109.少女、除霊する?

 少女は口をポカンと開けたまま、こちらを感情のない青い瞳で見下ろしてくる当主を食い入るように見つめた。


 そのまま少女は傍らで仁王立ちする師匠へと顔を向ける。

 また当主へ。

 師匠。

 当主白魔。

 魔女オズワルド。

 相手を自然と萎縮させるオーラを持った当主はくま


 を、そのまま若くしたような師匠オズワルド


 べしっ


 視界の端でせわしなく首をふる弟子がうっとおしくなったのか、とうとうオズワルドに頭をはたかれてしまった。尋ねたいことは山のようにあったがいったん黙ることにする。


 ここはホワイトローズを治める当主の館『雪華城せっかじょう

 名の通り雪に溶け込むかのように白を基調としていて、白の国時代から代々受け継がれてきたという歴史ある建物だ。


 城に着くなり師弟は今回の表向きの依頼主である白魔への面会を許された。

 仰々しい玉座へ入室すると同時に、見覚えのありすぎる顔にニチカの視線は釘づけになり、そして今に至る。


 銀髪を後ろに撫でつけた当主は静かな、しかしよく通る遠雷のような声を玉座に響かせた。


「ようこそ魔女『オズワルド』ゆっくりとしていくがいい」

「こんにちはホワイトローズ統領『白魔』殿」


 不敵な笑みを浮かべたオズワルドが負けじと挑発的な声を出す。それにも気を乱された様子もなく白魔は淡々と続けた。


「遠いところご苦労だった。慣れぬ寒さは身に堪えるだろう。今夜はゆっくり泊まって疲れを癒やして行くがいい」

「いいえ、この寒さは心地いいくらいですよ。妙な懐かしささえ覚えます」


 師匠はそういっていつもの営業用スマイルを浮かべる。のだが、どこか寒いものを感じるのは気のせいか。


「これは異なことを、魔女殿は冗談がお好きと見える」

「冗談を口にできるほど愉快な男ではありませんよ」


 いや、気のせいではない。屋内だというのに吹雪いている。

 青い鳥の姿をしたマナが荒れ狂ったように玉座を飛び交い、対峙する男二人は和やかに笑いながらブリザードを発生させていた。

 完全に蚊帳の外になった少女はカチカチと歯を鳴らすことしかできない。


「あなた」


 その時、透き通る清水のような声が流れた。振り返ると先ほど入ってきた扉にしなだれかかるように美しい女性が一人佇んでいた。

 滝のように流れるつややかな銀髪、白一色のゆるやかなドレスをまとわせゆっくりこちらに進んで来る。その顔はやはり恐ろしいほどに整っていて、エメラルドのような緑の瞳には光が無かった。


(この人、目が?)


「お客様は遠路はるばるおいでになってるのですよ、今日は挨拶だけの予定では?」


 滑るような動きで前を通過していく女性も、やはりどこかで見た顔立ちだ。少女は少し考えて、あ、と小さく呟いた。


(シャルロッテさんに似てるんだ)


 快活に笑う彼女と、この表情のない女性との差が大きくすぐには結び付けられなかった。

 そこでふと首をひねる。どうにもこの家族関係が分からない。


(シャルロッテさんとオズワルドが姉弟で腹違いって言ってたから、つまりこの人は後妻? いやでもオズワルドが弟だから、つまり……いやでも……分かんなくなってきた)


 出た結論は『なんか複雑そう』というひどい物だった。

 が、あえてここで突っ込んで聞くほど度胸があるはずもなく口をつぐむ(そこまで行くと度胸というかデリカシーの問題な気もするが)


「白魔の妻、風花かざはなと言います。このたびはご苦労様」


 夫の横に立ち、どこかぼんやりとした表情で名乗る風花。

 しかし何と言うか、夫婦で並ばれるとオーラが凄まじい。思わず跪いて地に頭をすりつけたくなるようなそんな雰囲気を醸し出している。庶民代表であるニチカは完全に圧倒されていた。


「申し訳ないが、運んでもらった例の物の検分があるのでな。二、三日ここに滞在してもらうことになる」

「報酬は存分にご用意しますので、ご容赦くださいね」


 通達された内容にパッと顔を上げる。水の精霊さがしをしなければいけない裏事情があるので、それは願ってもない申し出だ。


(なんとかその期間内に監視の目をくぐって手がかりを探さないと)


