NO.04「契厄」


―――???


 茫洋と滲む炎。

 松明に飛び込む蟲の羽鳴りが響く地下。


 不気味な程に白くぬめりけを帯びた鍾乳石の広がる世界に僅かな声が幾つも連なっていた。


 いあ。

 いあ。

 いあ。

 いあ。


 本来、気温が一定であるはずの地中深く。

 奇妙な事に周囲は生温い。

 一つ切りの灯りの下。

 浮かび上がる僅かな暗闇には薄らと肉色の床が見えていた。


『おのれ………』


 明確な言葉が囁かれる。

 ただ、その音は錆び付いた楽器を奏でたように濁っていた。


 ふたぐ。

 ふたぐ。

 ふたぐ。

 ふたぐ。


 唱和する声が変わる。

 その最中、何かが弾けるような音がして、ビチャビチャと水っぽいものが零れ落ち。

 窟の内部に倒れた。

 まるで肉を金属で掻き分けるような悍しい響きがして。

 何かが壁の内部に取り込まれていく。


『あの巨人ゴーレム……魔術師単体で成せる技か? 本当に神々が顕現したとでも……一帯での支配も途切れた……これだけの結界を維持するとなれば……やはり神々なのか?』


 いあ。

 いあ。

 いあ。

 いあ。

 ふたぐ。

 ふたぐ。

 ふたぐ。

 ふた―――。


『黙れッ!!!』


 思考が乱されるのを嫌った声の一喝に唱和が一旦静まる。


『………あの生贄の小娘を奪われ、禍つ獣を潰された以上、こうなれば……』


 くちゅる。

 くちゅる。

 くちゅる。

 ぐちゅる。

 ぐぢゅる。

 ぎぢゅる。


 あ、く、りとる、りとる。


『“C”よ……我が手に更なる力ヲ……ワガテ・テ・テに』


 ゴボンと何かの膨れる音がした。


 それと同時に小さなものが無数一斉に破裂し、周囲に腐臭とも血とも付かない臭いが立ち込め始める。


『ぉ……うぅ……ぉ゛っ……ぉぉ゛おぉぉ゛おお゛ぉ゛ぉ゛おぉ……』


 声帯が罅割れたような雑音。

 それに今までさざなみのようだった唱和が一気に熱を帯びる。


 いあ、いあ、くちゅる、いあ、りとるいあ、くちゅる、いあ、ふたぐ、いあ、いあ、ふたぐくちゅるぎちゅる、りとる、いあ、いあ、くちゅるぎちゅる、ぢゅる、あ、く、ぎ、ちゅ、ぐく、ぎゅ、ちちゅ、ふたぐ、ふた、ふ、ぢ、ぎゅ、ぢゅ、ちぃぅる、いあ、いい、ああ、いいああ、ふたふた、ぐ、ぐ、ぢゅる、いふぢゅ、ぢゅ、いたぐあくるぢゅちゅりると―――。


 意味を成さなくなっていく連なり。

 世界が歪んだような錯覚を引起す程に熱量が増大していく。

 松明が消え。

 鍾乳石が滴る水滴を蒸発させ。

 闇が蒸した地下に声が混沌と混じり合う。


『いあ、いあ、ふたぐ、くちゅるくちゅる、ふたぐ。ワレ゛は求メ゛訴え゛タり』


 光が灯る。

 蒸気に煙る巨大な空間の中心に。

 虚空へ湧き出すように見えたソレは巨大な質量を伴っていながら、光波でもあった。


 近辺にいた複数の唱和のだれか、肉色の床に混じっていく。


 それでも、連なる響きには喜悦が溶ける。

 深い緑色の光輝。

 燃え広がるソレは一言にするならば、緑炎。


『ヨノハテヨリソノミスガタハマイラレタリ』


 マイラレタリ。

 マイラレタリ。

 マイラレタリ。

 マイラレタリ。


『オオイナルモンノカゴモテ。クチシハラカラニアラタナルイノチヲ』


 イノチヲ。

 イノチヲ。

 イノチヲ。

 イノチヲ。


『ダイウノホウモテ。アラザリシミカミニサラナルチカラヲ』


 チカラヲ。

 チカラヲ。

 チカラヲ。

 チカラヲ。


『シソノケイヤクニヨリテサイゴノ【神担者コスタレロ】ガヨブ』


 緑炎が周辺の全てを呑み込んでいく。


『トナエヨ。クルウルウ』


 クルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウクルウルウ―――。


 統率された異形の影が燃え尽きながら恍惚として甘美な断末魔を上げる。


『【原初神代記写本ジ・レートピシ・コーデックス】』


 全てが捧げられた後。

 再び収束した炎が凝る虚空に一冊の本が顕れた。

 飾りとして鏤められているのは砕け散った石版の欠片。

 本体の内部まで貫くソレは不思議な色合いで漆黒に見えながら、仄かに輝いている。

 頁である羊皮紙を束ねるのは元は何だったのかも分からない襤褸布の装訂。


 しかし、その本の表紙には見事なまでに大宇の星々が収められていた。


 奇妙な程に現実感の薄い事典。

 幻か。

 魔術の産物か。

 そのようにも見える何かが勝手にゆっくりと開かれ。

 途端、肉色の床から、先程燃え尽きた異形の影達が起き上がる。

 肉から肉を剥がす音色。

 それを常人が聞き続けたなら、数分と持たずに心を朽ちさせるだろう。


『ハラカラタチヨ。タチアガルガイイ。カナラズヤ。ワレラガセイチヲ……ソノミハスデニモンナリ』


 声が途絶えると鍾乳石の合間から如何なる音も失せ。

 そして、再び闇は生温い静寂へと戻っていく。


―――往くぞ。


 その思考に導かれ、影達は行動を開始した。


 *


―――アルワクト王城客室。


 街が何者かの支配から開放されて四日目の朝。

 私は今日も其処にいる。

 大きな天蓋付きの寝台。

 その上に横たわる小さな体。

 痩せっぽっちの少年。

 私の、私達の救い主。

 ヴァーチェス様は未だ眠りに付いていた。


「………」


 硝子張りの窓から差し込む旭の下。

 その寝顔は何も語らない。


「今、お清めします」


 静かに絹の白い掛け布を剥がして。

 私はゆっくりと体を起こし、寝間着である白い上着パジャマを脱がせた。


「身体を拭かせて頂きますね」


 横に用意していた微温湯の入った桶から、手拭タオルを取り出してきつく絞り、清拭を始める。


 四日前。

 軍の行動を阻止してすぐ。

 巨大なものが街の近くに跳ねて落着した。

 その巨大な頭部の上に槍を突き刺した巨人ゴーレム

 止まった一匹と一つ。

 翼をはためかせて、その傍まで飛んだのは直感があったからだ。

 もしも、あの巨大な獣が恐ろしい速度で街に到達していれば、壊滅は免れなかっただろう。

 それを留めようとする者があるならば、それは間違いなく自分達の味方。

 そして、それを成せるのはヴァーチェス様だけだと。


「……救われてばかりですね。私は……」


 白い椅子と共に漆黒の巨人の胸部の中で倒れていた姿。

 心臓が凍るような心地。

 それは恐怖。

 傍にいる誰かの命が消えていく現実への忌避。

 そうなって初めて、私は気付いた。

 いつの間にか。

 ヴァーチェス様が私にとって大切な方となっていた事に。


「下もお拭き致します」


 本当なら城勤めの侍女や侍従達が世話を行うと先方から言ってくれていた。

 しかし、それを拒んだのは自分。

 どうしてか。

 嫌だったのだ。


 正気を取り戻した人々に神々の力を受けた自分が、なんて言っていたのも半分は方便に過ぎない。


「……………」


 スゥスゥと寝息を立てる姿。

 いつ目覚めるのかも分からない。

 しかし、それがいつになろうともコレは自分の役目だと思う。

 助けてくれた。

 救ってくれた。

 それは自分を大切にしてくれた人と同じ眼差し。

 どんな事をしても返せない借り。


「……ヴァーチェス様……」


 ヴァスファートもエイゼルも今は様々な事情を話せる範囲で民に話して聞かせている最中。


 アンクトはまだ退避した地下への入り口が見付かっておらず。

 また、塔の力で守られている為、手を出せない状態となっている。


 アージャは故郷に父親の死亡と操られていた事を伝えている途中でアイシャリアもバラフスカ王が正気に戻った事を確認し、今は混乱の収束と敵と目される魔術で支配していた何者かを調べているらしい。


 自分に出来る事は殆ど無いに等しい。

 出来る事すら、些細な事ばかり。

 着せ替えをする事。

 清掃をする事。

 本来ならば聖典にある如く。

 神に加護受けた者として身も心も捧げなければならないはずで。


 しかし、そんなものを一度とて求めたりはしなかったヴァーチェス様はきっと、どんな神様よりも高潔なはずで……。


「この身が穢れていなければ、夜のお相手もして差し上げられるのに…………」


 奇妙なくらいに落ち着いている自分を感じた。

 故郷の事は今も心配している。

 でも、今は此処を離れられない。

 いや、離れたくない。


「お着せします」


 そう心が言っていた。


「ヴァーチェス様……」


 新しい寝間着を着せ終わって。

 私はそっと寝台横の椅子に座る。


 寝た切りの場合、本来は下の世話もあると聞いていたが、御柱である方にはそういう人と同じ生理はないのか。


 気付いてからはおむつも取っている。

 そっと頬を撫ぜて。

 唇が乾いていないか確認し、僅かに硝子の水差しから口内に先端を差し込み、湿らせる。


「………」


 小さな咽喉が僅かに嚥下したのを確認してホッとした。

 再び、椅子でお姿を見ながら待つ。

 そうしているだけで自分の中に渦巻いていた怒りや憎しみが静まっていくのが分かる。

 でも、代わりに胸を占めていくのは胸を渇いた風が通り過ぎていくような気持ち。

 言葉に出来ないもの。


「………」


 そっと手を重ねる。

 まだ、温かかった。

 それに安堵しているのは自分。

 もうこの世にはそう出来ない人がいる。

 失われてしまった人がいる。

 そう知っているからこそ、命の温もりが何よりも尊く思えた。


「………何故、泣いている」

「え?」


 思わず頬を拭って。

 ハッとして立ち上がる。

 見れば、いつの間にかヴァーチェス様は目を開いていた。


「お目覚めになったのですね!?」


「最初から意識は失っていなかった。ただ、エラーコードを処理するまで動けなかっただけでな」


「え? え?」


 何を言われているのか分からない私を見かねたのか。

 ヴァーチェス様が体を起こして、僅かに溜息を吐く。


「朝、昼、晩、日に三度も他人の体をメンテ……拭くのは過剰じゃないか? それと今までも夜は話していたと思うが?」


「―――ッッ!?!」


 思わず顔から火が出るかと思った。


 意識を失っていなかったという事はつまり、今までしていた事を全て感じられていたのだと思い至る。


「服を持って来てくれ」

「あ、はは、はい!! ただいま!?」


 言われるがまま。


 私はヴァーチェス様の服を探そうとして、そう言えば洗い終わって干した後、衣裳部屋の方に仕舞われたのだと思い出し、すぐに頭を下げて部屋を出る。


 急ぎ足で絨毯を踏み締めて気付く。

 もう胸にはただ清々しさだけしかなかった。


 *


 少女が部屋から慌てて着替えを取りに出たのを確認して。

 少年は寝台横に置かれていた愛機に訊ねる。


「あの子の名前を教えろ」


「『………アザヤ・ウェルノ・アンクト』」


「そうか……破損箇所は?」


「『名称に関する記憶を司る部分が一部処理で傷付きました』」


「総合ストレージからロード。定着までは?」


「『11分』」


「開始しろ」


「『了解……ナノマシン群体による脳機能の補足中に収拾した情報を表示しますか?』」


「やれ」


 少年の脳裏に幾つも映像が映し出される。

 その中ではアイシャリアやアージャが自らの故郷の民を前にして言葉を尽していた。

 騙されていた事。

 支配されていた事。

 そして、それを打ち払った神の降臨。

 犯人探しに街を駆け回るエイゼルの兵士。

 戻ってきた者から戻らぬ者の最後を告げられた家族達。

 色褪せる事なく流される涙が多くの犠牲を前にして人の意思に満たされていく。


「生き残る兵士程に因果な者はいないな」


「『最初期所属共同体においてNO.01の搭乗者は次のように語っていました。最良の兵士とは生き残った兵士だと。そして、最悪の兵士は何も守れない兵士である、と』」


「忘れた」


「『貴方の多くの仲間達が言っていました。最後まで戦い抜く事は兵士の絶対条件ではないと』」


「だが、こうも言っていた。最後まで守り抜けない兵士が真に勝利する事もないと」


「『ヴァーチェス・B・ヴァーミリヲンは当機の記録と観測の限りにおいて現存する宇宙最古の兵士です』」


「だから、何だ?」


「『人型個体。それも炭素系の生命が出会う事は確率的には稀な事象です。また、生命体として、精神的にも近しい価値観を有し、近似する文明である事は階梯レベルの差こそあれ……奇蹟と言えるでしょう』」


