第7話 お風呂失神事件:裸でバスタブに浮かんでいるのを助けた!

ホテルのコックさんの勤務は大変であった。シフト制で早番、遅番があるし、休みも週に2日ほどあるが、不規則でウィークデイが多い。土日に休みのこともあるが、疲れているようで、昼ごろまで寝ていることが多い。また、急に宴会が入って遅くなることも少なくなかった。


早番の時は、始発の電車に乗って出勤している。遅番では帰るのが終電に近いことも度々だった。それでも家事は休日にまとめてしてくれていたが、疲れているようなので、家事はできるだけ協力するようにして、負担のかからないようにした。


ただ、すれ違いが多くなり、一緒にいる時間が少なくなったので、会話ができなくて、ものたりない感じがする。久恵ちゃんがピリピリ、イライラしているのが分かる。


勤め始めて20日位経った遅番の日だった。会社から帰って、久恵ちゃんが作り置きしてくれた料理をレンジで温めて、一人ビールを飲みながらの夕食だ。以前の独身生活のパターンだが今は少し寂しい。後片付けをして、お風呂に入る。


このマンションの一番気に入っているはお風呂だ。バスタブが広くて、足が伸ばせて、ゆったりできる。湯温も自動調節で、熱めのお湯が好きだ。子供ころは箱型のガス風呂だった。こんなお風呂に入れるようになったんだと入る度に思う。


久恵ちゃんもお風呂が大好きだ。少し温めのお湯が好きみたいで、結構な長風呂になる。いつも心配になって「大丈夫」と声をかけている。


僕は会社から帰るとすぐに食事をして、その後、先にお風呂に入る。久恵ちゃんに先に入ってと勧めても「ママは必ずパパの後に入っていたから、私も後でいい」と、夜の会合で遅くなる時以外は先に入らない。古風なところがあるが、やはり母親ゆずりかもしれない。


