星の都のストク・イン
兵藤晴佳
第1話 不滅の賢者
ええ、ご覧くださいましてありがとうございます。
なんだか聞き慣れない名前の出てくる、SFのような落語のような怪しげなお話でございますが、400字詰原稿用紙で50枚かそこらでおつきあい願います。
さて、あ・ろんぐたいむあごお・いんなぎゃらくしいふぁあ、ふぁあらうぇい……とくれば『スター・ウォーズ』でございますが、これも別の時空のお話でございます。
便利なもので、こう前振りをしておけば、どんな無茶苦茶もたいていのお客さんは許してくださいます。
全く、ありがたいことで。
ここにも、私共の住んでおります宇宙とは別の宇宙がございまして……。
「クレルヴォでごぜえやす、遅くなりやして」
石造りの真っ白で大きな御殿の、真っ白な広間の隅っこで。
一人のがっちりした身体の若者が、白い髭を長く伸ばしたお年寄りの前にひざまずいております。
かつて、悪がはびこり争いに満ちた「宇宙」をひとつにまとめた偉いお方で、お名前をワイナミョ・イネンと申します。
二つ名は、「強固なる不滅の賢者」。
若い頃には右手に剣、左手には何と申しますか、
そんな具合に宇宙をまとめてからは、下々からはもう神様のように扱われますので、「それでは本当に神様になろう、もう一切何もしないよ」と国の取り仕切り一切をご家来衆に任せて隠居してしまいました。
「おぉ、クレルヴォか」
このワイナミョさんの下働きでございまして、それはもう筋肉隆々の20歳過ぎ。
その怪力たるや、そこらの重機やユンボなど比べ物にはならないほど。
力仕事をさせたらこの宇宙で右に出るものはおりません。
では他の仕事ではどうかといえば、それは言わない方が……。
身なりをあまり構わない、レンガ色の無精髭ぼうぼうのいかつい男でございます。
「朝から御殿入り口のガーゴイル倒れましたんで直しに行っとりまして、帰って来たら妹のイルマがご隠居からの使いがあったと慌てとりましたんで」
「おお、ガーゴイルが。ワシは気づかなんだがイルマは無事であったか?」
「へえ、おかげさまで妹には何のお咎めもなく」
「なんじゃ、ガーゴイルが倒れたのはまたアレか」
「毎度のことで面目次第もごぜえやせん」
「なんの、最後の戦でお前たち兄妹だけになったのを、ワシが面倒見ておるのではないか、何を咎めることがある」
「では、妹のアレではないので」
アレと申しますのは、このクレルヴォの妹イルマの悪い癖でございます。
姿かたちは幼い赤毛の女の子、年の頃は娘盛りの16、7歳、頭が切れて手先も器用。
世間からは「永遠の匠」と呼ばれて、毎日のように怪しげな機械をいじっては、しょっちゅう大爆発を起こしております。
「何やら徹夜でワシのような」
「お前がワシというな、まだ若いではないか」
「いえ、何やら大きくて翼のあるものを宿舎の地下室でコトカとか呼んでおりましたので」
鷲はコトカ、因みに鷹はハウッカとも呼ばれております。
「しょうがないのう、いや、実は骨折ってもらいたいことが」
「承知しました、で、どいつの骨を」
「いや、喧嘩してこいというのではない」
亡くなった両親が戦に明け暮れる部族の出身でございまして、その血を思いっきり引いております。
人は育ちと申しますか、三つ子の魂百までと申しますか、神にも等しいこのご隠居でも如何ともしがたいことはありますようで……。
「レミンカのことじゃ」
「若旦那?」
育ちのせいかクレルヴォが「若旦那」と呼ぶのはご隠居の息子、即ちこの世界を継ぐお方でございます。
名前をレミンカ・イネンと申しまして……。
「20日ほど前からふとした風邪が元で寝込んでしまいよった」
「お医者には?」
「何の病かもさっぱりわからん」
「ちょっと待ってください? あの、若旦那が?」
「レミンカじゃが」
「あの、むらっ気が多くて喧嘩っ早いレミンカ・イネン様」
血の気も恋も多いイケメン若様、とでも申しましょうか。
「それはお前もじゃ。この間も街で大喧嘩、隠居の身では後始末にも限度というものがある」
「いや、それは妹のイルマを大事にしろと、チャラけた彼氏にちょっと靴下を……」
「今は脱がんでよい。落ち着け……脱ぐな、脱ぐなよ!」
この靴下も、「永遠の匠」イルマの手作り。
ついた二つ名が「青き靴下の息子」。
実はこれがないと、戦闘部族の血がたぎったときにとんでもないことになるのでございますが、それはともかくイルマも年頃の娘。