「蓋然性を歪められるお前が奇蹟を語るのか?」


「『……当機は法則干渉による量子的観測者として、宇宙そのものに回答を出させるという意味では“神の賽”を振ります。ですが、真なる奇蹟とは……貴方の事です。搭乗者』」


「………素直に頷けない話だ」


「『あらゆる時間軸を渡り歩き、を踏破し、200億を越える平行宇宙を“C”より守り抜いた。幾つの銀河、幾つの星々を貴方が直接、間接を問わず守護したのか。当機は記録しています』」


「守れなかった数は九割以上だろうに」


「『ですが、無数にある宇宙の可能性を幾度となく“C”から守り切れた者は貴方以外にいません』」


「それで何が変わった? 何も変わらない……戦いに終わりは無く……宙は無限の悲劇と絶望に染まり続けている……確かにオレは生存競争に勝利した……だが、その先にあるのが終らない闘争ならば、どの宇宙で、どの銀河で勝利を重ねようと……オレがしてきた事は……」


 少年の影る顔にそれでも声は続ける。


「『無駄ではありません。守り継がれた平和が人の手で導かれる限り、その道に続く者達は貴方を肯定するでしょう。人の絶望の先を歩く者。もはや、貴方の先を進む者は無い。しかし、貴方の後ろには無限の人々が連なっている』」


「クェーサー……お前は……」


 顔を上げて自分を凝視する搭乗者に白い椅子は音声インターフェイスで告げる。


「当機に乗った事に後悔はないと貴方は言った。しかし、当機もまた同じ。貴方でなければ、決して当機の目的を果たす事は出来なかったと確信しています」


「……システム・カーネルを破損でもしたのか?」


 苦笑しながら少年が訊ねれば、答えは沈黙を持って返された。


「ヴァーチェス様!!! 持って参りました!!!」


 扉がバンと開かれて。

 少年が視線を向けると僅かに怪訝そうなアザヤの顔。


「今、何方かとお話になっていませんでしたか?」

「さぁ、な……」


 少年は何もなかったかのように寝台から降りて服を受け取ると着替え始めた。

 それに後ろを向いて絹擦れの音を聞きながら、少女は何とかいつもの調子を取り戻す。


「それにしても良かったです。目覚められて……」

「ああ。ちなみにこの四日間状況がどう動いたのか聞かせてくれるか?」


「あ、そうでした!? 目覚めたら、バラフスカ王にお知らせるように言われていたのに。い、今、行ってきますね!!」


「いや、こちらから出向いていく。道行で聞かせてもらおう」

「はいっ」


 少年が着替え終り腰掛けるとフワリと白い愛機は己を浮かばせる。


「行くぞ」


 少女を連れ立って部屋を出た搭乗者に聞こえぬよう。

 しかし、白き椅子は静かに文字を思考に吐き出す。


―――最後の選択が近付いています……搭乗者、と。


 数分後。


 アルワクトの街並みを見下ろす王城の中層階。

 民を集めて布告する為の場にバラフスカ王と数人の男達が二人を待っていた。


 綺麗に磨かれた石造りの通路と吹き抜けとなって外側へと張り出している広間には他に誰もいない。


 既に少年が起きた事をアザヤの慌てぶりを見て使用人達から伝えられていた彼らの装いは正装。


 将軍たる両翼の二人。

 教会を束ねる二人の司教。

 誰もが緊張した面持ちでバラフスカ王の左右に畏まった様子で控えていた。


 通路の先に見えた男達を目にして思わず唾を飲み込んだアザヤが少年に誰がどんな役職の者かを耳打ちする。


 それに頷いて。

 少年は赤い外套に上等な設えの法衣を着込んだ王の前に出た。


「貴方がヴァーチェス神様ですな」

「貴方がエイゼルの代表か」


 どちらが傅くわけでもなく。

 しかし、支配されていた時にアザヤへ見せた顔とは打って変わって柔和な様子で男が頷いた。


「我が名はバラフスカ。バラフスカ・アシト・エイゼル。このエイゼルを治める者です。先日は我が国をお救い頂き、本当にありがとうございました。心よりの感謝を申し上げます」


 しっかりとした理智の宿る瞳。

 頭を下げた王に倣い。

 左右の四人もまた頭を下げる。


「もう支配の影響は無いはずだが、身体に異常はあるか?」


 その問いに頭を上げたバラフスカ王が首を横に振る。


「少し頭痛がする者は兵に多いようですが、体に明らかな変調を来たした者はおりません」

「なら、いいが」

「ですが」

「?」


「魔術が使えなくなったと兵だけではなく。アルワクトや周囲の村々から陳情が……これは貴方様が?」


「……魔術での支配を解く為に魔術そのものを使えないようにした」

「そういう事ですか。仕方ありませんな……」


 溜息を吐きつつも、数日前まで完全に操られていた誰もが難しい顔で受け入れた様子となった。


「それで礼を言う為にわざわざ?」

「いえ、それだけでも無いのですが、どうぞこちらに」


 王自らが先導する形で二人は五人の男達と共に近くの会議室らしき場所に案内される。


 内部は過度に華美であるわけでは無かったが、紅の絨毯やら鏡のように磨かれた調度品やらが巨大な円卓を取り囲むように並んでいて室内には窓も無かった。


 四方にある明かりだけが室内を照らし出している。


「お掛けに……おっと、今椅子を退かせましょう」


 バラフスカ王の言葉に将軍達が椅子を一つ退かしてスペースを作った。


 その場所に愛機を浮かべて、静かに男達を見る少年は王以外の四人から感じられる脈拍の高まりに緊張以上のものを見て取って、脳裏でいつもの如く話し掛ける。


「(何を畏れている?)」


「『我々が高位存在を名乗っている為、こちらの機嫌を損ねないよう気を使っていると推測されます』」


「(アザヤを悪化させたようなものか)」


 サラッと少女が聞いたなら涙眼になりそうな言葉を返しつつ。


 少年は自らも座った対面の王を前にして、これからの話し合いで語られるだろう議題を思い浮かべた。


「ヴァーチェス神様。単刀直入に申し上げたい。貴方様が良ければ、我がエイゼルに力をお貸し願えないか?」


「何に協力しろと?」

「無論、我らを支配していた何者か。それを探り出して討つ事にです」


 バラフスカ王の言葉に嘘偽りが無いと愛機が観測する数値から察した少年が慎重に言葉を選ぶ。


「アザヤとアンクトに力を貸している最中だ。もう、この力を他の誰かに貸し与える気はない。直接的な力の行使という点でこちらを必要としているのならば、それは不可能だと言っておく。ただ、こちらの捜索に対して協力するのなら、そのを討つという目的は共有出来る」


「……そうですか。分かりました」


 バラフスカ王が頷くのを見て、将軍の一人。

 赤髪の男。

 アイラスカ・ゴームが『よろしいのですか?』と訊ねた。


「良いのだ。アイシャリアから聞いていた通りだからな」

「聞いていた?」

「ああ、娘が教えてくれまして。貴方様は清廉なる乙女にしか力を貸しはしないだろうと」

「そう言えば、アイシャリアは?」


「あの子は自分から魔術が使えなくなって不安を覚えている村々を回ると言い出しまして。現在、周囲の村に王城の使いとして赴いています……娘に翼を与えて下さったそうで、あの子に代わり感謝致します」


「あれは移動手段として与えたに過ぎない」


「ですが、魔術が使えぬ今となっては馬よりも速い唯一の知らせを届ける手段です。あの子のおかげでこの混乱した数日の間、アルワクトや周囲の村々へ監視の為の大規模な兵を向かわせずに済んだ」


「………」


「昼には戻ってくるでしょう。その後、もし良ければ探索にあの子を同行させて下さい。我々も外の異種の処理や今後の対応で忙しい。王城内で我々を支配していた者が何をしていたのか本格的に調べねばなりません。あの子がいれば、エイゼルのどんな人間にも協力を取り付ける事が出来るはずです」


「分かった。そうしよう」


 少年にバラフスカ王が頷いた。


「それでこれからの事に付いて二つの提案をしたい」

「提案?」


 少年が切り出した話に男達が顔を見合わせる。


「アンクトとヴァスファートに付いてだ」


 実質的な内政を司る教会の司教達が眉をピクリと動かす。


「賠償に付いて、ですかな?」


 バラフスカ王が尋ね、少年が頷き。

 アザヤが思わず少年の顔を見た。


「今回の一件でヴァスファートとアンクトは人員に壊滅的な被害を被った。操られていたとはいえ、これに対して、エイゼルが何もしないというわけにもいかないだろう。また、そちらにしても、相手側に被害を出して、黙ったままというのは都合が悪いはずだ。違うか?」


 王が答えるよりも先に司教の片割れ。

 禿げ上がった頭に細面の男が手を上げた。


「それにはこちらからお答え致します。ヴァーチェス神様」

「?」


「わたくしめはボルスト。ボルスト・ドゥーチ。このアルワクトの地で教会の司教を務める者です」


 静かに頭を下げた男が顔を上げて、さっそく話を切り出す。


「先だって、我々エイゼルが操られていた時にヴァスファートとアンクトに対して行なった行為は確かに許されるものではありません。しかし、今後を決めるとなれば、それにはどちらからも代表者を出して頂く必要があります。そうでなければ、話し合いのしようがありません」


 少年は頷く。


「最もだ。だが、どちらも長となる者が既に死んでいる」


「であるならば、畏れ多いとは存じますが、これは人の子の領分であり、神々が直接的に一方の側に立って賠償を求めるのは如何なものかと愚考致します」


 頭を下げた男の額には汗が一筋。

 仮にも神と名乗る相手に対して物申すのだ。

 命の危険すら感じているのは間違いなく。

 少年の目には意見した司教の高い心拍数が見えていた。


「第三者が意見する事は確かに余計な干渉だろう。だが、アンクトとヴァスファートが被った被害に対して直接的な保障をしろと言いたいわけでもない」


「では、どのような?」


「今回の一件でヴァスファートはアンクトを滅ぼそうとした。その遠因は長年の食糧問題から感情を高ぶらせざるを得なかったからだ。この周囲で食料供給が逼迫している事が直接的な原因だと言える。もしも、食料が潤沢ならば、エイゼルの言葉にヴァスファートが乗せられる事は無かったかもしれない」


「それは確かに……」


 ボルストが頷く。


「このエイゼルの主な財源は?」


「我が国の主な産業は貿易で周辺諸国に塗料となる原料を売って貿易の資金とし、生計を立てております」


「つまり、食料を自給する事が出来ないから、何かを売って食料を得ているわけだ。だが、ヴァスファートとアンクトにはそういった食料を貿易するだけの元手が無い」


「そうですな。ヴァスファートは言うに及ばず。アンクトも特産となる物は存在しない」


 司教が少年の認識に頷いた。


「だが、現在のアンクトには一つ売り物に出来るものがある」

「それは何でしょうか?」

「このアルワクトに来る前。あの地に特別な水を湧き出させる塔を立てた」

「特別な水?」

「そうだ。傷病に対して効果を発揮するものだ。アザヤ……腕を出せ」

「は、はい!」


 いきなり振られて慌てたアザヤが言われた通りにその健康そうな白い腕を差し出した。


「指先を少し切るが我慢しろ」

「わ、分かりました」


 少女の掌に少年が自らの手を翳すと指先が僅かに切れて出血する。

 その部分に数滴の水が掌に落とされた。

 すると、血が滲んでいた傷が数秒で閉じ消えていく。


「これは……」


 思わず司教が目を丸くした。

 他の男達もさすがに通常の魔術ではお目に掛かれないだろう回復速度に目を瞬かせる。


「この水はアンクトとその周囲にある時だけ、効力を発揮する。しかし、これを上手く売るだけの状況に無い。だが、エイゼルには貿易の為の智識と経験が存在する。また、それを生かす為の資金もあるはずだ」


