第39話 【人伝に想いはいつか夢の様に -2- 】

 ―――その日の夜・柊蔀宅。


 蔀は数時間前に起きた、陵のインタビュー映像が頭をぎった。

 目の前のソファでくつろいでいる海鳴に、陵のあの言葉が伝わってしまったらと思うと居ても立っても居られない。海鳴に向かって「今すぐチャンネルを変えろ」と言っても無駄かもしれない。蔀はリモコンを握られたまま座る海鳴に、なんて声をかけていいのかわからずにいた。


「亜結樹も会ったことあるんだろ?」


「うん。始めの頃に何回か……」


 テレビに映っている陵をぼんやりと眺めながら、海鳴は亜結樹に語りかける。


「陵さん、司秋さんのことについて失言しちゃってんじゃん。組織の立ち上げメンバーの一人だってのに、大したこと言えてないなぁ……。亜結樹はどう思ってんの? この人のこと」


「うーん……あたしは直接会って会話したことないからよく知らないんだけど、なんか陵さんとは馬が合わなそうだなって……。本人が聞いたらがっかりするかもしれないけど」


「ははっ、そーだな」


 ふたりの会話を聞いてる側で、蔀は頭を悩ませていた。


「おい、海鳴……陵さんのインタビューを見る必要はないだろ」


「いいじゃん別に。何でそんなにムキになってんだよ」


「それは、だな……」


 蔀が口ごもっていると陵のインタビューは始まっていた。氷峰駈瑠の考えをあらわにした陵の言葉に亜結樹と海鳴は急に黙り込んでしまった。画面が切り替わり、CMに入ると二人は陵の言葉を復唱するように呟いた。


「愛だって……聞いた? 今の言葉」


「うん……」


 このCMが明けたら海鳴に対する問題発言が待ち構えている。蔀はもう一度海鳴を説得しようと声をかけようとするが――、


「ねえ、蔀さん……、ミネのお父さんはクローンにも愛を伝えたかったの?」


 亜結樹が突如口を開いて、蔀に話しかけてきた。亜結樹の発言に少々悩ましい表情を浮かべながら、蔀は言葉を返した。


「愛と言ってもいろいろな形があるだろうからな。俺は今すぐ答えを見出せない……。悪いな」


 ――この持論については司秋さんに直接会って話を聞きたいところだな……。


 蔀の返事に亜結樹はそのまま黙って下を向いてしまう。隣にいた海鳴がフォローしようとするが――、


「クローンっつても俺は陵さんのコピーで特殊な存在だし……って――!?」


 例の言葉を耳にして固まってしまった。手に持っていたリモコンを床に滑り落としたと同時に、蔀が困り果てたように頭を抱えていた。彼は陵の例の言葉を聞いてしまった。自分の存在意義を問い詰めた答えを聞いてしまった。


 ――《彼は違法な存在です》


「えっ……これ俺のことだよね……。どういうこと?」


 頭の中が真っ白になる。海鳴は自分の存在が違法として扱われていたことを、今ここで知った。


「海鳴? 大丈夫……?」


 目の焦点が合っていない海鳴の様子を見て、亜結樹はそっと声をかける。だが反応はなかった。


 そのまま海鳴は亜結樹の声を無視し、ソファからすっと立ち上がって蔀の方をしばし見つめた。鋭い眼光が蔀を直視する。海鳴は彼に一言こう呟いた。


「蔀さんは知ってたの? この事実」

「知ってたとして、すぐお前に話すと思うか?」

「……いいよ。わかったよ」


海鳴はそう言うとテレビの電源を切った。室内が急に無音になる。ふたりの緊迫した空気が流れる中、亜結樹はただ息を潜めていた。蔀の返事の言葉以上の意味を亜結樹は理解した。海鳴の淡々とした冷たい返事の意味も理解した。亜結樹はこのとき蔀がもともと海鳴の存在を遠ざけている気がしていると感じていた。海鳴も最初から彼のことをいけ好かない存在だって言っていたのを思い出す。互いの溝は深まるばかりだった。亜結樹は睨み合うふたりの様子を窺うも、身動きが取れずにいた。なにもすることができずにいた。


――海鳴……。蔀さん……。


「知るも何も陵さんが直接おおやけにしたことで、俺は内心焦っていたんだ。だからインタビューを見るなと……」


「陵さんが公にしたってことは、俺の秘密がバラされたってことだよね。俺も自分の秘密を知りたいと思うことは今まであった。けど、何でよりによってテレビで……」


 ――名前は明かされてないから今まで通り、学校にも行ける。けど――。

 ――違法な存在だってことは……俺、陵さんの何?

 ――なんのために生かされてるの?


「……インタビュー見たからなんだって言うんだよ! 俺は俺の存在理由を知りたかっただけだろがっ!」


 海鳴は蔀にそう叫ぶと彼の家を飛び出して行った。


「か、海鳴っ!!」


 亜結樹が海鳴に声をかけた束の間、ドアが勢いよく閉まった。閉まる音で一瞬ビクッとなり目を瞑ってしまう。彼はどこへ向かって行ったのだろう。蔀は「くそ!」と言って握りこぶしで食卓を叩いた。どうすればよかった。海鳴が陵のあの言葉を聞かなければこんな事態にはならなかったのに。


 蔀の様子を見ながら亜結樹は戸惑いを隠せずにいた。俯いていた蔀にこう呟いた。


「蔀さん……。海鳴の行くてなら多分、あたしわかる」


「……本当か?」


「あたし、行ってくる。海鳴探してくる!」


 そう言って亜結樹も蔀の家を出て行った。




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