本当は久恵ちゃんの後がいい。遅く帰った時、後に入ると、少し温めのお湯に久恵ちゃんのいい匂いがする。このお風呂がまた気持ちよくて幸せな気分になれる。


ソファーで横になってテレビを見ていると、11時ごろに帰宅した。「おかえり」と言うと「ただいま」と少し疲れたような声がする。


久恵ちゃんは夕食を大概賄いで済ませているので、そのまますぐにお風呂に入る。いつものように結構な長風呂だ。「大丈夫」と声をかけると「大丈夫」の返事があった。


それから、かなりの時間が経っても上がってこない。「大丈夫」と声をかけると今度は返事がない。大きな声で何度も声をかけるがやはり返事がない。


これはまずい思い「入るよ」といって、浴室のドアを開けると、久恵ちゃんがバスタブを枕に浮いている。


眠っているのか、気を失っているのか分からない。大声で「久恵ちゃん」と呼ぶと、目を閉じたまま「ううーん」という。


すぐに、抱きかかえて、バスタブから運び出す。慌てて足が滑って転びそうになるが、なんとか部屋まで運んだ。


布団が敷いてあったので、バスタオルを敷いてその上に身体を横たえた。バスタオルを何枚か探してきて、身体を拭いて身体を覆い、髪を拭いて頭に巻き付けた。


救急車を呼ぼうかと思ったが、息はしているし、呼ぶと「ううん」と返事はするので、少し様子を見ることにした。


頭を冷やさなければと、アイスノンを首の下へ入れ、額に氷水で冷やしたタオルを載せた。


その冷たさで目を開けた。最初はぼんやりしていたが、すぐに状況に気が付いたみたい。


「気が付いてよかった」


すぐにコップの水を飲ませた。


「お風呂で寝ていた?」


「寝ているみたいで浮かんでいた。早く気づいたから溺れなくてよかった」


「ありがとう、疲れていたので眠ったみたい」


「ゆっくり休んだら」


「うん、着替えるから」


すぐに部屋を出てきた。


しばらくして、やはり心配なので、ドアをノックする。


「大丈夫?もう寝てもいい?」


ドアの中から返事があった。


「もう大丈夫、本当にありがとう」


「びっくりしたよ、でもよかった、大丈夫そうで」


「パパ、私の裸見たでしょ」


「慌てていて、そんなゆとりは全くなかった。明日の朝、身体の調子を見て、仕事に行くか決めたらいい。おやすみ」


部屋に戻った。見ていないとは言ったが、慌ててはいたけど、本当はしっかり見てしまった。白い肌、細い腕、小さめの胸、ピンクの乳首、小さい茂み、すらっとした脚。かわいい身体が眼に焼き付いている。今夜はもう眠れそうもない。


翌朝、久恵ちゃんは「今日は遅番だけど、少し疲れているから1日仕事を休む」と言って、電話を入れていた。なんとかしてやりたいと思いながら遅めに出勤した。


◆ ◆ ◆

久恵ちゃんの最初の給料日にこちらから家事とお手当についての相談をした。就職して、扶養家族ではなくなったので、これからは、家事のお手当を廃止すること、共働きの家庭と同じように、久恵ちゃんに過度の負担がかからないように、僕も家事を分担することなどを提案した。


夕食は先に帰った方が準備する。朝食はそれぞれが作って食べて出勤する。洗濯は随時、それぞれが行う。洗濯物の取入れは、先に帰った方が行う。浴室の乾燥室は乾きが悪いので、衣料乾燥機を購入する。


自分の部屋は自分で掃除し、共通スペースはそれぞれが空いた時間に行う。食材などの買い出しはメールでお互い連絡する。久恵ちゃんは、食費と光熱水費の一部を負担する。問題があればその都度遠慮なく相談する。メールでの連絡を密にする。などなど。


「自立できるようにしてもらって本当にありがとうございます。本来ならば、アパートを借りてここをでなければいけないけど、今の給料では不十分なので、このまま住まわせて下さい。とてもありがたい提案でうれしいです」


「遠慮はいらないから、ずっとここにいてほしい」


「でもできるだけ家事はやります。だってここでは妻ということになっていることを忘れていないから」


「気にしないで無理しないこと。身体を壊したらもっと大変だ。できないときはできないと遠慮なく言ってくれればいい。久恵ちゃんが来る前は全部自分でやっていたので、全然平気だからね」


「ありがとう」


「もっと仕事を楽しんでほしい。今は仕事も家事も苦痛じゃないの。就職後の久恵ちゃんは少しピリピリ・イライラしているから分かる」


「家事が十分できていないのが申し訳なくて」


「できないのが当たり前だから」


「分かりました。もっと手抜きして提案に甘えることにします。でも家事をしたいんです」


「ありがとう、その気持ちだけで十分だから」


それから、ひとつお願いがあるという。初めての給料でベッドを買いたいとのことだった。友達の家へ遊びにいったら、ベッドがあって自分もほしくなったという。自分の部屋だから、何をおいても自由と言うと、次の休みの日に友達と買いに行った。


◆ ◆ ◆

しばらくして組立式のベッドが届いたが、組み立てを手伝ってほしいというので、2人して組み立てた。


足が延ばせるソファーがついていて、配置も変えられる大型なもので、組み立てに結構時間がかかった。


広めの部屋の1/3を占有するほど大きい。「一緒に寝てみて」と言われたが、後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。


もちろん、久恵ちゃんは、初めての給料でかわいい柄のネクタイをプレゼントしてくれることを忘れていなかった。うれしい。


この後、提案した家事の分担ができて、生活にリズムができてくると、久恵ちゃんのピリピリした感じが徐々に解消していった。


いろいろ話し合うことでまた少し距離が近くなった気がした。まあ、ここを出て行くとは言わなくて、正直ホッとした。このまま手の中においておきたい。

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