ラブコメ時空に俺はいる
和真
プロローグ 失敗した失敗した失敗した
放課後の渡り廊下。燃えるような西日を照り返す、その黒髪。
冗談だろ、と思った。いやさすがにそれはあり得ない、常軌を逸していると何度か瞬きし、神にも祈る気持ちで前方を望んだ。
艶やかな長髪、すらりとした体躯、ドールを思わせる正確無比な目鼻立ち。率直に言って可愛い。いや、この場合は「綺麗」と言った方が正しいかもしれない。どこか冷ややかな印象を受ける細面は、じっと正面に向けられている。
彼女の名前は、
同じクラスかつ一目置かれている存在のため、入学してからわずか数日しか経っていない今でも、彼女の名前を思い出すことができた。
……ああ、何度見ても美人だな、と
思うが、先ほどから優弥の視線は、彼女の整った容姿より手前―― 何か見えない力によって吹き飛ばされている 数人の男子生徒へ向いていた。
正直言って、わけが分からない。黒宮が何事かを呟くたび、男子生徒はあらぬ方向に素っ飛んでいく。悪逆非道の黒宮が善良なる彼らを蹂躙している……というよりも、自分の方へ向かって来る男子を軽くあしらっているような構図だ。それ以外にこの奇異な光景をどう説明すれば良いのか、あいにく優弥には分からない。
「……ん?」
観察を続けていると、ある違和感に気付いた。彼らは、何か強い衝撃に突き飛ばされたというより、床に向かって自分の身体を投げ出しているようにも見える。男子生徒が「うわああっ!」と吹っ飛んでいく様は、場末の遊園地で行われているヒーローショーじみた不自然さが窺える。……少し、近づいてみようか。
「うげっ!」
潰れたカエルみたいに呻き、男子生徒(同じクラスの田中くんだったか?)が優弥の側まで転がってきた。
その首元に注視する。
銀の光沢を放つ、蒲鉾型の首輪。そこに繋がれている十字架のアクセサリーが目に入った。
まさか、と身震いする。
自分にも、そして黒宮にも――この私立蓮城学園に通う生徒全員が、この首輪を付けていた。正確には付けなければならないのだが、そんな小さなこと、優弥にとってはどうでもいい。
……まったく、何でこんなことになったのか。
(ただ俺は、ハーレムを作ろうと思っただけなのに……)
優弥は後悔の海に沈みながらも、ある噂を思い返していた。
そもそもこの学園は、恋愛に寛容と聞いていた。中学時代の惨めな自分と決別し、傲慢な女共を手中に収める――なんて呑気にも考えていた優弥は見落としていたのだ。
寛容であるということは、それを成立させるための厳重な備えがある。……詳細は秘匿されているとは言え、もう少し慎重に行動した方が良かったのかもしれない。これでは十中八九返り討ちに遭う。
「それで、どうするのですか?」
背後から、透き通るような女子生徒の声。振り返ると、あどけない顔に疑問の色が浮いていた。
「対策なら、ありますよ?」
甘い言葉が投げられる。……いや、今は慎重な行動が求められる。正体の分からないこいつに助力を乞うなど、愚の骨頂だ。
優弥は一瞬迷いつつも、首を横に振った。
「今はいい」
「……そうですか、残念です」
しゅんと顔を俯ける彼女から視線を転じ、黒宮を見据える。
最後の一人となった〈兵〉は、ぎゅるぎゅる錐もみ回転しながら床へ落ちた。
この場で立っているのは、優弥と黒宮だけになる。……後ろの変な奴は知らん。
「…………」
彼女の透徹した視線が優弥を射る。
……対策はない。
というか、そもそも情報が不足していた。
見たところ、黒宮にやられた男子生徒は大した損傷を受けていない。
それなら、あえて立ち向かうというのも手だろう。
敗北から学べるものは多い。有益な情報を得られると思えば、多少の痛みくらい受けても良かった。
そう考えた優弥は、眼前の黒宮に向けて一歩を踏み出す。
彼女の唇が開かれ――
「え?」
と、それだけしか言えなかった。自分の耳を疑うより早く、優弥は後ろに一、二メートルほど吹き飛ばされていた。
黒宮凛花の唇が、もう一度開く――。
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