第38話 【人伝に想いはいつか夢の様に -1- 】
―――数時間前。
「なんだか騒がしいな」
「いつもと雰囲気違いますね」
蔀と速水は食堂に入ると、総務の人たちが何やら揃いも揃って、食堂に集まっていた。先に席に座って食事をしているふたりの姿があった。戸室と潮崎は、組織の総務部で働いている。ふたりとも、蔀と速水が所属する部署とは違い、主に製造部が成長させて再生させた遺体やDNAのデータに不備が無いか最終確認を行い、一般向けにクローン人間を親近者などに照会する書類を作成しているという。イフクローンの所在はわかっていても、直接クローンの創造には関わっていない人達だ。潮崎については、三年前に蔀が海鳴を八束の所へ引き渡す際の許可を出すために、一度お世話になった人だった。
一人はカレー、もう一人はラーメンをすすりながら、壁上のテレビ画面を見つめていた。
「なに話すんですかねぇ。メディアに顔出すの初めてなんじゃないですか? あの人」
潮崎が不穏そうな表情を浮かべながら、会長代理である陵が何を語り出すのか気になっていた様子で、隣に座る戸室に話し掛けていた。
「あいつが、人前に出るなんてこと今まで無かったしなぁ……うちの組織も表向きは国家直属の再生医療を提供している団体ってことになってるけどね……」
「表向きは? あれ裏の話なんて僕知りませんよ……(知るの怖いなちょっと)」
戸室はスプーンを力なく握ったまま返事をした。彼の呟きに潮崎は内心怯えていた。
蔀と速水もテレビ画面に目を向けた。
――《続いては、キュプラモニウムの会長代理である陵莞爾さんに、キュプラモニウムの今後の動向についてお聞きしたいと思います。本日はどうぞよろしくお願いいたします》
女性キャスターが向かいの座席に座る陵の様子を窺いながら言う。画面の向こう側の彼は、特別不機嫌な態度ではなかった。テレビに出演する依頼を断らなかったのは言うまでもなく、柊司秋が彼に信頼を寄せているからだった。今まで会長であった柊司秋が持病で倒れたことが公になった途端、自分が代わりにテレビ出演することになったのは致し方ない。
陵はキャスターの言葉を予測していた。キャスターの口から語られることと言えば、陵のことよりも、初代会長の氷峰駈瑠のことや彼と近しい存在だった柊司秋の略歴だろう。陵は軽く会釈をすると、上っ面だけの薄汚い笑みを浮かべていた。
「はい、どうも。よろしくお願いします」
「まず初めに、三ヶ月前に病状が悪化してしまった柊司秋さんとの関係性についてお聞きしたいと思うのですが……彼とは氷峰氏と共に組織を立ち上げた仲でしたよね? 普段どんなお話をされて過ごされてるのでしょうか」
――
頭の中でわかっていたことだった。彼の素性を聞いたところでなにになるんだと思いつつ陵は答えた。
「彼と初めて会ったのは、僕が丁度まだ大学卒業したばかりの頃で、駈瑠さんの紹介で顔を合わすことになるんですけど、それはもう
陵は話し切ると咳払いをした。半分聞きづてならない愚痴をこぼしてしまったが、立て直して発言を締めくくった。聞き手であるキャスターも、彼の話し方に
「では、次に施設で生まれ育ったクローン人間についてお聞きしたいと思います。死者がキュプラモニウムの蘇生技術によって生み出されて再生された人間、つまりクローンとなって新たな人生を歩んでいくことについて、この技術の先駆者である貴方はどのような考えをお持ちですか?」
陵はその質問が欲しかったと言わんばかりに、その場で深くうなづいた。
――組織のモットーだよね。それ。どうして俺が氷峰駈瑠について行ったのか……。
「貴方は『死後の世界』を見たいと思ったことはありますか? 僕は再生技術を人体に応用する前に昆虫や、魚、あらゆる生物で実験を積み重ねてきました。そのとき思ったんです。生まれ変わるその瞬間に立ち会えた時、感動したんです。特に蝶の羽が生え変わる様子を見た時に、生命の誕生の瞬間を見て美しいと思いました。そして駈瑠さんは僕に言いました。その再生技術を死んだ人間にも応用できないかと……。駈瑠さんには常に僕の先を行く人でした……」
陵は自分の伝えたい理論のまだ半分も言えてなかった。一旦話すのをやめてテーブルに置かれた水に手を伸ばす。呼吸を整え続けて話す。
「生きている人間もクローンも命は皆平等にあるべきだと、誰しも普通は考えますよね。命の平等とあることについて駈瑠さんはクローン人間に対して掛け合わせた考えを持ちでした。それを聞かされた当時、僕には理解できなかったんです。」
「その考えとは? 一体何だったんです?」
キャスターが食い入るように相槌を打つと、陵は手を組みながら語りだした。
