25:「むっ、ムリやぁ~~っ! ウチ露出狂になってまう!」
「えっ、ええええ~~~~っ!?」
モエカは飛び上がらんばかりに驚いた。
「いやいや、モモさんそれはないですよ」
たしか、モエカが「失恋した」と言っていたとき、美術室から出てきたばかりだった。きっと、その時美術室にいた男子生徒の誰かが、意中の相手なんだろう。
ということを、説明した。
「なぁんだ~、つまんないのっ。ほんとにそうなの、モエカちゃん?」
「は、はい。ウチ、美術部なんですけど、部に気になる人がいて……」
もじもじっ、とモエカは人差し指どうしを突っついた。
「とにかく、いいよ。ちゃんとメイクしたら、きっと自信もつくわ。もうすでに、充分かわいいと思うけどね……?」
「いっ、いやいやっ、そないなこと……! ウチなんて、ぜんぜん……師匠のおかげで、やっと少しマシになっただけでっ」
「はいはいはいはいっ、自虐乙!」
と言って、モモさんはモエカを鏡の前に案内した。俺とエッチは、両脇からそれを見守る形。
「いいかな? いくよ~。まず、お肌の下地を作ってぇ~っ」
「こ、こないですか?」
「そうそう、上手いじゃない。フフフッ、じゃあ次は目元ね。ここをこうして、目の堀を深くして、目を大きく見せてぇ~……あと、まつげをクルンってカールさせてぇ……んで、くちびるをこう、うるうるってやって……」
「ふんふん……!」
モエカは、熱心に鏡に見入って手を動かした。そして……
「ハイっ、できたぁ~~~~~っ! ウ~ン、超カワイイっ!」
「こ、これが……ウチっ!?」
モエカは、鏡の前で自分の顔にペタペタ触れていた。
「おおっ、すごいな……!」
「エッチです。これは、見違えましたね」
全員が口をそろえて褒め称える。
それはそうだろう。
目が大きくキラキラ輝き、まるで少女マンガの主人公みたいだ。何をどうすれば、ここまで変身できるのかは知らないが……。
「うんうん、これだけかわいけりゃぁどんな男の子だってイチコロよ! 良かったわね、これで勝ったわよ、モエカちゃん!」
バンバンっ、とモエカの肩をたたくモモさん。
「す、すごいです……ウチやないみたいっ……! で、でも、ウチ……こないな格好で、ホンマに外出れるんかな?」
「「は?」」
俺とモモさんがハモった。
「何言ってるのよ。こんなに可愛くて外出れないなら、世の女の9割は引きこもりになっちゃうわよ!?」
「モモさんの言うとおりだよ、モエカ。今ならたぶん、学校のやつだって、その辺の通行人だって、10人中10人は振り向くぞ」
「エッチです。モエカさん、そうネガティブにならないでください。きっと、貴方を可愛いと思ってくれる方は、たくさんいますよ」
「そ、そないなこと……! やっぱりウチ、ぜんぜん自信持てへん……今まで、ずっと地味な子で通っとったんやもん! そんなすぐ変われへんよぉ~~~っ……!」
モエカは、カクンと頭を垂れた。
う~ん、思ったより重症だな、これは。
ちょっとばかし、荒療治が必要かもしれない。
「……よし、分かった!」
「何が分かったの、少年?」
「今から、外行きましょう、外! 実際に、試してみればいいんです、試せば!」
――というわけで、俺たち合計四人は、土曜の午後の街に繰り出す。
……いや、どちらかというと、「三人と一人」というのが正しい。
「~~~~~~っ……!」
髪を上げて、スカートを上げて。体のラインをぴったりと出し、少女マンガばりのキラキラフェイスを晒し。モエカは、街角に所在なげに立っていた。彼女の周囲を、都会の忙しげな通行人たちが次々通り過ぎていく。
「エッチです。彼女の心に、相当な葛藤と不安が感じ取れます」
「でしょうね……まぁ、一目瞭然ですけど」
「ププププッ、あんなにあたふたしちゃってカワイイ~っ。堂々としてるよりも、あのほうがかえってカワイイかもね」
「た、確かに……」