 少女はそう算段をつけつつ、よろしくお願いしますと頭を下げた。

 だがその横で不遜にも腕を組んだままだったオズワルドはジッと白の夫妻をにらみつけていた。


***


 その後、二人は別々の部屋へと案内され休息――などとる間もなく捜索を開始した。


 簡素ではあるが清潔な部屋をあてがわれたニチカは、一応部屋の扉を内側から引っ張ってみる。外カギがかけられているのか、ガチンという手ごたえが返ってきた。

 続けてメラメラと燃えている暖炉を検分。頑丈な金網が張られておりここからの逆走は困難。

 最後に暖炉の脇にかけられていたタペストリーをめくってみる。何の変哲もない真っ白な壁が現れるが、教えられた通り指を沿わせてL字型になぞってみる。すぐに自分の中の魔力が少量引きずり出されるような感覚が走り壁がすぅっと消えた。


「ホントにあった……」


 壁が消え去った後には、女性や子供ならなんとか潜り抜けられそうな穴が口を開けている。なぜ師匠はこんな抜け穴を知っているのかと思いながら潜り込むと、うす暗く木組みの無骨な空間が見えてきた。


「部屋の裏にこんな空間があったのね」


 少女は太めの梁から落ちないように明かりを出して慎重に進んでいく。あてがわれた部屋は二階だったので、上にも下にも真っ暗な空間が広がっている。

 つまりこの城は、外壁と部屋との間にこのような空間が空いているのだ。保温効果と、いざという時の脱出用らしい。


 上手いことを考えるものだと思いながら歩いていくと、外側の壁に扉が見えてきた。少しだけ開けると冷たい風が入り込んできてふるりと体を震わせる。

 外は相変わらず曇り空のようで、城の周りには薄暗い雪の森が広がっている。時間帯は夕刻なのだがぶ厚い雲に隠され太陽の光は届かない。

 見える範囲に誰も居ないことを確認してからニチカは飛び降りた。


「よっと」


 柔らかい雪の上に着地すると、暗がりから闇にまぎれるように師匠が出てきた。少女の頭に手をやると、付いていたらしいクモの巣を取ってくれる。


「悪趣味なアクセサリーだな」

「え、うわっ。ありがと」


 パパパと髪を手ぐしで整えていると、その横でオズワルドは見覚えのある道具を取り出した。不恰好で黒ずんだ手のひらサイズの木細工。それが何なのかを思い出した瞬間ニチカはひくりと頬をひきつらせた。


