91.少女、同調する。
相変わらず飄々とした彼の出現に頭が混乱する。
風の里にいるはずの彼がなぜここに? というか、半分透けていないか? ランバールは揺れる地面など物ともせずに宙に浮いている。実体ではないのだろうか。
彼は未だ号泣しつづける冴えない男を見やり(今は地面をこぶしで殴りつけているようだ)参ったなァと小さくつぶやいた。
『土の精霊サマはずいぶんとお荒れのようで』
「えっ!?」
耳を疑った次の瞬間、洞穴の中に薔薇の花びらが舞い散りこれまた聞き覚えのある高らかな声が反響した。
「やーノッくん! 半世紀ぶりじゃないか! 相変わらず君はジメジメしているねっ」
ピタリと揺れが収まる。それはもう何の前触れもなく。
ブワサァッとマントを翻らせながら出現した華麗な男に、オオカミ2匹はポカンと口を開け、オズワルドはゲッと小さく呟いた。
「シルミア様!?」
「やぁ君か! しばらくぶりだねぇ、えぇと五年ぶりかい?」
「いえたぶん一月も経ってないかと……」
人とは生きてる年月が違いすぎて感覚が違うのだろうか。そんなことを考えていると、グラグラ様と呼ばれていた土の精霊がか細い悲鳴をあげた。ズザザザと尻もちをついた姿勢のまま後ずさる。
「ひぃぃぃーっ!! シッ、シッ、シルミア!!! なぜここに!?」
「なぜここに? 種を明かすと簡単でね。そこの女の子の波長を僕の跡継ぎであるランバールに追わせたのさ。もうそろそろ土の精霊に遭遇するころだろうと思ったらドンピシャだったね」
相も変わらず晴れやかな笑みを浮かべたシルミアは一歩詰め寄る。途端に土の精霊はさらに後退しようとして壁にぶつかった。
「もうほっといてくれー! 君とはもう二度と関わりにならないと決めたんだっ、可愛い動物たちと戯れる幸せな生活を邪魔しないでくれ!」
「おやおや……?」
コツ、と近寄った風の精霊の顔はこちらからは見えなかった。見てはいけないような気がした。
「それがユーナのお供を終えてから一人姿をくらましたノッくんの言い分かい? おかしいなー、彼女からは僕たち四大精霊みんなで協力して下界を統治するようにと言い渡されたと思ってたのにねー?」
「あ、あう、あう、それは」
静かだが威圧感のある声に、誰もが動けない。いったいこの二人の関係性とは……
「こんな山奥に引きこもっちゃって? さらに人間を相手にするのはもう嫌だからってハーゼたちを囲って? なのにチキンのビビリだから存在を認知させることなく上から優し~く見守るとかそんなところだろう? 君のことだから」
「ひ、ぐぅ」
あのナルシストだが親しみやすさを持ったシルミアとは思えないほどの威圧だ。ニチカは何千年前かのユーナの旅が垣間見えた気がして彼女に同情した。
「さぁいい加減君も表舞台に戻りたまえ! ノックオック!」
「こ、断る!」
鬱屈と座り込んだノックオックは、しゃくり上げながら顔を膝にうずめた。
「も、もう嫌なんだ、わたしはきみのように派手でもなければ人前に立てるような器量もない……四大精霊なんて言われてるのに地味だし冴えないし」
負のオーラが見えるようで、なぜか彼の周りにはポコポコとキノコが生えだした。どういう原理――いや大地を統べる精霊だから何でもありなのか。
「つーか土とかありえないでしょ、風とか炎みたいな煌びやかさないし『ククク、アイツは四天王でも最弱』『我らの面汚しよ』とか言われてまっさきに沈む役柄だし、たいていマッチョなおっさんとかで個性付けられてるのに、わたしはそういうイロモノ枠にもなれないし、あぁぁぁ」
何を言ってるのかはよくわからないが、すさまじい勢いで大地が腐食していく。とんでもない悪臭に師弟は顔をしかめ、鼻の効くオオカミたちは悲鳴を上げてのたうち回った。
「なんなんだあいつは!」
『あー、悪い癖でちゃったなぁ』
ふわりと半透明なまま横に来たランバールが「オレも話に聞いただけなんスけど~」と前置きする。
『土の精霊サマって、そりゃもうドがつくぐらいの超ネガティブ思考らしくて、一度落ち込むとその影響で辺り一帯の土地は向こう何百年ペンペン草も生えないくらいの荒れ地になるとか何とか』
「なぁーっ!?」
フルルがバッと立ち上がり詰め寄った。
「ウソだろそんなの!? テイル村はどうなる!? 止めてくれッ」
『えー、焚きつけたのオレじゃないし~』
とはいえ、跡取りとして責任を感じるのか彼は横の張本人に視線を向けた。
『何とかしなよ、シルミア』
「ノンノンノン、こうなったノッくんは僕でも手をつけられなくてね。まぁ放っておけば半日で落ち着くさ」
辺りは死の大地になっちゃうかもしれないけど。
アッハッハと笑いながら風の精霊はのたまう。そのお気楽な横顔にフルルは飛び掛かりたい衝動に駆られるが実体がないので意味がない。
さらにネガティブモードが加速していく土の精霊は、鼻をすすりながらぼたぼたと涙を流していた。
「ダメだダメだ、わたしはクズだ、ゴミだ、要らない奴なんだ。存在するだけで相手をイラつかせてしまう、信じると言われても拒否してしまう、期待に応えられない。あぁ苦しい、悔しい、見ないで、わたしを見ないで」
はくはく、と、息を取り込むのすら苦しそうな呼吸音が続く。
