119.少女、ひらめく。
その足音はハッと一瞬足を止めたかと思うと転びそうな勢いでこちらに駆けてくる。すぐ近くまでやってきたかと思うと遠慮もなしにこちらの腕を掴んでグイと引き上げた。
『見つけた!』
ゴロンと返されあちこち積もった雪を払われるような感覚がする。
『起きてよ、ねぇ師匠。師匠』
泣き出しそうな声に夢の中までコイツは泣き虫なのかと少しだけ笑いそうになる。
だが一瞬だけ静かになったかと思うといきなり頬に強めの衝撃が走った。
『あ、起きた』
「……お前な」
合理的ではあるがもう少し優しい起こし方は無いものだろうか。
目をあけた先に居たのは予想通りニチカだった。むき出しの膝を雪に着けて見下ろしている。こちらが上体を起こすとホッとしたように息をついた。
『良かった手後れかと思った』
「手後れ? 凍死なんかするわけないだろう」
夢なんだから。と言いかけるが首元をガッと掴まれ前後に揺さぶられる。
『お願い一緒に考えて! 私一人じゃどうにもできなくて!』
「や、やめ、ぐえ」
舌を噛んで悶絶する。
どうしてこう上手くいかないのだ、自分の夢のくせに。
暴走し続ける弟子を何とか制して会話する体制に移行する。
しかしリアルな夢だ。どうせならこんな普段と変わらないやり取りよりもっと楽しい事をしたいものである。
「で、何を一緒に考えろって?」
『そう! 他人に取り付いてる霊をひっぺがして封印する方法知らない!?』
いきなりやってきて何を言い出すのだコイツは。
トンデモ発言を大真面目に言い放った少女を胡散臭げに見やる。すると弟子は憤慨したように眉をつり上げた。
『自分の一大事なのよ! 事の重大さ分かってる!?』
「…………?」
『寝ぼけてないでさぁぁ、あぁもう良いから何か知ってたら教えてっ』
何をヒステリーに騒いでいるのだろう。しかし夢の中で寝ぼけるなというのも妙な話である。男は霞掛かったようにぼんやりする頭で知識の引き出しを漁り始めた。
「霊って言ってもな、そんな不確かな存在なんて」
『居たの! ルゥリア様はコ、コンパクって言ってたけど』
「魂魄……なら魂のことか。誰に取り付いてるかは知らんが『心の器』はその元人格専用だ、つまりそのオリジナルが消えればその霊とやらも消えるんじゃないのか? 元ごと絶てば良い」
『できるわけないでしょー!!』
どかーんと爆発したニチカが感極まってぼろぼろと泣き出す。ほんとにどうした。
無意識の内に涙をぬぐってやりながら頬をなでる。やわらかくて気持ちいいなと思ったままを口にしたら、照れているのか怒っているのか分からない表情をされた。
「そんなに取り付かれた奴が心配か」
『あ、たりまえ、でしょっ』
ふーんと嫉妬にも似た気持ちが少しだけ顔を出す。しかしこれまでのように苛立ちを感じることはなかった。
『ヒロインなりたがり症候群』のコイツだが、博愛を振りまくならそれはそれでもう良いんじゃないかと最近では思うようになってきた。そんな優しさに自分も救われたのは事実だ。
偽善だろうが何だろうが優しいことには変わりない。多分、きっと、それで良いのだ。
ようやく気持ちの着地点を見つけたオズワルドはそれでもどこかぼんやりしたまま続ける。
「最初からさらうか。まず魂は驚くと一瞬だけ剥離する」
『ドッキリさせればいいってこと?』
「あぁ。だがこれだとすぐに容れ物に戻って終わりだ。根本的な解決にはならない」
『うぅーん』
「あとはそうだな……親和性の高い物に引っぱられる」
『っていうと?』
「ランバールの時を思い出せ。お前がおせっかいにも再生させたから肉体に引き戻されただろうが」
『あ、あれは、その』
「だから驚かせて一瞬浮かせた隙に、親和性の高い別の容れ物を用意してやればそっちに移る可能性もあるかもな。あくまでも仮説だが」
そこまで言った瞬間、少女の目がこれ以上ないと言うほど見開かれる。そのまま彼女は妙な事を聞いてきた。
『――ってまだ持ってたりする!?』
「アレか? 確か尻ポケットにねじ込んだような」