「……言いたい事は分かりましたが、具体的にどうしろと?」


「アンクトとヴァスファートとエイゼルを繋ぐ道の整備。そして、その周辺の開発を提案する。人が集まる理由があり、それはアンクトとヴァスファートの周囲でのみ力を持つ。だが、それにエイゼルは力を貸す事が出来る。当分は食料だ。それは将来、アンクトとヴァスファートが自らの力で歩いていけるようになった時、どれほどの借りとなるだろう。今エイゼルが与えれば、将来返ってくるものは大きい」


「理に叶っていますな。ですが、そのような事になれば、周辺諸国が黙っているか分かりません」


 ボルストが頷きつつも難しい顔となる。


「病や怪我を治す水、か……確かに何の価値もない場所にそんなものが湧けば……」


 将軍の一人。

 風貌鋭い白髪をオールバックにした男。

 アインツ・エイルが戦乱にも成りかねないと眉根を寄せた。


「エイゼルには一つ力を貸そう」

「力?」

「あの金属生……巨大な獣を討った人型。あれを使えばいい」

「おお、あのゴーレムを?」


「乗れるのはこちらから指定した者のみ。そして、動かせる範囲はエイゼル、アンクト、ヴァスファートの領土内のみ。細かい制限は加えさせて貰うが、これならば守るという点に関しては問題ないはずだ」


「ふむ。それならば……王よ。魔術師達が言うにはあの異種は近年周辺諸国で被害を出していたモノだそうで、大魔術師でも勝てる者はこの近辺ではいないそうです。それを討ち取った力となれば、その抑止力は確かに大きなものと考えて良いでしょう」


 バラフスカ王が思案して瞳を細める。


「……確かにその提案ならば、我々には受け入れる余地があると存じます」


「今はまだ詳細を詰める必要は無い。だが、アンクトとヴァスファートが立て直すまではこれから餓えないだけの支援を行う事を確約して欲しい。今後の話をするにはまずそれが最低条件だ」


 少年を真っ直ぐに見ていた王が頷く。


「その話、確かにお引き受けしました」


 その決断に他の四人は異論を挟まない。


「では、それはそれとして。これからどうするおつもりで? 我が方は先日の出来事があってからまだ混乱している者もおりますので大規模な軍の編成と運用はまだ不可能なのですが……」


「こちらで調べたい事が幾つかある。それにアイシャリアとアージャを動向させたい。二人の呼び出しとあの獣。イシュとか言ったか? アレの死骸を引き受けたい」


「あのケモノを?」

「アレの構せ……肉体は役に立つ。無論、権利を主張するなら、幾らか分けてもいい」

「役に?」


 初めてそんな話を聞いたとバラフスカ王が周囲の者達を見回す。

 それに風貌鋭い白髪をオールバックにした男アインツ・エイルがヒソヒソと耳元に囁く。


「何? 武具の素材や魔術の触媒となるのか?」

「(はい。ヴァーチェス神様はそれで何かお作りになるのではないかと)」


「分かりました。どうぞお好きなだけお持ちを。アレだけの巨体です。我が方には十分の一も残して頂ければ十分ですので」


「分かった。留意する……これからは此処を拠点に幾らかの調査を行なっていきたい。しばらくの逗留を要請するが、可能か?」


「勿論です。幾らでも逗留して頂いて結構。いや、いつまででも構いません。衣食住や他に何か気になる事がありましたら、メイドや侍従達にお申し付け下さい。呼び出して下されば、余程の緊急時でも無い限りは速やかに駆け付けますので」


「では、これで主な議題は終了した。二人が来るまで、あの死骸の傍にいる。夕方には戻るだろう。何かあれば、連絡を」


「何人かお共をお付け致しますか?」

「不要だ。これで失礼する」


 少年が椅子を浮かせて扉の方に向かうとすぐ傍のアザヤが五人に頭を下げて、すぐ少年の後ろに戻った。


 そのまま再び兵が開いた門を潜っていく後ろ姿にバラフスカ王が髭を扱きながら目を細める。


 二人がその場から消えて僅かな沈黙が五人の間に下りた。


「王よ。これで良かったので?」


 質問したのはベイグ・レイナード。

 額の広い二人の司教の一人。

 その人の良さそうな顔の五十代が真顔で尋ねれば。

 振り返りもせずにバラフスカ王が答える。


「彼が神だろうと神ではない何かだろうと我らの敵というわけではない。少なからず今は……それに娘を殺し掛けた不肖の父だ。あの子の命を救ってくれた恩人を無碍に出来るわけもない。王以前に親として、な」


「アンクトとヴァスファートに対する食料の供給ですが、我が国の年間予算をそれなりに逼迫する事になるかと」


「構わん。あの理智に鎧われた瞳を見ただろう? 嘘偽り無く測られていたのは我々だ。この会話すら筒抜けでもおかしくはないのだ。大人しく話に乗るのが筋だろう。我が国の益にもなるようしっかりとな」


 男達が顔を見合わせた後。

 聞かれているとしても堂々と言い切った王に誰もが頷いた


「「「「我らが一命に掛けまして」」」」


「では、あの子とヴァスファートの族長の娘に伝令を出せ」


 男達が其々の仕事に散っていくのを網膜に投影しながら、少年は僅か肩を竦めた。


「(王、か……共同体を率いるだけの素養はある……)」


「『現在、仮名称“イシュ”をの分子構造を解析中。金属元素と非金属元素が複雑に絡み合っている構造の模様。通常の環境下では生成は困難と推測……しかし、人為的な結合も認められず』」


「あ、ヴァーチェス様。こちらを左に曲がれば、城の勝手口の方に出ます。右に曲がると書庫の方へ。城の小門は外に出てから―――」


 現実でアザヤに応対しながら、脳裏で少年が既に倒した金属生命体を解析しているクェーサーの示す結果を聞いていた。


「『ほぼ確実にこの惑星内には自然発生的法則干渉事象が存在し、それらが関わっていると思われます』」


「(そう言えば、魔術に関する解析結果は?)」


「『王城に魔術に関する原始的情報媒体“書物”が存在し、その内部に記述を確認。全てを翻訳し、総合ストレージ内と照らし合せた結果。未知の法則干渉方法が複数存在する事を発見。また、魔術発動の資源リソースは魔力という存在の認識に合せて発現する概念的、質量的、物理量と確認』」


「(概念的、物理的、だと? こちらに認識出来ない状態のものしかないんじゃなかったのか?)」


「『ある種の魔術的法則干渉によって恣意的に物理量を扱う場合も魔力と呼称する模様。また、こちらの基本的に魔術の素養が無いと言われる者にも使える魔力が存在する事を確認。これは惑星内の生物の大半に法則干渉能力が存在している事を示唆すると推測』」


「(つまり?)」


「『魔術とはこの惑星の一部生物特有の法則干渉能力による高次認識によって励起される恣意的な概念的、質量的、物理量を加工する技能であると推論』」


「(……概念的というのが何を指すのか今は聞かないが、要はこちらには使用不可能という事か?)」


「『肯定。間接的に脳内制御する事で原生住民やそれに類する知的水準の生命に使わせる事は可能。また書物の記述に一部元素生成に関する部分的技能を発見。魔術による元素生成は不可能では無いと思われます』」


「(……現地住民の魔術による協力があれば、高物理量を発生させるだけの元素生成は出来るんだな?)」


「『肯定』」


「(分かった。では、魔術での元素生成に関する情報の収拾とそれを実行するプランを作成しろ。後、アージャやアイシャリアの能力に付いて解析は終了したのか?)」


「『脳機能の掌握は完了。元素生成能力の記述は細胞の遺伝情報だけではなく。構成原子そのものにも存在している事を確認しました』」


「(どういう事だ。原子レベルでの記述だと?)」


「『記述方式は【超対象性粒子SUSY】によって原子核にコードを刻むタイプのようです。これが恣意的な記述かどうかは未だ判明していません)」


「(この惑星の内部で超対象性粒子なんて言葉を聞く事になるとはな……分かった。後で本人達に幾つかの実証実験を頼もう。データ収集して解析した後また結果を聞かせろ。それで……あの金属生命体は使えそうか?)」


「『原始的な元素生成炉の素材としての適合率は43.234%程です。解析結果から言って、高度な精練システムが無ければ、材料としては不適格だと思われます』」


「(一応聞いておくがシステムの製作にはどれだけの時間が必要だ?)」


「『全リソースを振り向けた場合、433時間12分38秒です』」


「(……精練量を低く設定して、リソースを半分程、最低限の元素生成炉作成に必要な分だけなら?)」


「『計算中………62時間程で可能です』」


「(それで構わない。まずは基礎となる元素生成炉の劣化版レプリカ製造を優先する。そちらが完成したら。システムの拡大を行なう。DIYキットを起動しろ。後、アレで適当に三人分の防護服を作成だ)」


「『……個体名アザヤ、アージャ、アイシャリアの装備でしょうか?』」


「(それ以外にあるのか? 現在、三つの共同体に対して仕掛けて来ている相手がもしも此方で対処出来ない場合、全滅も有り得る。現在発見した共同体構成員の中で最も稀少な元素生成能力を持つ個体なら、生存確率も高いし、保護するに十分な理由となるはずだが)」


「『……了解。以前のセラフィック・ライドと同条件にて総合ストレージを検索。該当件数8。生体保護と維持機能に特化した構造体をイシュより掘削。作成終了まで32分19秒』」


「あの……ヴァーチェス様。どうかされましたか?」


 通常よりも意識の深い場所で会話していた少年が我に返って前を見ると少し心配そうな様子でアザヤが覗き込んでいた。


 見れば、既に城を出て川縁の道に出ている。

 遠目にはもう巨大な獣が河の横に転がっているのが見える位置まで来ていた。


「何でもない。とりあえず傍まで行こう」

「はい!!」


 妙に元気良く答える少女に何も言わず。


 少年は巨大な獣の頭部に槍を突き刺したまま止まっている躯体を一瞬見て、アザヤの横に並んだ。


 *


―――アンクト最南端山岳部中腹。


 アタシはようやくハハ様に全部を伝える事が出来た。

 急いで移動させてから三日。

 もう安全だとホッとして、みんなに帰るよう伝えて。

 そうして、ハハ様にトト様の事を、その最後を伝えられた。


 ハハ様はとても悲しそうな顔をした後、それでも少し歪んだ笑顔で辛かったねと抱き締めてくれた。


 思わず泣いて、誰も見ていないところで、ハハ様の胸で泣いた。

 結局、生きて帰ってきた男は少数。

 後に残るのは老人と女と子供だけ。

 これからきっと苦しい日々がやってくる。

 でも、それは食べられない事が理由じゃないとアタシにも分かる。

 明日も明後日も見知った顔がいない。

 トト様を亡くしたのは自分だけではない。

 それでも、生きていかなければならない。

 だから、頭を下げても、何をしても、みんなを守ると決めた。

 例え、トト様を殺した相手の言葉だとしても、縋れるモノならば、縋ろう。

 飛び出そうになる罵りの言葉だって飲み込もう。


『貴方達がしっかりと食べられるようお父様に掛け合ってみますわ』


 そう話した女。

 自分と同じ翼を与えられた仇。

 でも、そうだとしても、恨み言なんて言えなかった。

 みんなの命には代えられなかった。

 それが分かっているから、なのかもしれない。

 二人で空の上で話し込んだ時。

 刃を一本渡された。

 自分は死ねない。

 けれども、事実は変えられない。

 だから、もしどうしても許せないなら、片腕や片足、片目で償おう、なんて……。

 馬鹿にするなと怒れなかった。

 確かに殺してやりたいと胸の何処かに思っていた。

 背中を向けて。

 瞳を閉じた姿。

 渡された刃を使えば、胸だって一突きに出来るだろう。

 そう知っていても、そう分かっていても、結局刺せなんてしなくて。

 腹いせにはしたくなくて。

 ただ、その綺麗な亜麻色の髪を刈った。

 振り返った相手の顔は驚いた様子で。


『今日は熱そうだから、そっちの方が涼しい』


 それを聞いて、アタシの瞳を覗き込んで、何を思ったのかは分からない。


 ただ、その顔は今にも泣き出しそうなくらい歪んでいて、自分の為じゃない……涙が浮かんでいて。


 ああ、とアタシは気付いた。

 自分もきっと同じ顔をしているんだと。


 それから……それから……アタシはみんなを守ろうと家のある場所でずっと空を飛んでいる。


 何かが来たら、すぐ教えられるように。


 それをみんなが見上げて、神様みたいに拝まれるのは背筋がソワソワして落ち着かないのだけれど。


「……眠そうなのは起きたかな」


 遠く遠く。

 高く昇って果てを見れば、アルワクトが見えた。

 その王城はよく目を凝らせば白く輝いている。

 まだ、眠っていると昨日アイシャリアが言っていた。


 ヴァスファートを守る為、軍を止めて、大きな大きな獣を倒す為に巨人を出したから、力尽きたんだと。


(お見舞い行ってあげないとダメ……だよね)


