And I have no name, I can't seeing her.

虎渓理紗

1. There are no more beloved people.




 とある森に魔女がいた。

 彼女は外界から隔離された深く暗い森の中に、赤レンガの家を建てて十三人の弟子と共に住んでいた。年齢はバラバラ。親のいない子どもが十三人。

 まだ物言えぬ赤ん坊からもう働ける年の青年まで様々だった。

 彼女は弟子に取った順で一番弟子、二番弟子と数字をつけて自分の所に置いていた。文字の読み書きを教えてやり、この世の事柄を教えてやり、時には魔法も教えてあげていた。

 僕はその彼女に最初に引き取られた、つまり一番弟子だった。

 一番弟子として子どもたちの先輩として他の子達の世話もした。だけど僕は一番弟子だとしても、一番子どもではなかった。

 一生懸命彼女の教えを守って魔法の技術を磨いても、他の子どもには敵わない。落ち込んで一晩泣いた日もあったっけ。夜まで泣いて、ぐずって帰ると彼女はご飯を作って待っていてくれた。いつもは僕が作るご飯が、その日はなかったからだろう。

 焦げたパンやグッチャグチャのスクランブルエッグになってしまった目玉焼き。それらが食卓に並んでいた。僕はその日から夕方には必ず帰ってご飯を作ると誓ったっけ。

 彼女はご飯を作るのがとんでもなく下手くそなんだもの。

 僕は毎日ご飯を作った。彼女はそれを褒めてくれた。魔法は一番下手くそだったが、それが嬉しくて僕はいつしか彼女に褒めてもらうためにご飯を作っていたのだと思う。美味しいよ、と笑う彼女が僕は好きだった。

 師匠として尊敬していたし、――愛していた。

 弟子は十三人いた。その中で僕は一番劣等だった。一番優秀だったのはだった。

 僕は成長して彼女と一緒に外の世界に足を運ぶこともできるようになった。たまに彼女は作った薬を売っていたようで、僕はそれのお供として連れて行ってもらったのだ。

 初めて見た外の世界は眩しくて綺麗だった。その中であの家の周りにある森を「常夜の森」と街の人から呼ばれていること、外にはまだまだ自分が見たことがない世界が広がっていること、僕は様々なことを知った。

 彼女は外の人たちに『時狂わせの魔女』と呼ばれていた。聞く所によると時間と空間の研究をしているからだとか。僕はお手伝いを申し込んだが、断られた。

 まだ早いからと。

 さっき言ったが、ここの子ども達は年齢がバラバラだった。僕は赤ん坊の時にここに来たから幼くても一番弟子だったのだが、ある程度の年になってからここに来ると、僕よりも歳が上なのである。年齢が大人に近づいた子どもほど先に、この家から出て行ってしまう。彼女はその度に子どもを連れてきた。空いた数字を与え、僕は変わらず一番弟子。十三番は変わらず十三番。

 ある日、彼女は僕を呼んだ。

 彼女の使い魔と一緒にいるように言われ僕は彼女の言うとおりにした。お話をしたり空を見たりその日は退屈に過ごした。夜になって彼女の部屋に行く。

 寝台に寝るように言われてそうした。

 なんだか甘ったるい匂いがして、瞼が重くて、僕は寝転がってからすぐ寝たのだろう。彼女の声が段々と遠のいて、やがて聞こえなくなる。彼女は僕に何をしようとしたのか。いなくなった子ども達はみんなどこに行ったのだろう。

 この家は何をするために彼女が用意した家だったろう?

 寝台の下にあったのは、悍しい数の魔法陣と何人もの子どもから流れた血溜まりだった。

 僕は次の日に、目が覚めた。

 劣等だった僕にしてはよくやった。劣等と嘆きながらも彼女にとって僕は最高傑作だったのだろう。抱きしめられた彼女の温もりを今でも覚えている。

 もう子どもじゃないのに、照れてそんなことを言ったっけ。

 次の日から僕は彼女の研究室に出入りが自由になった。研究の手伝いをする、文字どおり一番弟子として僕は彼女に尽くした。忠誠心も信頼も全部彼女に捧げて僕は励んでいた。勉強量も増えたけど、僕は彼女の本当の一番になったような気がして嬉しかった。

 月日が経つにつれて気づいた。

 彼女が僕に何をしたのか。あの夜、僕は何をされたのか。

 僕の身体は十六で成長が止まっていた。

 時狂わせの魔術は僕にかかり、僕の時間を止めてしまった。

 数十年後、彼女は処刑されることとなる。

 森の中の家で、棄てられた何十人もの子どもをある程度の年になったら実験に使って殺した。そんな残虐の限りを尽くした悪い魔女として――。

 それを告発したのは十三番だった。

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