「クローン人間について思うことなんですが、簡潔に言えば『死ぬ為に何かをしなければ生きていけない』という使命感は持たざる終えない。その使命感は人間以外の猿や動物も同じです。ですが、目的そのものが『生きること』とはならないはずです。駈瑠さんは生きる目的をクローンに与えたんですよ。例えば『一生懸命生き抜くこと』には人間に何が必要と考えますか?」
陵はキャスターに問いかけると、彼女の視線を逸らす。そのままカメラの一点に集中して、不敵な笑みを浮かべながらこう断言した。
「『愛』です。駈瑠さんも同じことを、ある日仰いました……」
――それでも俺は、その考えに狂わされた彼自身が死ぬなんてこと、思いもしなかったんだよね……。
――海鳴のことを世間に知られるくらいなら……俺自身の手で――。
陵の最後の言葉を聞いたキャスターは、ほんの少しの間絶句してしまった。息を呑んで台本のページをめくって次の質問を投げかけようとすると、慌ててスタッフがカンペに『一旦CM』の文字を叩き出した。
――《そ、それでは一旦CMです》
画面越しの彼の言葉に絶句をしたのはキャスターだけではなかった。キュプラモニウムの施設内に居た組織の一員たちも、聞かされていなかった話だった。何の目的でクローン人間が生み出されているのか、今の現役世代の人たちには知らされていなかったことだった。
「あの……この話、戸室さんは知ってたんですよね?」
潮崎は食事をする手が静止したまま、隣に座る彼に声を掛けた。
「……半分ぐらいは知ってた、かな」
「どの辺りまで、ですか?」
「そりゃお前、陵と同じ時期に組織に入ってたんだから、柊さんのことは知ってたさー」
戸室はおもむろに口を開いた。彼の悠々たる態度に潮崎は口を尖らした。
二人の近くで同じようにテレビ画面を見ていた蔀と速水も、陵の語った氷峰駈瑠の理論を初めて聞いた。
「……速水、聞いたか? 今の言葉」
「ええ……」
蔀は陵の口から聞いた『愛』という言葉を疑っていた。
あれは彼の言葉ではない。氷峰駈瑠が言った持論であると信じることにした。
――だったら海鳴については、なにを
蔀はふとテレビに映る陵を凝視しながら、海鳴の存在について考えた。
「氷峰駈瑠がクローンに対して『愛』が必要という考えを、陵に伝えてあったということは、私も今ここで初めて知り得た事実です」
「彼は今まで俺たちに黙っていたんだな……」
「そうですね。……あ、まだ何か話すみたいですよ」
テレビのCMが明けて、再びインタビューが始まった。
キャスターが次の質問へ切り替えようとしたとき、陵は突如彼女の言葉を
――《クローンの存在についてですが、まだ続きがありまして……。先ほど述べたように、彼らが一度死んで蘇ったということは、死後の世界は彼ら自身の肉体が記憶しているかもしれない。僕は彼らを『生きた亡霊』と呼ぶにはそこに
陵はクローン人間となって成長していく彼らの生きる証は何であるかを問い
――《そして遺体から再生されたクローン達とは別に、僕自身の純粋なクローンがいるということも、今ここでお伝えしておかなければなりませんね》
女性キャスターは耳を疑った。
――《純粋なクローンというのは、つまり……》
――《ええ、僕のコピー人間が存在します》
――《それは、今現在生きている人間の完全なるコピー人間ですよね? 法律で禁じられているはずでは……》
――《そうですね、彼は違法な存在ですね。これ以上語ると組織の存続に関わるので終わりにしたいと思います。では――》
陵はそう言い切ると、席を立ってスタジオの外へと歩き始めた。
――《そ、それでは、一旦CMです!》
女性キャスターは慌てて、再びCM振りをして、画面から消えた陵の後を追った。
蔀は驚きを隠せずにいた。陵が公の場で海鳴を『違法な存在』と言い放った真意がわからず、言葉を失ってしまった。
「――っ……!」
――あの人は何を考えているんだ……!
「うわぁ、ぶつ切りじゃないすか……。終わっちゃいましたね、インタビュー」
潮崎が食器を返却口に置きながら、真っ暗な画面からCMに切り替わった画面を眺めて言った。
「何であいつこのタイミングで海鳴のことバラしたんだ?」
戸室が蔀の思っていたことを口にした。
「戸室さんでもわかりませんか……」
近くにいた速水が相槌を交わした。彼女の言葉に戸室は腕を組みながら深くうなづいた。
「さて、昼休憩は終わり終わりー。みんな持ち場に戻れー」
戸室はそう言いながら食器をさっさと片して食堂を去って行った。総務部の人たちは戸室に促され、ぞろぞろと食堂を出て行く。蔀と速水、二人だけ取り残されたところだった。
速水は言葉を見失っていた蔀に、なんて声をかけていいのかわからず、とりあえず「先に行ってます」とだけ伝えて彼のそばを離れた。
「…………」
――この事実を海鳴が知ったら、どうなるだろうか……。
――海鳴自身もきっとパニックになるかもしれない……。
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