シニガミ少女はアクマくんに恋をする!!

水谷りさ

おはようございます、佐和様

  ママがどこかに行っちゃう。

  待って。どこに行くの?


「ママはシニガミ・・・・を探しに行くね。あとはシキガミに任せるわ。大丈夫。佐和さわを独りぼっちにはしないから」


  待ってってば! ママ!


「じゃあね、佐和」

「ママ……!」


  遠ざかる後ろ姿。置いていかれる私。

  ひとりで立ちすくみ、その揺らぐ影を見つめる。


  ねえママ……あとはシキガミに任せるってどういうこと? シキガミって何?

  私を置いて、どこに行くの?




 ☆★☆★☆★☆★




  気持ちのいい朝。私のまぶたを裏側から照らす優しい日の光。


「ふぁー……ん、んん」


  大きく伸びをして起き上がる。

  ……よく寝たぁ。今、何時?

  ふと枕元の時計を見て、固まる。


「7時……さんじゅ……さんじゅう……ろく、ふん」


  ふわ……時計、壊れてる。


「ママー。今、何時ー?」


  私は寝ぼけなまこで下の階にいるママに尋ねた。でも返事はなし。声、聞こえてないのかな?


  よいしょっとベッドを降り、まだ眠い目をこすりながら、手探りで携帯を手繰り寄せる。

  携帯の液晶画面いっぱいに映る4つの数字。


「ゼロ……ナナ……サン……ナナ……ふわ」


  これも壊れて……る?


「………………」


  ダッダッダッ。

  勢いよく階段をかけ降りる。


「ママー!?」


  ダイニングに降りると、そこは美味しそうな匂いでいっぱいだった。だし巻き玉子のふわっと優しい匂い。ふわー、幸せ……。


  じゃ、なくて‼


「ママ、急に料理なんてどうしちゃった……の……ふわ、わ!? え!?」


  キッチンでフライパンを持つエプロン姿のその人は、私の声に振り返った。


「だ、誰ですか!?」


  私は叫んだ。


「………………」


  その人はぱちぱちとまばたきをしたあと、フライパンを置いて、ついでに火も止めた。そして、静かに微笑む。


「おはようございます、佐和様」


  ……ふわ。佐和……様?

  私をじっと見つめてくるその人。

  ……まつげが長いな。それから髪も長い。腰まであるさらさらの絹のような黒髪。うらやましいぐらい綺麗な髪だ。


「朝食の準備はできています」


  うやうやしく頭を下げてエプロンを外したその人は、ダイニングのテーブルまで歩いていって椅子を引いた。


「どうぞ」

「どうぞって……?」


  テーブルにはひとり分の料理が並べられていた。つやつやしたご飯と、豆腐とワカメのお味噌汁、焼き魚、ホウレン草の和え物、しらすと海老のサラダ。

  ふわー……美味しそう……。

  湯気が揺らいでいるお椀から味噌の匂いが立ち上って、温かく私を包む。


「ふわあ……」


  私はその匂いに引き寄せられて……ハッとなった。


「時間!!」


  ダイニングの壁に掛けられた時計の針が指していたのは7時48分。いつも私が乗る電車の時間が7時45分。学校の始業時間が8時30分。そして学校までは電車で20分。駅から学校まで徒歩。

  寝起きのぼーっとする頭で必死に逆算する。

  ………………。


「……遅刻!?」


  のんびり朝ご飯食べてる時間なんてない!


  私はさっきかけ降りてきた階段を今度はドタバタと上り、自分の部屋でハンガーに掛かっていた制服に急いで着替える。カバンを引ったくるようにつかみ、下に降りる。


「佐和様」


  階段の下でさっきの人が何かを差し出してきた。


「これを」


  急いでいた私はちっとも頭が回らず、素直にそれを受け取って玄関に向かった。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃいませ、佐和様」


  丁寧に頭を下げるその人。綺麗な髪がさらさらと肩から流れた。


「遅刻しちゃう……!」


  腕時計を見ながら、私は全速力で駅まで走った。




 ☆★☆★☆★☆★




  ガラッ。


  勢いよく教室の扉を開ける。


  ドンッ。


  何かに頭をぶつけた。顔を上げると、目の前に男の子が立っていた。


「ふわっ、ご、ごめんなさい!」

「……大丈夫?」


  ……あれ、この声は。


種村たねむらさん、走ってきたの?」

「あ、うん……」


  ふわあ……恥ずかしい。こんなところ見られるなんて……!


