紙上の銀河

春夢桂一

紙上の銀河

 窓から差し込んでいた光が、だんだんと赤みを帯びていく。

あともうちょいで読み終わるから、と急いて文を追ってはみたものの、やはり真っ暗になる方が随分と早かった。

仕方なくいったん本を閉じ、スイッチを手探りで探す。


 今読んでいる本は、引きこもりで根暗の主人公が、幼馴染みの女の子や周りの人の協力を得て、社会に復帰していく話である。

あまり見ないシチュエーションだし、幼馴染みの子は本気で主人公のためにいろいろしてくれるいい子だし、いくつもの壁や非難を乗り越えていく主人公の成長に感心したりして、気付けばお昼からずっと物語に没頭していた。


 やっとスイッチに手が触れる。

ライトが何度か激しく明滅し、思わず目を瞑る。

暗闇に慣れていた目に、眩しい光は酷だ。


 薄目で閉じたばかりの本をまた開く。

残りが二十ページくらいしかないし、宣伝やら後書きやらのスペースも考えると、既にクライマックス。

もう一、二枚ページを捲るだけで、この物語は終わってしまうのだろう。

久しぶりにこんな没入感のある小説に出会えたから、少し名残惜しい。

だけども、もちろん読まないというわけにもいかない。

せめて心に刻み込むように、大切に読もう。

意を決してページを捲る。


 ……えっ!?

んー……あぁ、そっかぁ。

この二人結婚するのか。

いや、まさか主人公の方からプロポーズするなんて。

前半はあんなに消極的だったのになぁ。

もうこんなの幸せに決まってるでしょ。

この二人はいろいろな経験したし、大抵の事も協力して乗り越えていけるだろう。

ちょっと妬けるなぁ……。

しばらく余韻に浸りたいし、筆者の後書きは後で読もう。


 本を閉じ、乱れた装丁を正す。

本棚に閉まっておこうとしたが、見た感じ空きがなさそうだし、机の上にそのまま置いた。

ずっと本を読んでいたからか、目の疲れが酷い。

開けているのも辛く、ベッドに横になって目を閉じた。


 物語のいろんなシーンが瞼の裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。

そのうち、だんだんと物語の主人公が、主人公の顔が、場所が、幼馴染みが、見知ったものに変わっていくのに気付いて、はっと目を開けた。


 ライトと直に目を合わせることになったが、今度は鋭く見つめ返し、一言だけ呟く。

声に出していたか、心中に収めていたかどうかはわからない。

どちらにせよ、聞いていた人がいないのだから、呟いていないのと同じだ。

だから、呟いた言葉はしばらくその辺りをさ迷ったあと、やがて自分のところに戻ってくる。


 自分はいつになったら外に出られるのだろうか、ってね。

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