それまで黙り込んでいたニチカがいきなり立ち上がり、ノックオックの傍にゆっくりと歩みを進めた。
「あっ、ニチカ!? 危ないよっ!?」
「死にたい、死んでしまいたいのにその勇気すらない。恥ずかしい、死ぬのもできないクズなんだ」
いっそ、自分なんて始めから居なければ――
その言葉を言った瞬間、両肩をガッと掴まれるのを土の精霊は感じた。いつの間にか目の前に見知らぬ少女が居る。
少し険しい顔をしていた彼女は、急にだばぁと涙を流した。
「わかるっ、その気持ちわかるぅぅ~!」
「……へっ?」
「わかるんですよぉぉ!! 周りばっかり美形で優秀で、自分がクズで何にもできないような気がしてくるんですよね! 私もそう、この世界に来てからは特に!」
「? ???」
まだ混乱していたが少女はこちらの手を取り、やたらとキラキラした瞳で打ち明けた。
「私も同じなんです! 凡人コンプレックス!」
「……」
パァァと顔を明るくした土の精霊は、ぐちゃぐちゃの顔のまま両手を上下に振った。
「同じ? きみも!?」
「はいっ! だからあなたの叫びが痛いほどわかるっていうか!! 動物に癒されるっていうのもわかります! 彼らは絶対裏切らないですもんねっ、人間と違って裏で何考えてるかとかないですし」
「おお、おおお!! だよね、そうだよね!」
何か通じるものがあるのだろうか、腐りかけている地面の上で手をとりあってはしゃぐ少女と男というのは奇妙なものだった。
「でも精霊様、凡人でも凡なりに頑張ればなんとかなるもんですよ、私がそうです」
そこでようやく冷静になったノックオックは、眉を寄せて問いかけた。
「そういえばきみは一体誰なんだい?」
***
「やれやれ、本当に君は昔から何一つ変わってないのだねぇ」
「……シルミアも何一つ変わっていないようで安心するよ」
「はははー、その根暗な毒吐きも久しぶりだぁぁ」
まるで子供のように掴み合ういい年をした大人が、四大精霊の二柱だと誰が思うだろうか。呆れた顔で見守るランバールのそばに、ニチカが寄ってきた。
「ラン君ひさしぶり。どうしてここに?」
どうしてと言うより『どうやって』と聞きたいのだろう。彼女はランバールの手に恐る恐る触れようとして目を丸くした。シュルリと風が渦巻くだけで実体がない。
『アハハ、残念だけど本体は風の里に居るよ。オレはシルミアと違って肉体のある精霊だから』
「あ……」
申し訳なさそうに言葉を詰まらせる少女が、懐かしくて愛おしい。
『ほらそんな顔しない。言ったはずだよ、感謝はすれど恨みなんかしてないって』
「……うん」
屈託なく笑う彼につられてニチカもはにかんだ様子で少しだけ顔をほころばせる。思わずその頬に触れたくなる衝動に駆られるが、背後でにらみつけてくる師匠がいる上にすり抜けてしまうのがオチだろう。コホンと咳ばらいをして誤魔化した。
『声を届ける『風のウワサ』の技術をちょいと改良してね、姿も届けられるようにしてみた』
「へぇ! ラン君がやったの? すごい!」
(あれ?)
賞賛の眼差しで見上げられるのはこれで二度目だが、彫り物細工を褒められた時とは違う、言うなれば貪欲さのような物を感じてランバールは目を瞬かせた。
「声は前と変わらず風の魔法だよね? 映像ってことは別の属性でも足してるの? 単純に考えれば……光とか、それとも陽炎とか蜃気楼みたいなものなのかな?」
真剣に考察して、自分に吸収できないだろうかと考えている。その思考と眼差しは完璧に魔導師としてのそれだった。
(成長してるんだね、君も)
フッと苦笑してネタばらしをする。
『残念。今オレが使ってるのは風だけだよ』
「えぇぇ?」
予想が外れたのがよほど悔しいのか、少女は大げさなまでにガッカリしてみせた。その横から成り行きを面白そうに見守っていたオズワルドが進み出てニヤと笑う。
「見ないうちにずいぶんと埃っぽい身体になったもんだな」
『あらら、さすがにセンパイにはバレちゃいますか』
右腕を掲げたランバールは、ほどよく筋肉の乗ったそれを指先からスルスルとほどいて見せた。
『近くにある埃とかチリを巻き上げて、オレの形っぽく見えるようにしてるだけなんだ。そっちからの視覚情報なんかは精霊としての能力をちょっと使ってる』
「お、おおぅ……」
分解されていく自分の身体を、食い入るように見つめる少女に笑いそうになる。
再び青年の体を形成したチリは、おどけてかしこまった礼をしてみせた。素直にパチパチと手を鳴らすニチカに横から意地の悪い声がかかった。
「ま、お前には逆立ちしても出来ない芸当だ。諦めろ」
「なによー、私だって修行したらあのくらい……」
「そのくらい真剣に『魔女の弟子』としても学んでくれれば助かるんだがな?」
「うぐぅ」
どうやらこの二人の関係性も大した変化はなさそうだ。
(意外と大事にするタイプだっけ? や、彼女が特別なだけか)
ギャンギャンと言い合いをする師弟の元へ、ようやく落ち着いたらしいノックオックがやってきた。シルミアも一緒だ。
「話は聞いたよ。きみが精霊の巫女……我らのユーナを救ってくれるんだってね」
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