  背が高くて、髪の色は明るい茶色。目の色がすごく薄く透き通って見えて、その瞳には優しい光がにじんでいる。

  阿隈零あくまれいくん。クラスの学級委員。

  彼はふっと笑った。


「まだチャイム鳴ってないから、セーフだよ」

「ほんとっ?よかったあ……」


  私はほっと胸を撫で下ろす。

  彼が少し目を細めた。

 

「なんか種村さん、今日はいつもと違うね」

「え? そうかな」

「うん、なんか……」


  阿隈くんが何かを言いかけ、不思議に思って首を傾げたそのとき。


「佐和ー! 何してたのぉ、心配したでしょー!?」


  後ろからぎゅっと抱きつかれた。

  ふわ、苦しい。


のぞみちゃーん。苦しいよー」

「いつまで経っても来ないから、学校に来る途中に迷子にでもなったのかと思った! ほんっと佐和はどんくさいから!」


  そう言って希ちゃんはぎゅうぎゅう私を締め付けてくる。


「迷子じゃなきゃ電車を乗り過ごしたか、それかお菓子くれる怪しい人についていっちゃったか、とにかく油断ならないからさぁ心配で心配で」


  希ちゃんはいつもすごく過保護だ。私があまりにどんくさいかららしい。でもさすがにお菓子につられたりしないんだけどなぁ。もしかして希ちゃんは私のことを犬か何かだと思ってるのかもしれない。


「ほらほら希、それぐらいにしときな。笑われてるよ」


  クールに希ちゃんを制す声。その子に元気よく挨拶する。


咲良さくらちゃん、おはよう!」


  咲良ちゃんの言葉通り、さっきから彼が苦笑のような笑みを浮かべていた。

  希ちゃんを私から引き剥がしながら、咲良ちゃんはクスッと笑った。


「それにしても佐和、さすがにその髪はねぇ。くしでといてないでしょ」

「……えっとね、だってね」

「佐和?」

「はい、といてないです」

「正直でよろしい」

 

  165センチ以上ある長身の咲良ちゃんは、ショートカットが似合うモデルみたいな美少女だ。しっかり者のお姉さんみたいな子。

 

  私は自分の髪の毛を見る。寝癖も直してない。いつもは三つ編みにするけど、今日は時間がなかったから起きたときのまま。


「……わかった」

「ん? 何が?」


  希ちゃんが、無理矢理引き剥がされたせいか不満そうな顔のままこっちを見た。


「さっき阿隈あくまくんが、いつもと違うって言ってたの……たぶん髪下ろしてるからだね」


  いつもやっているみたいに自分の髪をふたつに分けて見せる。

  でも彼はうーんと言って、首をひねった。


「そうかもしれないけど……なんか」

「……違うの?」

「見た目っていうより不思議な匂いが……する?」

「……ふわ?」


  私は自分の腕や肩の匂いをくんくんかぐ。


「いつも通り甘い匂いしかしないよー」

「の、希ちゃん、顔が近いよ」


  いつの間にか希ちゃんまで私の匂いをかいでる。


「佐和っていつも、ケーキみたいな甘い匂いがするんだよね」

「希はちょっと発言を控えなさい。危ない人に見えるよ」

「いやいや! 私、佐和がいればもう他人の目なんてどうでもいいから! 佐和以外に興味ないから!」

「だ・か・ら」


  咲良ちゃんは呆れ顔。


「ごめんね。俺が変なこと言ったせいで。勘違い、だったかもしれない」


  阿隈くんが申し訳なさそうに言った。

  でも私はにこっと笑って首を振る。


「ううん。あのね、私、阿隈くんと朝から話せて嬉しかったよ」

「……あ、うん」


  阿隈くんは曖昧にうなずいて視線をそらした。顔がわずかに赤い。


  そのあと、なぜか不機嫌になってしまった希ちゃんを咲良ちゃんが必死になだめたところでチャイムが鳴った。

 

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