 自分に翼を与えてくれた。

 みんなを守る為に力を与えてくれた。

 呪いは正直勘弁して欲しいけれど、それでもありがとうと言わなきゃいけない事は分かる。


「………?」


 アルワクトの周囲が暗くなった気がして、瞳を細めて。

 吐き気に襲われ―――意識が遠退く。

 その間にも何処からか雲が湧き出して、辺りを黒く染めて。

 アタシは……何がどうなってるのかも分からず、目を閉じた。


 *


 巨人ゴーレムが倒れ込む川縁で私はヴァーチェス様と共にその胸部まで昇る事となっていた。


 どうやら停止しているソレを動かす為に来たらしく。

 胸の鎧にお触れになって数秒後。


 家二軒分くらいあるだろう巨体が槍を突き刺したまま止まっていたのが嘘のように柄から手を離して、周囲の人達を驚かせながら河から少し離れた場所まで移動すると屈み込んだ。


「ヴァーチェス様。このゴーレムはどうするのですか?」

「……コレは一旦埋める」

「埋める?」

「ああ」


 パチンと指が弾かれて、屈んだ姿のまま地面の中にズブズブとゴーレムが沈んでいく。


 まるで泥のような柔らかい乳白色の大地に全て沈み込むとすぐに表面が固く締まっていくのが分かった。


 ヴァーチェス様の御技に驚いていると今度は後ろから驚きの声が上がる。

 振り返ると多くの人足達が巨大な異種から離れていた。

 川の中央に転がっていた巨躯がゆっくりと岸の方へ動き始めたからだ。

 一瞬、生き返ったのかとも思ったものの。

 ヴァーチェス様は平静な顔をしているのを見て、それも御技なのだと理解する。

 数十秒であれ程に大きなものが川から退いていた。

 そうして、やはりゴーレムと同じように乳白色の色合いとなった地面に沈み込んでいく。

 周囲ではガヤガヤと喧騒が上がっていたが、ヴァーチェス様を見ている者は皆無だ。


 浮かぶ椅子に座っている少年よりも、数百mもの物体が移動している事の方が確かに驚きではあるだろう。


 やがて、身体を全て沈み込ませた異種が見えなくなると地面はやはり固く締まり、硬化していく。


 しかし、先程とは違って、乳白色の地面からゆっくりと輝くものが見えない手に引き抜かれるよう迫り出して、虚空へ浮かび上がった。


「アレは……」


 鎧のようにも見えた。

 しかし、決して自分達の知るモノとは違うのだと言う事が分かる。

 褐色の装甲。

 両肩に使用された黄玉トパーズ色の巨大な玉石。

 全身を覆うものでありながら、全身の各装甲そのものが繋がっておらず。

 まるで一つ一つが見えない糸で繋がっているかのように離れて連動し、揺らめいている。

 そんなものが三着。

 しかも、一つ一つ大きさが違った。


「あ、あの……ヴァーチェス様。もしかして、これは……私達に?」

「ああ、これから面倒事になった時、相手から常に守ってやれるかどうか分からないからな」


「あ、ありがとうございます。その……いつもいつもこのように何かを貰ってばかりで申し訳ないです……」


「気にしなくていい。着用してみろ」

「は、はい」


 三着の内の一着が浮遊して、こちらにやってくると大きく広がり、私を被うようにして展開すると間を縮めて体に吸い付くよう取り付けられていく。


 後の二着は浮遊して高速で別々の方角へと飛び去っていった。


(まるで羽毛を着込んでいるように重さを感じられない……)


 よく見てみれば、装甲そのものが服からほんの僅か。

 紙切れ一枚分程の隙間を残しているのが分かる。


「こ、これでいいのでしょうか? 全然重さを感じないのですが……」

「構わない……そういうものだ」


「『耐熱、対冷、対電、対爆、対切断、対衝撃、対光波、対重力、対粒子線、対腐食において優れた防護服です。4324回目の跳躍前に第一銀河において高度文明の一部が運用していた重歩兵用装備を元に構築しました。能力比はオリジナルの3分の1程ですが、魔術における洗脳干渉も遮断が可能です』」


 何やらチラリと椅子を見た後。

 ヴァーチェス様がこちらに向き直る。


「あの、ちなみに名前は何と言うのでしょうか?」

「【レギオニック・ベルーター】だそうだ」

「神の鎧、レギオニック・ベルーター!! 素晴らしいお名前ですね!?」


 前にもこんな遣り取りをしたような気がした。

 まだ数日しか経っていないはずなのに随分と昔の事のような気がして。

 それ程に色々な事があったのだと内心で再確認する。

 父は死に、母は地下に、故郷は崩壊し、それを襲った者もまた大勢が死んだ。

 操っていた者も本当は操られていたに過ぎず。

 今は何もかもが霧に巻かれている。

 それでも、それでも幸運だと言い切れるだけの今を生きている。

 最初から途絶えていたはずの運命。

 此処まで来たならば、後は目的の為に使い果たしたとて、構いはしなかった。


「ちなみに使い方を教えて頂けませんか?」


「ああ、それはお前の動きに合せて攻撃を防ぐ力を発揮する。後は考えるだけでも可能だ。お前が気付かないような攻撃や異常には勝手に能力が発動するようになってる。小石をそちらに加速する。手を翳して守ろうとしてみろ」


「わ、分かりました」


 ヴァーチェス様が川原に落ちている小石を複数浮遊させた。


「準備はいいか?」

「はい!!」


 幾つも礫が加速し、勢いよくこちらに向かってくる。

 それを手で遮った途端。


 何か見えない盾のようなもので弾かれたような、そんな様子で小石がバチリと一斉に弾けて地面に落ちた。


「まるで見えない防御方陣のようですね」

「防御、方陣?」


「あ、はい。大国と呼ばれる国々の一部では戦争や争い事専門の魔術師がいて。そういう人々が魔術の盾。輝く紋様を使って攻撃を防ぐらしいです。ウチにいた老爺が言っていました」


「そうなのか……まぁ、とりあえずはそうやって使うといい。慣れたら使い方を更に教える。ちなみに装甲が必要ない状況なら勝手に消えるし、出て来いと望めば、そのまま装着される仕様だ」


「分かりました。ヴァーチェスさ―――」


 不意に込み上げてきた吐き気に眩暈を感じて、思わず口元を押さえた。


「どうした?」


 ヴァーチェス様に答えようとしたものの。

 すぐに背筋から込み上げる不快感。

 腐ったものを食べた後のような。

 肌を複数の蟲が這っているような気持ち悪さに唇を引き結ぶ。

 その時だった。

 視界が薄く暗く染まった。


「?!」


 ヴァーチェス様も驚いた様子で周囲を見回し、川原にいた人足達も同じように暗くなった理由を探していた。


「―――“紐”の変質を確認。エマージェンシーレベル最大。運用者保護の為、全出力を防護と生命維持に当てます。周辺ナノマシン群体よりの情報がランダムに途絶中。“紐”の変質に巻き込まれたと推定。半径30km圏内において生成から崩壊までの速度が60秒を切りました。指定条件トリガーオープン。権限強制委譲。現時点より搭乗者権限を制限。DIYキット起動。全制限解除。武装ストレージより総合兵装Dを生成開始。搭乗者に簡易装甲出力開始。Bユニット・ボーンを部分的に休止サスペンド。武装運用制限開放。メインシステムの演算処理余力を兵装管制へ。これより【全能器イデアライザー】をモードFに移行―――コード【掃滅命令アッシュ・トゥ・ヘブン】発動」


 周囲に人の声が響く。

 何を言っているのかはまるで分からない。

 ただ、ヴァーチェス様が声が響き始めた瞬間から微動だにせず、固まっていた。

 そして、最後の言葉を聞き終えた時点でいつも座っている白椅子を見つめて、呟く。


「間違いないんだな?」


「“紐”の変質を多重観測で確認。現時点で99.4345%の確率で対象を“C”と認定。脅威度判定FFF……これより殲滅行動に移って下さい」


「………原住民に対し、命令コードEを使用。侵蝕されるよりはマシだ。やれ」

「ヴァーチェス、様?」


 私を見て、その瞳が僅かに光を揺らがせたような気がした。


「アザヤ。お前はこの地域から退避しろ。今、この周辺に怖ろしいモノが来ている。もし、一度でも猛威を振るえば、この都市どころか。周辺全ての人間が死ぬ事になるだろう。いや、それよりも酷い事になるかもしれない」


「せ、説明をして下されば!! お手伝いします!!」


「生憎と説明している暇もお前に手伝って貰う状況でも無い。此処はたぶん崩壊する。とにかく、アルワクトから遠ざかるように逃げろ」


「ヴァーチェス様?! それは一体どういう―――」

「行け。もし、次に出会う事があるなら、敵でない事を祈る」


 何故か。

 いつもは意識しなければ出ない翼が勝手に生え、フワリと私の身体を浮かせた。


「ヴァーチェス様?!! ヴァーチェス様!!?」」


 私の意志とは関係なく浮き上がっていく身体が地表から遠ざかっていく。

 最後に私を見上げた瞳は……困ったような色で、少しだけ優しかった。


 *


「“紐”の観測状況を教えろ」


 少年がナノマシン群体によって人々の脳に直接命令を下してから未だ三十秒も経っていない。


 しかし、既に周囲の人足達やアルワクトの住人達の足音で市街地から大きな喧騒と土埃が上がっていた。


 これでしばらくは大丈夫かと安堵しつつ、アルワクト全域を飲み込んだ薄暗い領域を衛星軌道上からの映像で確認した彼が自らの衣服の上に装着されていく見えない装甲。


 簡易の防護服の生成を確かめ、その心許無さに溜息を吐く。

 既にいつもの白椅子は何処かへと消えていた。


「現在、周辺の変質率12%を突破。収束と変換までは行なわれていませんが、現在の認識限界上の最小単位において尚も上昇が止まりません。自然発生的な事象ではなく。“C”による侵蝕であると断定」


 クェーサーの報告に少年が訊ねる。


「数は?」


「敵性固体数は把握不能。観測に割ける演算能力が不足しています。遠距離の探知は不可能です」


「なら、片っ端から消していくぞ」


「了解。簡易装甲出力終了。総合兵装Dの全武装生成まで残り324秒。現在使用可能な武装は弾体加速型の銃器と近接格闘用のブレード結合帯のみです」


「……侵蝕率を抑えられない以上。弾体加速系は封印しろ。あちら側に利用されるのは防ぎたい。ブレードの耐性は?」


「硬度132。分子停止措置によって、侵蝕率の高い“紐”との接触にも数分は耐えられる代物です。敵構造が特殊なものであるか。または浸食速度において当方の予測より4倍以上速くない限りは脅威度判定BBまで問題ありません」


