第19話 【海での思い出作り】
海鳴と亜結樹はかき氷を食べながら、氷峰と八束が来るのを待っていた。
亜結樹は遠くに氷峰がいるのを見かけ、とっさに大声を出す。
「ミネ! ここだよー」
亜結樹の声に気付いた氷峰は亜結樹と海鳴のいる席まで歩いて行った。
後を追うように八束もついて行く。
「おい、なんか元気ねぇなァ海鳴」
そう言って八束は、亜結樹の隣に座っていた海鳴の頭を撫でる。
「別に……そんなこと……ないよ。てかいちいち髪の毛触んなっての」
「なーに、いつもは嫌がらないくせに」
「家と外は別なの! わかってねぇなぁ、もう」
からかうような声で八束は言い、海鳴は鬱陶しい態度の八束の相手を器用にこなす。二人のいちゃつきを傍観していた亜結樹は、海鳴との話を思い出す。
――『俺、まだあいつに話してねぇんだ、お前のこと……』
――海鳴はあたしと恋人同士だって言ってないから、八束さんから離れられないし……。
――あたしのこと、もし八束さんに知られたら、俺、どうなるんだろう……。
「亜結樹どうした? 具合でも悪いのか?」
氷峰の側でぼーっとしていた亜結樹に彼は、心配そうに声を掛けた。
「ううん、何でもないよ、大丈夫。ちょっとかき氷食べたら逆に頭痛くなっちゃったのかも」
「そっか。冷たいやつは頭にキーンって来るしな」
海鳴と八束は相変わらず言いたい放題言い合いをしていた。
氷峰はそれを制止するように口を挟んだ。
「なぁこの後四人で、花火どうだ?」
「あ? 花火? あんまし派手なのは嫌いだなァ」
「いいじゃん。面白そう。俺初めてだし」
「あたしも、初めてだよ。やってみたい!」
「よしじゃあ、駐車場までとりあえず戻ろう」
四人は海の家を後にし、二台のバイクが停車している場所へ歩いて行った。
歩いてる途中、氷峰と八束の顔の怪我の話になった。
「てか痛そう……。どしたの八束、その唇」
「うっせーな。海鳴には関係ねぇの。たまたま
「や、野郎?」
「ミネも大丈夫? 頬赤い」
「あーこれは暑さだぁ、暑くて日焼けしちゃったのかなぁ」
氷峰のぼかした言い方に、亜結樹はますます怪訝そうな顔をしてこう言い返した。
「八束さんと一緒になって喧嘩の相手したんでしょ?見りゃわかるよ」
「あーばれたか。正直に何でも話すなぁ、お前は」
そう言って氷峰は亜結樹の右肩に、とんと触れて自分の右肩に引き寄せた。
それを背後で見た八束は、氷峰と同様な手口で海鳴に向かって――
「かーいーめい!」
左肩に触れて自分の左肩に引き寄せた。
「何だよその言い方。てか、ちょ強引すぎだ……っての」
歩きながら、互いの恋苦しさは解放的に向かっているように思えた。だが、お互いに愛の行方は、氷峰と八束の過去の楔が解き放たれてからなのかもしれず――。
亜結樹は、八束の海鳴に対する態度が、憎みきれず少々怖がっていて、対する海鳴は、氷峰の態度に本心を見透かされていそうな気がしてならなかった。
***
バイクのトランクから花火を取り出す。
「俺線香花火しかやんねぇからな」
八束はそう言い出すと――
「わかったての。あと、これしか持ってきてねぇ」
氷峰の合図に答えるように手を差し出し、手持ち花火を受け取った。
氷峰は線香花火と、ススキ花火を取り出し、八束に渡した。
「八束さんて意外と派手なの嫌いなんですか?」
亜結樹は初めて、八束に声をかけてみる。内心恐れている所があるのだが、八束は亜結樹の問いかけに真面目に答えた。
「あぁ、意外っつうか俺、ビビリなだけだよ」
「え! そうなの!? エロスはあんなに狂気なのに、まじかよー」
海鳴がびっくりした表情で八束の答えに本気で返事をした。
「は? エロスが狂気とか言い方が変なんだよお前」
「実際そうじゃんか! こいつまじガツガツして来るしやり――!」
海鳴が八束に向かってまた言いたいことを言おうとしたその時――
「はいはいそこまでー。花火楽しもうぜ」
氷峰が海鳴の背後からススキ花火を噴射し始め、海鳴は花火の音に驚いてしまった。
「ちょ、ミネさん俺に向かって花火やらないでくださいよ! 危ないじゃないですか!」
「あー大丈夫。距離測ってるからー」
「そういう問題じゃあ!」
慌てふためく海鳴を余所に、氷峰はそのまま亜結樹にススキ花火を一本渡す。
亜結樹はススキ花火を氷峰から受け取り、氷峰の持つ花火にそれを近づけた。
花火同士が繋がり、亜結樹の手持ち花火にも火が着いた。
ざざーと音を立てながらススキ花火は輝いていた。
海鳴も亜結樹から火花を受け取りざざーっと音を立てながら花火は輝きだした。
「綺麗だろ?」
氷峰は手持ち花火を持ちながら亜結樹に話しかける。
「うん」
優しい声で言われ、輝くススキ花火を見ながら亜結樹は頷いた。
「すげぇ……こんなに眩しいんだ花火って」
海鳴は目をキラキラさせながら手持ち花火を握る手に汗をかいていた。初めての体験でドキドキしていた。
「俺は打ち上げする奴よりかこういう方が好きだ」
海鳴のその反応に八束はニヤニヤしながらそう返事をした。
「え? そうなの?」
「大勢で観る花火よりこういう奴見てる方が好きだって意味だ」
「ふーん……。なぁ――」
「あん? 何?」
