第10話 神々の黄昏

 ディーバが改めて出発した翌日、ドイツの北部に当たる領空まで来たときにそれと遭遇した。

「あれは、声明映像の後ろい立ってた機体……よね」

 空中でディーバを待ち構えるように浮いていたその機体はディーバの姿を確認すると振り向き、広域通信で呼びかけてきた。

「私はアースガルズの王、ヴァク。貴公らとの決闘を望む」

 その宣言に艦橋内部は。

「罠としか思えないねぇ」

「一応レーダーではあの機体ともう一つ、上がってきています」

 海原が罠を心配すると、三上が一機上がってくることを告げる。

「戦闘配備、その上で通信応対。全機出したいとは思うけど、あれが北欧神話の主神というのなら格納庫を開けての対空砲火すら危ない。量産型は罠の可能性を鑑みて格納庫内で待機、できればドイツの二人には量産型の指揮とかとって貰いたいんだけど……」

「私たちも出撃させて欲しいのだが、頭を討てるというのなら私もハルトマンを止めたりはしないぞ」

「そうね、そう言うと思ったから高野天原とジークフリート、ファフニールの三機が出撃し、他は待機。投槍による攻撃は回避できないと思われるので迎撃及び耐えられる機体だけでいく。ディーバはぬりえの加護を全面に出して回避移動は考えないこと」

 霧巴の指示にバルクホルンが出撃を進言すると、すぐさま量産型を待機させる作戦に変更をして海原にも指示をだした。

「三機で大丈夫なのかい、女史が気にしているのは恐らく必中の槍のことなんだろうけど、あれは必殺ではなかったはずだろう」

「主神を名乗れるだけのことはあるのよ、正直道祖神の防御力だと耐え切れない確率のほうが高い。それなら罠であることに備えて艦内待機させて損耗を抑えるほうがいいわ」

 霧巴の考えを聞いた海原は、ひとまず納得をするが。

「でも、戦況が悪くなったら僕は出撃を命じるからね。君たちを失う可能性もあるんだから避ける努力はさせてもらうよ」

「ディーバを盾にするとか命令しなければ、問題ない、じゃあ私は行くわよ」

 そう言って霧巴は格納庫への直通エレベーターに乗り込む。

 先ほど霧巴が出した指示をそのまま三上が艦内放送を行って知らせている。

 霧巴はそれを聞きながらエレベーターを降り、格納庫の一室にある更衣室でパイロットスーツに着替え、高野天原へと向かう。

「おう、作戦とかはどうなんだ」

「もう少しのんびりしててもよかったのじゃぞ」

 狼とクトゥルフが既に待機しており、乗り込む霧巴に声をかけてくる。

「高野天原とドイツ組の三機で出撃、他は待機。相手は必中攻撃をしてくるでしょうからなるべく耐える流れでいく。隙があれば随時攻撃でね」

 霧巴は答えながら自分の席に着く。

 通常のパイロットシートと比べ、安全装置が多めの仕様ではあるが、これは元々パイロットではない霧巴が戦闘中にダメージを受けないようと、橋本の判断から加えられた機能である。

 霧巴はコンソールを立ち上げ、まず最初に通信システムを起動する。

「艦長、ヴァクと名乗ったアレの動きは」

「動きは特にないよ。むしろ待ってくれている感じすらある。それと上がってきた機体は一応護衛っぽいね」

「わざわざ日本語で広域してきただけの意味はあるってことか、とりあえず決闘は断ると伝えて、代表者は今準備をしていて通信に出られないって形で返答お願い」

「わかった、でもいきなり攻撃とかしてこないよね」

「わからない。私は彼らじゃないんだから」

 そこで霧巴は通信を切る。

「いいのか、受けなくても」

「私たちは貴族でも騎士でも、武士でもない。民間傭兵。その上相手も同様に、しかも国際法上のテロリストである以上受けるほうがおかしいでしょうが」

「いや、そうなんだが……」

「それ以外の理由を挙げるとすれば、恐らくあの機体はオーディンでしょうね。つまりは必中の槍グングニルを主武装としてる。主神級相手の場合第三世代の量産型が道祖神を起動したところで多分ダメージを緩和しきれず一撃でやられるから、耐えられる主力で一気に片をつけるほうが無難ってところ、できるかどうかはともかくね」

 霧巴の言葉に狼は。

「あまり気負うなよ、お前の造った高野天原に俺とお前が乗ってるんだ、何とかしてみせるってのが本当のところじゃないか」

 と目をまっすぐ見て言うと、霧巴は少し顔を赤くして。

「まったく……そのとおり。あんたに言われるなんて本当に気負いすぎてたみたいね、よし直衛として出撃、ディーバの甲板に降りて相手の返事を待つ」

「俺の評価低かったんだな……まぁいいさ」

 狼はそう言うとハッチのある場所まで移動する。

「なぁこれが一通り片が付いたら……」

「日向狼、貴方は作戦の成功率を下げる気!」

「いやフラグなんかじゃなくてだな、居住区の畑で採れた野菜でバーベキューでもやろうぜと」

「あぁ下がった、今下がったわぁ」

「何をやっとるんじゃお主らは……」

 二人のやり取りにクトゥルフが呆れると、二人は笑う。

 そして丁度出撃のためのハッチが開き。

「野菜だけじゃない、高級肉もいいわよ」

「マジか、腹を好かせないとな」

「それじゃあ、月読霧巴、高野天原」

「日向狼、同高野天原、出るぞ!」

 三上の出撃許可の声を聞いて、高野天原は出撃した。


 出撃し、ディーバの上部甲板に高野天原が降りるとすぐ、後続としてジークフリートとファフニールが出撃して高野天羅はの近くに着艦する。

「決闘は断ると聞いていたが、出てきてくれたのかな?」

 三機を確認したヴァクと名乗った敵が語りかけてくる。

 それに合わせ、霧巴がコンソールを操作して広域通信で返事をした。

「決闘は拒否したことには変わりないわ、国際法上貴方はテロリストであっていくら領土を主張しようがそれは変わらない」

「なるほど、テロリストとは交渉しないか。実に正常な判断だ。しかし……私としてはあまり人類の、人間の絶対数は減らしたくないのだがな」

「力で現状を動かそうとしているテロリストの発言とは思えないわね、まるで神にでもなったような態度……精霊機関は神様の力を借りることはできても、自身が神になれるものではないのよ」