「お、おおぅ……またその鳥」


 いつぞや使った空からの写真が撮れる『視野鳥』だが、墜落してインクをぶちまける様がどうにもニガテだ。生き物ではないと分かってはいるが、気分の問題である。


「文句があるなら、お前がホウキに乗って上から見てきてもいいんだぞ」

「いえめっそうもない! 助かるなァ、よっ師匠、日本一!」


 こんな小雪が舞う寒空を飛ぶなんて考えただけでも凍えそうだ。

 やんややんやと持ち上げている間に視野鳥が発射される。しばらくして墜落してきた小鳥に静かに心の中で手を合わせた。


「ここが例の爆破されたっていう箇所か」


 オズワルドが指し示したのは巨大な雪山の中腹あたり、白黒で分かりづらいが波々と水を堪えているようだ。


「うん、さっき吹雪くんから話を聞いた時、怪しいなって思ったんだけど」


 ほぼ間違いないだろうと意気込んでいたのだが、師匠の反応は芳しくないものだった。


「どうだろうな」

「?」

「見た感じ、上空から力任せに穴を開けたように見える。水の精霊ならそんなことしなくても地下から噴き出せるんじゃないか?」

「えぇぇ~っ、じゃあ的外れ?」


 がっくりと来た少女は大げさに肩を落として見せる。物事は案外うまく行かないものである。


「どうしようか、さっきの港町にでも聞き込みにいってみる?」

「監視されてる奴がのこのこ言ったら、即座につかまって引き渡されるだろうな」

「どうすれば良いんだろう、精霊探知機とかあったら良かったのに……」


 その言葉に師匠はふと動きを止める。


「その手があったか」

「ん?」


 少女の疑問まじりの視線には答えず、オズワルドは小さく呟くと手の平に青いマナを呼び寄せた。


『汝の源へ還れ』


 小鳥の姿の青い光は、一瞬だけ首を傾げたかと思うとバササッと羽ばたいてすぐ消えた。その消える直前に向いていた方向は――


「え」

「嘘だろ、おい」


今しがた出てきたばかりの雪華城だった。


***


 青く沈んだ部屋に、重たい秒針の音がコチ、コチ、と響く。

 冷え切った室内だと言うのに白魔は暖炉に火も入れずに一人笑いをかみ殺していた。


「クク、もうすぐだ……」


 彼は着けていた白手袋を外す。その下から現れた手は意外にも老人のようにやせ細り、骨ばった貧相なものだった。


「長かった。ようやくこの身体から出られる」


 手をパタリと落とし、柔らかい背もたれに身を沈める。その脳裏には自分と同じ暗い目をした男が映っていた。


「これならば、あの時見逃したのも間違いではなかったと言えるだろう? 風花」

「あなたがそう言うのならば」


 それまで微塵も気配を感じさせなかった女が、暗がりからスッと出て来る。

 滑るような動きの女は当主の後ろに回るとその頭をそっと抱え込んだ。


「それも良いでしょう。彼があの女に似なくて本当に良かった」

「ははは、見えないくせに何を言う」


 当主の首筋をつぅと撫でた風花は、息を吹きかけるとしなだれかかる。


「本当にひどい人。そういうところ、嫌いではないわ」

「楽しみにしておれ、じき完了する」


 女からの愛撫を無関心に受け入れながら、白魔は氷のような目を鈍く光らせた。


「どんな屑にでも、利用価値はあるものだな」


***


 食事の時間以外は部屋に閉じ込められ、隙を見ては抜け出し城内を調べるサイクルが続く事3日。少女の焦りはピークに達していた。


「だぁぁもうっ、ぜんっぜん見つかんない! 水の精霊さまホントにこのお城に居るの!?」


 閉じ込められている部屋から例の裏通路を通り四つ目、オズワルド用の監禁部屋でニチカは叫んだ。

 幸いこれまで出歩いているのを見つかっては居ないが、いつディザイアの検分が終わり追い出されるかも分からない。それなのに調査の結果は奮わなかった。


「……」

「ねぇ、聞いてる?」


 どこかぼんやりとベッドに腰掛けていたオズワルドは、ふと気づいたようにこちらに視線を向ける。


「なんだ?」

(またぼんやりしてる……)


 これも少女を不安にさせている要因だった。

 この城の調査を始めた辺りからだろうか、師匠が何もいない方を見つめ焦点の合わぬ目をすることが増えてきた。

 最初は自覚があったようだが、今ではボーッとしていたことすら気づいていないようで今のように不思議そうな顔をされる。


「どっか調子悪いの? また風邪引いたとか」

「またって」


 いつかの街の失態を思い出すのだろう、嫌そうな顔をしたオズワルドは頭をガシガシと掻いた。


「そうじゃない、ただ何となく……妙な声が聞こえる」

「声?」

「甲高いさざめき声で、言葉の意味は理解できないが――何となく俺を呼んでいるような」


 そう苛立った様子で眉根を寄せる。

 そんなもの少しも聞こえなかった。何人かいる使用人は不気味に静かで、用件がない限り口を噤んでいたから城は昼間でもひっそりした物だ。


「寝てるときも構わず来やがる。あぁくそっ、鬱陶しい!」


 さすがに心配になったニチカは何とかならないものかと意見を述べてみる。


「耳栓は?」

「試した。ダメだった」

「きっ、気にしない」

「四六時中耳元で囁かれてるんだぞ」

「お祓いしてみるとか!」

「誰ができるんだ、そんなの」


 でも、確かにこれは悪霊と呼ぶにふさわしいのかもしれない。


「ホントに辛いんだったら、ここで休んでても……」


 少女が心配そうに肩に触れた時だった。ざわめき声がほんの少し遠ざかりノイズが消える。


「?」


 驚いて見上げると、きょとんとした顔でニチカは首を傾げていた。


「どうしたの?」

「いや……」


 触れていた手は離れたが、それでも先ほどより格段にラクになった。まとまらなかった思考が少しずつ整理されていく。


「とにかく、リミットまでに何としても手がかりを探すぞ。なんの収穫もなしに帰れるか」

「って言ってもなぁ、見つけたのはこれくらいだし」


 そう言ってニチカは色を失い真っ二つに割れた水晶を取り出す。つなぎ合わせるとその表面には【ごーまん】と書かれていた。


「最後の魔水晶が破壊されてるなんて、誰が壊してくれたんだろう」


 二階廊下の片隅、ゴミでも捨てるように放られていたそれを見つけた時は驚いたものだ。これまで道中を邪魔してきた魔水晶の最後の一つが、こんなにもあっけない幕切れだとは。


 その時、廊下を歩いてくる足音が響きギクリとする。話に集中していて気づかなかった。コッコッコッと急ぎ足の音はすぐそこの角を曲がったようだ。


(どっ、どうしよ……っ)

(隠れろ!)


 いきなりグイと手を引かれベッドの中に放り込まれる。ついでに魔水晶のカケラもポイポイと放り込まれ、隠すように上から布団をかぶせられる。


 状況を理解しようとした少女は息を呑んだ。同じくベッドに入ってきたオズワルドが上着を脱ぎすて覆いかぶさって来たのだ。


 悲鳴を上げそうになった直前、バンッと大仰な音を立ててドアが開き吹雪が突入してきた。


「失礼! お連れの方が部屋から居なくなっているようですが、こちらに――」

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