92.少女、垣間見る。

「あっ、はい! ニチカって言います。イニっていう天上人さんからお願いされて精霊の皆さんの力を借りるためあちこち巡ってます」


 ペコッと勢いよく頭を下げた少女を見ていたノックオックは、ふと柔らかい微笑みを浮かべた。


「ユーナとは似てないんだ」

「?」


 なぜそんなことを言うのかと顔を上げると、彼は懐かしそうな瞳でこちらを見据えていた。その視線の意図するところが分からなくて無意識に首を傾げる。


「確かシルミア様もそんなこと言ってましたけど、私がユーナ様に似てないのってその……問題あったりします?」


 不安になって聞いてみると、ハッと我に返った土の精は慌てて両手を振った。


「あぁ、気にしないで。深い意味はないんだ」

「というか、ノッ君の場合は似ていても困るだろう?」

「シルミア!」


 ニヤニヤと笑いながら肩に手を乗せてきた風の精霊を振り払う。おや、と思っている間にノックオックは何かの装置を土の中から取り出した。


 カチリとスイッチを入れたかと思うと、まるで映写機のように空中に映像が表れ、荒れ果てた戦場の地が目の前に広がる。


 晴れ渡る青空の下。武器を手に進行を進める軍の旗には、赤、青、緑、黄色の羽が交差していた。


 ――さぁ、共に立ち上がりましょう! 精霊たちは私たちの道具ではありません! 共に生き、喜びと哀しみを分かち合う、かけがえのない友なのです!


 凛とした声と共に群衆の前に立つ少女に目を奪われる。まばゆいばかりの金髪を複雑な形に編み込み、上半身を鮮やかなブルーの魔導アーマーで覆っている。


 その手に掲げられた杖は、まさしく今、自分自身が右手で握り締めている物だった。


「これが、ユーナ様?」

「懐かしい。その記憶を保管していたのだね」


 シルミアが懐かしそうに目を細める。つまりこれは数百年前に起こったという精霊戦争――天界より光臨したユーナが、世界を支配していた二国を倒した時の映像なのだろう。


「かーっこいい……」

「こりゃずいぶんと貴重な資料だな」

『すげーっ、ユーナ様ってマジで美人だったんだ』


 青く澄んだ瞳を輝かせながら先頭にたつユーナはまさに戦乙女、ジャンヌダルクそのものだ。

 ニチカと同じようにオズワルドとランバールも食い入るようにその光景を見つめる。精霊自身の記憶から再現された神話の映像など、めったに見れるものではない。その瞳には純粋に感動の色が浮かんでいた。


「ユーナはみての通り、卑屈なわたしでさえ動かす力のある子だった。赤の国の地下に捕えられていたのを救い出されたときの事は、忘れようにも忘れられないよ」


 感極まったのか、ノックオックは両手で顔を覆い肩を震わせる。なるほど、常人でははかり知れぬほど恩義を感じて――


「っていうか……そっちのが怖かった……」

「えっ?」

「! あぁ、いやいやいや!! 混乱して何か血迷ったことを発言してしまったかな!? ははははは」


 何か違和感を覚えて問いかけようとするが、問答無用で話を断ち切るように映写機のスイッチをバチン!と切ってしまった。


「はははははははは!!」


 やめよう、聞くのは。

 その手がガクガクと震えているのを見て取った少女は、影ながら優しさを見せた。


「とにかく、ユーナが復活することにわたしも異論はないよ。魔導球をこちらに」

「あ、はい」


 杖の部分を収納し、両手で捧げ持つようにしてノックオックの目の前まで進み出る。軽く手をかざした彼は、暖かなオレンジ色の光を宿らせた。

 ぽぅっと光るマナ達は、蝶の形を取るとザァァと二人を取り囲む。途端に腐りきっていた地面たちは命を芽吹かせ、洞窟の中だというのに植物が覆い茂り始めた。

 それに気が付いたノックオックは、空いている方の手をひょいと掲げてたやすく天井に穴を開けてみせる。そう、土で出来ている部分がまるで天蓋のように両脇に開いていくのだ。すぐに星が瞬く夜空が見えてきた。


『すご……』

「ノッ君は卑屈でうじうじしてるから気づかれないけど、実は四大精霊の中でも飛びぬけてパワーが強いんだよね。本人アレだから全っ然目立たないけど」


 さらりと毒を吐くシルミアだが、その実力は認めているらしい。



「ノックオック様は、全然ダメなんかじゃないです」

「え」


 オレンジの光が渦巻く中で、ニチカはそっと伝えた。


「気づいてないだけかもしれませんが、あなたが思ってるよりも『土の精霊ノックオック』は、すごい物だと思うんです。それは単純なパワーだけじゃなくて、心とか、そういうのも含めて全部」

「ニチカさん……」

「大丈夫です。あなたは必要とされてます。今、ここで」


 ニコッと笑う少女の顔が、なぜか泣き出しそうな顔だったのはなぜだろう。


「……ありがとう。よし、これでいいよ」


 魔導球を覗き込む。これまでの赤と緑に加え、新たに橙色の光が宿っていた。


「ありがとうございます! 私、頑張りますからっ」


***


 その後、オオカミ達と精霊の二柱を残して一行は下山を始めた。彼らはイケニエを捧げに来るであろうイヌ族に説明し、終わり次第追いかけてくるそうだ。居ても役に立たないニンゲン共は先に降りて居ようという師匠の判断によりこうして歩いている。

 ニチカは特に反対するでもなく下草をサクサクと踏みながら降りていく。そろそろ夜も更けて良い時間だ。正直言って眠い。


『それにしても、これでいよいよリーチかかったわけだ』


 姿を表示するのが面倒臭くなったのか、声だけの存在になったランバールが耳元で言う。あくびを噛み殺した少女は、カチャと魔導球を手にした。


「火、風、土、残るは『水』だけなんだね」


 長いようで短かった。そんな考えが浮かび首を傾げる。

 早いに越したことはないではないか。元の世界に帰れるのだから。


「……」


 胸の内に巣食う感情に、上から布をかけて見えないようにする。



 そんなはずがない。

 「帰りたくない」などと、なぜ一瞬だけでも思ってしまったのか。



 自分の気持ちをごまかすように、慌てて思考を切り替える。


「えっと、えっと、水の精霊様はどんな人だろうね? 場所とか心当たりはある?」


 振り返って後ろをついてきているオズワルドに尋ねと、枝を手で払いのけていた師匠はハァ?と顔を歪めた。


「心当たりも何も、水の国サリューンに向かってる最中だろう」

「えっ、何それ。初めて聞いたんだけ――どぉっ!?」


 ピクッと顔を引きつらせた師匠に胸倉をつかまれそうになり、とっさにしゃがんで回避する。


「ふっ、ふふ。甘いわよオズワルド。いつまでもあなたのDVを私が見切れないとでもがぁ!?」


 ドスッ!と、垂直に振り下ろされたチョップが脳天に直撃する。


「~~~っ!!」


 痛みで悶絶する弟子を男は冷たい視線で見降ろしていた。


「風の里を出る時に説明しただろうが。聞いてなかったのはお前だ」

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