 少年の瞳が銀色の七望星を描き。

 その網膜に全長6m、幅1m、厚さ30cm程の鋼の塊。

 いや、剣がワイヤーフレームで形作られた。

 内部には紋様が無数入っており、小型のブレードの形を取っている事が見て取れる。

 誰がこんなものを取り回せるのかと多くの者は笑うだろう。


 しかし、その細い柄の付いた巨魁が地面の下から垂直に浮かび上がり、少年の前に浮遊すれば、彼はそれを生身の手に届かないまま、見えざる装甲の手で取って、横に振り抜いてもみせる。


「“C”と接近戦になるなんていつぶりだ?」


 少年が静かに訊ねると何処からか答えが返った。


「321455回前の跳躍直前だと記録しています。特異な侵蝕行動を行なう個体がエネルギー兵装及び弾体を全て侵蝕した為、近距離用の空間破砕を用いて撃退しました」


「だが、これは物理接触だ。接触時こちらの“紐”の変質率は常に注意を払え。必ず接触部分は剥離。剥離させた部位はいつものように珪素へ変換だ」


「了解。これより対“C”近接戦闘技能をインストール―――複数の個体を感知!! 前方距離124m。河川内部からです」


 クェーサーの言葉と同時に少年の瞳が望遠レンズの如く水面を掻き分けて姿を現し始める敵の姿を捉えた。


 それは魚の頭。

 いや、そういう形をした人型にも近しい何かだった。

 鰓呼吸をする魚のような造型。


 基本が人型でありながら、溝色の鱗と粘液によって禍々しく彩られているソレは冒涜的という以外にない。


 その体表からは腐ったような腐臭は漏れ出しており、胸部の内部から僅かに黒い光が漏れていた。


 河が、水が、濁っていく。

 それだけではない。

 明らかに川縁の草花が毒々しい色に染まって変質していく。


「類別は人型の海洋性個体。どうやら惑星居住型の為、侵蝕能力はほぼ皆無の模様。しかし、胸部の発光現象を解析した結果、光波を確認出来ません。フィルターに侵蝕は確認出来ず。認知に対して作用する非物理事象。法則干渉であると推測。敵個体の殲滅時には細心の注意を払ってください」


「ならば、まずはブレードの投擲で様子を見る」


 少年が片手に剣というよりは巨魁を振り上げ、その内部から引き出されるように落ちて来た30cm程の湾曲したナイフを片手で投げ放った。


 狙い違わず。


 その水底から這い上がってきた魚人の頭部が呆気なく肉体と離れ―――途端、その肉体が10m程の黒い球体と化して収縮し、水面に墨を垂らしたような平面の何かとなった。


「?!」


 その内部から物体が飛び出してくる。

 それは巨大な触手。


 柔軟さを維持しながらも、その表皮にビッシリと隙間無く細かい牙が生え、グネグネと蠢く螺旋状に花開いた吸盤は得物を求めるように蠕動を繰り返していた。


「空間歪曲を確認。出現敵性個体の脅威度判定DD。光波フィルターに異常を検知。詳細認識を中断。対象をシンボル化。周辺の“紐”の侵蝕率が2%上昇しました。ただちに殲滅行動を開始して下さい」


 すぐに少年の視界の中で敵の姿が太さはそのままにデフォルメされた人型と触手に変換された。


「まさか、“門”を内臓しているのか……連動して大物が出てくる前に一匹ずつ対処する」

「支援開始。フィルター使用により、敵個体の認識限界範囲は119m圏内です」

「行くぞ!!」


 少年が普段の姿のままで跳躍する。


 それに連動した巨魁も動き、それを認識した魚人達が次々、時速300km以上の速度で大地を這いずり、顎が裂けるのも構わずに大口を開けた。


 内部から吐き出されるのは水。


 強靭な肉体内部に溜め込まれた莫大な量の液体を咽喉の機関で凝集し、打ち出す水の槍だ。


 乱雑に振り回された首に連動し、超高圧の水の刃が振られ、その大半が最も大きい的であるブレード結合帯を直撃した。


 欠けこそしなかったが巨魁は猛烈な下からの圧力に押されて吹き飛ばされる。


「人型個体の侵蝕率が低いなら、そちらはブレードの投擲で対応する。出てきたあの太いのは叩き切る!!」


「了解。結合3%開放。投擲照準完了。射出」


 弾き飛ばされた鈍色の塊から複数の輝きが射出され、魚人の脳髄を狙い違わず貫いた。


 それと同時に最初の時とまったく同じ工程を経て、黒い平面が河川の上に乱立し、そこから触手が―――。


 ブチュァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


 最初に出てきた一本が細く長い刀型のブレードを手にした少年に真下の黒い平面毎割られて、黒い血飛沫を上げていた。


 未だ、ブレード結合帯は上空から落下している最中。

 高速で機動したヴァーチェスの衣服に乱れは無い。

 しかし、その足跡は明らかに見たままの大きさとは違って巨大だった。


「ブレード、装甲表面剥離開始」


 血の雨が降り注ぐよりも先にその場で銀色の残渣を残して少年の姿が掻き消える。

 同時に透明だった表層の剥離で簡易装甲が僅か輪郭を浮かび上がらせた。

 それを鎧と表現するべきではないだろう。

 ギチギチと着込まれた分厚い筋肉。

 全身を覆うのは有機的なフォルムの3m程の“人体”だった。


 頭部のみが鎧の如くヘルメット状となっていたが、のっぺりとした無貌の曲面は人間的とは言い難い。


「“紐”の侵蝕率は0.4%未満。戦闘続行可能」


 既に一番近い黒い平面が触手の先端毎断ち割られている。

 砕け散るようにして儚く消えた空間歪曲。

 その閉じた先から出ていた触手の根元から黒い飛沫が上がって河を汚染していく。


 まだ、数は多いものの、本格的に少年の敵とは成り得ないだろう事が見ている者さえいれば、分かっただろう。


 それ程に鎧われた少年と触手の間には隔絶した隔たりがあった。


「機動制御。最短で切り込む」

「了解」


 高速で比較的浅い河川の上を滑るよう移動した少年の手には先程よりも僅か小さくなった刀が握られており、通り抜け様に平面を斜めに縦に切り裂いていく。


 その度、残像を残す鈍色の刀は細り、接触した表層を次々と廃棄していた。


 そうして、ようやくブレード結合帯がその超重量で半分程まで出てきていた触手を平面毎押し潰した時。


 少年から見て奥の完全に姿を現した触手表皮の一部から細かい牙が剣山の如く飛び出して、糸のような柔軟さで四方から移動する少年を捕らえようと広がり迫る。


 現在、彼が持っている刀型のブレードは折れる寸前。

 刀身の幅も厚さも0.7cmを切っている。


「分子運動再開。単分子フラグメント形成。【分子結合分解鞭バニシング・ウィップ】、振動開始」


 刃が変化を開始した。

 全体的な形はそのままに刀身が極々小さな砂粒状となっていく

 顕微鏡で見れば、その粒子が全て綺麗な菱型になっているのが見えるだろう。

 その角は単分子。

 あらゆる分子構造を切り裂くだけの切っ先を備えていた。


 柄から発される磁界によって操作された粒子が敵組成の解析結果、最もそれを切り裂き、分子結合を破壊するのに最適化された振動を獲得し、まるでチェーンソウのように自身を見えない力で数珠繋ぎとしていく。


 互いに触れ合わないようギリギリで形を留められた粒子が少年の真横への振りに連動し、見えない無数の刃として相手の間を通り過ぎた。


 一瞬の沈黙の後。

 数十m圏内の敵触手が細切れになりグズグズと解け、黒い液体と化していく。

 分子結合の分断と振動による分子構造の破壊。

 そうして、それと同時にクェーサーが行なう空間歪曲の解消が重なった結果である。

 銀色の残渣となって消え去る刀には見向きもせず。

 少年は次の動きに備えて、全身を緊張させる。

 明らかに敵の数が少ない。

 今まで少年が戦ってきたモノに比べても、敵戦力が貧弱過ぎた。


「クェーサー。上空からの映像解析結果を出せ」


「………現在、あらゆる周波帯でノイズが酷くなっています。光量子通信は現在の能力では“紐”の変質により、侵蝕からの安全を確保出来ません。多重レーザー通信なども同様です」


「では、周囲をこのまま探索する」

「了解。ブレード結合帯を握って下さい。浮遊させる出力をカットするべきです」


 言われるがまま。

 未だ輪郭だけを晒している透明な簡易装甲が少年の動きに合せて、巨魁を片手にした。


「……不便だな」

「ご理解下さい」


 常ならば、その程度の重量を浮かせ操る事なんて造作もないだけの機能があるのだ。


 最低限以下の能力を何とかやりくりしながら、極めて貧弱で原始的な戦闘を行うしかない我が身に溜息一つ。


 少年はクェーサーから齎される情報に次の敵が城砦内部にいるのを確認し、そちらへと跳躍した。


 川縁の大地が一瞬で土埃で埋まり、上空40m程まで昇った一人と一機の瞳に再び複数の敵性個体が認識され、ロックオンされた。


 わざわざ光学的な認識で明確な“敵”の位置を測る煩雑さは彼にとっても久方振りの事。

 ヴァーチェス・B・ヴァーミリヲンにとって随分と懐かしい事態に違いなかった。


「敵性個体85体。城砦内部に確認。アルワクトの原住民の避難状況は98%。最後尾の避難が遅れています。老年個体と幼年個体、傷病者と推定」


「……敵性個体の習性解析結果は?」

「人型生物に反応している模様。最後尾到達まで残り24秒」

「では、そちらからだな。落下に備えろ。小型を潰して、そのまま“門”となる前に消滅させる」

「了解」


 少年が言った途端。


 逃げ遅れた足腰の遅い住人達に追いつこうとしていた魚人が何一つ理解する事なく頭部から拉げ、潰され、血飛沫となり、そのまま黒い球体となったが、それすらブレード結合帯で割り砕かれるようにして消滅した。


 ドズンと落着の衝撃で地面にクレーターが出来る。

 地面には降り立たず。


 巨魁の汚染済みの表層を振って剥離させた少年が次なる得物を求めて黒い血の沁みのクレーター外縁から更に虚空で跳躍した。


 それからの攻撃は流れ作業。

 跳躍と落下と破壊。

 ワルツの如く繰り返された動作は一個体消すのに十秒掛からない。


 アルワクトの門から最後の一人が出た頃にはその方面の敵は半分以上黒いクレーターと化していた。


 残る敵を確認する為、跳躍した彼が火の手が上がり始めた都市のあちこちで蠢く敵に目を細める。


「残存数は?」

「残り42……いえ、232体です」

「増えた理由は?」


「河川から大量の上陸を確認。周囲の”紐”の侵蝕率が平均で23%を超えました。このままでは大物が出てくる可能性があります」


「……既にあの河川から移動させているな?」

「現在、アルワクトより432m地点の地下に“イシュ”と“躯体”を退避完了」


「侵蝕率が30%を超えた時点でこの城砦毎、全てを消し去る。水爆は……威力が大き過ぎるな。此処は戦術核の使用を許可する。粒子線防護が可能なレベルで威力を最低に設定しろ。放射性物質の除去は可能だな?」


「最低レベルの威力ならば、2時間で除去可能です」

「用意しておけ。それまでは近接攻撃で対処する」


「了解―――警告!! 避難中のアルワクト住民より3532m地点。敵性個体情報をナノ・ケーブル通信によって取得。解析結果、敵性個体の脅威度判定DDC凡そ43体」


「情報を出せ?!」


 少年が数km先を移動している住人達から更に先を光学観測で捉えた映像に瞳を細める。


 地下からゆっくりと迫り出してきたのは体長数mはあるだろう獣毛に鎧われた図体に頚部から薄紫色の触手が無数に湧き出している生物だった。


「この忙しい時に……伏兵? いや、そんな戦術“C”にあるわけが……」


「一概にそうとは言い切れません。稀な事ですが“C”を技術体系に取り入れ、“C”からの影響を受け入れながら、生存領域を拡大する生命も今まで数千種は存在しました。“種子”を利用し、文明すら築いた例が無いわけではありません」


