105.少女、「な、なんだってー!!」
口に出来たのはそれだけだったが、言葉にしきれなかった想いが捌け口を求めて涙腺に押し寄せる。
ぼたぼたと熱い涙をこぼしながら、彼女は嗚咽を漏らした。
ランバールとニチカは何も言えず立ちすくむ。だが
「精霊様ー!? ルゥリア様いずこへーっ!!?」
突然響いた役員の声に場の空気がブチ壊される。
見れば開け放たれた祠に顔を突っ込んだ彼が半狂乱で叫んでいた。
「なぜ居られないのですか!? まさか死……あぁーっ、サリューンはもうおしまいだ!!」
「もうっ、嘆いて戻ってくるとでも思ってるのかしら」
とはいえ、自分も水の精霊が不在なのは気になる。
自分が祠に近寄るとまた防衛システムでも作動するのではないかと少女がためらっていると、ランバールが役員をひょいと飛び越えて中を検分してくれた。
「あ、手紙みっけ」
「なんだとーっ!」
水色の可愛らしい封筒が、魔導球が置かれていた台座の後ろに落ちている。
奪い取ろうとする役員の手を軽くかわして逃げながら、半精霊は読み上げた。
「『ここを開けた誰かへ ちょっくら北へ旅に出ます。探さないでください』」
「オァアアオ!?」
「『出かけている間、代理で魔導球を置いていきます。五年……いや、十年は持つんじゃないかな、きっと。うん、ヘーキヘーキ』」
「テキトーすぎない!? 水の精霊さま!」
「『追伸:火属性が祠に近づくと防衛システムが作動するから気をつけてね』」
「忠告の置き場所間違ってるから!!」
ひとしきりツッコミを入れたところではたと気づく。
オズワルドとシャルロッテが信じられないような顔で目を見開いている。
「北、ですって?」
「嘘だろおい……」
頭を抱えてうめいた二人に対して『北』の事情がわかっていないニチカだけが疑問符を飛ばしている。そんな少女を見かねたのか、ランバールが丁寧に教えてくれた。
「前にイニ神が話してくれた精霊戦争は覚えてる?」
「え、うん。巨大な『赤の国』と『白の国』がお互いを潰す為、精霊たちをこき使って戦争したのよね」
そして聖少女ユーナに討ち果たされた二国は解体されたと聞いたが……?
「その『白の国』の末裔が住んでるのが、現在の北の国『ホワイトローズ』と言われてるんだ」
さらにランバールは、嬉しくない情報を教えてくれた。
「ちなみにずーっと封鎖中。よその国とも徹底的に交流を避けてるから、気軽に旅行気分で行けるとこじゃないかも……」
「……」
水の精霊さまは、よりによってそんなところに行ったと言う。
思わぬ難題にぶつかったニチカはどうしようかと師匠の方を振り返る。
が、出かけた言葉が引っ込む。
オズワルドは何というか、どんよりと暗い眼差しのまま半笑いという酷い表情をしていた。嫌で仕方ないけど腹を括ったような。
「あ、の?」
「ハハハ、こんな形で帰ることになるとはな」
えっ、と思う間もなく、頭を振って気持ちを切り替えたらしい師匠はシャルロッテに振り返る。
「ちょうどいい、あのディザイア俺が運んでやる」
「なっ……何を言ってるの!? あなた戻るつもり!?」
「コソコソ逃げ回っているのにも飽きた」
スッと細められた眼差しに青い燐光が走る。
その瞳はここではないどこかを映しているかのように遠いものだった。
「いい加減、蹴りをつけるべきなんだ。俺も、あの男も」
***
まだ夜明け前のサリューンの湖をバルコニーから眺め、ニチカは北からのひやりとした風に身を震わせた。
「風邪引いちゃうわよ」
「ありがとうございます」
後ろからケープとマントをふわりとかけられて、まだ眠そうなシャルロッテに礼を言う。そのとろんとした目つきに申し訳なくなって少し眉を寄せながら謝った。
「ごめんなさい、起こしちゃいました? これから行くところを考えてたら目が覚めちゃって……」
「んーん、いいの。こっちも自然に目が覚めたのよ」
彼女はその緑の眼差しで海を挟んだ遠い白い山を見つめる。
次第に辺りが明るくなり始める。朝日を取り込んだその目はやはり心配そうな色をしていた。
ここはサリューンの街の外れにある役員の別荘。
街からは少し離れた孤島に立っているこじんまりとした三階建ての屋敷だ。
あの地下水路での騒動後、一行は半ば脅すようにしてここでの宿を勝ち取っていた。何せ街にはいまだ魔女協会のやつらがウロウロしている。うかつに戻ればトラブルは避けられないだろう。
役員の別荘はとても快適で、ニチカは十分に旅の疲れを癒やすことができた。
しかし半日が経過したところで師匠に色んな質問をぶつけてみたが何も答えてくれず、不安とイライラが次第に募っていった。
彼は深刻そうな顔をしてはどこかへ連絡を取り、険しい顔をしては夕食の席に着くこと数日……昨日の夜、いきなり「目途が立った」と少女に翌朝の出発を告げたのだ。
どうやらシャルロッテが北のホワイトローズへ運ぶ事になっていたディザイアを、代理で届けるということで話が着いたそうなのだが
『なんで一つも説明してくれないのよ』
あまりの情報の少なさと唐突さに少女は憤慨した。
ここ数日ほったらかしにされていた事もあり、その語調にはトゲがある。
『いいから。水の精霊に会いたくないのか?』
『それは……』
男は相当神経を使っていたようで、それだけ言い残すと何も言えなくなったニチカを残し、さっさと自分の部屋へと戻っていってしまったのだ。
「シャルロッテさん、どうしても北の国について教えてくれないんですか」
欄干にもたれてむくれたように尋ねる少女に、ゆったりとした夜着を風になびかせていた彼女は微笑んだ。
「ごめんね、オズちゃんに口止めされてるのよ。『アイツには必要以上の情報を与えるな』って」
(ひどい……)
短くはない期間、共に旅をして少しずつ信頼されてきていると思ったのに。
傷ついた表情を見て取ったのか、シャルロッテは優しく諭すように言った。
「オズちゃんはあんな性格だから人に誤解を与えちゃうのよね。冷たく見えるかもしれないけど、あれが彼なりの優しさなのよ。分かってあげて」
その言い方で、ますます彼女とオズワルドの距離の近さを思い知らされたようで打ちのめされる。
(シャルロッテさんには色々相談するのに)
やはり二人の間には特別な繋がりがあるのだ。
何だか悲しくなりながらゆっくりと口を開く。
「あの、旅立つ前にこれだけは言っておきます」
「ん?」
「私、本当に弟子なだけですから。彼を取ったりしないから安心してください」
しばらくその言葉をポカンと聞いていたシャルロッテは、理解したと同時に弾けるように笑いだした。
「、そ、んなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
欄干を握り締めて頬を染めながら叫ぶ。
「私、ずっとシャルロッテさんに負い目感じてて、こんなでも一応は女だし……あの人の後ろにずっとくっついてて怒ってないかなって」
敵うはずないのは知っているのだ。
こんな美人で気さくな人に、自分のどこに勝てる要素があるというのか。
ところがひとしきり笑った彼女は、こんなことを聞いて来た。
「ごめんごめん、ねぇいつからそう思ってたの?」
「最初からわかってましたけど……」
「アハハハっ、本当にもう! 何を勘違いしてるの?」
笑いすぎてにじむ涙を拭いながら、シャルロッテは真実を告げた。
「私とオズちゃんは
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