ススキ花火の輝きが薄れて火が消えると同時に、海鳴は亜結樹との会話を思い出して口を開いた。
「いや、帰ってから俺、八束に話したいことあんだ。それだけ」
「何だよ話したいことって。今言えよ」
「いや家で、二人だけで話したいことあっから」
「……」
深刻そうな顔で海鳴は八束にそう告げた。八束はいつもと違う海鳴に無言で線香花火を渡す。海鳴は八束が無口になったことに不思議そうな顔で彼を見つめる。
「こっちは静かにしてねぇとすぐ消えっからな」
「……あ、うん」
「ミネ、火貸して」
「ああ」
氷峰は二人が持っている線香花火の先端にライターを当てた。
さっきの花火と違ってこっちは静かにパチパチとなり始めた。
橙色の玉が徐々に大きくなり、玉の周囲で枝の様な模様を散りばめていた。
「亜結樹もやってみるか?」
「うん」
四人は二台のバイクの目の前でしゃがみ込み、陣を組んで線香花火を楽しんでいた。
「てかやる場所違くね?」
「やり始めてから言うなよ。浜辺でやるよりかはマシじゃないのか? なぁ?」
「お、俺に聞かないでくださいよ」
「あたしもわかんない」
小声で四人は線香花火を眺めながら会話を繰り広げ、花火が落ちる瞬間――
「あ……落ちた」
「こういう花火もあるんだね」
亜結樹と海鳴は静かにそう呟いた。すると八束が――
「なんかお前らが花火やるとさァ……なんか違うこと連想してねぇか?」
両腕を摩りながら凍えるような仕草を見せびらかした。
それを見た氷峰が相槌を打った。
「俺らより考え方が一捻り違う気がすっからな…特に海鳴はな…」
そう言って氷峰は海鳴を冷めた目で見つめた。
「別に……」
海鳴はそう呟き焦げた線香花火を、バイクのトランクの中にあるゴミ袋へ入れた。
「なんか知りたいこと増えた気がする」
「ん? 知りたいこと?」
亜結樹の突然の呟きに氷峰は耳を傾ける。
「いや、ミネの事もだけど……ミネと八束さんの関係がさ……」
――知りたい怖さ。あたしと海鳴は持っている気がして。
――自分の過去を――出生を知らないことと似ている怖さ。
――だからこそ、あたしと海鳴は互いのパートナーの過去を清算できる存在になりたいんだ、きっと……。
「俺と八束のことはあんまり気にしないでくれねぇか? ……って言っても無理か」
「気になることは気になる。でもすぐに答えなくていいから!」
「そういうところが気が強いんだよな、お前は」
氷峰はそう言って、亜結樹の頭をポンと軽く叩いた。
亜結樹はドキドキして、改めて氷峰の最初の口づけを急に思い出してしまった。
「……や、八束さんと海鳴の関係ってなんかすごそうだよね」
「は? 関係がすごそう? ……っははは」
亜結樹のおどおどした言い方に、氷峰は数秒経ってから大笑いした。
「あぁ、そうなんだろうな。俺はお前をまだそんな風には――!」
氷峰がそう言いかけると、亜結樹は咄嗟に彼の両手首を掴み――
「あ、あたしだって……いや、俺もいつかは……!」
「亜結樹……」
――今自分のこと俺って言ったな……。亜結樹の方からこういうアプローチされたのは初めてかもな……。
――俺がそういう気持ちにさせたってことなのか。
「あ、この花火でラストだぜー」
八束が空気を読まずにススキ花火を四本取り出し、バイクのトランクを思いっきり閉めた。物音に気付いた氷峰は亜結樹の手をそっと離した。そして八束の方まで歩きながら返事をした。
「そっか。じゃあ、それ終わったら帰るか」
「オッケー。ほら海鳴」
「ん……」
「……」
亜結樹は三人のやり取りを少し距離を置いて眺めていた。
自分は、やはり女の子として三人と接すればいいのか、このとき迷いが生まれた。
氷峰といる時は俺と言う事ができる自分がいて、複雑な思いでいた。
「どした? 亜結樹、ほら」
海鳴が近づいてきてススキ花火を手渡しに来てくれた。
「う、うん……。ありがとう」
――海鳴のこの優しさは、八束さんの為にあって……。
――あたしの為じゃないんだ。そう……だってあたしは――。
――俺として氷峰と付き合いたいから。
「やっぱ眩しいなーこの花火」
「あははっ打ち上げ花火見るより全然楽しいし!」
「どっちも綺麗だけどなー。なぁ?」
「……うん。線香花火よりこっちが好きかも」
「そっか」
四人は花火を終えるとバイクに乗る準備をした。
「
「は? 俺の兄貴になにあげんだよ」
「内緒」
「あははっ八束に秘密作るんだ、ミネさんって」
「秘密か……」
「秘密……」
海鳴の何気ない一言に氷峰と亜結樹は、ヘルメットをかぶりながら考え込んでしまった。
月明かりに照らされながら二台のバイクは海沿いを走り出した。
花火を上げて、夜空を眺めながら四人は再びバイクで
だが、四人の関係はまだまだ燻る予感がするのだろう。
氷峰はふと夜空を見上げ、
そして允桧が書き残していったホワイトボードの落書きも思い出した。
SAで蔀へのお土産を買った。どれでも良いとか、なんでも良いとか言いそうだ。
大したわけではないが、あいつは心の奥底で土産を期待している。そういう男だ。
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