「なるほど、君がこんなものを生み出した元凶か。ならば尚更私は君だけを狙わなければいけないな」

 二人の問答が続き、ヴァクを名乗った男の乗る精霊機が腰にマウントしていた棒を手にすると、機構が展開して槍になった。

「どのみち決着をつける予定ではあったけど……なんでそんなに憎むのかしらね、答えてくれないでしょうけど」

「精霊機関によって虐げられた者や招いてしまう者がいるのだ、私は人類の未来を取り戻したいだけなのだよ」

 ヴァクの言葉に霧巴は集音装置マイクでも拾ってしまうほどのため息をついて。

「そんなの、精霊機関以外の技術でも同じこと。精霊機関がなかったらうちの国が焦土にされて世界的に虐げられてたでしょうよ。貴方はそれこそが正しい歴史だって言ってるのがわからないのかしらね。貴方の過去は知らないけど口ぶりからして虐げられてたりしたんでしょう?貴方の考えはまごう事なき貴方を虐げた連中と同じものよ」

「分からぬさ、成功者たる君には。そして君が精霊機関を造ったことで招いてしまう存在についてもな」

「話しをぶった切って悪いが、少しいいか」

 双方が感情的な感じになったところで狼が割り込んだ。

「あんたの隣にいるその精霊機はなんだ」

 狼はそれだけ聞くと、返答が来るまで待った。

 少しの間を開けてから、ヴァクは狼の問いに答える。

「彼女は立会人だ、決闘に応じた場合はどのような結果になっても手出ししないように言い含めてある」

「そうか、でも精霊機なんだな」

「下手に地上施設にいるよりは安全だからな、私としては忌むべき存在だが悔しいが精霊機という兵器の強さは認めざるを得ないほどに」

「じゃあ、決闘ではない今の状況そちらさんはどういう動きになるんだ」

 狼の質問に再び少し間が空き。

「変わらない、これは私が始めたことなのだから……賛同してくれた者たちにも既に通達しているし、決闘に反対だったものは我々に対し反攻作戦を企てている地域の対処に飛んでもらっている。邪魔は入らぬよ」

 そう言い、ヴァクが槍を構える。

「もう言葉は不要であろう、貴公らは私を倒しに来たのだろう」

「あぁ最後に」

 始めようとするヴァクに、狼が続ける。

「あんたたちの機体名、教えてくれよ。この機体は高野天原だ」

「オーディン。そして彼女の機体はロキだ。行くぞ!」

 今度こそ、止める存在はなくなりヴァクがその槍を高野天原に向けて投射した。

「受け止めるぞ」

「わかってる、システムは最初からスロットル上げていくから付いてきなさいよ」

――ひもろぎシステム起動 スサノオ

 システム音声を聞いて剣を抜いた高野天原は、飛んできている槍に対して斬り払いを行う。

 槍は剣を避けるような動きを見せたが、高野天原の体の一部が最も近い柄の部分を穂先に当てる形で剣を戻し、指部が多少掠める形で槍の切っさきを受け止めた。

というのなら当たり所をこっちが操作すればいい、指を少し切った程度でもだよなぁ」

 狼の言葉を証明するように、受け止めた槍はそのままオーディンの元へと戻っていく。そしてそれに合わせてファフニールが槍を追いかけるように飛び出した。

「皆の仇!」

 その口から炎弾を放ちながらまっすぐ、オーディンに向かっていくがオーディンは左腕部の手首付近を前にかざしてその機構を起動させると、動かずにファフニールを待ち構えた。

「なぁめるなぁ!」

 ハルトマンの叫びと共にファフニールとオーディンが激突するが、突撃していた勢いを完全に打ち消したオーディンが悠々と戻ってきた槍を受け止めていた。

「ハルトマン!」

 飛び出したハルトマンのカバーのため剣を抜き、青龍を倒したときの剣圧を飛ばすとオーディンはファフニールを退けてから半身をずらすだけでそれを回避した。

「ファフニールの突進を無効化する装備……なんてオーディンは持っていたのか」

「一応ドラウプニルっていう自らを複製を生み出す腕輪があったりするけど。もしかしてねずみ算的に増やしてたなんて落ちはないわよね、腕輪を一個犠牲にすることでダメージを無効化とか笑えない」

 どのくらいの速度で増えるものか狼にはわからなかったものの、霧巴の慌て具合からするとその予想が当たっていた場合割と重大案件のようだ。

「慌てようからすると、その予想が当たっていた場合だと腕輪の個数分倒せばいい。なんてのは無茶の部類になってそうだな」

「九夜につき八個生み出す。あれが完成して起動しっぱなしの場合割と絶望できる回数ね、複製も同じ能力なんだから」

 いつから考えるかにもよるが、霧巴の説明では確かに狼の案は却下の案になるだろう。

「じゃあどうする、あちらさんは明確に回避もするようだぞ」

「能力が予想通りだとしても、発動条件は違うのかもね。発動中動きを止めている間は腕輪の効果の範囲外とかありそうだし……とりあえずファフニールの援護をする、切り替えるわよ」