「発芽した瞬間に惑星が滅んでなければな。それに健全な炭素系生物が【外光アウター・ウェーブ】の浸食も受けずに存在出来るものか? この星はあの“蟲”共とは明らかに違う。高次観測機能が残っていれば、確認のしようもあるだろうが、クソ……」


「搭乗者の言動に致命的な―――」

「今はいい。それよりもあちらの敵性個体は門を内臓しているのか?」


「現在のところ、その兆候はありません。ですが、周囲の侵蝕率が出現時に4%上昇しました。このままでは避難民が“紐”の侵蝕により変質する可能性があります」


「ただちに救援へ向かう。周囲の観測を密に。避難民に一人たりとも被害者を出すな」

「了解」


 少年が跳躍した。


 すぐさまに数百m上空まで昇った一人と一機のメインカメラに人々の群れとその先の敵が映し出される。


 シンボル化されたソレは彼の視神経上は荒いコンピューターグラフィックスCG

 形だけを抜き出した影のようにも見えた。


 一部が刳り貫かれるようにして分離し、重量が減ったブレード結合帯が振り被られ、躊躇無く移動を開始した敵の鼻先へと投げ付けられる。


 その投擲は一瞬で6mの物体を数km移動させた。


 音速を超えた鈍色の塊が避難民達に向けて走り出していた先頭の個体を血肉の飛沫と化さしめ、その柄から腕まで伸びた銀色の細い輝き。


 ナノマシン群体によって構成された糸が瞬時に巻き取られて、落下するヴァーチェスを相手の下へと突き進ませる。


「剥離開始。ブレード結合帯17%開放」


 高速で近付いてくる敵

 しかし、化物達は攻撃する手段を持たず。

 ただ威嚇するように頭部の触手を蠢かせ、空に向かって粘液を吐き散らすだけだった。

 そのまったく手放された武器に意識を向けていない数瞬の間が勝敗を決する。


 突き刺さった巨魁の側面から複数の刃が抜き出され、浮かび上がり、化物に対して刃先を向けたかと思うと一直線に射出された。


 秒速1321m程で放たれた質量。


 その一発一発が呆気なく分厚い化物達の表皮を切り裂き、突き抜け、衝撃波を伴って薙ぎ倒し、進む毎に自らの表面を剥離させて縮みながら数十体の敵を完全に黒い血溜まりへ沈める。


 そうして、まだ一部の個体が重症ながらも動こうというところに落着したヴァーチェスが慣性を殺しもせず、ブレード結合帯を地面から抜き様、横へ振り抜いた。


「敵構成物質を一辺たりとも残すな!!」

「重力操作開始」


 明らかに衝撃波程度では収まらない揺らぎの波が剣の刃先から噴出し、空中を疾走する。


 これがただの相手を殺す為の攻撃ならば、全てを吹き飛ばしてお終いなのだろうが、現れる光景はまったく異なっていた


 一瞬で数十体の化物の間を通り抜けた重力偏差に引かれて、倒れていた化物の死体と血肉、それから地下2m程までの地面が捲り上がり、敵最後尾地点で止まった揺らぎに向かってしていく。


「圧縮!! 変換を開始しろ!!」

「珪素化開始。完了」


 球状に丸められていく全ての死体とその汚染された土壌が無害化。

 瞬時に暗く濃い灰色となって、、砕け散った。


「Bユニット・ボーンの元素生成能力に対する負荷が上がっています。戦闘を継続中に休止サスペンド中の領域を更に増やさなければ、現在の状況を維持出来ない可能性があります」


 少年が背後から近付いてくる避難民の群れを感知しつつ、再びアルワクト内での戦闘を継続するか判断に迷った。


 このまま化物の跳梁を許せば、アルワクト全体を消滅させなければならなくなる。

 しかし、新手の敵が出現した場合、避難民を守れるのは彼しかいない。


「………」


「報告!! 避難民の血中ナノマシン群体からの通信が一部途絶。“紐”の侵蝕率が一部50%を超える個体が出現しました!!」


「何?!」


 少年が網膜に齎される情報から苦しみ倒れる民がいるのを確認した。

 他者の瞳を介して送られてくる映像の中。

 倒れた者達の肌が次々に変色していく。

 再び跳躍した彼が直に観測しただけでも30人以上。

 そののたうつ人々がゆっくりと何か人間とは別の者に変質していく。


 ある者は肌が薄ら青く染まり、ブツブツとデキモノが浮かび上がったかと思うとソレが鱗となって腐臭を放つ鰓が咽喉元に露わとなっていく。


 ある者は肌を硬質な水銀を思わせる色合いに変化させ、頭部周辺や四肢が衣服を破って触手の如く分裂し、無数のイボ、吸盤を備える器官と化していく。


 ある者は頭部がビギビギと音を立てつつ変形し、骨格をまるで爬虫類、蛇の如きものとして、舌が二股に分かれていく。


「―――遅かったか?!」


 高速で避難民の中にブレード結合帯を片手に落下する最中。

 少年が唇を噛む。


「現在解析中………“紐”の変質率が侵蝕個体周辺で下がっています」

「何だと?!」


 着地した少年が人間以外の何かとなった者達の一人を前に着地し、周辺の避難民達を守るべくコードを流し込んで出来るだけ離れて逃げるようナノマシン群体に命令を下す。


 それにそって自らの意思とは関係なく誰もが変質した隣人達から走り去って逃げていく。

 その中には親や子供、恋人がいるらしく。

 悲痛な悲鳴が上がった。


「どういう事だ?!」


「周辺の避難民に微弱ですが元素変換能力を確認。これは……ただちに避難民を呼び戻して下さい」


「何を言っている?!」

「説明している暇はありません。コード開放」


 今までナノマシン群体の命令によって逃げようとしていた避難民達が逆流するように彼らの周囲へと戻ってくる。


「ぅぅう……っく……」


 すると、今まで劇的な変貌を遂げ、その体組織の急激な変化に苦しんでいた者達の顔から苦痛が引いていく。


「一体これは……アザヤ達だけにしか発現していなかったんじゃないのか?」

「現在、アルワクト王を招集しています。周囲を警戒して下さい」

「クェーサー。解析結果を出せ」

「……現在、推論機構による情報の整理中。432秒お待ち下さい」


 ヴァーチェスは今も苦しみながら、それでも変化を止めた者達に対して注意を向けながら、いつでも殲滅出来るようブレード結合帯を握る手に力を込める。


 もう異常な状態に慣れた。

 あるいは麻痺してしまったのか。


 アルワクトの住人達は同胞が変貌した姿に恐怖を覚えつつも、その苦しむ表情に何処か憐憫を感じ、緊張と不安に苛まれながら静かに事態を静観していた。


 倒れた者へ寄り添う親族や友人達が姿の変わってしまった者の手を握り、その胸に縋り、声を掛け続ける。


「(在り得ない光景、か。未知と遭遇するなんて、いつ以来だ……)


 永遠にも等しい時間を戦い続けて来たヴァーチェスにしても、こんな光景は一度とて見た事が無かった。


 彼があらゆる宇宙で駆逐してきた超越存在“C”は物質の根幹である“紐”を侵蝕し、その粒子の性質を、振る舞いを、法則から外れた異常な状態にする事でどのような現象をも可能にする。


 侵蝕された生物は例外なく通常の知的生命にとって相容れぬ存在と化し、その“紐”の異常を広げては全てを狂気と破滅に追いやっていくのが常だった。


 そんな彼にとっての常識とは異なる光景が今、原始的な生活を営む人々によって繰り広げられている。


 奇蹟のようにも見える人と人外と化した者達の寄り添う姿は彼にとって理解不能に近いものだった。


「ヴァーチェス様!!」


 半ば、呆然としていたと言っても過言ではない少年が振り返ると息を切らせてバラフスカ王とその四人の重臣達が掛け付けて来る。


「事態は深刻だ。他にもこういう状態になった者が数十人いる」

「な?! これは―――まさか、伝承の……」

「伝承? 何か知っているのか?」


「は、はい。このような姿になる者がいるという旧い言い伝えが。それよりも一体、どうして我々はいきなり走り始めたのですか!? それに化物がアルワクトに出現したと兵や民が目撃しております!!」


「待て。情報を整理する前にこの一帯から逃げる必要がある。今、城砦内部は危険だ。化物がウヨウヨして周囲を汚染している。このままでは避難民の誰もがそこで倒れている者のような姿になるぞ」


「何と!? わ、分かりました!! では、一旦この地より西の城砦に移動しましょう。そちらならば、水の心配はありません」


「分かった。民を先導して、そちらの方角へ向かえ。この状態の者はどうする? 何れ、完全に姿が変われば、化物として人を襲う可能性もあるが」


「………この者達は元々はアルワクトの民で間違いないのでしょうか」

「ああ、化物の汚染でいきなりこの姿に変貌し始めた」


「では、兵の一部に運ばせましょう。縛り上げれば、一応は問題無いかと思いますが、如何ですか?」


 その王の提案に答えたのは今までヴァーチェス以外とは会話した事の無いクェーサーだった。


「常人よりも能力は高いですが、厳重に拘束すれば現状では問題ありません」


 その突如として自分の耳に響いた声にバラフスカ王が驚く。


「これは一体何方の声で?」

「こいつは……」


 少年が何と表現したものかと言い淀む。


「貴方達の言葉にすると精霊のようなものです」

「おお、神に仕える精霊様でしたか。分かりました。では、そのように」


「周辺の警戒と化物からの護衛に当る。とにかく集団で行動して一刻も早く此処から移動しろ」


「分かりました。アインツ、ボルスト、アイラスカ、ベイグ。各々、ただちに行動を開始せよ」


「「「「了解致しました」」」」


 着の身着のまま。


 殆ど軽装の鎧しか身に付けていない将達とローブに杖一つの司教達が同時に四方へと散っていく。


 すぐ民の間に簡単な情報が伝えられ、西の城砦に向かう旨が通達される。


 その間にも再び上空へと昇ったヴァーチェスが足の止まった避難民達の上空で周囲の異変を察知すれば、すぐに急行出来るよう警戒を強める。


 その瞳や複数の観測機関には今現在侵蝕率が高止まりしているアルワクトが見えた。


「現在侵蝕率29%。ですが、戦術核による焦土化を当機は推奨しません」

「どういう事だ?」

「原住民の能力発現に関する解析結果が出ました」

「教え―――」


 グラリとその時、アルワクト周辺で大地が大きく揺れた。

 その激しい地殻変動に民の間から悲鳴や叫びが上がる。


「地中から高侵蝕を確認!! アルワクト内部の侵蝕率が84%に上昇しました」


「な?! いきなりだと!? 推奨云々はいい!! これは完全な“門”の開放だ!! まさか、大物がこんなところで?! 戦術核で足りる相手か?! 解析を急がせろ!!」


「りょうか―――」


 途端だった。


 今まで空の中に佇んでいた簡易装甲内部でクェーサーの対人インターフェイスやその他の機能が複数同時に停止する。


「クェーサー?!!」


 ヴァーチェスの声にも応えず。

 そのまま超重量を着込んでいた少年が落下した。


 辛うじて残っている音声を外部に出力するスピーカー機能で下に叫んだ少年は自分の落着予測地点から人が蜘蛛の子を散らすように逃げていく事に安堵して……しかし、現在の重量が落着した瞬間に簡易装甲内部で自分がどうなるのかを予測し、溜息を吐く。


 クェーサーが機能を回復させなければ、慣性制御も重力制御も間に合わない。

 物理的な強度ならば、それこそ並みの攻撃。

 核の一発や二発では傷一つ付かない装甲ではあるが、内部の人間はそうもいかない。

 落着時の衝撃を殺せなければ、その時点で内部はグチャグチャの肉塊となるだろう。

 装甲が本来持つ対ショック機能にも限界がある。

 超重量のブレード拘束帯を片手にしているのだ。

 離そうにも現在の状況では避難民達のいる場所の外まで投げられるか怪しい。

 下手をすると被害が出る以上何処かに飛ばせもしない。

 そもそもこの状況下で武器を手放すというのは心情的にも現実的にも無い選択肢だった。


(まったく、装甲に包まれたまま死ぬ、か……だが、このままでは……確かクェーサーの譲渡制約は本人の死亡及び機能停止時に遺した条件に合致する者だったな。なら……)


