第3章 こんなカミングアウトは嫌だ

第15話 全てはそれからだ

 まずい。

 まずいまずいまずい。


 モデルをする事になった時、雨莉から税金の事について個人事業主として確定申告する必要があるだとか、領収書は取っておけだとか色々と聞かされたけれど、扶養の事は全く考えていなかった。


 だけど、突き詰めるとモデルデビューと親へのカミングアウトもセットになっているので、最初からそんな事を知っていたら、俺はなんとしても断るなり逃げるなりしようとしていたので、それを防ぐためかもしれない。


 もやは取り返しがつかない今になったからこそ、その辺の事を雨莉が教えてくれたのだろう。

 そもそも、まず自分でその辺に気づけ、という話ではあるが。


 今は十一月の初めだが、企業の年末調整に関する書類は大体十一月の後半には提出するらしいので、できるだけ早く父さんにその事を伝えないと、後々迷惑がかかってしまう。


 しかし、伝えるにしても、どこから話せばいいのか、どこまで伝えないといけないのか。

 モデル活動をしていると言っても、普段の俺だと説得力が無さそうだし、何のモデルをしているのかと聞かれて、メルティードールの広告を見せたところで、信じてくれるとも思えない。


 ………………………………。


「と、いう訳なんだが、どうしたらいいと思う?」

「いや、夜中にいきなり家に来てそんな事言われても……」

 色々とキャパオーバーになった俺は、稲葉の家を訪ねた。


 時刻は夜十時を回っていたが、なんだかんだで稲葉は迎え入れて話を聞いてくれる。

「雨莉はなんて?」

 お茶を出しながら稲葉が俺に聞いてくる。


「確定申告に関しては税理士を紹介するからそっちでやって後で報告しろって言われてる。扶養に関しては……俺から親に報告するしかない……」

「まあ、そうなるよな……」


 稲葉はそうだろうとは思ったとため息をついた。

「ちなみに、かすみは?」


 俺は首を横に振る。

「言える訳ないだろ、あいつ最近優奈とその友達と一緒にライングループで俺とお前のカップリングについて盛り上がってるんだぞ、相談したら嬉々として話を聞いてくれるだろうけど、後が恐い」


「まあ、面白おかしく引っ掻き回される気しかしないな……」

 稲葉が乾いた笑いを浮かべる。

 確かに一番の理由はそれだ。


 だけど、自分の家族と絶縁状態にある中島かすみに、家族とどうのこうのという話をするのは、なんとなく気が引けたというのもある。


「こんな事話せる相手なんて、お前しかいないんだよ……」

「そ、そうか……」

 俺が呟けば、照れたように笑う。


 頼りになるかと聞かれると正直微妙だが、お互いの状況を把握していて、大抵の事を安心して包み隠さず話せる相手なんて、稲葉くらいのものだ。

 他だと全て話すと色々差し支えがあったり、新たな誤解やトラブルが生まれそうな相手しかいない。


 ……考えてみると、俺は少し人間関係を見直した方がいいかもしれない。

 一瞬そうおもったが、元来引っ込み思案でボッチ気質の俺には土台無理な話だった。

 すばるだったら、初対面の相手でも堂々と話せるのに。


「とりあえず、状況を整理しよう。それで、将晴がどうしたいのか、そのためにはどうすればいいのか考えよう」

「そうだな」

 俺は稲葉の言葉に頷き、現在の状況を改めて話し合った。


「まず、素直にモデルしてるって話す必要はないんじゃないか? バイトを入れすぎて、気が付いたら扶養から外れるくらい稼いでた、とか」


 現状の再確認が済んだところで、稲葉が提案してきた。

 できる事なら俺もそれで済ませたいが、そうもいかないのだと俺は首を横に振る。


「それ以前に、来年の春には優司と優奈が高確率でうちの大学に入学してくる。その事を考えると、それまでになんとか優司と優奈の問題も解決しておきたい」

「……つまり?」


 稲葉が神妙な顔で俺に続きを促す。

 俺は、さっきからずっと考えていた事を口に出した。


「父さんと母さんに、女装の事をカミングアウトしようと思う。そのうえで、優司と優奈が+プレアデス+に心酔している事も話して、優司と優奈が真実を知って道を踏み外す事がないように協力してもらいたい」

「まあ、確かにそれができたら一番良いんだろうな」


「最悪俺が勘当される事になったとしても、二人共優司と優奈の事は大事だろうし、その辺は協力してもらえると思うんだ……」

「い、いや、流石に女装趣味くらいで勘当は無いだろ……ドン引きはされるだろうけど」


 深刻に考えすぎだと稲葉は言うけれど、俺はそうとは思わない。

 なぜなら、優司や優奈への俺の影響力が凄まじいからだ。


「稲葉、忘れてないか? 俺の趣味のメインは女装コスプレだ。そして、優司はその俺のコスプレ写真を部屋中に貼り、優奈はコスプレイヤーになってしまった」

「ま、まあでも、趣味の範囲内だろ」


 俺を宥めるように稲葉は言う。

 確かに+プレアデス+の影響が趣味に関する物だけならまだ良かった。


「二人共そのコスプレした俺に心酔して結婚したいとまで言ってるんだぞ……」

「…………」


 しかも、二人共+プレアデス+こと朝倉すばるが実は男だったと知り、更に恋人がいると知って尚、寝取るだなんだと言ってる。


「俺はな、二人の事は大切だとは思っているけど、全くそんな関係になりたい訳じゃないからな?」

「まあ、ずっとそう言ってたな……」

「二人の気持ちが本気過ぎて、本当の事を話して二人の望むような関係にはどうしてもなれないと説明した時の反応が怖いんだ」


 話しながら、自分の声が震える。

 好きの反対は無関心、好きと嫌いは表裏一体。なんてよく言われるけれど、だからこそ俺は優司と優奈に好かれ過ぎている現状が恐い。


 優司と優奈が心に傷を負って道を踏み外してしまわないか心配、なんて俺は言っているけれど、当然それは本心なのだけれど、その一方で俺が一番恐れているのはそれじゃない。


 せっかく仲良くなれた優司と優奈との関係が崩れてしまうのが、二人に嫌われてしまうのが一番恐いのだ。

 優司と優奈は、俺にとって大切な家族であり、可愛い弟と妹だ。


 俺が二人に正体を明かしたくないというのは、家族関係に亀裂を入れたくないというのもある一方で、俺を慕ってくれる二人を手放したくないという思いもある。


 何より、俺は今の家族が好きで、嫌われたくないし、軽蔑されたくないし、関係を断ち切りたくなんてない。

 だけど、どうしても話さなければいけないのなら、父さんと春子さんだけに話して、優司と優奈の中では兄でいたいのだ。


 そんな事をグルグルと考えていると、不意に稲葉が俺の肩に手を載せる。

「将晴、いざとなったら俺が嫁にもらってやるよ」

 いきなりいい笑顔で何を言っているんだコイツは。


「ふっっっざけんな! 俺は嫁になりたいんじゃねえ! 嫁をもらいたいんだ!!」

「そのもらいたい嫁って、かすみか?」

 肩に乗せられた手を払いのけて俺が抗議すれば、稲葉はニヤニヤ笑いながら聞いてくる。


「うっせぇ!」

 話しているうちにだんだんくよくよ悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた俺は、さっさと近いうちに父さんと春子さんにモデル活動の事を話す事にした。


 全てはそれからだ。

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