――ひもろぎシステム ツクヨミ

 霧巴が言うと同時にシステムを切り替えると、高野天原の左腕部が弓の機構が動く。

 変わったことを確認した狼は、左腕を伸ばして右腕で矢を番える動作を行い狙いをオーディンの頭上に定める。

「月天弓……こんなの神話にはなかったよな」

「月光による神の威光の変わりよ、とりあえずチャージ率は今60%……70……80」

 霧巴がカウントをするが、その間にオーディンが高野天原に向けて投射してきた。

「撃つぞ!直後システム変更!」

 槍への対応のためチャージ途中だが発射をし、霧巴もシステム変更の操作を行う。

――ひもろぎシステム クトゥルフ

 放たれた矢は投げられた槍と交差し、オーディンの頭上へと向かって飛んでいくが高野天原のシステム変更による形状変化が槍の速度に間に合わない。

「ふん、我は元々不定形……彼の地に招かれたのじゃ、存分に力を奮ってやろうぞ!」

 狼のパイロットシートに張り付いていたクトゥルフが叫ぶと、いくつかの触手を目の前で交差して槍を受けた。

 同時に狼も機体を操作し、元々の高野天原の腕で槍を掴むとオーディンに向かって投げ返す。

「触手ならいくらでも持っていくがよい、ダゴンと違い我の再生能力はその槍程度では止まらんからな」

 クトゥルフが叫ぶとヴァクが反応した。

「人類の敵が!」

 明らかにクトゥルフに向けられただろう叫びだろうが、その叫びの続きを聞く前に先ほどの月天弓による攻撃能力を持った月光のシャワーと、高野天原が投げ返した槍による攻撃が同時にオーディンを襲った。

「ふっ」

 被弾直前、ヴァクの短い声と同時に左腕部の腕輪が光ると両方の攻撃を受けた上で、左腕部を横に薙ぐように振ると月光が消え、槍は勢いを失った。

 その様子を見た狼は叫んだ。

「くそが、あいつ無敵かよ」

 狼の叫びを聞いて霧巴が少し考える。

「いや、無敵なんてのは精霊機関の性質上不可能。それに近しい逸話を持ってても精々『極めて頑丈』程度までのはず……となるとあれは」

 そう言ってコンソールとは別の、自身のノートPCを開いてキーボードを叩き始めた。

「何かわかったのか?」

「いいえ、でも何か戦闘データから探せないかってね……」

 霧巴がキーボードを叩く音が響きはじめたところで、ファフニールとジークフリートの第二波攻撃が行われている。

 ファフニールの攻撃に合わせてジークフリートが剣圧を飛ばすという、この二人のいつもの戦法ではあるのだが、腕輪を使わせることなく捌かれて攻撃を当てることができない。

 そしてオーディンはなぜか、ジークフリートとファフニールではなく高野天原にだけ攻撃をしてくるため、狼は現在起動中のクトゥルフで先ほどのように対応するも槍の奪取はできておらず、反撃もままならない状態である。

「……ファフニールの突撃は回避できたはずなのに腕輪で、腕輪の能力的に自身の槍や月天弓の攻撃を防げるのなら、ジークフリートの剣圧は回避の必要が無いはずなのに回避をした。属性相性なのかそれとも連続使用に対して制限があるのか……どちらにしろデータが足りないわね」

「前に出てもっと仕掛けるか?」

「……できればそうしたいところ、でもグングニルだとは思うけど投槍の速度を考えるとスサノオでもクトゥルフでも近づくと受け流しが難しくなる。こうしている間は負けることはない」

「勝つこともできないな。あれこれ理屈はあるんだろうが、現状恐らく不利なのはこっちのほうだぞ。あちらさんは高野天原を狙わずにジークフリートとファフニールを狙えば確実に削れるわけで、更にディーバを狙えばそれこそこっちの動きを制限できる」

「それをしないのは、恐らくクトゥルフが高野天原に乗っているからでしょうけど、そんなに恐怖をするような相手だとは思えないのだけど……貴方アレに何かしたの」

 霧巴がクトゥルフに思わず聞くが。

「知らん。少なくともこの地域には来たこともないからの」

 クトゥルフはその問いに対し知らないと答えた。

 真意を確かめる術はないが、神話やぬりえとの付き合い方を見るあたりあまり嘘はないとは思うも、確かに神話上でクトゥルフは人類に対して友好的な存在ではない。

 何故今こうして友好的なのかというのは、日本の八百万に良くしてもらったからと聞いてはいるものの、それ以外の人類に対してはそうではないということはありそうと霧巴が考えていると。

「それよりどうする、この状況を打破するには仕掛けるくらいしかなさそうだが」

 狼が改めて戦いの方針を聞いてきたため、思考を戦闘に戻す。

「確かにクトゥルフに頼れば負けることはないだけだし、仕掛けてみましょうか。腕輪がビデオゲームの残機みたいな効果だとしても減らさないとこちらに勝機は訪れないわけだし」

「具体的な案は無し、だが仕掛ける。問題はないか」

 狼の提案に霧巴は頷きで答え、その後。

「フォローはする。貴方は神様に合わせて操縦に専念して」

 霧巴がそう言い、コンソールを操作した。

「後は行くだけ、成せばなんとかしてみせるさ!」

――ひもろぎシステム 八咫烏

 ブースターの一部が後方下部に伸び、ブースターノズルが展開される。

 ノズルに火が入ると、高野天原の周囲の温度が上昇し、叫ぶ。

「ハルトマン下がれ!神の力による核熱が行くぞ!」

 狼はその叫びと同時に高野天原をオーディンに向けて動かすと、最初のファフニールの突撃とは比べ物にならない速度でまっすぐ飛んだ。

 本来、八咫烏には核熱の概念は存在しない。

 しかし今の日本では精霊機関が普及することによって、太陽と三本足という要素を併せ持った八咫烏にアメリカが提唱した核融合炉の構造を見出し、当の八咫烏もやってみたら出来たし、自身がその加護を与えることで信仰を得られるため、最近追加されたものである。