 まだ幾つか残る機能の内。

 総合ストレージに思考を記録(トレース)するもので彼が遺書ならぬ人格の保存を試みる。

 生身の部分が死んでも情報だけならば何とかなるかと考えたからだ。

 例え、本人ではなくとも、情報だけでも個人と認証される可能性は大きい。

 読み取りが始まる中。

 彼は地表に落ちていくのとは逆に空に上がっていくアルワクトの異変を見た。


 “C”を観測する事で狂気に陥る事を防ぐ為、従来ならばモデリングされたCGでしか確認出来ないソレが明確な映像として久方振りに認識される。


 それは……巨大な滑る鈍色の流動した柱だった。

 急激に伸び、傘の如く開き。

 触手あるいは粘液とも付かない肉体を広げる。


 ギョロリと無数の瞳が表層に開眼され、アルワクト市街地に流れ落ちたモノが複数の敵性個体を飲み込んで肥大化していく。


 巨大な力の具現によって大気が通常では絶対に発生しない振動。

 如何なる歌にも似ない美しくも心身を磨耗させるような絶対的な音を響かせた。


 避難民達の間にはその震える狂気というべきものに鼓膜から脳髄まで犯され、絶叫が伝播し始める。


(また、守れないのか……最後に何一つ出来ぬまま……ッ)


 畏怖と吐き気を催す冒涜的な生命。

 いや、生命とも感じられる事象的存在に彼が唇を噛み締める。

 その神々しくも悍しい姿の化物は誰も何も知覚した様子無く。

 淡々と侵蝕する肉体をアルワクト全体へと蕩けながら広げていく。


 外部から齎される“C”の発する特殊な光を通常のものに置き換えるフィルターが悲鳴を上げ、装甲内部が焦げ臭い煙に満ちていった


 もはや、敵の強大さは明白。

 これ以上無いという危機。

 だが、しかし。

 巨大な傘の下。

 更に膨大な黒いコールタールのような濁流が溢れ出した。


(二体目?! このままでは釘付けになってる避難民を飲み込むのも……)


 アルワクト内壁の隅々を鋼の柱から垂れた流動体と共に満たしていく漆黒の液体。

 新たな大物に彼がどうにもならないと歯噛みする。


(まったく、儘ならないな……永劫の先で全うに戦う事すら出来ずに……)


 怖ろしき怪物達はその肉体を急速に拡大しつつあった。

 通常ならば、もはや何をおいても真っ先に惑星内生物の全滅を避けるべく。

 水爆や重粒子線系の火器を集中運用するところだ。


 高次兵器によって多少の被害はお構いなしに周辺地域を地殻毎消滅させるのも考えるべき事態。


 だが、その余力すら無い以上。


 ヴァーチェス・ B・ヴァーミリヲンに残された抵抗は自分の人格だけでも遺す、という消極的なものしかなかった。


 それれすら、間に合うかどうかは分からない。

 間に合ってすら、怖ろしい化物の侵蝕に破壊されないとも限らない。

 もう地面が近付いている。

 最後の瞬間を受け入れて。

 彼が仕方なく目を閉じる。

 その脳裏に甦るのは―――。


「ヴァーチェス様ぁあああああああああああああああああ!!!!」

「眠そうなの!!」

「今、助けますわ!!」


 思わず周囲を見れば、三つの翼が彼を三方向から支えるべく高速で接近してくるところだった。


 その鎧姿。


 彼が飛ばしたレギオニック・ベルーターはしっかりとアージャにもアイシャリアにも届いていたらしい。


「お前達?!」


 三人の少女達は今現在、アルワクトで起きている大異変にも構わず。

 天空を薄暗く染め始めた瘴気すら気にせず。

 少年の下に集っていた。


「今、お助けしますッッッ!!」


 アザヤが泣きそうな声で形振り構わず叫ぶ。


 今はもう機能の低下で見えるようになった鋼色の簡易装甲を三人が減速させようと取り付いた。


 しかし、一瞬落下速度が落ちたものの。

 そのまま三人も一緒に墜落していく。


「眠そうなの!? その重そうな剣捨てて!!」


「いいから逃げろ。アレが見えないのか。この地域は全滅する可能性がある。だが、お前達に預けた力があれば、生き残―――」


「黙って剣を捨てて下さいませ!! わたくし達は貴方を絶対助けます!!」


 少年がその声に剣を手放す。


 それと同時に重量が減ったおかげでようやく減速を開始したヴァーチェスが三人の顔を見渡して……呟いた。


「(まさか、誰かに戦場で助けられるとは……何億年ぶりの事だろうな)」


「敵にならない事を祈るなんて、そんな哀しい事を言わないで下さい。ヴァーチェス様」


 瞳の端に涙を湛えて。

 分厚い装甲に守られても消せない痛みに少女が歯を食い縛る。


「アザヤ……」


 少年はまったくどうしてこんな星に来てしまったのかと。

 不時着した時の事を思い出した。

 降り立った大地には炎が渦巻き。

 涙すら焼かれた少女の顔があって。

 その亡骸にも近しい慟哭する表情に。

 その残酷なまでの理不尽に抗おうとする焼けていく瞳に。

 随分と昔に感じた気がする感情を呼び起こされて。

 彼は目を背けたくなった。

 全てがあまりにも痛々しくて。

 もっと理智の足りた世界なら良かったと愚痴ったのは何故だったか。

 昔々、まだ人間らしかった頃の自分を見ているようで苦しかったのだと今ならば分かる。

 助けてしまった少女は確かに叫び抗う事を決めた時の彼だったのだ。


「これならッ!!」


 何とか地表へ安全に降り立った少年がクレーター状になっている地面の中央からブレード結合帯を引き抜く。


 20m以上離れた周囲には人々がバタバタと倒れ臥し、もがき苦しみながら瘧(おこり)のように身体を痙攣させ、叫びを上げていた。


 誰も彼もがそのような状態で辛うじて立っているのは少年達のみ。


 数少ない逃げ延びた避難民達は数km先を振り返りもせずに走っていたが、アルワクトから漏れ始めた黒い流動体の速度にやがては追い付かれるに違いない。


「眠そうなの!! こ、これからどうするの!? あれ何なの!!」

「ほ、本当に大きい。どうにかしてくださいまし!! 貴方神様なのでしょう!!」

「ヴァーチェス様……」


 三者三様。


 何とか少年を救ったはいいものの。

 周囲には絶望しか満ちていない。


 彼女達に倒れている避難民達を全員逃がすだけの力は無いし、少年も被害を留める方法を殆ど持ち合わせていない。


 ついでに能力の大半を失った簡易装甲内部でクェーサーが休止サスペンドしており、残っているのは前以て用意していた投射型の戦術核を内蔵した球体が二十発程。


 それにしても相手が“紐”の侵蝕を極端に行なう大物相手では弾体が不発になる可能性が高い。


 例え、爆発したとしても数百mもの巨大な構造物やもうアルワクトを飲み込んだ黒い液体を消滅させるには足りないと考えるのが妥当だろう。


「三人ともよく聞け。これからあの化物を何とか引き付ける。此処にいる若い女を優先しろ。今からアレに攻撃を仕掛けるが、抱えられるだけ抱えたら、振り向かずに逃げろ」


「ひ、一人で大丈夫なのですか?!」


 アイシャリアに少年が溜息を吐いた。


「行け……守れるだけ守る」

「そんな、捨て身だなんて!? どうにか全員で逃げる方法は無いのですか!!?」


 アザヤの頭がその無骨な装甲の指先で僅かに撫でられた。


「……限界が来たら、こちらも逃げ出す。それまでに出来る事をしてくれ」

「―――分かりました。ですが、絶対に死んではダメですからね!! 絶対ですよ!!」

「約束だ」

「はい!!」

「時間が無い。急げ」


 全員を助けられない。

 だが、少しでも可能性を残す。


 その為に彼はブレード結合帯を握り締め、まだクェーサーとも出会っていなかった頃の記憶を呼び起こす。


 高次の技術や能力を有するまでになった知的種族において、彼はまったくもって単なる無能だった。


 脳機能からしても、肉体的、精神的、技能的、資質においても、社会的に優秀とは程遠い。


 それでも彼が万能の力を手にしたのはその戦う意思と抗う決意が並々ならぬものだったからだ。


 如何なる敵にも果敢に立ち向かった彼を【全能器(イデアライザー)】は選んだ。

 そう、どんな敵にもどんな武装だろうと立ち向かう気概。


 当時、生物としての理想系として銀河団の頂点に君臨した高次文明の精粋は特殊な能力も資質も技能も持たない彼を意思の強さのみで戦士と認めた。


 そして、それは間違い無く正しかった。


「音声認識。装甲管理。セミオート。表層剥離を毎秒500単位。戦闘可能時間は?」


 網膜に映し出されたAIからの回答は435秒。

 七分弱の猶予という事はその半分を戦闘に使える。

 後の半分は逃走や退路の確保。

 まったく足りないのは明白だった。


「ふ、上等だ」


 彼が如何に歴戦の勇士だろうと気迫や気概だけで圧倒的不利な戦闘がどうにかなるわけではない。


 必要な武装が、装甲が、機能が、限り無く不足していた。


 それでも最低限戦えるだけの、抗えるだけの時間さえあるならば、やってみせるというのが、戦士として、兵士としてあるべき姿だ。


 例え、滅ぶべき運命に沈むのがオチだとしても。


「―――やるぞ。クェーサー」


 応えられない相棒に代わってカウントダウン用の数字がAIにより、彼の視界端へ表示される。


 カウントダウンは七分と少し。

 それ以降は侵蝕を受けながら、自らを律し。

 自爆するかどうかの瀬戸際となる。

 それでもいいさと。

 そうしてきた誰もに続くだけだと。

 彼は笑う。

 強く、笑った。

 最初から逃げる気なんてサラサラ無い戦いを始める為に。


「背を向けられないとは……故郷以来かもしれないな……」


 火蓋が切って落とされる。


 彼の後ろには顔を歪めながらも、救えるだけのまだ歳若い少女達を両手に担いだ三人が苦渋の決断を下し、高速で低空を飛び去っていく姿。


「戦闘再開だ!!」


 地面を踏み抜いた彼は時速換算にして500km近い速度でアルワクトへと突撃した。

 その先には天から降り落ちる鈍色の柱が一本。


 無数の視線に貫かれながら、白銀の残渣を道に残して、彼はその巨大なブレードを、敵の柱の太さからすれば針程度でしかないソレを、振りかぶった。


 *


 人の領分を越えたもの。

 我が身の丈を過ぎたもの。

 それを弁えて生きてきたはずのわたくしにとって、それはとても屈辱的な事。

 誰かを選ぶ。

 いや、選ばざるを得ない。

 それこそを、選ぶ側に立つ傲慢こそを、誡めてきたはずなのに。

 状況はそれを許してはくれない。

 それが悪意ではなく。

 合理でもなく。

 善意に拠るものならば、尚更にそれは屈辱だろう。

 自らの力の無さが恨めしい。


「ぅ……ぁ……」

「おか……ん……あ、ぁ゛あぁ゛……」

「ぁ~あ~~あぅ~~」


 わたくしの手には積めるだけの人が載っている。

 わたくしの肩には積めるだけの子が載っている。

 わたくしの腕には積めるだけの女が載っている。


 それは善意。

 でも、理不尽な傲慢。

 選んだのは自分。

 選ばなかったのは自分。


 でも、状況から逃げ出せないならば、選択する義務は自分にしかない。

 いや、権利を与えられた事こそを喜ぶべきなのかもしれない。

 でも、でも、でも、まだ、あの怖ろしい背後に。

 まだ、振り返ってはいけない世界に。

 遺されている民草は無数。

 狂気に彩られた音色が響き。

 空は黒く染まり。

 大地は鳴動し続ける。


「……ヴァーチェス様……っ」


 畏れるべき何か。

 それに抗う神がいる。

 その背中に出来る限りのものを乗せて戦う神がいる。

 神だから、そんな事をするのか。

 否、そうではないと知っている。

 確かに奇蹟のようなものは起こせるだろう。

 しかし、そんなものではどうにもならない絶望的な世界が広がっていた。

 今も背後には広がっている。

 溢れ出でる黒き泉。

 降り落ちる鈍色の傘。

 全てを見つめる無限の視線。

 悍しくも神々しきソレ。

 人には抗う事すら考えられないソレ。


 ソレを前にして、絶望すらも朽ち果てそうな、異形の大樹と湖を前にして、戦いを挑むなんて。


 神だろうと正気とは思えない。

 だが、正気でそうするというのならば、其処にあるのは狂気よりも尚深き鋼の意思。


(自分に出来る事を……そう、貴方は言った……ならば、王の娘たるわたくしがするべき事は……)