『それだーっ!!』
どうやら解決の糸口を見つけたらしい。立ち上がったニチカは自信満々にこう告げた。
『待ってて、きっと大丈夫だから』
「? まぁ頑張れよ」
誰を救うのかは知らないがすこぶるやる気だ。
男はいまだ夢うつつのまま(現実の俺はどこで寝ているんだろうか……)などと考えていた。どうにも寝る前の記憶があやふやだ。
そんなぼんやりした様子を不安に思ったのだろう、少しずつ透け始めたニチカは半目になりながら注意をしてきた。
『あとちょっとだけ我慢してよ、さっきみたいに寝たら危ないんだから』
「そうは言ってもな、眠いものは仕方ないだろう」
くぁぁ、とあくびが止まらない。このまま後ろに倒れ込んで寝てしまいたかった。
それを見ていた少女は手をポンと打ち合わせてこんな事を提案する。
『そうだ、ここってあなたの夢の中みたいなものなんでしょ? だったら私を具現化して良いから』
「?」
『私のコピーを出してその相手をしててよ。その……ちょっとならえっちな事してても良いから』
それなら起きてられるでしょ。とニチカは自分で言ったことを恥じたように頬を掻いて視線を逸らした。
しばらく考えていた男だったが、その目の前の雪から何かがポコポコとせり上がってくる。
ペタッ コロッ
ペタッ コロッ
それを見ていた少女は引きつった笑顔で拳を握りしめた。
『……うん、起きたら覚悟してなさいよ』
それだけ言い残し完全に気配が消える。
残されたオズワルドは手近に来た一匹を膝に乗せつつくことで眠気を紛らわし始めた。
いつの間にか雪はやんでいた。
複数のペタコロンに取り囲まれた男は穏やかに微笑んでいた。
***
「……はっ!」
パッと目をあけたニチカはいつの間にか雪の上に仰向けになって倒れていた。
慌てて身体を起こすとそこはオズワルドの居た精神世界ではなく、死闘を繰り広げた『禊ぎの園』だった。暗闇の空からは相変わらず雪が降りて来ている。
そしてこちらに気づいたのか、激しく戦闘をしていたルゥリアが一度相手をけん制してから跳躍する。そのまま空を舞った彼女はふわりと横に着地した。
「どうじゃ、呼びかけは成功したか」
「はいっ、話をしてヒントを貰えました!」
少し離れたところからこちらを睨みつけて来る始祖『白』はもはやフラフラだった。時おり頭を抱え込んで大きく振ったり、胸を掻き毟るように抑えつけている。半狂乱に叫ぶ言葉の端々から推測するに内部のオズワルドが起きているのが気にくわないらしい。
立ち上がり服の雪を払いながら少女は作戦を実行すべく要点だけを話し始めた。
「ルゥリア様、お願いがあるんです。なんでも良いのでアイツの注意を引き付けておいて貰えますか。その間に私が後ろから近づきます」
「まったく精霊使いの荒いおなごじゃのう」
ブツクサ言いながらも水の精霊は再び正面から向かって行った。
その間にニチカは目立たないように迂回して背後に回り込む。
「……」
始祖の真後ろ。完全な死角から少しずつ近づいていく。
ルゥリアはわざと大ぶりな攻撃をして注意を逸らしてくれているようだ。こちらが気になるだろうに視線を寄越さないのがありがたい。
微妙に立ち回りを変える始祖に合わせて左右に振れるので時間がかかってしまう。
あと十メートル、五……三……
「!」
あと少しのところで『白』が振り向いた。
驚愕の表情を浮かべる彼は素早く魔導を展開させようとする。
「貴様いつのまに――!」
ニチカは発動される前に動いた。
直前で思い切り踏み込み相手の首にしがみつくように飛び掛かる。
その紫の瞳を真正面から見据えて言い放った。
「魂とび出るぐらい驚かせてやるんだから!!」
その意図に気づいたらしいルゥリアがハッとする。
「ニチカ、おぬしまさか!」
グッと引き寄せた顔がすぐ間近に迫る。頬を染めた精霊が広げた指のすき間から覗いて叫んだ。
「ち、チッスを――!?」
ゴッ!!
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