて続きを一気に口にしますと、そのま~んまエコーがかかって繰り返されます。

 そのうちにジョギングやら見物やらラジオ体操に行く子供やらで、道路の両端は人だかりの山ができました。

「えらいことになってしまったえらいことになってしまったえらいことになってしまった……」

 警察に通報されるのも時間の問題とこそこそ裏路地に逃げ込みましたところ、床屋が早くから店を開けております。

 ここでクレルヴォの鈍い頭が一瞬だけ閃きました。

 床屋というところは、かわるがわる人がやってきては、静かにじっと座っているしかない場所でございます。

 ここに張り付いていれば、こんなエコーをかけなくとも、一人位はストッキングもといストク・インの歌に気づく者があるかもしれません。

 ドアベルをからんからん鳴らして店に入りますと。

「いらっしゃいまっほ~、お髭でござ~いますね」

 小指を口元に当ててもの言う怪しげな理髪師のおっさんが、この日最初の客をお出迎えいたします。

「お席もちょう~ど空いております」

「いや、混んでないと」

「ご安心ください、当店はぎょ~うれつのできるバ~バ~でござ~いますドウゾ~」

 エコー関係のインカムもバックパックも引きはがされてほとんど無理やり鏡の前に座らされましたクレルヴォ、我に返るやごほんと咳ばらいをいたしまして……。

「セヲ~ハヤミ~」

「あら、ストク・インさまのお・う・た」

「反応早いな」

「当然ですわよ、何があっても愛し合う者は結ばれる……素敵なお歌じゃございませんか」

「知ってるのか」

「ええ、娘がよく口ずさんでおりますわ」

「年はいくつ?」

「19ですわ」

「それだ~!」

 思わぬところで探す相手が見つかったと有頂天になっておりますと、店の奥から学生風の若者が。

「いってきまあ~っす」

「ほら、あれが娘」

「……あんたは?」

「あらやだ、母親ですのよ~ん」

「ちょっと用事が」

「あら、お髭ソリソリがまだ終わってませんわ」

 喉元にきらりと光る剃刀をジトっと見つめながらクレルヴォ、特に自慢ではありませんがトレードマークとなった髭面をオカマの理髪師に任せます。

 毎度まっほ~と怪しげな声を背中に浴びながら店を駆けだしたクレルヴォ、河岸を変えることにいたしました。

 それから一日中、ここも含めた床屋をのべ20軒、サウナを30軒、温泉スパを40軒、ぐ~るぐ~ると回りまして、「セヲハヤミ~」の繰り返し。

 日が暮れる頃には顔も頭も剃られた上に、お肌もツルツルのピカピカになって元の床屋に戻ってまいりました。

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