第1話 戦線布告

「飛行試験成功、次は加速と旋回の試験よろしくお願いします」

 暗いコックピットの中、女性の声が響く。

「了解、しかしどういう原理で動いてるんだ、外の音どころかエンジン音すら聞こえないんだが」

 パイロットの男が通信士に答えると同時に操縦時の疑問を聴く。

 すると映像コンソールに光が点る。

「まぁそのエンジン部のテストが今回のメインだから、ちなみに詳しいことは教えられないわよ」

「契約書にサインしてんだから詳しいことなんて聴かねぇよ、天才科学者の月詠霧巴つくよみきりえ

「ふふ、クライアントに嫌味を返せるのなら問題ないわよね日向狼ひゅうがろう

 二人がそんなやり取りをやっていると最初の女性の声が遮る。

「お二方、仲が良いのはよろしいですが今は……」

 そこまで言いかけたところでコックピット内部にアラートが鳴り響く。

 しかしアラート音の発生源、それはレーダーだった。

 


現人神あらひとがみ1号機後方30km地点にミサイル反応!」

 データコンソールを見ながら通信士、三上一姫みかみかずきが報告をする。

 コンソールの中にあるレーダー項目に光点ではなく、数字で表示されているものを操作し大きなモニターに映す。

 大きなモニターに表示されているのは数字を可視化した――つまり分かりやすい映像化されたそれを部屋に居た全員が注視する。

「ミサイルで30kmなぞ、目と鼻の先だぞ。何故今まで気づかなかった!」

「単純にあのサイズ……巡航ミサイルを積んでいてもステルス能力を保てる航空戦力かソナー対策を最大限行っている潜水戦力からの攻撃でしょ、それより……」

 ひときわ偉そうな、それでいてミサイルの登場に狼狽している声に対し霧巴はひとまず想定できる可能性を提示し落ち着かせる。

「聞いたね日向狼、ミサイルそれはお前の機体を狙って飛んできている」

「で、どうすればいいんだ?ミサイルアラートがうるさいから手短にわかりやすく大きな声で頼む」

 霧巴はその返答に口に笑みを表しながら。

「迎撃、撃墜、破壊。好きなのを選びなさい。その機体とエンジン、そしてシステムならやれるわ」

「月詠女史!幾らなんでも無理じゃないか、相手は超音速のミサイルだぞ!」

 霧巴の指示にひときわ偉そうな……黒服の男が再び狼狽する。

「あー後ろがうるさい……とりあえず無茶じゃねぇんだなクライアントさんよ」

「今回テストを予定してたのが丁度それの迎撃に適してるのよ。とりあえずコンソールを操作してシステムを起動させなさい」

 狼は片耳を押さえるジェスチャーを行いながら霧巴の指示通り手元のコンソールを操作してシステムを起動させる。

 <<Sys-H Start>>

 その文字が表示されると今度はリストが表示される。

「起動したがリストにいくつか項目があるんだがどれだ?」

「一番上でいいわよ、他二つは……押しても良いけど迎撃難度が上がるわよ」

「了解した、一番上を押す」

 コンソールの一番上の項目をタッチするとモニターと、現人神のフレームに変化が起きる。

――Sys-H 神降ろし:天孫降臨猿田彦

 そう表示されると同時に現人神の背面ブースターが変形し、鳥の翼のように変化、合わせて機体周辺に強い風の壁が現れる。

「その状態なら音速の戦闘速度どころかマッハ30くらいを保ったまま捻り込みやら行えるわよ、ついでに巡航ミサイルだろうが直撃しなきゃ落ちる心配なんて無いわ」

「直撃しなきゃ?」

「直撃、まぁ風の壁に対して進入角度が垂直だといけない。とだけ覚えておけば良いわよ。その壁を垂直以外でも突破できるのは私の知る限り神の杖とかしかないから」

「つまり直撃以外なら問題ないってことか、ところで武器は?」

 霧巴はその言葉を待っていたかのように手元の装置を操作し、エンターキーを押したと同時に狼の機体にデータが表示される。

 MLK:マルチプルナイフ 2本

 腰部マウント:虎鉄

 腕部内蔵:5式ハンドガン

「……これだけか?」

「本来なら飛行試験だけの予定だったからね、常備兵装のそれしかないわ」

 狼は一つ深いため息をつくとスロットルペダルを踏み込み機体を加速させ、右腕部に虎鉄、左腕部に内蔵されたハンドガンを持ってミサイルを視界に納めるため一度海面ギリギリを飛び水飛沫でミサイルの追尾システムの探知能力から避けつつ、振り切るように上昇した。

 目標を一時的にでもロストしたミサイルはAI制御のためか少し減速したのち加速を始める。しかしその方向は…。

「やべ」

「やべ、じゃない。あんたが上昇しすぎたからミサイルがこっちに飛んでくるじゃないか。ちなみに潜水空母と言っても武装は無いし今から潜航しても間に合わない」

「つまり、どうしろって?」

「現人神の今のシステムなら大丈夫だ、マッハ100くらい出してさっさと追撃してくれ」

「簡単に言ってくれやがる…」

 実際にマッハ100出せるわけではないだろうが、先ほどの上昇でスロットルの入れ具合を思い起こせば現行の米軍戦闘機を遥かに上回る速度を出せるだろう予想は簡単についた。

 上昇姿勢から機体を反転させ海原を視界に納める。排他的経済水域とは言え海原から距離があり比較は難しいが潜水空母ディーバと先ほどまで自分を追っていたミサイルの位置を把握する。

「まぁ、やるしかないよな」

 上昇時の具合からスロットルを抑え気味に入れて下降し、ミサイルと平行に飛ぶ。

「ミサイルと同じ速度で飛んでGが無いってのは本当凄いな…じゃあさくっと弾頭を切り落としてみるか」

 パネルコンソールを操作し腰部にマウントされている虎鉄を抜くと左マニュピレーターでミサイル本体を掴み弾頭との接続部を一閃、虎鉄を収めつつ弾頭が海に沈むのを確認してからハンドガンで距離を取りつつ燃料部を撃って撃墜した。

「お見事、日向狼」

 ミサイルの爆発を確認したのかコンソールの一つに月詠霧巴の顔が映る。

「正直こんなに楽とは思わなかった、空自に居た時に乗った精霊機関機とは比べ物にならねぇな」

「アレは第一世代だからね、今あんたが乗っているのは開発中の新型で性能が天地ほど違うの」

 そんなこと当然と言いかけたところで通信士が割り込む。

「想定外の事案は起こりましたが今回のテストは終了となります。帰還してください」

 狼と霧巴のやり取りに疲れたような口調で業務的に通達して直ぐに通信が切れる。どうやら撃墜の余韻を感じる時間はあまり無いようだ。システムをオフにしようとコンソールに手を伸ばしたところで再び通信回線が開く。

「日向さん、艦長から切り落とした弾頭の回収をお願いしたいとの指示がありました、申し訳ありませんが回収してくださいませんでしょうか」

「ちょっと待て、弾頭ってもう海の底なんだが…」

 その指示に対し反論したとほぼ同時に通信士とは別の声が聞こえる。

「その必要はない、その役割ならディーバのほうが向いてるし外部アームは出港前に私がちょちょっと外付けしておいた」

「月詠女史…そのような許可は出していないのだが」

「万が一現人神がうまく動かないとかいう最悪の事態を想定した機構だったんだけどねぇ、なんで海でテストっていうのにそういう設備の無い設計なんだか」

「で、俺は帰っていいのか?」

 そのやり取りに割り込み指示を請う。疲れたようなため息の後……

「まぁ総て過ぎたことだな…現人神、帰還してくれ」

「了解、現人神帰還する」

 通信とシステムをオフにしてから操縦桿を握りなおしディーバに機体を向けた。


 海上で上部甲板ハッチを開けて待機していたディーバに現人神を着艦させると後は自動で整備ドッグへと機体が収納される。ディーバは潜水空母の特性上巨大な船体ではあったが、精霊機関を用いた世界初の船なためか従来の潜水空母とは一線を画していた。

 狼は機体のハッチを開け潜水艦の内部とは思えない広々としたドッグへ出るとクライアントである月詠霧巴が腕組をして待ち構えていた。

「想定外だがいいデータが取れたよ、ひもろぎシステムは互換モードなら第二世代と同様に問題ないと事前にテストが出来たが第三世代のテストは今回が初めてだったからね、いやぁ良かったよかった」

「そうか、どうよかったんだ」

「当然機体が無事戻ってきたことが1番、パイロットも無事だったのが2番だな」

「契約書通りの答えどうも…」

「まぁ武装の火薬以外は伝送系を除いて推進剤すら積んでないから致命的な大爆発は起こさないけどね」

「それは知ってる、だが以前乗ったことのある機体はまだ駆動系の音がコックピットにも響いていたんだがこいつは静かだな、レスポンスも思ったようにラグ無く動くし」

「おっと、その辺の詳しいところは正規テストパイロット契約後だ。詳しく知りたければ正規契約後に聞いてくれ、最後まで現人神のテストをやってくれるなら教えても差し支えない程度に説明させてもらうよ」

「正規契約するかはまだ決めてない、もうちょっと仮契約のままでいいか?」

「ふむ、まぁその辺も含めて弾頭回収作業を見ながら話をしようじゃないか、ついて来なさい」

 露骨に残念そうな顔をして月詠女史は歩き始めた。低身長で童顔である月詠女史のその姿はまるでおもちゃを買ってもらえなかった子供のように見えて狼は苦笑いをしながら後についていった。


 民間PMC『月詠ラボ』所有の潜水空母ディーバは巨大である。

 全長1.5kmにも及ぶ船体は寄港できる港が少ないが、本社のある県では専用の寄港可能なドッグを整備したほどだ。

 艦載量は精霊機関搭載機が20機ほどだが、全長10mが平均な精霊機と考えると船の大きさに比べたら少ないくらいである。それでも就航直前に過剰ではないかと各国から叩かれたらしいが船自体に武装が無いことと、船の大きさを利用した緊急時の避難船としての設備の充実から国際条約に抵触しないとされたらしい。それでも潜水機能で色々制約を付けられたらしいが、日本の主権が及ぶ場所でなら特別問題とならない。そして国際批難を退けた要因である避難船としての設備は従来の船のどれとも一線を画すものである。船尾にある整備ドッグ直結による工業区と船部中央部にある居住区の他に商業区を有している。さながら一つの街が潜水艦になったようなものでまだ利用していない区画では農業区も整備予定だというのだから呆れたものである。今は新型主力機のテスト運用中だからか人は少ないが本運用時は1000人近い人が乗船予定とのこと。

 勿論そんな巨大な船内なのだから艦内の移動は徒歩以外にも充実している。

 工業区やドッグはそうでもないが、居住区と商業区では交通網があり各区画直通のエレベーターも存在する。今月詠女史と狼が乗っているエレベーターもその一つであるが、これは整備ドックから艦橋へ向かうエレベーターの一つで直通となっている。本来緊急用なのだがこの見た目幼い天才女史はその辺り気にしないらしい。

「しかしなんでこんな馬鹿でかい潜水艦なんぞ作ったんだ」

 今更な質問を月詠女史にぶつける。

「将来的に必要になるやもしれないからな、大は小を兼ねるで複数作るならいっそ一隻で済ませようとした幹部連中の思惑だ」

「最後本音出てるぞ」

「いや私自身もそれほど悪くはないと思っているんだ、どうせドイツとの共同船だしな。今は最終テスト中だから日本人しか乗船してないが本運用ではあっちの連中も乗船することになっている」

 金は両者出資の折半だし、現行の正式採用されている第二世代エンジンは月詠ラボ開発で企業としても投資のタイミングだったんだよ。と続けているとエレベーターが艦橋に到着する。

「単に本社の税金対策も含まれているのがこの船だよ日向君」

 ちょっと若い艦長がエレベーターの前で待機していた。

「なんでエレベーター内での会話が艦橋に筒抜けなのか、プライバシーは無いのか」

「私が通信機をオンにしてたんだよ、機密関係で申し訳ないね」

「まぁ、契約書にも書かれていたし船と機体のことに関してはプライバシー無しで納得したのは俺だけどよ…流石に部屋には無いよな?」

「無いよ、20代男性の部屋の盗聴とか私もしたくない」

 そのやり取りに艦長がコホンと軽く咳払いをして止める。

「PMCではあるが日本の民間企業だしな、その辺は法令順守させてもらっているよ」

「まぁプライバシーの観点だけは確かに」

 艦長の言葉に三上が振り向きもせずに補足を入れる。PMCの特性上勤務時間は無理だろうがその他は比較的守られているようだ。

「そもそも私の研究所からの広がった結果だからね、守秘義務は他より縛りがきついだけで傭兵的なものは他よりゆるゆるだよ」

 月詠女史のその発言に艦長以外のスタッフが首を縦に振ると、艦長が乾いた笑いこぼす。

「ま、まぁそんなところだよ」

「はぁ、ところで艦長の名前って何でしたっけ。船に乗ると同時にハンガー……この船だとドッグで統一だっけか、ドッグに缶詰してたから自己紹介すらしてなかった気がするんだが」

「あぁやっぱりしてなかったよね、僕は海原凪かいばらなぎ。出身は一応海洋自衛軍で最終階級は一佐だったよ」

「一佐ってエリートコースだった人が何故PMCに」

「最近ライン付近がきな臭くなってきたからねぇ、妻子ある身ゆえ安全を取ったつもりなんだが…」

 海原艦長の言葉の末尾がどんどん音量が下がりつつ、艦長席に目線を移動させる。その目線をなぞりよく見てみると写真立てが置いてあるのが見える、写真は今話しの中に出てきた妻子なのだろう。

 その様子を見て月詠女史が口を挟む。

「あら、私の船は安全じゃないと?」

「いえ、船の性能は知っていますしあのミサイルの直撃でも撃沈しないのは判っています…ですが」

「じゃあ民間人の認識のほうかしら」

「えぇ知識があるブリッジやドッグ詰めの人間は大丈夫ですが、本運用では多数の民間人が乗船することとなります」

「そうねぇ、まぁ最終的には慣れてもらうことになるけど考えておくわ」

「…自己紹介中だったんだが」

「ミサイルを迎撃した付近の海底が見えてきました」

 艦橋に上がってすぐ楽しい楽しい会話かんちょういじりをしていたのであまり気になっていなかったが、壁が耐圧シールドなどではなく通常のガラス――とは言え流石に耐圧・防弾機能は持っているだろうが――で被われており外の様子が一応見えるようになっていた。

「ただでさえ深海で、ついでに言えば船底側だからモニタに出しなさいよ」

「今からやりますよ女史…」

 呆れたような口調で三上さんが操作をし、艦橋上部に設置されている巨大モニタに外の様子を表示させた。ライトに照らされた海底が映るが弾頭は見当たらない。

「まぁまだ海底付近に着いたってだけですもの」

「なぁところで一つ質問なんだが」

 狼がモニタを見てやる気を出している霧巴に聴く。

「あら何かしら」

「艦橋に初めて入ったわけだが、深海なのにガラスが無事なのはどういうことなんだ?」

「それは単純、この船が精霊機関艦だからよ」

「つまり神様の力ってことでいいのか」

「そういうこと、まぁこの大きさになると流石に管理者はいるけどね。見てみたい?」

「見れるのか」

「当然よ、居住区画にある神社ですもの」

「神社…ってそんなのまであるのかこの船」

「そんなのってこの船の中核であり全てよ。もうちょっと敬いなさいな、航海の神様住吉三神すみよしさんじんなのに」

 霧巴のちょっと不満そうな声の直後に三上さんの声が挙がる。

「弾頭、発見できました」

 その声で全員モニタに視線を移す。モニタに映る弾頭はカメラなどが高性能なためか神様の力かはわからないが斬られた配線の斬れ筋まではっきりと映っている

「なんだこりゃ」

 弾頭部分に文字は書かれていた。だがそれは漢字、ハングル、キリル文字、英語、日本語と多岐にわたっており判別は難しいと思われた…が。

「なるほど、中国ね」

「へ、なんで」

「ふむ、女史の見解を聞こうか」

 狼の抜けた問いにかぶさるように海原艦長の声で霧巴は首を縦に振る。

「まぁ判ってる人には至極単純な話なのだけど、配線の組み方や溶接部付近の仕上げで推測は出来るのだけど…」

 そこで少し間をおいて霧巴は続ける。

「何より弾頭部以外の共通項目を探せばいいだけ」

 ほら。の一言と共にモニタに映る弾頭を指して説明を始める。

「この配線の文字、金具の規格表示…全部に共通するのは中国、中華人民共和国だけよ。隠蔽処置するなら最初から文字全部消しとけって話のずさんさね」

 そこで一つため息をした後。

「まぁ…隠蔽すらするつもりが無い、必要が無いという可能性も否定出来ないわけだけどね」

 霧巴のその言葉に反応してか三上が驚いた声を挙げる。

「尖閣方面を担当していたPMCの消息が途絶えたようです、その確認が関係各所に回ったと同時に…モニタに映します!」

 三上が手元のコンソールを操作すると先ほどの海底を映していたモニタに一人の男性が映り、中国語でなにやら叫んでいた。

「よって我々は歴史観を正すため日本に対し宣戦を布告するものとする、大義は我ら中華人民にあり」

 気を利かせてか霧巴が同時通訳で内容を訳したがその内容は先ほどの弾頭の出所の会話の『隠蔽するつもりが無い』という部分を補強するものであった。

「って宣戦布告かよ!?」

「のようね。まぁ前大戦の日本のような感じになったのか意図的なのかわからないけどあちらは宣戦布告前に攻撃をしたことになるわね」

「一応あれは政府間の見解で命令の行き違いじゃなかったか?」

「完全にそれには固定されてないわよ、とは言え負ければどうなるか判る状況での宣戦布告をしたのは確実…そして」

 一呼吸置いた後霧巴は艦橋クルー全員に聞こえるようにはっきりとした声で言った。

「戦争が始まったってことよ」

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