 その核熱の力を得た八咫烏の突撃にオーディンは腕輪を使い防いだが、狼はオーディンの腕の内側に手を伸ばし、八咫烏のエネルギーをぶつける。

 しかし、それでもオーディンは傷つかずに腕輪の発光が強くなっただけで、そのまま槍で高野天原に反撃してきた。

――ひもろぎシステム 猿田彦

 システム切り替え音声に合わせて槍を回避する。

「あれが必中なのは投げた時だけ。それは神話でも変わらない」

 霧巴が回避した後にいうが、狼は気にせず高野天原を攻撃しようとして体勢が崩れたオーディンに暴風による攻撃を行うも、今度は腕輪すら使わずに風を受けたオーディンは振り上げるように槍を投げてきた。

――ひもろぎシステム ミシャグジさま

「境界の神様でどうしろって……!」

 そう言いつつもオーディン周辺から境界を飛ばして一息でディーバの元まで移動すると、霧巴が直ぐに次の神様を起動する。

――ひもろぎシステム ディーバ連結:粕壁ぬりえ

 起動と同時に槍が直撃するも、表面装甲に突き刺さったがフレームまでは到達せずダメージを防いだ。

 槍が戻っていくのを眺めつつ、次の手を考える。

「さて、奇襲による攻撃は有効ではあったにしても、決定打にはならなかったわけだが……」

「いえ、割と面白いことがわかったわ」

 霧巴がキーボードを叩きながら狼のつぶやきに答える。

「あの腕輪は予想通り残機付与ね、でも任意に起動できる。その上で八咫烏のエネルギーをぶつけた際に腕輪の輝きが増していた。恐らくは継続的にあの状態に対して攻撃を加えることで残機をゴリゴリ減らせるとは思うわ」

「で、プランは出来たのか」

 霧巴の見解に狼が聞くが、首を振る。

「ゴリ押し以外は特に。攻撃はシンプルの上回避不能の大威力、その上で攻撃しても無効化を思わせるほどの残機制ってゲームだったら非難轟々ね。無論私たちは現実でそれを相手にしているわけですけど」

「やらなきゃならんが、突破口が本当に見いだせない……いやあるにはあるが本当にゴリ押ししかできないってことか」

「そうね、どんな防御でも貫くとか、死なない、傷つかない相手を絶命させるなんて効果が一番なんでしょうけども、こちらでそれができるのは黄泉比良坂だけ。つまり実質存在しない」

 恐らくあったとしてもリスクが高く、倒しきれなかった場合などを考えるとするわけにはいかないのだろう。

「俺たちがこうしている間もバルクホルンとハルトマンが攻撃を仕掛けてるが、腕輪自体使わないで捌くようになってきてるな……」

 正確で息のあった連携を行う二人ではあるものの、そのコンビネーションのパターンはそこまで多くはなく、ここまでの持久戦はなかったからかどのパターンでも初動で読まれてオーディンに対応されてしまっている。

「しかも攻撃は全部高野天原が受けている環境でそれだから、あちらさんは普通にパイロットとしての技量が高いのでしょうね。さてと……」

 ノートPCを閉じて霧巴が考える動作に移ったのを確認して、狼は。

「継続ダメージでゴリ押し以外に手段は本当に無いのか」

「概念的にはありそうだけど、できない算段のほうが大きい。他の神話における破壊神や死の神の力でも多分振り払いそうですしね。伊達に主神を名乗っては居ないってところかしら」

「神話だとどうなんだ」

「北欧神話では、オーディンはフェンリルに食べられて死んでいる。本来は絶対無敵ではないし、あんなゲームの残機みたいな力は存在しない」

 先ほど高野天原が使った八咫烏の力のように、古文書や伝承にあるような存在そのままというわけではないのは確かである。

「ついでに言うと多分、あれはまだ装備を隠していると思うわよ。八本足の馬、スレイプニル。主神の軍馬なのに目の前のオーディンは騎乗していない」

「本気じゃない状態でアレか、ますます気合入れないとダメか……」

「気合じゃどうにもなりそうにないけど、相手を慌てさせる方法はいくつか考え終わったわ、また矢継ぎ早に切り替えるから対応して頂戴」

 その対応に気合がいると思いつつ、狼は短く「おう」とだけ返して霧巴のシステム切り替えに対して待ち構える。

――ひもろぎシステム ツクヨミ

 切り替わったと同時にチャージをせず、発射する。

 チャージをしていては先ほどのように槍で狙われて、攻撃に移ることが難しくなると狼が判断したためではあるが、霧巴も黙って次に切り替えていく。

――ひもろぎシステム スサノオ

 今度は草薙による遠距離ではなく、ツクヨミで放った矢を追いかける形でオーディンに斬りかかる為に飛び出す。

 高野天原のその動きを見てかオーディンは槍を投げるのを止め、迎撃の体勢を取ると高野天原の剣による攻撃に合わせて槍を振るい、近づけないようにする。

 その剣戟と同時に、ツクヨミの矢がオーディンに当たるところを腕輪を発動させて防ぐと、霧巴がここでシステムを切り替える。

――ひもろぎシステム アマテラス

 剣はそのままにバックパック部だけが円形に広がると、狼はトリガーを引いた。

 日輪を模したバックパックから先ほどの八咫烏とは比較にならないほどのエネルギーがオーディンに向かうと、腕輪の光がアマテラスの極光の中でもわかるほどに光り輝くと、ヴァクの声が高野天原のコックピット内部に聞こえてきた。

「く、これほどの聖の力を持ちながら何故、人類の敵まで受け入れるのだ……!」

「クトゥルフのことを言ってるんだったら、お前らの不寛容の結果じゃねぇのかよ。共に過ごすことを選んだ俺たちには、尊大な態度だが温和であたりのいいやつとしか思えねぇ」

「悪いけど八百万の概念は許容が根幹なの、神様は時に実りを与えて敬われ、時に厄災を起こして畏れられる。それを含めての信仰。それが満たされる存在なら外界の神だろうが許容するのがうちの性質なのよ」

「そのようなこと……ありえるかぁ!」

 ヴァクが叫ぶと、高野天原に何かが突撃してその衝撃によりアマテラスの力が途切れる。

「こうもうまくこちらの想定が当たるのは逆に怖くなるわね、多分今のはあちらさんの最後の装備……」

 霧巴のつぶやくような言葉を示す通りに、オーディンの傍らに八本足の馬が寄り添うように近づいている。

「でもアマテラスの力で攻撃している間に突撃してこれるのかよ……」

「滑走するものという名、その上で極めて速く走ることができるという神話記述。光速に到達していても私は驚かないわよ。光速の馬に轢かれれば普通はそれで終了だけど、流石はアマテラスってところかしらね」

 二人が体勢を立て直しながらそんな会話をすると、ヴァクが怒気を含んだ声で。

「周囲への影響を懸念して使わずに起きたかったが、やはり無理だったようだ。一気に決めさせてもらうぞ!」

 叫ぶと同時にオーディンの姿が消え、ほぼ同時に高野天原に何かが激突したような衝撃が襲う。

「く、これは……」

「まずいわねぇ、光速での攻撃はそこまで耐えれる気がしない。守り一辺倒でいいならディーバに乗ってぬりえの力を借りれば耐えられるでしょうけど……」

「止めなきゃいつまでも終わらないよな、流石に」

 二人が落ち着いた感じに話している間にも、オーディンによる攻撃で高野天原にもダメージが蓄積されていて、いくつかの関節部分にエラーが表示されてきている。

「太陽相手にダメージを加えられるか……他の神様に変えると一気に持って行かれそうね。耐えれるのはいくつか考えられるけど、光速で動く存在を捉えられるかはわからないし……」

「でも俺たちは一人で戦ってない、一人じゃないんだが……」

「ジークフリートとファフニールでこれを捉えられるかだったら、ファフニールならまだわからないけど、ジークフリートのほうはわからないわ。シグルズに置き換えてバルムンクをグラムとして使っても、それ自体オーディンから賜った剣でしかない」

「もしかして、空間攻撃か」

 狼の言葉に霧巴は頷く。

 それを確認した狼は。

「俺たちを囮として、二人に攻撃してもらう。その上で倒しきれれば良し、倒せなくともスレイプニルは潰せる可能性は高いだろう」

 そう提案した。

「成功の算段は低いわね、私たちを狙っているのは確かだけどあれを耐えながら位置を限定する手段がないわよ」

「いや、あるだろ。なぁクトゥルフ」

 狼の呼びかけにクトゥルフは目をパチパチさせるだけだったが、霧巴はやりたいことを察したのか「あぁ」と感嘆の声を漏らして。

「なるほど、ただし一回勝負。それ以上は相手の攻撃に耐えられない」

「了解、二人に作戦を教えておいてくれ。準備が整うまでアマテラスで牽制しつつダメージを抑えておく」

 その言葉に霧巴は笑みを浮かべながら他の二人に連絡を取る。

 一方的な伝達メールという手段ではあるものの、できる限り簡潔に受け答えの時間も惜しんだ結果ではあるが、二人を信頼してそれで済ませる。

「それじゃあ一発勝負……行くわよ!」

――ひもろぎシステム クトゥルフ

 システムが切り替わると同時に機体の正面方向を除いて触手を伸ばす。

 同時に高野天原は自身の正面に集中し、ドイツ組二人も高野天原を中心とした空間を注視していつでも動けるように待ち構えた。

「光速で動く相手を知覚するのはほぼ不可能、反射でギリギリ……わかってるわよね!」

 霧巴の声に反応もせず、狼は集中する。

 訪れるだろうチャンスは一瞬どころかもっと短いのだから当然である。

「禍々しいその姿……!今消し去ろう!」

 その叫びと同時、高野天原から伸びた触手に何かが触れたのを感じた狼は、次の瞬間訪れるだろう衝撃に対して備え、それとほぼ同時に高野天原に衝撃が訪れオーディンの胴体にしがみつく形で動きが止まり、触手でオーディンとその馬、スレイプニルを精霊機関の出力をあげて捕まえた。

「今だぁ!」

 狼が叫ぶとほぼ同時、ディーバから剣圧が飛んできてスレイプニルに直撃し、続いてファフニールの炎がオーディンが来たであろう方向から薙ぐ形で近寄ってきて、高野天原を巻き込む形でオーディンを焼いた。

「ぬぅぅ、貴様も落ちるがいい!」

 そうヴァクが叫び、オーディンの槍が高野天原を貫こうとした瞬間、高野天原に変化が起きた。

――ひもろぎシステム イザナギ

 狼と霧巴が操作をしていないにも関わらずシステムが切り替わり、剣を抜いて槍が届くより先にオーディンの腕を斬り上げた。

――ひもろぎシステム 大国主命

 斬り上げた剣を返す形でオーディンを狙うが、オーディンはスレイプニルを捨て後方に飛びその攻撃を回避した。

「い、今のは……」

「……八百万における分霊の概念なら考えられないことではないけど、多分神様が助けてくれたってところだとは思うわ」

 二人が今起きた現象について話すと、クトゥルフが目を回していることに気づいた。

「大丈夫か、クトゥルフ」

 狼の声に気づき、クトゥルフが説明する形で話し始めた。

「ぬぅ、無理やり代われと言われシステムから締め出されたわ……まぁ国産みの神ならば主殿を守れると思うたし、文句は無いのじゃがいささか乱暴じゃったのぉ」

 クトゥルフの言葉は霧巴の予想を証明するのに十分なものだった。

「でも助け終わったら引っ込んだみたいだな、いつの間にか猿田彦になってる」

 狼がコンソールを確認して言葉にした通り、コンソールは『ひもろぎシステム 猿田彦』の表記になっているのを確認し、距離を取ったオーディンを確認する。

 右腕部が切断されたものの、左腕部で戻ってきた槍を手にしている姿が確認でき、その槍の切っさきを高野天原に向け、叫んだ。

「何故だ!何故その外界の神も助ける!」

 ヴァクの叫びに高野天原は答えない。

「価値観、概念の決定的な違いじゃねぇかな、そっちは従わなければ排除優先だがこっちは違うからな」

 代わりに狼が答えると、ヴァクは更に激昂した形で叫ぶ。

「それこそが外界の神を増長させ、人類を滅ぼす準備をさせる行為にほかならないというのだ!」

「なんでそういう結論になったか、まずはそれを言えよ!それが出来なきゃただ自分の価値観と結論を良い事だからと押し付ける偽善者か、テロリストでしかねぇだろうが!」

 狼が叫びで返すと、オーディンが槍を振り上げて。

「それこそ、価値観の絶対的な相違というものだろう。私は何度も声を上げたが様々な者たちが聞く耳すら持たず見向きもしなかったのだ、既に語る時は過ぎ去っている」

 諦めを感じられる声色で槍を高野天原……ではなくディーバの艦橋に向けて投げた。

「しまった!」

 猿田彦であったため初速から最速で動くも、必中で狙いを定めた対象に当たるまで追尾を続ける攻撃に対し、カバーリングが効くとは思えなく、槍を追い越しながらもいい案が思いつかない。

――ひもろぎシステム 茨木童子

「とりあえず威力を削ぎなさい!ぬりえの加護で防げる程度に削げればいいんだから!」

 霧巴が叫ぶも狼は有効な手段が思いつかず、出力をあげて飛んできた槍を両腕で掴むが、止めることはできない。

「艦長!今すぐ居住区で収穫祭をして!速く!」

「な、こんな時に祭りなんて……」

 霧巴の海原への指示に狼は驚いて文句に似た言葉を口にしかけるが、霧巴は。

「精霊機関の出力周りは本来、お祭りとかで上がるの!精霊機の機関は書き記した祝詞とパイロットで補う形だけど、ディーバのは……第0世代はそうじゃない!」

「でも収穫祭である意味はなんだよ!」

「ぬりえの座敷童子側に影響するのよ。収穫祭は繁栄を示す指標であり、お祭りに子供が集まれば更にいい。妖怪だけど神として扱われることもある座敷童子としての力を全力で発揮してもらうわ!」

「だけどこれを止められる保証なんざないだろう!これは主神の攻撃なんだぞ!」

「だから……威力を削ぐって言ってるのよ!」

 そう言って霧巴はコンソールにノートPCを繋ぎキーボードを叩き始める。

「黄泉比良坂では無理だったけど、第四世代で出力と、フレーム強度を確保して神様の自主的な行動も再現できたのなら、理論上いけるはず……」

 コックピット内部にタイピング音が響く間、ジークフリートも槍を止めるために加わるが、槍の勢いはあまり変わらない。

「攻撃手段はもうこれだけだと思うが、ハルトマンにあれの牽制を任せてきた。これを止めるのに全力を尽くさなければ痛み分けどころではないからな!」

 切っさきが装甲を傷つける程度で当たった扱いにはなると思うものの、精霊機二機による制止にも関わらず、高野天原とジークフリートを振り払うかのように蛇行するように飛んでいながらも勢いが弱まらないため、その程度で済むとは思えない。

 更にオーディンは艦橋を狙って投げたように見えたため、艦橋内に必ずいるであろう人物を対象にした場合はそれこそ取り返しがつかないことにもなるために止めざるを得ないわけである。

「動けぬ状態のまま、母艦と共に朽ちろ!」

 破壊したと思われていたスレイプニルが、大破と言っても差し支えない状態ではあるもののファフニールを蹴り飛ばし、オーディンを乗せて高野天原に向かって突撃してきた。

 その勢いは先ほどの光速とも思えるものではなく、通常兵器である戦闘機程度の速度まで落ちてはいたものの、槍を止めるために全力を出している高野天原は避けることも、システムの切り替えも行うことができず真正面から受けざるを得ない。

 戦闘機の速度で突撃程度なら精霊機自体はダメージを受けることはないだろうが、相手も精霊機であり、先ほどファフニールを吹き飛ばすだけのパワーは確実にあるため、先ほど囮になった際にダメージを受けている高野天原では耐え切れるかは怪しい。

 オーディンが近づいてくるのをコックピットのモニタで見ていた狼は歯を食いしばり衝撃に備えようとした時、霧巴が叫んだ。

「出来た!」

――ひもろぎシステム 茨木童子 八咫烏

 霧巴の叫びの直後、システム音声が二つの名前を読み上げてバックパックのみが八咫烏の物になる。

「迎撃!槍でオーディンを!」

 核熱によるバーニアを全開で噴射させると、槍の軌道を少しではあるが動かすことができ、その動きにジークフリートも合わせて槍の切っさきを突撃してくるオーディンへと向けた。

 スレイプニルによる急制動はできなかったのか、槍がスレイプニルごとオーディンを貫き、槍もその動きを止めた。

「槍が止まった……ということは?」

 狼が呟くと霧巴が。

「攻撃に使ってた力もなくなったのなら、機関停止……はぁ、なんだか勝ったっていう感覚が薄いわね」

 とこちらも呟くように言った。


 機関停止したオーディンを鹵獲する形でディーバの上部甲板に降りると、戦闘の立会人として傍観していたロキが降りてきた。

「立会人として立ち合わせていただきました、ロキのパイロットのジャスティと申します。各地に飛んでいるアースガルズの構成員にヴァクの敗北は連絡させていただきました」

 と丁寧に自己紹介と敗北の通告を終わらせた旨を通信してくると、コックピットのハッチを開いて姿を見せる。

「こちらに敵意が無いことの証明には足りませんが、コックピットを開けた状態でそちらの格納庫に降りてもよろしいでしょうか」

「いいわ、でもこちらの安全が確認できるまでクトゥルフに監視させてもらうけど問題無いかしら」

 ジャスティと名乗った女性に対し霧巴が即答で答え、条件をつける。

「えぇ、私は問題ないです。でもヴァクは拒否するでしょうから体術の得意な人をつけておくと良いかと思います」

「わかったわ、準備してから彼をコックピットから出すことにします……それで色々話してくれようとしているみたいだけど、できれば動機とかは国際社会の場でお願いできないかしら、私たちは一応、一民間企業だから」

 霧巴の言葉に、開いたコックピットの中に見えるジャスティの表情はあまり変わらいように思えるが、高解像度のカメラで撮影されたそれは、少し笑みを浮かべているようにも見えた。

「……わかりました、ただ個人的にあなた方でなければいけない理由もありますので。内容は降りてからお話しします」

「そう、じゃあ先導はジークフリートでバルクホルン、お願い。こっちはオーディンを連れて行くから」

 ジャスティの言葉に霧巴は驚く程あっさりと指示を飛ばす。

「今ここでは話せないのかーとか聞かないのか」

「ファフニールがまだ警戒中だし、変な動きを見せたらコックピットから外に落とされる危険を伴っている以上はね。こっちもある程度信用してあげなきゃ話し合いなんかできやしないでしょう」

「それはそうだがな……まぁお前の会社で研究所だしな、好きにするといいさ」

 狼は呆れた口調で言いながらも、笑みを浮かべながら霧巴の言葉通りにオーディンを確保しながら格納庫へと戻った。

 先行して戻ったジークフリートと、後に続いていたロキが既に固定されており王紗がジャスティの傍に立っているのが確認できる。

「それでは我はあの女の監視に行くぞ、主殿、おつかれさまじゃ」

 クトゥルフは労いの言葉を狼に残してから、開けてないハッチから出てジャスティの元に出現し、そこにいた人間を驚かせた。

「開けてからにしろよ……で、こいつはどこに持っていく」

「そのへんに無造作でもいいけど、王紗の手間を考えてロキの隣にお願い」

 指示通りにオーディンをロキの隣のブースに持っていくが、大破しているため座らせる形で固定させてから、高野天原も正面のブースに収まるように停止させた。

 そこでファフニールが戻ってきて、オーディンがまだ動くかもしれないため待機し、狼たちも機体を降りてジャスティの元へと向かう。

 クトゥルフが見た目少女の姿をしていることに対して何かジャスティが質問しているところで二人が到着し、霧巴から切り出す。

「で、私たちでなければならない理由。その内容を教えてもらえるかしら」

 言葉に反応したジャスティは真剣な眼差しで頷くと。

「先日、あなた方が鹵獲したワルキューレ。そのパイロットに合わせて欲しいのです」

「それは別に構わないけど、大半が安置所よ」

 霧巴の答えにジャスティは諦めに似た、安堵周囲には聞こえないつぶやきをしてから。

「はい、あの子達がパイロットとして出撃した時に覚悟はしていましたので……せめて自分の子の顔は見たいのです」

「ならまずは……医務室に行きましょうか」

 その言葉に、ジャスティはキョトンとした表情をした。


「嘘……ヨル!リル!」

 医務室についたと同時にジャスティはベッドの上に横たわる二人に駆け寄った。

「お母さんですか?」

 出入り口付近に居たぬりえが話しかけると、ジャスティは少し驚いた顔をした後に頷いた。

「まだ衰弱していてお話しはできません。ですがこの子達は大丈夫、命に別状は無いですよ」

 持ち前の優しい笑顔でぬりえが言うとジャスティは安堵した表情を見せた。

「出撃して全滅と聞いた時、諦めていたのですから、この子達だけでも生きていてくれて本当によかった……」

「……恐らくこの二人が、貴女の実の子だったからじゃないでしょうか。そちらの神話における死者の国に近いものを感じるので、そのおかげで黄泉比良坂に対しての抵抗力を持っていたんだと思います」

 ぬりえの言葉を聞いたジャスティは、ひと目もはばからず泣き始めた。



「世界を騒がせた一連の騒動は、首謀者の……」

 日本に戻った月読ラボの面々は本社の食堂でTVのニュースを眺めていた。

「まぁ結局オーディンのパイロット、発言が支離滅裂と一蹴されちゃったねぇ」

「あれだけ破壊活動をした上で『人類を救うため』という言い訳は流石にな」

 海原とバルクホルンがコーヒーを手にお互いの感想を述べあっている。

「本当だよ、その勝手な思い込みでどれだけの人が死んだと思ってるんだろうね、彼の中では死んだ人は人類じゃなかったんだろうね」

 ハルトマンがトゲのある言い方で二人の会話に入っていく。

「精神鑑定でヴァクは問題有りと判断された、しかも複数機関でだ。彼のしたことは許されることではないが、彼がそうなった原因を追求しなければならない。だからそこで止まるなハルトマン」

