美しい花瓶

キヅキノ希月

1

 あたしは醜い。

 手は綺麗なのだ。すらっとしていて指が長く、骨格はよい。いい手だ。しかし目は一重で、鼻は低く、とても地味な顔立ちをしている。

 あたしは車窓に映る自分の顔を見ながら再認識した。

 あたしは醜い。

 あたしは今年23になる。まさに女盛りだ。彼氏はいない。あたしだって彼氏の一人くらい欲しいのだ。しかしこの醜さの所為でそれが叶わない。

 整形するしかない、そう思っていた。

 あたしは常日頃、美容外科のホームページで、ビフォーアフターの画像をよく見ていた。大抵目と鼻をいじっていた。が、目と鼻をいじるだけでかなり大きな変化が得られるのは事実だった。あたしの目も、あたしの鼻も、いじり甲斐がありそうなつくりだった。これをいじれば、あたしだって変われて、新しい人生を歩める筈だ。確信していた。

 だからあたしは今お金を貯めている。仕事帰りの電車の中、ため息をついた。あたしは吊革につかまって電車に揺られていた。座り仕事とはいえ、事務作業は地味に疲れる。毎日Excelとにらめっこしているので、目が疲れるのだ。あたしは目を閉じ、一重のその目を左中指と親指で押さえた。今日は早く寝よう、そう思った。

 最寄駅から自転車を漕いで、部屋につくと21時を回っていた。あたしは夕食にパスタを茹でた。大体の量を掴み、鍋に入れる。足りなかったらいやだな、と思い、少しだけ足して鍋に入れた。

 茹で上がると、冷蔵庫からチーズのディップを出し、茹でたてのパスタにそれをかけ、和えた。アメリカ製のこのチーズのディップは温めの必要もなく、大入りだったのでたっぷりと絡めた。あたしはこれが大好きだった。ディップの瓶を冷蔵庫に戻した。あたしはパスタをテーブルに持っていくと、テレビの電源を入れた。テレビではダイエット特集の番組をやっていた。食べながらあたしはそれをぼんやりと観る。72kgから50kgに痩せた女の人の話題だった。「思い込みスリム美人ダイエット」と銘打っていたが、結局は自分をスリム美人と思い込むことにより食事制限をするう内容だった。食事制限ねえ・・・。それもいいけど変わるならやっぱり整形でしょ。あたしはパスタをぺろりとたいらげると、洗い物をキッチンへと運んだ。洗いながらあたしは考えた。あたしも整形すれば、あんな風になれるかな、と。

 あんな風、と考えながらあたしはある女の人を思い浮かべた。いつも朝、駅で会う女の人だ。その人は目が二重でぱっちりしており、鼻はすっと高く、口も程よい大きさで、とても整った顔立ちをしていた。勿論痩せていて、いつもヒールをこつこついわせて歩いていた。手はあたしと似たような手をしていて、そのネイルはいつも手入れされていた。こじゃれた指輪がよく似合っていた。あたしだって手は綺麗だ。洗い物を終えて濡れた手をタオルで拭きながらそう思った。手を見やる。綺麗だった。ネイルも指輪もしていなかった。そんなもの似つかわしい顔ではないのだ。

 あたしは既に日課となっている、整形のビフォーアフターの画像を見ることにした。これを毎日見ては、整形に向けて胸をときめかせていた。二重にするなら埋没法では物足りない。切開法にしようと思っていた。切開法の方がより大きな変化を得られるのだ。鼻は鼻中隔延長手術というものをやろうと思っていた。これはただプロテーゼをいれるたけよりもより高くでき、形を整えることができる、少し大がかりな手術だった。あの女の人のような顔になるのが夢だった。あの人はあたしの憧れそのものだった。

 あの人みたいになるには、あたしは痩せなければならなかった。あたしは細くはない。あの人は細い。あの人みたいになりたい。あたしは洗面所に行き、体重を測ってみた。あたしはそれを見て慄いた。64kgもあった。最近体重計には乗ってなくて、自分が何kgだかまったく知らなかった。や、痩せなければ。整形もやるけど痩せなきゃやっぱり駄目だ。あたしはさっき食べたばかりのパスタを後悔した。先ほどのテレビ番組を思い出した。スリム美人はあんな量のパスタは食べない。

 よし、とあたしは意気込んだ。今日はもう時すでに遅しなので、明日から食事を見直そう。極端に減らそう。そして10kgは痩せよう、そう思った。

 あたしはパソコンに戻ると「ダイエット 食事」で検索をかけた。様々な食事療法がヒットした。やはり軒並み低カロリーな食事にするようなことばかり書いてある。要はカロリーを摂らなければいいのだ。あたしはそう解釈した。簡単なことだ。食べなければいいのだ。問題はその空腹とどう戦うかだ。次にあたしは「ダイエット食品」で検索をかけた。低カロリー食品がずらっと出てきた。あたしはその中で、空腹を凌げそうな、おからでできたクッキーを見つけると、商品ページへ行き、カートにそれをいれ、清算した。これで空腹対策はばっちりである。あたしはもう痩せられる気しかしなかった。そこで時計を見たら22時を回っていた。今日は早く寝るんだった。そう思い、お風呂へと向かった。

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