いらぬ虫がつかないか、クレルヴォもただ一人の肉親として毛深い胸を痛めております。
「あれでまた男を逃したな。嫁き遅れたらどうする」
「メカ一筋で男の良しあしも分かりやせん。いい加減な男が騙そうとしようもんなら」
満面に朱を注いで両の腕を左右にぶんぶん振るだけで、脇の下でかぽーんかぽーんと音がいたします。
「心配ない、そのときはワシが面倒みる」
「チョーシこいてんなよジジイ!」
奥方は早くに亡くなって独り身を貫いてはおりますが、隠居してからはちょっと前まで有閑マダムから深層の令嬢、市井の美少女に至るまで浮名を流していた、なかなかファンキーなご隠居でございます。
いらぬ心配をしたクレルヴォが、「不滅の賢者」に見境もなく突進してくるのを抑えておりますこの力。
ご隠居の
「確かにレミンカは容姿端麗で腕も立つ。そのうえ、フォースもただものではない」
「だから困ってるんでごぜえやせんか? 女癖は悪い、ご隠居譲りのフォース鼻にかけてまあやりたい放題。ご隠居も大変で」
ようやく落ち着いたクレルヴォがつい漏らした本音には、ご隠居もむっとしたようで。
「お前なんべん片棒担いだ? 息子の後始末はお前の後始末でもある。幼いころから戦続きであまり手をかけてやれなんだが、まあ子どもの頃から仲良く遊んでは仲良く悪さをして大きくなったものよ」
そういうお顔がほころんでいるのは、ご隠居のお人柄と申しましょうか。
クレルヴォも、脇道へそれた話を自ら元に戻しました。
「左様でごぜえやしたか。お医者もダメなら葬儀の段取りを」
「待て。せがれはまだ生きておる」
「どうもこうもなりませんな」
「どうもこうもならんのはお前じゃ」
今度はクレルヴォが臍を曲げたようでございます。
「そういうことでごぜえやしたら、賢いイルマにでも」
「使いのついでにイルマに聞き合わせてみた」
息子のことをよく知っているのは良い父親だ、という諺があるそうでございますが、これは「そんなことはあり得ない」という意味なんだとか。
このご隠居、「不滅の賢者」と呼ばれても息子のこととなると全く知恵が回らないようで。
これを見よ、と投げてよこしたのはポータブルDVDプレイヤーほどの小さな箱でございます。
蓋を開けてみると、長い赤毛をを乱雑なポニーテールに括った眼鏡娘の立体映像ホログラムが現れます。
これも、イルマお手製でございましょう。
この娘が申しますには……。
「お医者さまでもポホヨラの湯でも治んないわけでしょ? 鬱ね、鬱。心に思いつめてることがあるのよ。聞き出して叶えてやることね。じゃ」
口の利き方を知らない娘でございます。
この兄にしてこの妹ありと申しますか。
ところでポホヨラと申しますのはたいへん風光明媚な星で、最後の戦で乳飲み子を抱えて独立を守ったロウヒというシングルマザーの女帝が治めております。
その地の美しさときたら、宇宙のあちこちで歌われるくらいで。
ポホヨ~ラ~よい~と~こ~いち~ど~はおい~で~
ロウヒ~の母~さ~ま~良いお~ひ~と
あ~こりゃこりゃ……
失礼いたしました。
さてクレルヴォが蓋を閉じようといたしますと、妹のホログラムがこれを強引にこじ開けて申します。
「言い忘れたけど、話を聞く限りじゃ保ってあと5日……何とかしてよ、お兄ちゃん!」
要件が済んだところで蓋は勝手に閉じてしまいました。どういう造りかよく分からない辺りが「永遠の匠」でございます。
そこでご隠居、頭を深々と下げまして……。
「ワシが何を聞いても答えんのじゃ。そこでクレルヴォ。子どもの頃から仲良く遊んだり悪さをしたりしてきた仲なら言いやすかろう。頼む、レミンカに死なれてはせっかく治めた世界がまた争乱の底に沈む」
無精髭のクレルヴォがボトボト涙をこぼしておりましたのは、妹のホログラムにおちょくられたのが情けないからではございません。
清らかな川での幼いイルマと3人、丸裸の水遊び。
お忍びで抜け出した街角での、悪ガキどもとの大喧嘩の数々。
クレルヴォが足を引っ張った、レミンカ様の初めてのナンパ……。
竹馬の友と申しましょうか、身分は違えども共に育った年月のことが一遍に思い出されてまいりましたので。
「何でもないことでごぜえやす」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます