よせる、ゆだねる、あわせる

001 +-がんばる

「あーあ、宝くじでも当たんねえかな」


 目の前の宝くじ売り場をぼんやりと眺めながら、メザシは言った。


「そしたら学校行けるのに」


 メザシの言葉にわたしは一瞬耳を疑った。


「学校!? 何言ってんの?」


 そして、メザシが真顔なのに気づいた。


「メザシ、あんた学校行きたいの?」


「ちょっと。」


 苦虫を噛み潰したような顔を作ってメザシは答えた。



 わたしとメザシは原宿で会った。


 わたしは上京して一年半で東京のデザイン専門学校を辞めた『落ちこぼれ』だ。親の帰って親戚のツテの近所の会社で雑用をしないか、という誘いに、いつも「もうちょっと」と答えて、実家に帰らず、そのままズルズルと東京に居座っている。別に東京に居るからって、キャッチのお兄さんが歩いているくらいで、何があるって訳じゃないけど、それでも、帰るのは負けたみたいで嫌だった。……実際、すでに負けているけど。


 そんな毎日することもなく、人通りの多い通りをぶらついている生活の中にメザシはやって来た。平日、人がほとんど居ない原宿のデザインフェスタの小さな庭。わたしにはお湯としかわからない本格的らしいハーブティーを一人で飲んでいたのがメザシだった。その時のメザシは同じく、わたしとは別のデザイン学校を一ヵ月で辞めた超『落ちこぼれ』。似合わないハーブティーを一人で飲んでいるメザシはハッキリ言ってヘンだったけど、そこで何度か顔を会わせるうちに喋るようになっていた。



「結局、わたしたちってトモダチが居ないのよねえ」


「そうそう。」ニヤっと笑いながらうなずくメザシ。原宿もイベントも若手のデザイナー志望はたくさん居るけど、わたしたちの感覚とはちょっと違う気がする。スゴイ、と言われても、あまりそのスゴイがわからない。それとも、本当は、皆そうなのかも。結局、皆自分の作品が一番好きだからデザイナーとかになりたいわけだし。


「だけど、トモダチ欲しいから学校に行きたいわけじゃないけどな。」


「それじゃ、何なのよ?」


 ちょっと不機嫌にわたしはメザシの顔をにらむ。


「『学校なんてどこも同じ』ってよく言うじゃない。超落ちこぼれのメザシが何言ってるのよ?」


「確かに、超落ちこぼれ、だけどな」


と、今度は本気の苦笑いのメザシ。


「勉強したいんだよね、ちょっと」


「勉強したいって……」


 わたしはメザシの言葉にちょっと呆れて、少し納得した。


 メザシは学校で写真と映像の授業が授業カリキュラムから大幅に無くなったから辞めたと以前言っていた。わたしは先生とウマが合わず大喧嘩の末に辞めた、だけど。


「おまえは勉強したいとか、思わないの?」


 今度はメザシがわたしに聞いて来た。


「どうせ、また同じことだもん。っていうか、年齢的に学校入るの、ヤバイ気がする」


 でも、ちょっと言いわけ。


「……俺はさ、なんかテレビとか見てて、全然なにもわからないのが悔しくて」


 メザシは笑った。そういえば、やることの無いわたしたちは普段つまらないことに時間を使っている。メザシはテレビで流れてるミュージシャンのプロモーションビデオやCM、早朝に流れる意味の無い映像を溜め撮りして熱心に見ている。わたしは街にあふれている広告を集めてコラージュ、とか?


「だったら、雑誌とか買って調べればいいじゃない」


 自分でやってないことを言う。やってない、って言うかやり方がわからないだけ…なんて自分にいいわけ。


「でも、やっぱり学校の方が楽だろ?」


 買うべきものも、見るべきものも指定してくれる。


「だけど、きっとまた落ちこぼれるよ、きっと」


「だけど、『がんばる』って言葉を取ったら何も残らない今より安心できる気がする」


 ズキっときた。でも、口は勝手に「たぶん、それは学校でも同じだよ?」と言った。


 電話が鳴って、嫌でも出なくちゃならなくて、同じ言葉が聞こえて来て、理不尽にうるさいと思いながら、飽きた言葉を言うしかなくて「もうちょっと、がんばるよ」。でも、学校があったらもっと言いわけが楽かもね、なんてことも思う。


「おまえだって、ランク下げれば仕事は結構マジメなんだから就職できるんじゃないのか」


「イヤだって。ランク下げてるのがバレたら馬鹿にされそうっ」


「先生もクラスメイトもそんなこと、一々覚えてねえよ」


「…………わかってるけど、自分的に」


 たぶん、これも言いわけ。


 ならもっと「がんばれ」ば、とメザシは言って「あ。」と口をつぐむ。そんなメザシに笑いながら、なにげないように少し意識しながら話す。


「本当は、なんか、ずっと走りまくって、そのまま走ろうとしたらいきなりつまずいちゃって、疲れちゃって、ちょっと休むつもりで休んだら、ついつい休み過ぎちゃって、嫌なことばっかり思いついちゃって、こんなの自分じゃないとか思いつつ、今、だし。ランクとかじゃなくて」


 俺もそうだけど、とメザシが言う。


「でも、まだ諦めたわけじゃないし」


「まあ、でも、わたしもそうだよ。いつも狙ってるつもりだし」


 ただ、ぐるぐる回りすぎて、走り続ける方向がわからなくなってるけど。そういう時は、基本をもっと勉強した方が、やっぱりいいのかな。


「メザシ、置いて行ってもいいからね」


「金ができたらな」



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