 制動を掛ける。

 人々を振り落さないようにゆっくりと。

 そして、少し手荒ながらも彼らを並べて。

 振り返る。

 絶望しかない光景。

 しかし、違うと分かった。

 未だ戦う者がいる。

 未だ抗う者がいる。


 必死に自らへ攻撃を誘導し、少しでも敵を押し留めようとする愚かにすら思える神が、いた。


『アイシャリア!?』

『な、何してるの!?』


 脳裏に声が響く。

 それが背後で思わず立ち止まった二人の声だと理解して、笑う。


「わたくし、自分に出来る事がどんな事なのか。まだ、分かりません。でも、此処は無茶と無謀も遣り遂げなければならない気がするのです。あの方の輝きは失ってはならない。あそこに今もいる人々を見捨ててはならない。わたくしの心が、矜持が、そう言っていますわ」


『―――どうにか出来る算段はあるのか!?』


 アザヤの最もな問い。

 それに笑ってしまう程、簡単に答えが出た。


『そんなもの!! 無いならッ、作ればよろしくってよ!!』

『そんな無茶だよ!? あの場所にまた行くなんて!?』


「無茶も無謀も道理も合理も投棄てるくらい。国民の為なら安いものですわ。無論、貴女達は貴女達に出来る事を……これはわたくしの国の民の事。命を掛けるのはわたくし一人で十分です」


『『………』』


 わたくしが戻ろうとした時、大勢が下される音が響いて。


『……ヴァーチェス様は出来る限りの事をしろと言われた。ならば、何処まで出来る事なのか。やれる限りはやるべきだ!!』


『眠そうなのを驚かせよう? あたし達にならきっともっと助けられるよ』


「あなた達……」


 生温い風が吹く。


 その先に地獄のように無限のようにあらゆる角度から迫り来る鈍色の柱から分岐した槍を受けながら、それでも引かない背中がある。


 最初から逃げる気なんてあるとは思えない姿が。

 だから。


「行きますわよ!!」


 わたくしはそう胸を張って自分の選択が間違っていないと言えた。


 *


 その曲芸はもはや神業の域に到達していた。

 柱から湧き出す無数の槍衾。


 蠢き、伸び、曲がり、折れ、只管に追ってくるソレを正しく無限と言い換えて構わない物量によって受けながら、それでも少年は、彼が包まれた装甲は、人の筋肉を模すアシスト機能オンリーの簡易歩兵装備は、傷一つ負っていなかった。


 慣性制御も無い。

 重力制御も無い。


 可燃性の推進剤もブースターも付いていない。

 武装は巨大な剣が一つ切り。

 それすら今や内部は空洞が目立ち、常に軽くなり続けている。


 高速で近付いてくる槍衾を紙一重で回避しつつ、ブレードで刈り取り、更に自らの間合いに入ってきた攻撃はもう片方の手に握るナイフで迎撃する。


 時に相手を蹴り付け、上下の有無すら無いように虚空で刃を閃かせる姿。

 その様子は大陸に存在する既存の剣術というものとはまったく違う。

 如何なる型も無く。


 ただ、その場、その場で最短最速最善を尽し、縦横無尽に敵の表皮、舞台の上で踊るように機動するのだ。


 その足がもしも10分の1秒でも止まったら、その時点でジ・エンド。

 だが、恐怖も淀みも無く流れる輪舞ロンドにも似たステップは踏まれ続ける。

 無心で寸分の狂いも無く。

 最善手を迷い無く。


「―――っ」


 しかし、それにも限界は近付いていた。

 最低限の姿勢制御にリソースを注込ませたAIはアラートを鳴らしっぱなし。


 数時間、数十時間、連続で戦い抜いたような疲労と視界の端に映るカウンターに少年の唇が歪む。


 安全に戦闘が出来る時間が刻々と0に近付いてく。

 ブレードが軽くなるに連れて動きは何処までも柔軟に軽やかになっていく一方。

 侵蝕されていく装甲と武器は命を守れる最低限の強度すらも妖しくなっていた。


 一本一本、懐まで飛び込んでくる一撃をもう何本目になるかも分からないナイフで切り裂き。


 異形の瞳に無数の視線で貫かれながら、白銀の残渣を零しながら、焦げ臭い装甲内部で彼は笑う。


 心臓の鼓動すらも制御した少年は脳裏に少しずつ干渉を強めていく敵の姿をどうするか見定める。


 眼を閉じるのは最後の手段。

 その後は触覚と聴覚のみで戦う事になる。


 見た者を狂気と絶望に打ち付ける異形達はその知覚情報だけですら知的生物を侵すのだ。


 彼が本格的な頭痛の前兆に瞳を数秒後に閉じると決めた刹那。

 ガタンッと槍衾の一部が掠って破断した装甲の一部が剥ぎ取られる。

 姿勢を崩しそうになるものの。


 それでも瞬時に立て直した彼が蕩けた鈍色の柱を蹴り付けて、別の柱へと突撃し、攻撃し、そこから一直線に自分へ向かってくる複数の触手を切り裂き、身を捻りながらブレードを振り抜く。


 接触の瞬間。

 彼が気付いた。

 直下の黒い液状の物体。

 二匹目の化物が泡立っていた事に。


「―――?!」


 拙いと直前でブレードを手放して蹴り付けた途端。

 その表層部分に僅かな飛沫が付いた。

 黒い化物が自らを蒸気として大気を昇らせていたのだ。

 ブレードが柱に突き刺さって数瞬後。

 ドロリと溶解してしまう。


(重力制御や慣性制御無しで気体状の敵を倒す方法……)


 その攻撃の射程がアルワクト全域だとすれば、もはや逃げる事は不可能に近しい。

 さすがに物理的な接触だけで破壊出来ないとなれば、攻め手はゼロだった。

 残ったナイフで自分へ向かってきた数本の触手を薙ぎ払うものの。

 装甲の一部が剥離し重量バランスの崩れた状態で空中戦を演じるのは無理があったか。

 左足の膝までの部分が触手に貫かれ、強制的にパージされた。

 そうして、その一瞬の硬直を見逃さない槍衾が彼の背後から迫る。

 貫かれれば、それでお終い。

 しかし、身を捩って避けるにはその触手の槍は多過ぎた。

 回避出来ないとの確信からか。

 全方位より放たれた追撃が続く。

 これまでかと。

 カウンターが5秒を切った装甲内で戦術核の起爆を彼が見定めた時。

 その起動コードが発されるよりも早く。

 空に叫びが木霊する。


「チェァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」


 酷く鈍い激音。

 それが自分の背後に迫っていた攻撃を弾いた何かだと少年が理解した次の刹那。

 装甲が遥か頭上へと打上げられる。


(慣性制御?!)


 その知っている肉体感覚は高度な技能の結果として発生する代物。

 だとすれば、今自分を上昇させる力を使った誰かの正体は何なのか。

 それを確認するより先に今まで彼がいた場所から同じように誰かが昇ってくる。

 それも槍衾の追撃を回避しながら。


「いいぞ!! 全力でやれ!! ラクリ!!」

「ああ、言われなくても。外神相手に手加減なんて出来ないさ」


 彼が上下に見たのは二人の少年。

 15、6になろうかという歳の子供達だった。

 周辺の温度が下がり、キチキチと音をさせて氷結した水蒸気が雲を形成していく。


「【星神プラネター】の加護持て、我召喚す!! 遍く変転を遂げる万物よ。その因果の頚城を等しく留めん」


 まるで幾千幾万の氷を掻き鳴らしたような音と共に虚空へ超大な光の筋が引かれていく。

 約五秒で半径3kmの領域が一つの図。

 魔術の方陣と化し、それが上下に重複すると円筒形状に変形。

 最下層の陣中央がゆっくりと割れて。

 内部から何かが真っ逆さまに落ちていく。

 鈍色の化物の槍衾と漆黒の化物の上げる蒸気がソレを侵蝕する暇もなく停止。

 いや、素粒子レベルで凍結されていく。

 本来、紐の変質した“C”は物理法則に殆ど準拠しない活動を行う。

 その為、通常の現象では殺す事が非常に難しい。

 並の寒さや熱さ程度ではビクともしない。

 だが、それ以外の要素が関係しているのか。

 一気に凍り付いていく化物達は何も出来ず。


 蒸気として存在していた化物の肉体すらも重力を無視した様子で完全に活動を虚空で止めた。


「【氷神刻パーマネント・フリーズ】」


 空に響く声と共にソレが、巨大なが入った氷柱が、黒い化物の湧き出した泉の中央に落着する。


「………」


 さすがの少年がその状況に沈黙せざるを得なかった。

 敵の敵は味方であればいいが、さすがにそれを楽観出来るような現状ではない。

 少なからず。

 目の前にやってきた二人の少年。

 自分のような高度な文明の使者とは思えない相手が高度な事象を使ってのけたのだ。

 少し厚手の民族衣装。

 黒のコートに白の上着。

 どちらも肩に金の杯を刺繍されたものを着込んだ彼ら。


 その思わぬ来客者達はヴァーチェス・B・ヴァーミリヲンを前にして胸に手を当てて僅かに礼の形を取る。


「初めまして……我々は貴方の敵ではありません。どうか気をお沈め下さい」

「えっと、こういう時は確か自己紹介からだよな。オレはヘイズ。こっちはラクリ」

「ヘイズ……ラクリ……」


 巨大な氷柱で二体の“C”を留めた少年は何処か氷雪を思わせる透明感のある青白い髪に鋭くも熱情のようなものを湛えた瞳でヴァーチェスを見つめた。


 もう一方。


 少年の背後を守り、槍衾を掻い潜って来た少年は褐色の長髪を束ねており、漆黒の瞳で人好きのする柔らかな笑みを浮かべて、興味深そうにヴァーチェスの装甲をジロジロと観察している。


「我々はこの星の大陸北部にある国家ベリアステルより参った使徒ヴァルキリス、もしくは神徒ヴァルキリアと呼ばれる者です」


「………」


「ラクリ。そんな風に言っても分からないだろ。此処はもっと単純に貴方の仲間となりに来ましたって素直に言おうぜ?」


「お前はまたそんな……この方は少なからず、。あまり失礼な事はするな」


「あ~はいはい。こいつこんな事言ってますけど、実は此処に来るまでどんな方なのかってソワソワして色々会った時の台詞考えてたりする可愛い奴なんですよ」


「ちょ、おまッ?!」


 冷静そうなラクリと呼ばれた少年がヘイズと名乗った少年に思わず上ずった声を上げた。


『ヴァーチェス様~~!!』


 少年が三人の少女達がやってくるのを見て……大きく溜息を吐く。

 その様子に二人が顔を見合わせ。


「……とりあえず、地表に下してくれ。それと下に倒れている避難民を城砦に移す手伝いを。諸々が終ったら話を聞こう」


「分かりました。確かに此処では落ち着いて話せそうもありません。手伝いましょう」


 ラクリが頷き、ヘイズが疲れた~と言わんばかりに肩の力を抜いた。


 少年の物語は転がり落ちていく。


 その先は暗く。


 何が待っているのか。


 ようとして知れなかった。

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