デスマスク職人の男

三月兎@明神みつき

デスマスク職人の男

 デスマスクというものをご存知だろうか。

日本ではあまり馴染みの無いものだが、死者の顔を型どりし、そこから複製する。

死者の思い出などを遺す手段の一つだが、最近ではあまり作られることもないらしく、その認知度と比例して需要も少ない。

 しかしどこかにはそれを作る人間がいるもので、私のとある知人がそれである。

石膏像を作っている芸術家なのだが、道具も揃っていることだしと、結婚した後に、気味が悪いと何度も言う妻の言葉を無視し、わずかでもの副収入として、その制作も始めたそうだ。


 その知人は数年ばかりアトリエを離れていたのだが、つい先日戻ってきたという。

それを聞いた私は、久しく会っていなかった彼を訪ねることにした。


「お久しぶりです」

 私を出迎えた彼は、数年前と変わらず、丁寧な口調で、腰の低い大人しげな様子だった。変わったところと言えば、少しやつれたように見えるところだろうか。

「こちらこそ。思ったより早く戻られましたね」

「お陰さまで。妻にも、早く会いたかったものですから」

 微笑を浮かべながら、彼は作業台の正面に目をやる。

そこには、数年前に亡くなった彼の妻のデスマスクがあった。

「残っていたんですね」

「いえ。あれは二つ目です。型があれば、複製できますから」

「なるほど。お仕事のほうは?」

「私はこれしか能がないですし、今さら勤め人になるのも無理だと思います」

「名前は売れましたがね」

 彼の顔が、一瞬ひきつった。

「……失礼しました」

「いえ、いいんですよ」

 彼は悲しげな顔をし、独りごちるように言葉を続けた。

「妻は美人でしたが、一度怒ると酷く顔を歪めましてね。見ていてとても辛かったんですよ」

 そうこぼし、微笑を浮かべながら、そのデスマスクの方を向き、言った。

「でも、今はこうして、美しいままの彼女が見てくれていますからね。このアトリエにいることが幸せですよ」


 その後、彼と少しばかり言葉を交わし、辞去することにした。

帰り際、彼の妻のデスマスクに目をやった。

そのデスマスクは、これからもずっと、その目で彼の仕事を見つめ続けるのだろう。

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