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卯月

『マヤ神話 ポポル・ヴフ』

A・レシーノス 原訳/D・リベラ 挿画/林屋はやしや永吉えいきち

『マヤ神話 ポポル・ヴフ』中公文庫 2016年4月25日3版発行


「何だ、お前、本読んでるのか」

 会社の昼休み、文庫本を開いていた私に、先輩が話しかけてきた。

「何の本だ?」

「『ポポル・ヴフ』です」

「――何だそれは」

 黙り込んだ先輩に、私は書店の紙カバーを外して、表紙を見せる。

「マヤ神話です。書店で表紙見て衝動買いしてしまいました。見てください、この『遺跡から出土した彩色土器に描かれていた』と言われても信じそうな絵!」

「……よくわからんが、お前的には物凄い褒め言葉なんだろうな」

 先輩が全く同意してなさそうなので、私は表紙をめくってカラー口絵も見せる。

「ディエゴ・リベラって画家はメキシコ画壇の巨匠だそうですが、言われなかったら現代の作品とは思えません。人体パーツがあちこちに散乱してたり、生贄いけにえの心臓から血が噴き出してたり、殺伐としたシーンを至極当然のように描くこの古代っぽさ!

 あ、私、中米マヤの知識はゼロですが、南米考古学の本は持ってまして。ナスカらへん、戦士が敵の首をぶらさげた絵柄の土器とか普通です」

「お、おう」

 引き気味の先輩の反応はさておき、更に本のページをめくり、そこに記された人名を見せる。

三島みしまです」

「――え、三島由紀夫ゆきお?」

「この本の初版が出た際に、書評で大絶賛したそうで、コレには三島の書評も収録されてます」

「……何か凄そう」

「でしょ? 楽しいですよ」

 ざっくりと背景を説明する。

「メキシコの南、グァテマラに昔あったキチェーという王国が、スペイン人に滅ぼされました。その後、スペイン語の読み書きを覚えたキチェー人が、スペイン語の文字を使って、キチェー語で、自分たちの神話を書き残したらしいです。Popol Vuhを直訳すると〝共同体コミュニティの書〟。第一部と第二部が世界の創成から神々の物語、第三部と第四部が人間たちの時代です。

 この本はスペイン語訳からの邦訳なんですが、原訳者紹介によるとレシーノスはグァテマラの元外務大臣で、大統領選で大敗したそうです」

「……いらん情報まで載ってる紹介だな。で、どんな話なんだ?」

「私が一番面白かったのは、第二部ですね。

 フン・フンアプフーとヴクブ・フンアプフーという兄弟の神がいました。弟は独身ですが、兄は結婚して息子が二人。このフン・フンアプフー兄弟はサイコロやゴムまりで一日中遊んでいて、兄の妻が死んだときも遊んでいました。奥さんは化けて出てもいいと思います」

「いきなり私情を挟むな」

「地下の国の主たちが、あいつら俺たちの頭上で遊んでいてうるさい、と立腹しました。地下で一緒に球戯をしよう、と騙して呼び寄せ、殺してしまいます」

「どんだけうるさかったんだ」

「本音は、ダメ兄弟が持っている立派な球戯道具一式が欲しかったんですが、彼らが自宅に置いてきたため入手できませんでした」

「ダメ夫っておい」

「似た名前が多いので、通称付けないと区別しにくいんですよ。

 地下の主たちがダメ夫の首を切って木に吊るすと、木に実がいっぱいりました。イシュキックという少女がその木を見に行くと、ダメ夫のしゃれこうべが少女のてのひらに唾を吐き、彼女は妊娠します」

「あくまでダメ夫なのか」

「イシュキックは父親に妊娠がばれ、家にいられなくなりました。

 ダメ夫の家ではダメ夫の母が、ダメ夫の息子フンバッツとフンチョウエンを育てていました。そこに身重の少女がやってきて、〈私はあなたの息子さんの嫁でございます。〉と挨拶。こんな昼ドラ展開、揉めないわけがありません」

「そりゃなぁ……」

「何はともあれ、イシュキックはフンアプフーとイシュバランケーという双子の息子を産みました。フンバッツとフンチョウエンから見ると異母弟ですが、彼らは弟二人が邪魔で、ことあるごとに殺そうとします。弟たちは、殺される前に兄二人を排除することにしました」

「さらりと怖いぞ」

「弟二人の策略で、兄二人は猿になってしまいました」

「怖くなかった」

「弟二人は先に家に帰ると、祖母に、兄たちが猿になってしまった、元に戻す方法はあるけれども笑ってはいけない、と言います。

 弟二人と祖母が、笛や太鼓を鳴らして歌っていると、森から猿が現れて踊ります。祖母はすぐに噴いてしまいました」


〈おばあさん。それご覧なさい、もう森へ行ってしまいましたよ。何てことをしてしまったのです。この試しは四度できるのですが、もうあと三度しかありませんよ。では、笛と歌で呼んでみましょう。でも、笑わないように、こらえてくださいよ。〉


「弟二人はまた猿を呼びますが、猿が踊りながら変な顔をするので、祖母は二度目、三度目も笑ってしまいます。四度目はもう、呼んでも猿が現れませんでした。

 私、ここ読むたびに、脳内に『デデーン、祖母、アウトー!』って声が聞こえて、バット持った人が横から出てくるんですよ」

「――お前は、メキシコとグァテマラの皆さんに謝れ」

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