などと、俺たち三人は少し離れた所に隠れつつ、好き勝手にモエカを論評していた。
「人波にもまれて、少しは他人から見られるのに慣れるといいんですけど」
明らかに、今のモエカは可愛い。
足早に通り過ぎていく人でさえ、必ずチラッとモエカの様子を見ていく。モエカは、そんな視線でさえビビって、口元をあわあわさせていたが。
「う~ん……あんなんで、よく今までやってこれたわねぇ、あの子。学校とかでは、どうしてるの?」
「いえ、学校では、めちゃくちゃ地味な格好だったんですよ。もう、髪はぼさっと垂らしっぱなし、だっさいメガネかけてだぶだぶのカーディガンって感じで。俺がいろいろ相談に乗ったからああいう格好ですけど、でも、未だに学校じゃ、もとの地味な格好のままなんですよ?」
「ふぅ~~~ん、へぇ~~~っ……。なんだか、他の人から見られるのが、怖くてしょうがないみたいねぇ?」
モモさんは、しゃがんで頬杖を着いた。ぶーっ、とくちびるを突き出し、
「あんな可愛いのに活用しないだなんて、もったいないわよ。もし私が学生時代ああだったら……ブツブツブツブツ」
唐突に、モモさんは暗黒面に堕ちた。
とりあえず放っておくとして……。
「エッチ、どう思う?」
「エッチです。彼女の心の中の『歪み』を解消して差し上げれば、貴方は大きな他者奉仕をなさったことになります。無理がない程度に、羞恥の克服を薦めます」
「そっか……。そうですよね、やっぱ」
「ちょっと二人ともぉっ! 私の羞恥も克服してよ~っ!」
「モモさんにその手の羞恥心なんてないでしょっ!?」
モモさんを半ば無視し、携帯でモエカと連絡を取る。
「あ、もしもしモエカ?もう、そこはいいや」
『ほ、ホンマぁ!? ウチ、もう帰ってええんっ!?』
瞬く間に、モエカの声が弾む。が、俺は容赦しないっ!
「ダメだ。たかが交差点じゃあ、まだまだ足りない。みんな、通り過ぎてっちゃうだけだからな。次は駅前だぞ」
『えええぇ~~~~~~っ! んな殺生なぁっ!』
いやがるモエカを、地下鉄虎ノ門駅の入り口前に放置し、俺たちは遠くでそれを観察した。
「ううぅっ、あぁぁ! みんなぁ~~~~っ!」
とか叫んでいたが、ともかく、わが子を千尋の谷に突き落とすような気持ちで置いてきたのである。
「……なんだか、もっと心細そうになってるな」
「エッチです。駅前ですから、通常の道より立ち止まる方が多いですね。その分、モエカさんにより多くの、視線が注がれています」
確かに、足を止めてまでモエカをじろじろ見ているのが、男女問わずいた。俺は、モエカに電話をかける。
「モエカ。座ってると、足のラインがあんまり見えないぞ。せっかくスカート短くしたんだし、立ってたほうがみんなからよく見える。立ってくれ」
モエカは、太ももの辺りに両手を置いて、隠すようにしていたのだ。
『むっ、ムリやぁ~~~~~っ! こんなんで立って、足見せるなんて……ウチ露出狂になってまう!』
「安心しろ、女子高生はどうせみんな露出狂だ! それと、猫背になっちゃダメだぞ。なんでもいいけど、顔を上げて、それからちょっと可愛いポーズでもしてヒマそうにしてろ。みんないっぱい見てくれるからな」
『ふわぁ~~~~~んっ!!』
悲鳴を無視し、電話をガチャ切りする。モエカは仕方なく、立ちあがっていた。
「け、けっこうえげつないわね。少年……」
「これも、モエカのためですから」
見れば、彼女はカーディガンの袖を手のひらの辺りまで持ってきて(いわゆる『萌え袖』)、不安げに辺りをキョロキョロしていた。まるで迷子だ。
「ヤダ~っ、なにあれっ! 不思議の国のアリスちゃんみたいで超カワイイわっ」
「ですね」
まったく、あれだけ可愛くて何で自信がないのか――と、考えていた時、異変が起こる。
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