 バルクホルンがハルトマンに向かってなだめるような口調で声をかけると、ハルトマンは苦々しい顔で「わかってるよ」と消え入りそうな声で返事をした。

「ともあれだ、月読ラボとしてはしばらくそれの調査ってことで、戦闘要員はしばらくお休みをもらえたわけだ。まぁ女史と日向君はそうは行かなかったみたいだけど」

 海原はそう言うとコーヒーを飲んで、テレビを見て。

「だから僕たちができることをやればいいのさ、今はとにかく休むことだねぇ」

 のんびりとした海原を見て、落ち込み気味だった二人も手に持った飲み物を口にして呟く。

「ヨーロッパの復興、任せきりなんだよなぁ」

「あの二人は、まぁ二人で観光がてらやっているだろう」


「はっくしゅん!」

 高野天原のコックピットで霧巴が大きなくしゃみをした。

「可愛くないくしゃみだな、風邪か?」

 狼が茶化すと霧巴は狼の背中を蹴って。

「ここ最近は体調に気をつけてるからそれはない。非科学的だけど誰かの噂ってところじゃないかしらね」

「非科学って……お前が言うのか」

「なによ、私はこれでも神学者と科学者だから問題ない……くしょん!とにかく作業をさっさとするわよ」

 茨木童子を起動した高野天原は、アースガルズの活動によって破壊された建造物の瓦礫の撤去を手伝っていた。

「正直、現地なら何かわかることありそうと思ったけど……保護したジャスティから色々聞いてたほうがよかったかしら」

「いや、色々仕事がありそうだからとか言って、本当は休みだった俺を連れ出したのはどこの誰だよ」

「なによ、別にいいじゃない……」

 狼の言葉に霧巴は顔を赤くして、コンソールをいじり始めた。

 実家の自室で寝ていた狼を、普段とは違うワンピースを着て訪ねた霧巴の第一声は「えっと、その……」とどもったものであったが、直ぐに「ヨーロッパ行くわよ、日向狼!」と言ってここまで連れ出したのだ。

「まぁ確かに休みと言ってもやることはなかったから別にいいんだが。こうしてのんびりとできるヨーロッパは始めてだし」

「そ、そうでしょう!」

「ただこうして作業に追われる感じでなければ、尚よかったんだがなぁ。まぁ戦闘がないっていうのはそれだけで楽なんだが」

 狼の言葉に霧巴はバツの悪そうな顔をする。

 それを雰囲気で察したのか狼は別の話題を切り出した。

「ところで、ジャスティさんはどうなったんだ」

 話題が変わったところで霧巴は安堵の表情になり、答える。

「あの人は実の子を無理やり戦闘員にされた被害者の側面もあるから、ある程度は情状酌量の余地ありってことで、保護も兼ねてうちで雇うことにしたわ。今はぬりえと一緒にディーバの神社に住んでもらってる、ディーバなら二人の子供の治療にも困らないし」

「結局雇ったわけか……でもあれだ、ジャスティさんってお前より年上だったよな?」

「雇用した結果、あの子の子供たちの医療費は全部ラボ持ちなのよ、多少はいいでしょうよ。フレンドリーは大事よ」

「今の寝たきり状態はうちとの戦闘の結果だけどな……そういえば整備班ってどうなるんだ」

「あぁ、おやっさんの次に技術が高かった王紗さんに整備長を任せることになった。後新規で数人、人を増やしたから多少は改善されると思うわよ……まぁ整備長のお孫さんが入社してくるとは思わなかったけど」

「お孫さんって……何歳だったんだよ」

「新卒。とは言っても高校卒業と同時だけど……あんたの方もクトゥルフはどうしたのよ」

「あぁクトゥルフなら一度海底の眷属に会ってくるとか言って帰ったぞ。すぐ戻ってくるとも言っていたが……」

 狼がそこまで言ったところで。

「ただいまじゃ、主殿。まったく、川を遡上するのに苦労したわ」

「貴女、クトゥルフじゃなくて別の神の素養あるんじゃないの……?」

「全く、姉上のような空間無視は我にはできん。実のところ今朝こっそり乗り込んでおっただけじゃぞ」

 むしろ姉が居たのか。と狼が聞こうと思ったところで、霧巴が声を荒らげてクトゥルフに問い詰める。

「ちょっと待った、あんた、いつからここにいるって言った」

「今朝からじゃよ。全く、どちらも鈍感というか不器用というか……」

 クトゥルフの返答に霧巴は声が出ない感じに顔を真っ赤にして。

「降りろぉぉぉ!」

 霧巴の叫びがコックピットの中に響いた。


 こうして、俺たちの戦いは一旦の終局を迎えた。

 まだいくつかの謎や不安要素が世界に影を落としているものの、今回の騒動で各国も疲弊し、直接被害の無かった国も難民の受け入れや経済活動の混乱でその野心を表に出すことは暫くは無理だろう。

 所属としては民間人であった俺たちが世界を救った。なんておこがましいことは考えないが、世界の危機が訪れた際に矢面に立つことになるのはやはり自分たちになることは想像に固くない。

 こればかりは軍事分野に置いて最先端を行く月読ラボというPMCに所属するパイロットの責務……というよりは業務内容の範疇だろう。

 今後のことはわからないが、今はこの平和を享受することに専念しよう。最も、今コックピットで繰り広げられている口論という争いに関しては、しばらく続きそうであるが。


                                 終

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神話大戦ラグナロク 水森錬 @Ren_Minamori

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